多くの人は、労働生産性を「能率」や「効率」のことだと思い込んでいる。

そして労働生産性を上げる、つまり無駄を省いたり機械化して「能率」を高めると「給料が上がる」とか「GDPも上がるはずだ」と考えている。

しかしそれは正しいとは言えない。


筆者は、過去に朴勝俊教授らと約1年にわたり論証を重ね、このことを発してきた。
(例: 「改革して生産性を上げても給料は増えない」~新自由主義者の間違い【下】

しかし、この問題は本当に複雑で、初めて聞いた人はまるでモンティホール問題でもつきつけられたかのような気分になる。

「感覚から得られる結論」も誤解を強固にさせるほかに、「新聞等で自称識者が発する処方箋」も、労働生産性を能率や効率のことであるように教える。

各マスコミや、経産省、財務省の財政制度審議会、東京財団、経団連、経済同友会、そのほかのシンクタンクなどはもはやテンプレともいえる同じような切り口で、「無駄を削減し技術革新すれば生産性が上がり給料が上がる」「国はゾンビ企業を切り捨て、生産性の高い産業に投資すればGDPが上がる」等と結論づける。

しかし「労働生産性が高まれば給料やGDPも上がる」との信仰は間違いで、簡単には「給料・GDPが上がった結果、労働生産性も高まる」と考えたほうがが正しい。

このことをなるべくやさしく説明したいと思う。
 

【目次】
①日本の労働生産性は低い
②労働生産性は能率のことじゃない
③労働生産性や給料が上がらないのは需要がないから
④労働生産性と政府支出額は相関する
⑤ひろゆきの間違い「ゾンビ企業を淘汰すれば給料やGDPが上がる」

 

 

 ① 日本の労働生産性は低い




出所:小川製作所 @OgawaSeisakusho

多くの人が知っているとおり、日本の労働生産性はだいぶ低い。
1995年くらいから殆ど変わらないから、他先進国との差が開き、新興国に追い抜かれようとしている。

次の図も見てほしい。


出所:公益財団法人 日本生産性本部

少しおかしいと感じないだろうか?
イタリアやスペイン、フランスが日本より高く、トルコやギリシャが迫ってきている。(2022年はOECD加盟38カ国中29位 労働生産性の国際比較2022 | 調査研究・提言活動 | 公益財団法人日本生産性本部 (jpc-net.jp))

シエスタ(昼寝)とかして、夕食に2時間もかけるような非効率的に見える国の人たちより、勤勉で時間に厳しい日本人がなぜか「生産効率が低い」ということになる。

この時点で「労働生産性=能率・効率」とする論理は、何か間違ってるんじゃないかと感じないだろうか。

「日本企業はさあ、無駄な会議が多いから生産性が低いんだよねー」などとしたり顔で語ってる人にも本稿を読んでいただくことをお勧めしたい。


「労働生産性=能率」とする論理が正しくないことを、以下で説明する。

 

 

 ② 労働生産性は能率のことじゃない


下の図は「労働生産性の式」だ。ミクロとマクロに分かれるが、まず「ミクロの労働生産性の式」に注目してほしい。

分子の「付加価値額」には「給料等(人件費)と経費と利益」が含まれている。
(正確には「付加価値額=人件費+支払利息等+動産・不動産賃借料+租税公課+営業純益」。https://www.mof.go.jp/pri/reference/ssc/keyword/keyword_04.htm 簡単のため省略)


*経済学の方程式は一般に、左辺に来る変数が結果を意味し、右辺にくる変数がその原因とみなされる。数学的には右辺と左辺を入れ替えられるが、経済学のルールは違う。


「仕事の能率を上げれば会社の業績が上がり給料も上げられる」と考える多くの会社経営者は、この分子の「経費」を減らそうとし、また、少ない「従業員数」や「労働時間」でより多くの「利益」を出そうと頑張るだろう。
意識他界系ネオリベはこのことを「労働生産性の向上」なのだと勘違いしているが、実際はそうとは言えない。

彼らの直感に反して、「労働生産性の式」からは「給料」や「経費」を上げても労働生産性が高まることがわかるはずだ。

ほとんどの経営者は「利益」を確保しようとして「給料」や「経費」を下げ、結果として「労働生産性」を下げてしまうかもしれない。
そして「分母」のほう、無駄な人員の整理、つまり従業員のクビ切りをしても「労働凄惨性」は上がることも事実だ。


