ネオリベのホラ話を論駁し、ネオリベに影響されそうな人に注意喚起するシリーズの第3回です。

 


私がネオリベという語句を使用する時、同意義語として念頭に置くのは日本経済破壊工作員、ホラ吹き、詐欺師、資本家の犬、サイコパス、産業廃棄物、グローバリスト、人類の敵などです。

本シリーズ第一回では、日本人に人気のある有名人・政治家などのインフルエンサーのほとんどがネオリベであることをお伝えし、ネオリベラリズムがナチズムに匹敵する危険なカルト思想であることを指摘しました。

第二回では、日本人自身の精神的土壌が新自由主義に汚染されていることを指摘しました。そのことは世界的な世論調査において医療や教育の無償化に反対し、インフラ投資や公共事業を軽視し、規制緩和や民営化に賛成する小さな政府主義的傾向にあること、また政治参加しない自己責任論者だという世界でも類を見ない日本人特有の結果をもって理由としました。

今回は「自己責任と弱者排斥」の論理が進む要因として、人々の経済学的誤解に触れていきたいと思います。

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「立身出世のための自己啓発系」
これが日本の(ライトな)ネオリベの正体ではないでしょうか。

25年間で世帯平均収入が137万円も下落する地獄のような社会において、インフルエンサーである成功者(ネオリベ)に倣うことは、一見すると合理的に見えます。
しかし社会にネオリベ思想が拡大するにつれて日本経済が崩壊しますので、実際は非合理的でしかありません。

彼らが個人で自己啓発してるだけなら問題ないのですが、あろうことか経営者になって他人にも押しつけてくるので非常に厄介です。

よく経営者などの成功者、この場合はアスリートや芸能人にも多いですが、「頑張れば報われる」「自分を信じれば成功できる」という「生存性バイアス」に根差した発言をする人が多くいます。

これらの言葉を、ニートや社会からの落伍者が発しても耳を貸す人は少ないでしょうが、成功者だからこそ偉そうに発することができます。
彼らには「自分は頑張ったから成功できた」「自分は常に合理的な行動を取ってきたから成功できた」との思い込みがあり、その自らの成功体験を元に社会を変えようとさえしてきます。
しかし頑張っても報われないことなんか社会ではいくらでも起こりますし、むしろ報われることのほうが少ないことが実態です。

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「メリトクラシー」とは、能力に基づいて人間を選抜する制度、能力主義を指します。
これは民主主義社会をかたち作るうえで不可欠な要素でありますが、同時に社会を破壊する推進力も生み出します。
マイケル・サンデルがこのメリトクラシーの弊害について新刊「実力も運のうち 能力主義は正義か? 」( https://www.youtube.com/watch?v=GmLJtxUHFXA )で書いていて、成功者が成功できた理由は家庭環境や遺伝的影響、生まれた時代による時間的効果、つまり「運」だと述べています。

ネオリベの価値観には「生産性・能力の高い者だけが評価される」というメリトクラシーが深く根付いています。
しかしながら能力や生産性の高い人間だけを抜擢し他者を蹴落とすネオリベの価値観が拡がれば、自分達だけは数年は生き延びることができてもいずれは社会全体が不況となり、ついには自らにも報いが降りかかります。
一方で、生産性・能力の低い弱者を助けてみんなで協力して円滑な貨幣流通を促せば好景気になり、結果として自分達も儲けることができる、というのが経済の事実です。

このことは、意識他界系ネオリベなら誰もが一度は触れたことのある「ゲーム理論」という行動経済学によっても説明されています。
ゲーム理論には有名な「囚人のジレンマ」という逸話があり、ここから適切な情報がプレイヤーたちに与えられていれば、協力し合うことで最適の結果が得られるのに、他人を出し抜き自分だけ得をしようとするので自分の首を絞める結果に帰着すると演繹することができるでしょう。

ネオリベに取り込まれそうな人にも情報を与え、悪の道から遠ざけねばなりません。

ネオリベはメリトクラシー・生産性至上主義に毒されているため、「非効率な公共は解体、民営化すべき。民間の活力を生かしてイノベーションすれば儲かる」と考えます。
しかしその裏では能力・生産性の高い者だけは支援し、落伍者・弱者は無視し「あとは自己責任でよろしく」と切り捨てることが横行します。
介護や保育などの生産性の低い分野は賃金が低く設定され、独立採算性の低いJR北海道などの路線は潰れるがままというわけです。

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先日、2ちゃん開設者のひろゆきが以下のような愚かなことを口走っていました。

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【引用】 2ちゃんねる開設者で実業家のひろゆき氏が9日放送の「ビートたけしのTVタックル」にリモートで出演。「日本の平均賃金が海外と比べて低いこと」について私見を述べた。

ひろゆき氏は理由として「失業とか倒産を極度に恐れてしまうこと」を挙げた。続けて「月給20万円で厳しい状態の会社がふたつあった時に片方が潰れると、もう片方は売り上げが倍になる。会社が減った分、そのマーケットはもう1つの会社が得るので。そうすると売り上げが上がって利益も出るから給料払いますよってなるんですけど。日本は会社を潰さないというのをやってるので結果として少ない利益を多くの人間で削り続けている」と述べた。
https://www.tokyo-sports.co.jp/entame/news/3916247/
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上記のひろゆき発言に1㎜でもシンパシー覚えてしまった人はだいぶヤバい人なので、当該シリーズを最後まで読んでほしく思います。

