1962年に、レイチェル・カーソンの著書『サイレント・スプリング(沈黙の春)』が出版された。
この作品はDDT(農薬)の残留性や生物濃縮がもたらす生態系への影響について書かれたものだったが、米国の10月刊ブック・オブ・ザ・マンス・クラブに選ばれ、後のヒッピー文化、特にニューエイジやエコロジー・ムーブメントに大きな影響を与えた。

Joni Mitchellが「お百姓さんはDDTを使わないで。鳥や虫たちを殺さないで」と歌った「Big Yellow Taxi」がリリースされたのは1970年だった。

そういう流れのなか、同年にニクソン政権下で環境保護庁が設立され、1972年には農業でのDDTの使用が禁止された。

公民権運動やベトナム戦争に端を発する一連のカウンターカルチャーが盛り上がっていた1968年、カルロス・カスタネダの著作「呪術師と私」が発売された。

カルロス・カスタネダに関しては、筆者は10代の頃に読んだ中沢新一の著書でその存在を知ったが、ドラッグ体験を通じて自然との一体感、超自然的感覚を得られるというような類の書物である。

マーヴィン・ゲイもこれらの書物に影響を受けたことを語っていて、1976年の"Sounds"とのインタビューでは「Mercy Mercy Me」とカスタネダ、そして精神的探求について触れている。

"僕はドン・ファン(呪術師)とカルロス・カスタネダ(人類学者)から学んでるんだ。沢山の著者の沢山の本を読んだよ。
僕にとって生きるってことだけど、僕は非の打ちどころのない戦士(impeccable warrior)になりたいんだ。
それは俗世的なものがなにも必要のない人、たとえばワインや女性、衣服やダイヤモンドなど、身に着ける装飾品とかね。
こういったものは嫌いになっていきたいし、この地球が僕らに与えてくれる知識や力にだけ興味を持っていきたいんだ。
時間と努力を惜しみなく使っていけるならね。  
"ショービジネスは辞めて、本当の魔術師が持ってる力と能力を追い求めていきたいんだ。
その力っていうのは、ここにもあるし、岩のなかにも、空気のなかにも、動物たちのなかにもある。
こうした力や要素を取り入れて、身に起こる不思議な現象を引き起こすことができる"知識の人(men of knowledge)がいるんだ。自分自身を変革させて、とても多くの素晴らしいことをするんだよ。
僕はそんな力を持った人になりたいし、いいやり方でその力を使っていきたいんだ。

僕たちが持っている知識は、僕たちがハードルを越えて超人になるための超知識へと飛び越えるのに十分なものなんだ。
だけど、僕たちはいつでも自分自身を破壊してしまう危険性がある。
優れた知識は選ばれた少数の者だけに対してあるものだからだよ。
でもその少数の方の数が多くなることもあるから、僕はいつもそのことを語っている。
つまり僕たちが母なる自然の法則に従ってさえいればよくて...それこそが鍵なんだよ!

結論に差し掛かってるけど、バニー(ジャマイカのミュージシャン、バニー・ウェイラーのこと)が言ったように、この知恵と自由があるのは自然の法則に従っているからなんだ。
こういった楽曲はただ書かれたというものではない。
殆どの場合、彼らは作曲家としてわかっていないことも多いけど、例えば『You Are The Sunshine Of My Life』(スティービー・ワンダーの曲)のように、母なる自然というものを曲の構造の中に入れざるを得ないんだ。

http://neverendingmusic.blog.jp/archives/24131675.html
https://www.songfacts.com/facts/marvin-gaye/mercy-mercy-me-the-ecology

ローリングストーン誌で「Mercy Mercy Me」について語るインタビューからも抄訳しよう。

自分の音楽に何を語らせたいかということについて、コンセプト全体を見直し始めました。

人の魂に届くような曲を作りたいと思ったら、自分の幻想を捨てなければならないと思ったのです。
皆に世界で起きていることを見てほしかったのです。
https://ultimateclassicrock.com/marvin-gaye-mercy-mercy-me/

