今日のは長いです
これ・・・ワタクシは絶対に忘れませんね。
今から20年前、ワタクシは大学生でした。
徳島で独り暮らししてまして、明け方に揺れで起こされました。
今までに経験したことのないくらいの揺れで・・・
そして、長かったんです。
感覚的に1分ぐらい揺れ続けてたような記憶があります。
真冬の寒さもあって、
『アパートが崩れそうになったら、逃げよう・・・
』とか思いながら、布団から一切出ませんでした。
徳島のテレビは、地元ローカルのJRT四国放送以外は
関西圏なんで、よみうり、朝日放送、毎日放送、関西テレビが主要チャンネルでした。
揺れがおさまると、すぐさまテレビを付けました。
たしか、毎日放送を付けたんですけど、地震の速報はしてましたけど
直後は被害状況が伝わってなくて、大した扱いじゃなかったんです。
すると次第に被害の状況が分かってきて、火事の映像や
高速道路の倒壊映像などで、はじめて事の重大さに気づく訳でした。
徳島県では鳴門が震度5で、徳島市内が震度4でした。
徳島では、
『新聞配達員が、配達中に倒れてきた電柱に直撃され死亡した』
という報道で、地震による死者1名と報道されてましたが、後に
『地震とは無関係の自損事故』
という事が判明し、『徳島での地震による死者は0』と訂正されました。
当時大学生だったワタクシは、単車を所有してたんですが、
冬休み中ということで、バイトしてた整備工場の2階に保管してました。
バイトのために職場に行って、真っ先に確認したのは2階の愛車でしたね。
まあ、何事もなかったんですけど
日をおうにつれて増えていく死者数、被害の大きさ・・・
本当に忘れられませんね。
ワタクシ、現在は建築設計に従事してるんですが、この震災をきっかけに
建築基準法が改正され、耐震基準が見直されたという大きな災害でした。
その後もさまざまな災害が日本各地で起こってますが、
『頑張ろう!◯◯』
っていうスローガンは、この時の
『がんばろう!神戸』
が最初でした。
それにしても、阪神淡路と東日本の大震災だけは、
どうしても忘れられないです。
犠牲になられた多くの命、残されたご遺族・・・
改めてご冥福をお祈りしつつ・・・
合掌
つかの間でした・・・
3月までのスケジュールを洗ってみましたら・・・
ぜんぜん一息つく間などありませんでした。
2月は面接授業が2科目と
3月は面接授業1科目に科目終末試験2科目。
それとは別にレポート課題が3科目。
面接授業の事前学習や科目終末試験の事前学習等々
細かく予定をつめていったら、なかなかタイトな予定になりました。
おかげで、毎年楽しみにしてたプロ野球のキャンプ見学も出来そうにありません。
息子の卒業までに、最期のサプライズギフトを保護者と先生に考えてるので
その制作もあるし・・・
貧乏暇ナシとは、よく言うたモンですな

観光資源というもの
1/10(土)は、科目終末試験で熊本。
高速バスで往復、3科目を受けて、昨日1/11(日)は、
息子の合格祈願と大学のレポートのための建物見学・・・
ついでにショッピングのために鳥栖プレミアム・アウレット に行ってきました。
計画どおり、朝6時に出発
まずは太宰府天満宮に行こうとしたら、市役所近辺あたりから渋滞
3連休のど真ん中なんで、人出は多いとは思ってましたが・・・
駐車場も満車ということで、予定を変更して大学レポートのための建築見学として
九州国立博物館へ

いやー、デカい、デカい
そして・・・何より、美すぃ
設計は、菊竹清訓建築設計事務所・久米設計。
建築主体工事は、第1工区が鹿島・間・高松JV、第2工区が大成・西松・松尾JV、
延地上5階、地下2階で、延床面積は30,085平米、
鉄骨鉄筋コンクリートと鉄骨の混構造。
いやはや、行ってよかった
こんな建物、宮崎には無いですからね
正面から奥に行ってみると、何やら通路が・・・
太宰府天満宮に通じる連絡通路でした。
九博を見学した後に、駐車場を探して太宰府天満宮に行こうとしてたので
これには助かりました。
太宰府天満宮と九博は、一体施設のような感じみたいです。
互いをつなぐ連絡通路は、
動く歩道とエスカレータ(車いすやベビカー用の昇降機あり)で
1kmの移動は負担なく行え、駐車場も比較的空いてて、
すんなり停められました
調べてみると、年末は12月25日には閉館して、
年明けは元日から営業してるそうです。
太宰府天満宮との関係性をそこでも感じましたネ
さて、今回の本来の目的である、息子の合格祈願ですが・・・
流石の人の多さ。参拝が終了するまで20分ぐらい並んだような気がします。
絵馬を書いて、お守りを購入した後は、散策。
有名な、隈研吾設計のスタバ発見
さまざまな店舗、飛び交うハングル語や北京語。
人の多さ・・・どれも宮崎では有り得ない空間でした。
食事
をとり、知人・友人や両親へのお土産を購入してたら13時になったので、
九博の内部を見学、撮影した後に
最終目的地である、鳥栖プレミアム・アウトレットに向かいました。
こちらは意外と近くて、下の道で20分程度で到着。
『広すぎて、一日では回りきれない』
という話を聞いたことはありますが、厳密に言うと・・・
『回ってるうちに疲れてしまう
』
というカンジでせうか
基本的には安いですが、そうでないショップもありましたネ
こちらも人出の多さが宮崎では有り得ないくらいでした。
17時までショッピングを楽しんで、帰路につきました。
途中で高速を降り、夕食をとって22時に自宅に無事到着しました。
4時間という睡眠時間でしたが、眠気等危ない時間帯もありませんでした。
事故もなく、全ての計画を無事遂行できてヨカッタです
それはそうと今回の太宰府、鳥栖もそうですが、
熊本城に行った時も、博多に行った時も、大阪や名古屋に行った時も思いました。
この観光資源その他諸々・・・宮崎とは雲泥の差でした。
アクセスの問題もありますが、宮崎がもっと盛り上がってくれると嬉しいですな。
・・・の前に、息子が志望校志望学科合格を祈念するのが先ですね