前回の「改革して生産性を上げても給料は増えない」~新自由主義者の間違い【上】の続きとなります。
ここからは朴先生のブログを参考にしていきます。
*注: 私の意見・説明と、朴先生の論考が混雑しますが、ご容赦ください。
cargoのつたない説明は必要ないという方は、ぜひ原文を確認ください。
アトキンソン氏の主張は「日本は完全雇用に近い状態になっているのだから、ケインズ主義にのっとって財政出動してもGDPは増えない。人の給料は労働生産性で決まるのだから、MMTは、労働生産性を高める効果がない限り、給料とは関係のない経済理論だ」というどこかで聞いたフレーズにより、財政出動の効果を否定する向きのようです。
この「労働生産性を高めれば給料は増える」、または、「不完全雇用時に財政出動しても効果はない」という主張が事実ではないことを、以下で証明していきます。
まず、完全雇用とは、文字通り「失業者がいなくなる状態」のことを指しますが、私や多くのケインズ派は「生活賃金(時給1500円程度を下限とする)を就労者全員がもらえるレベルに達していなければ完全雇用とはいえない」と考えていますので、この完全雇用の定義に関しては主流派との齟齬もあります。
時給1000円でまともな生活ができるわけがありませんし、例え完全失業率が2%近傍であったとしても、非正規雇用が4割もいることが完全雇用と言えるわけがないというロジックになります。
しかし今回は、完全雇用の定義を杓子定規に「完全雇用=失業者がいない状態とするならば」という前提のもとで考えていきます。
現在の完全失業率は2.9%です(http://www.stat.go.jp/data/roudou/sokuhou/tsuki/)が、朴先生は「失業者総人口比」として、その数値を1.6%としています。
ここで簡単に不完全雇用時と完全雇用達成時の政策の違いを説明します。
不完全雇用時と完全雇用達成時の政策の違い
〇 不完全雇用時
不完全雇用時には、Y=C+I+G+NX(GDP・国民総生産 = 民間消費+民間投資+政府支出+純輸出)という国民生産恒等式が必ず成立する
労働力に余剰がある不完全雇用時には財政政策は有効だ
特に民間の需要(民間消費+民間投資)と外需(純輸出)が停滞している時には、政府が支出(G)を増やすしかない
完全雇用時には、Y=C+I+G+NXのY(GDP)が一定の上限を超えることはできない(右辺の総額や各要素は、それに制約される)
Yがマックスの時は、政府支出で需要を増やしても物価上昇が起こるだけで、実質のGDPも労働生産性も高めることはできない
GDP成長は、供給力(設備・技術力・能率)の増強によって行われねばならない。
上述した説明を可視的に表現してみます。
供給力の大きさを「容器」として、総需要を水の量として表現します。
アトキンソン氏の主張は、規制緩和してこの容器=供給力(設備・技術力・能率)を大きくしようという案です。
(でも現実は完全雇用でもなければ総需要が満杯でもありません)
スライド②
でも不完全雇用時、つまり需要が足りない時に容器=供給力を大きくしてしまうと、雇用が悪化してしまいます。
スライド③
スライド④
ケインズ派は容器=供給力の大きさをむやみに変えず、政府支出により需要を増やし、雇用も安定させます。
スライド⑤
このスライドは、もともと松尾匡・立命館大学教授の作ったものですが、「新自由主義とケインズ主義の違い」を説明するために、私が手を加えさせてもらったものになります。
(本当は桶の水が増えたり減ったりするアニメーションになっているんだけど、今回は静止画像バージョンにしてあります)
再度、言葉に言い換えるなら、
新自由主義者(新古典派)の言う「失業者がいて需要の少ない不完全雇用時であっても、規制緩和をして供給能力を拡大すればよい」という説を実行すると、逆に経済は悪化する。
新古典派の経済政策は完全雇用時に有効なものといえる。
つまり、「不完全雇用時には、財政出動すれば雇用も経済も良くなる」というケインズ派が正解となります。
以下で、朴先生のブログを参考に、実数を用いてシミュレーションしますが、ここからはだいぶややこしくなるので、経済学に関心のない方は飛ばしていただいて、【結論】のところだけを読んでいただいても十分イメージできると思います。
実数を用いたシミュレーション
[1] 不完全雇用時の政府支出の増加の効果
例えばGDPを政府支出Gで20兆円増加させる場合
Y(548兆) = C(305兆)+I(106兆)+G(137兆)+NX(1兆)
↓↓↓
Y(568兆) = C(305兆)+I(106兆)+G(137兆+20兆)+NX(1兆)
*乗数効果は捨象
GDP548兆円→568兆円の増加分20兆円は、3.6%の増加となります。
「一人あたりGDP」はもともと435万円だったので、増加分の3.6%(16万円)を足すと451万円。
「労働生産性」はもともと823万円だったので、就業者数を一定とすると、3.6%の生産性の向上(プラス30万円)となり、853万円/人となります。
このケースを[1a]とします。
しかし、残念ながら、現実はこのようにならないことが多いです。
給料はなかなか上げてもらえません。
ひょっとしたら、労働生産性は一定(823万円/人のまま)で、就業者数だけが3.6%増加するようなケースになるかもしれません。
ミクロの労働生産性の計算式は「労働による成果(付加価値)/労働投入量(就業者数 or 時間当たり労働量)」ですので、もし「就業者1人あたり賃金」が変化しない(428万円/人)のなら、就業者が増えても労働生産性は変わりません。
このケースを[1b]とします。
でも、現実を考えると、[1a]と[1b]の間になると考えられます。
例えば、政府支出(G)が20兆円投下され、仕事が増え、給料も上がったとして、結果として労働生産性が1.6%向上し、就業者数が2%増加する状況になるケースです。