Joni Mitchellが「Big Yellow Taxi」がリリースされたのは1970年だった。
71年発売の「Mercy Mercy Me」はThe Ecologyと副題がついているが、ゲイはエコロジーについて歌った初めての黒人singerだった。

その楽曲「Mercy Mercy Me」の歌詞を翻訳するので、確認してほしい。

 

 

▼ Marvin Gaye - Mercy Mercy Me(The Ecology)

 

Woo ah, mercy mercy me
Ah things ain't what they used to be, no no
Where did all the blue skies go?
Poison is the wind that blows
from the north and south and east

ああ、どうかお許しください
ああ、すべては以前とは変わり果ててしまった
あの広い青空はどこへ行ってしまったんだ?
毒が、風になって吹いてくるんだ
北の地から、東から、南から、そして海からも

Woo mercy, mercy me, mercy father
Ah things ain't what they used to be, no no
Oil wasted on the ocean
and upon our seas, fish full of mercury

ああ どうかお許しください
ああ 何もかも前とは変わり果ててしまった
油が大海を汚染してしまった
私たちの海も  魚たちは水銀まみれだ

Ah oh mercy, mercy me
Ah things ain't what they used to be, no no
Radiation under ground and in the sky
Animals and birds who live nearby are dying

ああ どうかお許しください
ああ 以前とは何もかも変わってしまった ノーノー
放射能が大地にも空にもあふれ
近くで生きていた動物や鳥たちも死にかけている

Oh mercy, mercy me
Ah things ain't what they used to be
What about this overcrowded land
How much more abuse from man can she stand?

ああ 私の心を救ってください
ああ 以前とはすっかり変わってしまった
この人口が過密した地球はどうなるんだ?
あとどれくらい、人間からの虐待に耐えられる?
地球は堪えられるのでしょうか?

最愛の主よ
神さま…、私の愛しい主よ

https://genius.com/Marvin-gaye-mercy-mercy-me-the-ecology-lyrics


「Mercy Mercy Me」や「What's Going On」とともに全米R&BチャートNo.1を記録し、音楽ファンに愛される「Inner City Blues」も翻訳しよう。
この曲では「経済」や「貧困」を扱っている。

 

 

 

 

▼ Marvin Gaye - Inner City Blues

 

Rockets, moon shots
Spend it on the have-nots
Money, we make it
Before we see it, you'll take it

ロケット 月打ち上げ
持たざる者達にその金を使ってくないか
俺たちが稼いだ金は
手にする前に、お前らが取り上げてしまう

[Chorus]
Oh, make you wanna holler
The way they do my life
Make me wanna holler
The way they do my life

This ain't livin', this ain't livin'
No, no baby, this ain't livin'
No, no, no, no

ああ、叫びたくもなるだろう
俺の人生をこんなふうにされて
叫びたくもなるよ
それがお前らのやり方なんだ

こんなの人生じゃない、こんな生活なんて
間違ってるよ、こんな人生なんか

Inflation, no chance
To increase finance
Bills pile up, sky high
Send that boy off to die

インフレーション チャンスはない
金の工面なんかできやしない
請求書は空高く積みあがり
若者は死地へと送られる

[Chorus]
Oh, make me wanna holler
The way they do my life
Make me wanna holler
The way they do my life, oh baby

ああ、叫びたくもなるだろう
俺の人生をこんなふうにされて
叫びたくもなるよ
それがお前らのやり方なんだ

Hang ups, let downs
Bad breaks, set backs
Natural fact is
Honey, that I can't pay my taxes

苛立ち、そして落ちこむ
不運が重なり 後退する
ありのままの事実だけど
ねえ、俺はもう税金を払えないよ

[Chorus]
Oh, make me wanna holler
And throw up both my hands
Yea, it makes me wanna holler
And throw up both my hands