「能率」や「生産効率」を上げる努力は、「ミクロの労働生産性」を上げる結果に繋がるとは限らない。

もしあなたの会社の労働生産性が高かったとしても、それは能率が高いことを示すわけではないということだ。

「能率」を上げなくても労働生産性は上がる。
「労働生産性の向上」は「能率の向上」のことではないのだ。

(「生産性」には他に有名なものとして「全要素生産性(TFP)」がある。これはわりと「生産効率」に近いのだが、この指標にも大きな問題がある。しかしその話は次回の記事にゆずる)


もちろん実際の日本社会は、簡単に従業員の「給料」を上げられるような生易しい社会ではない。
多くの経営者は無駄を削り、「生産効率」を高めることで「利益」を上げようとするだろう。
(無駄を削り、節約し、能率を上げようとすることがマクロで合成されると負の効果を生むが、この話は後述しよう)

例え「能率」が上がり、結果として少しばかり売上げが増えたとしても経営者が「給料」を上げるとは限らない。
ほとんどが内部留保や配当金、自社株買いなどのマネーゲームに消えるだろうことはデータが示している。
「能率」と「給料」も実はあんまり関係がないのだ。


出所:参議院議員・山本太郎

売上げが上がっても、経営者は利益を確保するために給与や設備投資費を下げる。
これが現実だ。
(給料を上げるためには労働者の交渉力やプライスリーダーの決断などが必要となるが細かい話なので割愛する)

だけど、もし、そんなに頑張らなくてもよい社会だったらどうだろうか?
そんなに頑張らなくても売り上げが伸び、給料も設備投資額(経費の一部)も上げられる社会だったどうだろうか?
シエスタして夕食に2時間かける余裕のある社会だったらどうだろうか?

ここからはマクロ経済の話になる。

 

 

 ③ 労働生産性や給料が上がらないのは需要がないから


あなたの会社が売上げや利益を上げ、給料を上げるためにはどういう条件が必要だろうか?

それは「好景気」だ。
好景気とは、人々に十分な所得があり、「購買力」があり、「需要(消費)が旺盛」な社会だ。

今の日本はどうだろうか?

今の日本は、働く人の7割が中小企業に勤め、全企業数の99%が中小企業だ。
日本企業の多くのウェイトを占める中小企業はこう考えている。


出典:経産省・中小企業白書

「需要」、つまり人々の「消費」が足りない、人々がモノを買ってくれないのので「商売がうまくいかない」と困っているのだと。

つまり、現状は「不景気」だということだ。
(人々にわざわざヒアリングしなくても、25年間GDPの上がらない世界で唯一の低成長国である事実から、現在は長い不景気の最中にあることは自明だが)

「需要」がない、モノが売れなくて儲からないから、多くの企業は給料を上げられず、結果としてミクロの労働生産性も上がらないのだ。

「能率」を上げてもそもそも「需要」がなければモノは売れないのである。

 


出所:漫画家・井上純一
「消費」とは「需要」のことだ。
 

 

 ④ 労働生産性と政府支出額は相関する

では、「需要」を創出し、好景気にするためにはどうすればいいのだろうか?

その答えは、「政府支出」だ。


出所:シェイブテイル @shavetail 


出所:長周新聞

日本は世界で最も政府支出額の伸びが少ないので、GDPも伸びない。

政府支出額が多い国は、より成長している。

つまり「政府支出を増やすとGDPが増える」
これが真理だ。
(回帰分析では因果関係は証明できないが、「GDPや税収が増えたからそのぶん政府支出した」という逆読みは不可能だ。各国政府は不況でGDPや税収が下がった時は逆に多く支出することからも、また、「グレンジャー因果性」を検討してもこの経路の因果関係は成立している [朴勝俊(2022):タマゴが先かニワトリが先か? 政府支出とGDPのグレンジャー因果性に関する検討 report-017])


再度、「マクロの場合の労働生産性の式」を思い出してほしい。



マクロの労働生産性は、「GDP÷労働者数」だ。これは「労働者一人当たりのGDP」とも言える。
(一人当たりGDP=「GDP÷人口」と似ている。これも「GDP÷労働者数」は「能率」や「生産効率」とあんまり関係がない印象を受けるが、国際比較をする場合の多くは、この「GDP÷労働者数」を労働生産性として用いる)

