ゴールドマン・サックスで日本経済の「伝説のアナリスト」として名をはせたデービッド・アトキンソン氏と、関西学院大学の朴勝俊教授のやりとりが非常に面白く、数値例を出して、多くの人が誤解している点を見事に解消したものになっていたのでご紹介したく思います。


ご存じの人も多いかもしれないけど、アトキンソン氏は緊縮財政・規制改革・グローバリズムの三点志向が揃ったネオリベ傾向にあるお方といえます。
一方、朴先生は生粋の反緊縮財政派といえるでしょう。

朴先生のブログ『「構造改革」で労働生産性を向上させることは本当に、「給料安すぎ問題」の解決策なのか?』を読めば、だいたい経緯がわかるのですが、朴先生の証明は、ちょっと難しく、込み入ってるので、力足らずではありますが、私があまり経済学に縁のない方たちにも理解しやすいように簡単なかたちで説明したいと思いました。

また、アトキンソン氏がこの典型的な誤解を持ち続けてくれたことによって、私も勉強できたのでむしろ感謝したいと思います。

そんなわけで、まずは短いまとめからお伝えします。

 

アトキンソン氏の主張:
労働者を雇う会社側の力が強くなりすぎ、労働者が「安く買い叩かれる」理由は、生産性が低いからだ。
問題解決のためには「小規模事業者の統廃合」「中堅企業の育成」「最低賃金の引き上げ」が有効である。

                          ↓↓↓  対する反論  ↓↓↓ 

朴先生の結論:
生産性と賃金は別である。生産性が上がったからといって、賃金が上がるとは限らない。
賃金を上げるためには、需要が十分に増えて、労働市場が逼迫するとともに、労働者の交渉力が高められる必要がある。

私の結論:
不完全雇用時にゾンビ企業を淘汰したら(就業者数を減らしたら)消費が減る。一人当たりGDPも減るし給料も上がらない。
人減らしによって労働生産性が上がるのは、見た目上の数値が上がったまでだ。

 

アトキンソン氏の主張は、要するに「生産性の低い小規模企業を潰して労働者を移動させれば、生産性も向上し給料も上がる」といったものになりますが、これは殆どの人の耳にももっともらしく響くのではないでしょうか。

「ゾンビ企業の命を選別せよ節」は金子勝・慶大教授らをはじめ、多くのネオリベ志向にある人たちが魅了されています。

しかしこれはマクロ経済とミクロ経済を、さらには経済と経営を混同した結果導き出された誤解といえます。
このことを朴先生の論説をベースに説明していきたいと思いました。


本題に入るまえに、私からも何点か細かいツッコミをさせてもらいたく思います。
アトキンソン氏が「生産性の低い小規模企業をつぶせば給料も上がる」という誤った認識を得ることになったのには、その前提となる知識においても誤っていると感じたからです。

 

アトキンソン氏の主張:
企業の数が増えれば増えるほど、経営者になる人間が増え、経営者の平均的な質は低下します。企業の成長性は経営者の能力を反映しますので、企業の平均規模はさらに小さくなります。すると、大企業と中堅企業で働く人の比率が低くなり、逆に小規模事業者で働く人の比率が高まります。

日本の小規模事業者の生産性は、大企業の41.5%しかないので、小規模事業者が増えるほど国全体の生産性が下がります。

日本企業の平均規模は、アメリカの6割、EUの4分の3ですから、モノプソニーの力が強く働いていると判断できます。
https://toyokeizai.net/articles/-/357011?page=2

 

まず、アトキンソン氏いわく「小規模事業者が増えると経営者の質も落ちる」ということなのですが、アトキンソン氏自身が中小企業の経営であるので、この人は何を言ってるのだろうかと疑問に思いました。

「自分の企業は中小規模なので、大企業にして生産性を高めたい」ということなのでしょうか。

この点はよくわからないので置いておくとして、アトキンソン氏はこうも言っています。
「日本の小規模事業者の生産性は、大企業の41.5%しかないので、小規模事業者が増えるほど国全体の生産性が下がる」

しかし思うに、大企業は中小企業を下請けとし、上澄みをはねて儲けているいるのだから労働生産性が高いのは当たり前であるはずですので、大企業と小規模企業の生産性を比較する理由がよくわかりません。
小規模事業者に材料等を製造させなくても、輸入すれば良いというお考えなのでしょうか。
だとしても、大企業は原材料を輸入するコストより、中小企業への下請け費用を低廉に保つことで得られる利潤を高くするようなインセンティブもうまれるのではないでしょうか。
そうだとすると、中小製造業への報酬額が減り、労働生産性も上がらないことにならないでしょうか。