叫びたくもなるよ
もうお手上げなんだ
そう、叫びたくもなるよ
もうお手上げなんだ

Crime is increasing
Trigger happy policing
Panic is spreading
God knows where, where we're heading

犯罪は増え続け
警官達はやたらとぶっ放す
パニックは広がっていく
神は俺たちがどこへ向かうのか知ってるのか

[Outro]
Mother, mother
Everybody thinks we're wrong
Who are they to judge us
Simply cause we wear our hair long

母よ、母よ
皆は俺たちが間違ってると言うんだ
あいつらは俺たちを批判するんだ
長髪にしているってだけなのに

https://genius.com/Marvin-gaye-inner-city-blues-make-me-wanna-holler-lyrics


このアルバムには「Inner City Blues」と同じく貧困問題を扱う曲が数曲ある。
「Right On」では「私たちの中には、散財するためのお金を持って生まれた人や、レースに勝つべく生まれた人もいる。でも貧困の冷たい風が吹くのを感じるだけの人もいる。我々は人々の叫びに耳を傾けるべきだ」と歌う自身も含めた富裕層への問題提起ともとれる曲だ。

また、「What's Happening Brother」では「新聞では世の中が良くなってるなんて言ってるけど、友よ、仕事も見つからないし、資金繰りが行き詰ってもう破産しそうだ。俺にはこの国に何が起こってるのかまったく理解できないよ、兄弟。こんな不況で俺たちがよく踊りに行ったクラブはやっていけてるんだろうか」と不況と悪政、貧困を嘆いた。

アルバム「What's Going On」を通して聴くと、愛や平和といった大きなコンセプトのなかに、経済や貧困の問題が大きく横たわっていることがわかる。

このアルバムは紛れもない大傑作だが、主にリベラルな人々がこの作品を評するときにはどうしても「反戦」や「エコロジー」に目がいってしまう。

でも、そうじゃないだろ、と言いたい。このアルバムでもっとも多く扱われたイシューは経済と貧困、人々の暮らしのことなのだ。

65年に暗殺されたNation Of Islamのスポークスマン、マルコムXが残した言葉がある。



こういった欺瞞に満ちたリベラル派の姿は、1969年に生まれた「リムジン・リベラル」という言葉でうまく表現されている。
同じような意味で「シャンパン・ソーシャリスト」とも言うらしい。
これは、優雅でお気楽なブルジョワ・インテリ・リベラル様のことだ。
2010年代風にトマ・ピケティの言葉を借りれば「バラモン左翼」ということになる。

日本でもツイッターなんかで、右翼や政権の批判は重ねるが、頑なに経済のことには触れない有名リベラル文化人様が多数--というか90%以上はこの類だと思うが--いるが、これは、もし経済イシューに触れれば、企業に直結する問題であるため、スポンサー様である大企業からの印象が悪くなると想定しての態度となる。

「雇用を守れ」「給料を上げろ」「大企業や富裕層に課税しろ」「政府はもっと公共投資しろ」なんて言ってるリベラル派有名人にお目にかかることは殆どないだろう。(最近は我々反緊縮派が口うるさいので少しは増えたが)

私がマーヴィン・ゲイをグリーン・ニューディーラーとしたいのは、エコロジー的イシューに触れると共に「雇用を守れ」「給料を上げろ」と常に発しているからだ。

そのことはアルバム「What's Going On」に続きリリースされる予定だった幻のアルバム「You're The Man」を読み解くともっとよくわかる。


本日はここまで。

次回もマーヴィン・ゲイ特集を続けます。

最後までご覧いただきありがとうございました。

 

 

 

PS:
ジョニ・ミッチェルの「Big Yellow Taxi」は97年にジャネット・ジャクソンにサンプルされている。

Janet Jackson Featuring Q-Tip And Joni Mitchell – Got 'Til It's Gone

 

 

 


Q-Tipいわく「ジョニ・ミッチェルは嘘をつかない」ということだ。