分子のGDPが上がれば、労働生産性も上がる。
ただこれだけの話だ。

(分母に「または、総労働時間」とかって書いてあるが、これは些細なことであり、結果は殆ど変わらないのでとりあえず不問にしておこう)


「政府支出を増やすとGDPは増える」のだから、政府支出を増やせば、GDPから導き出される「マクロの労働生産性」も上がるはずだ。

そう。「政府支出が増えれば労働生産性も上がる」のだ。

このことは回帰分析から明らかだ。


出所:OECDやIMF統計からcargoが作成
(日本の決定係数が他国より低いのは、世界一政府支出額伸び率が低いため、そのぶんブレが大きく生じることが原因となる。ちなみにこの場合、「労働生産性が上がったから政府支出が増えたんだ!」という逆読みは不可能だ。政府の予算編成はそんな風に機能しない。)

筆者はOECD37か国+BRICS系7か国について調べたが、例外の3カ国を除いて、全て同じ相関関係にあった。
しかも殆どの国の相関は0.8もしくは0.9以上で、極めて強い相関が認められた

世界44カ国中41カ国では、確実に「政府支出が増えて、GDPが上がったから、労働生産性が上がっている」のだ。


下の図からもGDPと労働生産性が連動していることは一目瞭然だ。
(ついでだが、スガ前首相や東京財団、財務省、アトキンソン氏らネオリベが言っている「中小企業を潰して大企業に編入させれば労働生産性が向上する」なんて事実も認められない)


出所:各種公的資料からcargoが作成

当たり前だ。
「計算式」において労働人口(分母)がそんなに変動しない場合は、GDP(分子)の上下がそのまま労働生産性の上下に繋がる。
高卒のオレでも理解できる事実だ。

そして極めつけは以下の図である。

OECD37か国+BRICS系7か国の中で、日本より労働生産性伸び率の低い国はわずか4か国

たとえ労働生産性の伸びが低い国であっても、政府支出を増やせばGDPは上がるのだ。
(イタリアやルクセンブルグに関して、GDPが上がったのに労働生産性の伸び率が低い理由はこちらで論じた https://ameblo.jp/cargoofficial/entry-12667976795.html

つまり結論はこうなる。

「政府支出を増やして、GDPが上がれば、労働生産性も上がる」
こう考えたほうがが正しい。

みんなの労働生産性が高まった結果、GDPが上がるという経路は正しくない。


ただし、「マクロの労働生産性の式」の概念から離れて考えれば、「能率の向上」が「生産性の向上」に繋がることも多い。
もちろん労働者の時間当たり生産量を増やしても労働生産性は上がる。
普通の国であれば、そうすることでGDPにも反映されるだろう。
しかし、政府支出が少なく低需要・低所得化が進む日本ではそのような素直な経路をたどることがないということだ。


日本では、「能率」を上げただけで労働生産性やGDPが上がることはほぼない。
「働き方改革」とやらで働く時間を短縮してもほぼ影響なし。


出所:小川製作所

上図を見てわかる通り、労働時間はどんどん減っていくが、それが労働生産性に大きく影響を与えただろうか?
日本の場合は政府支出があまりにも少ないため、労働生産性の式の分母を「労働者数」の代わりに「総労働時間数」に変えても労働生産性がほとんど改善されていないことが事実だ。2022年の日本の「時間当たり労働生産性」はOECD加盟38カ国中27位

労働時間を減らした効果を相殺するのが、給与の減少だと思われる。

マクロの労働生産性の式にとって最も大きな変数は分子のGDPで、そのGDPの主役は所得・給料(裏返せば消費・需要)となる。


多くの人がご存じの通り、日本だけ給与がダダ下がり。
通常、内戦でも起こっていなければこんな悲劇は起こらない。

出所:れいわ新選組・山本太郎 質疑 参議院・予算委員会(2022年12月1日)より
https://www.youtube.com/watch?v=VvsO3vfoR7Q




出所:小川製作所 @OgawaSeisakusho
https://monoist.itmedia.co.jp/mn/articles/2103/29/news006_2.html
https://monoist.itmedia.co.jp/mn/articles/2106/14/news001_2.html