下記ポンチ絵を確認すればわかるように、「雇用の流動化」等を進める規制緩和をして、供給サイドをむやみにいじくってもロクなことは起こりません。
賃金が低水準で均衡しているコンビニの1軒を潰しても、社会から失業者を追い出せるわけではありませんので失業保険などの社会保障費が余計にかかりますし、失業者は消費を減らしデフレ化圧力となります。

また仮に失業者が再就職できたとしても殆どの人がキャリアアップなどできず、元の職よりも低賃金となるでしょう。
なぜならもともと社会に需要が足りず、企業がうまく儲けることができないため、社会全体が低賃金化しているからです。


(*直接的に企業を潰す規制緩和はありません。複数の中小企業淘汰のための規制緩和が重なった場合を想定しています。例えば… https://ameblo.jp/cargoofficial/entry-12660771437.html )

もちろん1軒になったコンビニは売り上げが伸び、賃金も上げられるでしょう。
しかし、現実の日本社会ではもともと低需要状態にあったところに過剰な規制緩和を進めたことで、供給過多状態が起こっているという問題があります。

100人の村に2件もコンビニがあったのです。供給側を少しばかり減らしても、ひろゆき氏の言うように、生き残った方のコンビニの売上げが倍に戻ることもなければ、ましてや給料が倍になるということも起こり得ません。

むしろ潰れたコンビニの就労者が困窮するので、その悪い影響の方を強く受けるでしょう。
実際には下図のような感じになるのではないでしょうか。


   *上図に関する詳細はこちらを参照ください。

さらに言えば、潰れたコンビニBが商品を入荷していた先の卸売りやその先のメーカー、製造工場や農家、漁師さんも収益が減りますので、ますます100人村の景気は悪くなります。

こうして生き残ったコンビニAで買い物をする人々の購買額も減ってしまうと言うわけです。

コンビニBの元従業員だけでなく、仕入先の卸売りやメーカー、工場や農家などの人々の需要も減ってしまうのです。

 

ひろゆきの脳内では、マクロ経済がこのように複合的にからみあって成り立っていることが意識されません。


ネオリベが依拠する新古典派経済では、失業すると同時に新たな職に就けるという奇怪な前提が設定されていて、しかも前より高賃金職に就けることになっていますが、そんなことが起こるはずもないことは誰にでもわかります。

潰れたコンビニBのオーナーは高齢なので廃業を選ぶかもしれませんし、場合によっては自殺したり、病気になったり、犯罪に走るかもしれません。
ネオリベの概念からは、人々の人権や幸福が抜け落ちているため、競争に敗れた人たちの人生が想像されることはありません。むしろ低賃金職の担い手が増えて喜んでさえいます。
敗者に共感することがないのがネオリベのサイコパスたる由縁のひとつですが、ここでも新自由主義がナチズムに匹敵する「弱者排斥」の論理を内包する極めてヤバい存在だということが明らかになったのではないでしょうか。
ひろゆきの言う「日本は会社を潰さないというのをやってるので結果として少ない利益を多くの人間で削り続けている」なんていうのは功利主義の名を借りた醜悪なおためごかしでしかありません。


上の画像は、下記リンクの規制緩和に関わる記事から発展させました。
(そもそも100人村にコンビニが2軒できたのも、ネオリベが規制緩和したおかげです)

 

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▼ 新自由主義の「規制緩和」政策は、なぜやってはダメなのか。
https://ameblo.jp/cargoofficial/entry-12637195330.html



規制緩和により、100人村にコンビニが2軒できたことで過当競争が始まりデフレ化した、という想定のもと単純モデルで何が起こるか説明しました。
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適切な需要がないなかで規制緩和をしてしまうと、逆に国民所得を減らします。
そもそも「需要<供給」という不均衡状態にある時は、むやみに供給サイドをいじくる規制緩和をするのではなく、政府が支出して需要を創出し需給ギャップを解消していかなければなりません。

ネオリベの言う「規制緩和」と「雇用の流動化・解雇規制緩和」という2点セットがいかに愚かな策なのかご理解いただけるでしょう。

人々が職を失ったらマクロの需要が減るだけです。


マスコミが、ひろゆき氏のような極度に頭の悪いネオリベを重宝するのは、双方に「日本を衰退化させて企業を外資に売り飛ばしたい」という反日思想が共有されているためだと考えられます。

上記の記事では、別のネオリベで元衆院議員の杉村太蔵はひろゆきに同調し「政府はとにかく倒産件数を少なくする。だからコロナで世界でこんなに倒産件数が少ないのも多分、先進国で日本が一番」と倒産件数が少ないことを悪い事のように語っていますが、コロナ禍において「廃業・休業数」は史上最多となりました。
データも良く知らず適当なホラ話をかますのがネオリベのもう一つの特徴となります。

他者を蹴落とし、その分の富を略奪しようというのがひろゆきら狂ったネオリベの考えですが、その略奪行為を規制する立場であるはずの日本政府も彼らの愚策を真に受けてしまっています。

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▼ 中小企業減 容認へ転換 政府、社数維持の目標見直し 新陳代謝促し生産性向上
https://www.nikkei.com/article/DGKKZO61616000W0A710C2EE8000/

【抜粋】> 中小企業は新型コロナウイルス禍で経営環境の厳しさが増している。統廃合を含めて新陳代謝を促し、全体の生産性向上をめざす方針に改める。
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彼らが更なる「凄惨性(生産性)の向上」「自己責任」「弱者切り捨て」を求めるのは、資本家側に都合がよいからです。

さて、本ポストも長文になってきたので、続きは次回に譲ります。

次回はネオリベの意見を重視する実際の日本政府の政策・方針について指摘していきます。
ではまた!

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