[1a]と[1b]の中間であった場合、生産性の低いゾンビ企業が生き残ったとしても、誰かに迷惑をかけるわけでもありません。
[2] 完全雇用時の政府支出の増加
完全雇用時に政府支出を増加させても、実質GDPを高めることはできないと考えます。
政府支出が増加したぶん、民間の消費や投資が減少します(供給制約)。
これはアトキンソン氏ら改革派・新自由主義者の提案です。
上記した松尾教授の図スライド③からも明らかなように、不完全雇用時に、規制緩和や構造改革で供給力を増やすと、逆に需要が冷え込み、雇用も悪化しますます。
例えばこの構造改革をしたときに、消費支出(C)が2%(6.1兆円)減少するとしましょう。
Y(548兆) = C(305兆)+I(106兆)+G(137兆)+NX(1兆)
↓↓↓
Y(541.9兆) = C(305兆-6.1兆円)+I(106兆)+G(137兆)+NX(1兆)
この場合、GDPが1.1%も減少してしまいます。
一人あたりGDPも1.1%減少し、約430万円となります。
GDPが1.1%減少し、ゾンビ企業を淘汰し就業者数が3%減少すると、労働生産性は約3.2%向上します。
労働生産性: GDP548兆円 / 就業者数6656万人 = 1人当たり823万円
↓↓↓
労働生産性: GDP548兆円 / 就業者数6656万人ー(6656万人×3%) = 1人当たり849万円
しかし、この場合、労働者数を削ったことによる生産性向上であるので、このこと自体が賃金の上昇に繋がるか?というと、それはないと言えます。
むしろ、その利潤は、使用者側(企業側)にゆくと考えられます。
マルクスの労働価値説的に考えても合点のいく結果だと思います。
完全雇用を達成した場合で、実際の需要が供給力のマックス状態を上回っている場合には、民間消費(C)や民間投資(I)の需要が、供給の制約によって満たされていないと言えます。
この時には、能率の向上が望ましいです。
松尾教授の図でいうと、スライド①の状態です。
その時には能率の向上によって供給力の上限が増えると、潜在的な需要が満たされCやIが増えるので、GDPも増加します。
もし、ある企業が「人減らし」によって能率を上げようとした場合にも、解雇された人は他の職に移ることができる可能性があります。この時は景気も安定し、質の良い求職数も増えている可能性が高いからです。
能率の向上によって供給力の上限を2%上昇させることに成功したとすると(上限GDPは11兆円の増加)、就業者数を一定とすれば、一人当たりGDPも労働生産性も2%上昇することになります。
しかしながら、この時に、全般的な労働力不足が起こらず、賃上げが起こらなければ、賃金はおそらく一定となります(下記表の[4]参照)。
従って、賃金上昇圧力が生じるためには、それ以上の需要圧力がなければなりません。
このケースでは労働不足の状況や賃上げの状況しだいでは、賃金が上がる可能性もあるが、それは能率向上の結果ではないということです。
結論
結論は、朴先生の文章を引用・要約します。
アトキンソン氏の「産業構造を効率化して労働生産性を高める以外、給料安すぎ問題の解決策はありえません。日本政府は、政府支出を増やしても増やさなくても、結局は産業構造の問題にメスを入れざるをえないのです」とする論考は、誤りです。
生産性と賃金は別ものです。
生産性が上がったからといって、賃金が上がるとは限りません。
賃金を上げるためには、需要が十分に増えて、労働市場が人手不足になるとともに、労働者の交渉力が高められる必要があります。
アトキンソン氏が別の箇所で主張している最低賃金の引き上げも有効かもしれないし、労働組合の交渉力を強くする規制強化や、労働時間の短縮のための政策を求めることも有効だと考えられます。
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上述したような難しい計算をしなくても、社会人であれば、「ゾンビ企業を淘汰すれば賃金上昇・経済成長説」はおかしいと気づくと思うんです。
だって、まずゾンビ企業が潰れたら失業者がでますよね?
その失業者が40代、50代、60代で再就職するとします。
この人たちは今よりも高賃金の職にキャリアアップできるでしょうか?
誰もが「そんなわけねえ!!」と口を揃えてつっこむでしょう(笑)
今よりも低賃金の職に就いたら、消費も少なくなり、経済全体の需要を落ち込ませるだけですよね?
それにしても、このような誤解に満ち溢れた人物が、日本政府観光局の特別顧問を務めているのは考えものですよ。
選抜する立場にある日本政府の構成員たちが頭のおかしい人達だらけなのでしょうがないですけど。
【おまけ】
「ゾンビ中小企業の安楽死策」は、アトキンソン氏や金子勝教授だけでなく、日本政府や日本財団も同様の主張をしています。
これが彼らの論理的思考の限界なのか、レントシーカーを儲けさせるためなのかはわかりませんが、愚かな策であることに違いはありません。
https://www.nikkei.com/article/DGKKZO61616000W0A710C2EE8000/
>中小企業は新型コロナウイルス禍で経営環境の厳しさが増している。統廃合を含めて新陳代謝を促し、全体の生産性向上をめざす方針に改める。
https://www.tkfd.or.jp/research/detail.php?id=3391
【提言2.賢明な財政出動:社会のデジタル化による長期的な感染抑制】では、「我々の提言では需要喚起策は言っていない」「ほっといてもV字回復する」と、大不況下・不完全雇用時であっても「需要を喚起する必要はない」等と愚かなことを言っています。
【提言8「企業への支援:激変緩和とともに長期的な新陳代謝の促進を」】では、まさに中小企業を淘汰しようと目論む計画が語られています。
以上です。