繰り返しになるが、消費が増えないので給料も上がらず、給料が上がらないので消費も増えず、結果としてGDPも上がらない。
GDPが上がらないので労働生産性も…(略)



出所:Xb @xbtomoki 

その原因は世界一のドケチ国家ニッポンの「政府支出の少なさ」だということだ。
(加えて上図にあるように消費増税などの緊縮財政が原因)


出所:シェイブテイル


極めつけのデータがある。
そのGDPを上げる主要因が政府支出額だとするなら、GDPの構成要素の主役「給与」とも相関するはずだ。

そう。政府支出を増やすと「給与」も上がるのだ。
(日本は何十年間もその逆をやってきた)


出所:Tasan @tasan_121 

もちろんその経路はいろいろあるし遅効性を伴うが、政府支出と給与のあいだには極めて高い相関が認められるのだ。

どうだ、驚いただろう。
私も初めて見た時は心底驚いた。

 

 

 ⑤ ひろゆきの間違い「ゾンビ企業を淘汰すれば給料やGDPが上がる」

醜悪なネオリベ・インフルエンサーの西村ひろゆき氏が、財務省や東京財団の代弁をしてくれている。

 

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2ちゃんねる開設者で実業家のひろゆき氏が9日放送の「ビートたけしのTVタックル」にリモートで出演。「日本の平均賃金が海外と比べて低いこと」について私見を述べた。

ひろゆき氏は理由として「失業とか倒産を極度に恐れてしまうこと」を挙げた。
続けて「月給20万円で厳しい状態の会社がふたつあった時に片方が潰れると、もう片方は売り上げが倍になる。
会社が減った分、そのマーケットはもう1つの会社が得るので。そうすると売り上げが上がって利益も出るから給料払いますよってなるんですけど。日本は会社を潰さないというのをやってるので結果として少ない利益を多くの人間で削り続けている」と述べた。

▼なぜ、日本人は新自由主義に魅了されるのか?③ 「自己責任と弱者排斥」中 ~ひろゆきの醜悪さ
https://ameblo.jp/cargoofficial/entry-12720626152.html
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ひろゆきとまったく同じことを、スガ元首相のブレーンだったアトキンソンや、財務省の御用学者集団「財政制度審議会」、統一教会と共に勝共連合を作った笹川の「東京財団」らが発している。
つまりこれがネオリベ界隈のコンセンサスということだ。

このネオリベのコンセンサスは下の二つのポンチ絵で論駁できる。



  
一件のコンビニを潰して生き残ったほうのコンビニが多少儲かったとして、結果として経済全体に悪影響を与える

失業した人は社会から退出させられない。
そのまま失業者になるか、以前より低い給料で再就職するしかない。
潰されたコンビニの高齢経営者は病気になったり自殺したり、犯罪に走るかもしれない。

所得の減った落伍者たちは消費を減らし、マクロではデフレ化圧力(GDPを押し下げる圧力)となるだけなのだ。
全国的に同じようなことが起こって経済が悪化すれば、生き残ったほうのコンビニもタダでは済まない

ネオリベが依拠する「新古典派経済学」では、失業すると同時に新たな職に就けるという奇怪な前提が設定されていて、しかも前より高賃金職に就けることになっている、
しかし、そんなことが起こるはずもないことは誰にでもわかるだろう。


マクロ経済では、社会の「効率」を上げようとして供給サイドの「無駄を排除」したりすると、逆に経済が悪化することが多々起こる。
供給サイドをいじくる改革をし、生産性を上げようとしても失敗するのだ。

ノーベル経済学賞を受賞したスティグリッツ先生もこう言っている。



「需要」がなけりゃ何をしても無駄。それどころか悪い結果に繋がる。

「適切な需要」を生み、GDPや給料、そして労働生産性を上げるには、「政府支出」しかない。
これが答えだ。


最後に、私の大好きなポスト・ケインズ派の経済学者ジョアン・ロビンソンの格言で本稿をしめよう。



「無駄を削減し技術革新すれば生産性が上がり給料が上がる」「国はゾンビ企業を切り捨て、生産性の高い産業に投資すればGDPが上がる」等と言っている各マスコミや、経産省、財務省、財政制度審議会、東京財団、経団連、経済同友会、そのほかのシンクタンク、東大や慶大の御用学者に騙されないようにしよう
それは「滅びの道」でしかないのだから。


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