それから、「生産性の高い大企業で働く人の数が少なく、小規模企業で働く人の数が多い日本の構造が問題だ」という指摘をしていますが、事実は以下のようになっています。

まず企業別の雇用の分布を見ると、日本とアメリカがそんなに大きく違うようには見えません。



OECDの世界各国の企業規模ごとの雇用分布を見ても、アメリカの大企業雇用比が特に多いだけであり、日本の大企業雇用比を他国と比べるとむしろ日本も多いですし、小規模企業雇用比は少ないことがわかります。
(*USAとCANの間が日本となる。こちらの図では大規模企業を雇用数250人以上として色分けしている)


アトキンソン氏の主張が正しいとするのなら、上図で一番左側に位置する、大企業の雇用者数比が67%を超えるロシアこそが「生産性が最も高く、賃金も高い経済大国」となっていなければならないはずですが、残念ながら事実とは言い難いです。

下図は上のグラフの元データです。

上記二点の出典はOECD統計の最新版から
https://www.oecd-ilibrary.org/employment/entrepreneurship-at-a-glance-2017/employment-by-enterprise-size_entrepreneur_aag-2017-6-en )

また、企業数で見たとしも、95年比では日本の上場企業数は倍増しています。


逆にアメリカの上場企業数は95年比で半減しているという傾向にあります。


加えて、大企業(250人以上)の雇用者数を見ると、他の国に大きな変動はありませんが、日本だけが激増し、逆にアメリカはリーマンショック以降は減少していることがわかります。
それにも関わらず、日本は実質賃金はこの25年で10%も下がり、名目賃金もほぼ据え置き状態なのです。


出典はOECD統計の最新版
https://data.oecd.org/entrepreneur/employees-by-business-size.htm

 

アトキンソン氏の「大企業で雇われる人が増えると生産性が上がり賃金が上がる」という主張は、その前提からしてどうもおかしいので、何を言ってるのか正直よくわからないのですが、この大企業が少なく小規模企業が多いうんぬんという話は置いておいて、彼の「日本は生産性が低いので賃金も低い」という主張のほうに焦点を絞ることにしましょう。

「日本は生産性が低いので賃金も低い」という主張に関して。
アトキンソン氏の言うように、というか多くの人が知る事実ですが、日本はその経済規模にも関わらず労働生産性がとても低い国です。


公益財団法人 日本生産性本部: 日本日本の労働生産性の動向2019
https://www.jpc-net.jp/research/detail/002734.html

 

上図を見て「日本の働き方は長時間労働で効率が悪いから当たり前だ」と、多くの人が考えるでしょう。
でも、式をよく見ていただきたい。


https://bowgl.com/labor-productivity/

付加価値額 = 営業利益+人件費+減価償却費(つまり粗利益のようなもの)です。

多くの企業が頑張っている、分母である労働投入量(就業者数 or 時間当たり労働量)を削って労働生産性を高くする方法もありますが、分子である付加価値の人件費を増やしても労働生産性は高くなることがわかります。

それでも日本人は頑張って無駄を削って労働生産性を伸ばしてきましたが、企業がちゃんと給料を払わず内部留保として貯め込み、労働分配率も低下していった……、というのが現在の日本の労働環境の姿でしょう。



出典:日経新聞 https://ameblo.jp/cargoofficial/entry-12357394892.html


利益は上がっているのに株主報酬ばかり増え、就業者の給料が下がっているのが日本の企業の特徴です。
設備投資などのコストカットを推し進めたことも上図からわかります。

 

つまり、給料が少ないから労働生産性が低くなるのであって、労働生産性が低いから給料が少ないのではないと考えられます。
中小企業企業が給料を上げられないのは、思うように利益が上げられないから。人々の需要がないからと言えます。

ちなみに、このミクロの労働生産性が集まったのが、マクロの労働生産性「労働生産性=GDP/ 就業者数 or 就業者数×労働時間」となりますので、その点はお気を付けください。


もう一点、アトキンソン氏の大きな誤解を指摘しておきましょう。
「人口が減少している日本では、一部の経済学者が唱えているほど、特効薬的にGDPを大きく成長させる力があるとは思えません」(https://toyokeizai.net/articles/-/361227?page=4)とする主張は、典型的な間違いです。

GDP変化率と労働人口変化率には一切の相関性はありません。

GDPと相関性があるのは政府の支出額です。

提供: @create_commons 氏

労働人口が減少局面にあっても、政府がしっかりと財政出動して市場を支えれば経済は成長します。
先日「人口動態と供給能力の上限問題に関して でお伝えしたように、労働人口が極端に減少する前に、対策を打っていかなくてはなりませんね。

 



長文になってきたので、次回に続けることにします。
まだ本題に入ってません(笑)

 

ごらんいただきありがとうございまいした。

また明日!

 

cargo

 

 

続き

「改革して生産性を上げても給料は増えない」~新自由主義者の間違い【下】
https://ameblo.jp/cargoofficial/entry-12612426911.html