切れ端
物語創作などのサークル「トナカイウサギ グループ」のブログです。
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5月

さつきです。

4月を振り返ると、前にも書いた通り色々思いつくまま創作をしていた。そして案の定色々やりすぎて何も完成する様子が無い。でもこの感じで良い、と思えている。

今までもずっと、作りたいものが多すぎてなかなかひとつのものに集中して完成させる気が無いのか?という状態だったけど、もうこれが自分のスタイルなのだと割り切ろうと思った。そして今は、この状態であることを受け入れながら創作を続けている。

昔は本当に何も考えずに色々手を出して、勢いがあるうちはそれでもよかったけど気づいたら延々同じところで足踏みしながら作り続けているな……となってて。それでどうしたらいいか、意識をどう持っていくかの試行錯誤みたいなことをずっとしていた。たとえば、たくさんアイディアがある中で完成させるべき優先順位をつけるとか。

でもなかなか、同時に多くの作品のことを考えたいという自分の意識の持ち方を変えることは難しかった。優先順位をつけるやり方で完成させることができた作品もあるけど、逆にそれで意識から取りこぼしてしまったものもあった。

なんか「今たくさん抱えすぎてて危ないぞ」ということをちゃんと意識しながら活動していくならそれでもいいのかなと今は思う。気づいたらなかなか完成させられずにいた、という状態になるよりは全然良いのかなと。常に抱えすぎて溺れそうになりながら必要なものを無くさずに進みたい。

桜風味のスイーツ2026

春といえば桜風味のおいしいものたち。

と言いつつ、いつも食べる前にシーズンが過ぎ去ってしまったりする(それもまた風流、だね)

しかし今年は見逃すことなく!いろいろと味わってみたよ。

それらの桜風味のものたちを紹介します。

 

■スターバックスの「桜 咲くよ ラテ」

スタバといえばフラペチーノですが、あったかいラテもおいしいですね。まだ寒い時期に販売してたのでありがたみがある。あったまりつつさくらもちみたいな味わい。

 

■あんみつ みはしの「お花見あんみつ」

お花見あんみつって名前良すぎ。

 

 

■ゴディバ(GODIVA)の「桜ショコリキサー」

ゴディバのチョコレートドリンク「ショコリキサー」の春バージョン!

絶対おいしいに決まってるし、さすがゴディバなのでチョコレートに栄養を感じる。まじで好き。

 

■銀座甘楽の「さくらもち」

関東風のさくらもちって新潟だと珍しい。

これを食べただけで花見をしたことになります。

 

 

■無印良品の「不揃い 桜バウム」と「不揃い 桜スコーン」

無印良品で手軽に桜スイーツを買うことができる!
これで春を誰でも乗り切れるね。
 

■サーティワンアイスクリームの「さくら」

さくらフレーバーだけでもおいしいけど、バーガンディチェリーとのダブルにするとさらに春の味わいが増しますよ。

 

 

■真保餅屋の「さくら黄金餅」

新潟ならではのもち米「こがねもち」を使ったさくらもち。

「最強」と言ってもいいでしょう。

 

■キタマエカフェのさくらパフェクレープ

持ち運べるパフェです。かなり楽しい気持ちになる。

クレープももちもちだし、もちもち具合に和を感じるね。

 

4月

やっほ〜!4月なので、はしゃいでいきましょう。ところで先月も4月ではありませんでしたか……?もしかしたら気のせいかもしれませんが、気のせいでなかったら怖いです。

桜餅を食べて落ち着くんだ。


最近は色々な活動が安定してできているような感覚がある。そう、本当に色々やっている。何かひとつに絞って集中して成果を出さないと、と思っていたこともあったけどそういうのは向いてないのだと思った。

とはいえ、散漫に色々なことに手を出しつつも、散漫になりすぎて何も達成できないということにはならないようにしたい。

あくまで気楽に色々やることと、ひとつの制作に集中して完成させること、それを両立させたい。両立しなければ。両方の間でバランスを取らなければ作れないものがあるような気がする。

自分にとって一番大事なのは、その時の気持ちでやりたいことをやれるようにしておくことだといつも感じる。ひとつのことに縛られることで失われるものが無いように。


最悪、何も完成しなくてもいいという気持ちもあったけど、完成させることで初めて表現できるものが何かあるのかもなあということを薄っすらと実感しつつある。

あと一筆で完成する絵に思い切って向かい合う時間を増やしたい。

3月

みなさん、ついに3月が来ましたね!

様々な人がこの時期を心待ちにしていたことと思います。

 

最近はかなり、ゲームを作るよりは遊んでいることが多かった。遊ぶことでアイディアを練りたい……「インプットのために遊んでるよ!」とか言いたいわけではないけど。

 

ゲームを作る時、こういう物語を作りたい、ということと、こういう体験を作りたい、というイメージは常にあるけどそれを実際にどんなゲームシステムに落とし込むかは迷う。作りたい世界のイメージがはっきりしすぎていて、かえって既存のゲームシステムに納まりきらなかったりすることもある。そうするとどう作るべきか何年も答えが出ないこともある。

そんな時、他のゲームを遊んでいるとこれが参考になるかも!と思うことが増えてきた気がする。昔はあまりこういう風に何かを参考にすることは少なかったかも。他の何かを自分なりに参考にすることが苦手だった。単純に、好きな作品を見た時に似た方向性のものを作りたい、と思うことは普通にある。そうではなくて、他の作品の要素を解体して自分の作りたいものの中にある要素として取り込むのはまた違った感覚が必要なのかもしれない。

作りたい世界のイメージが頭の中にあって、それを形にするために何を取り込むかっていう選択は意外と難しい。何を取り込んだら元の形を損なわずに足りない部分を補うことができるか。単純に面白いものを作ろう、ということとはまた別の難しさがある。それでも物語のイメージのほうを大事にしたいと思う。

2月

みなさま、2月です。

1月は何をしてたかな……(覚えてない)まあ年末年始だからといって張り切りすぎるとピヨピヨになってしまうので、気楽に過ごしてました。正月らしく気楽にごろごろして過ごすと時間の流れが速い。けどそれでいいんです。こうして世の中を知っていく。

 

年始の主な出来事:1月3日はまだパン屋さんやってないと思って前を通りかかったらやってたのでパンを買う羽目になった。パン福袋もあったけどそれは買わずに我慢した。

 

とにかく無理せず過ごす、ということを継続していきたい。部屋の片づけとかは後回しだよね。

一回疲れて体調を崩したりしたけどそれ以外はなんとか。

今までになく自然と制作が進んでいるような気がする。今はこれを作らないと!という焦りに追われないように気をつけてはいるのだけど、それと同時に今作るべきもののことは常に考えている感じ。焦りはしないけどやらなければならないことはある。

結局、やらなければならないという気持ちに追われていない時のほうがやらなければならないことをやる気力が高まる。問題はどうしたらそのちょうどいいバランスに気持ちを落ち着かせることができるかということ。

 

それはそれとして、基本的には好きなように過ごそうと思っているので急な思いつきで新しいものを作り出したりもしている。

前から作りたい物語としては頭の中にありつつ、ゲームにしたいと思うけどプレイヤーにどんな体験をさせたらいいのだろうか……というアイディアが全然まとまらなかったものがある。そういうのも不思議とちょっとしたきっかけで数年越しに企画が進んだり。

色々な要素がある作品の創作。たとえば特にゲーム作りはそうだけど、物語を作りつつゲームシステムも作らないといけなくて、それぞれ考え方が全然違う要素を同時に思いつくために頭の中を自由にしておく必要があるのかもしれない。それぞれ別の要素なのに、同時に思いついた時にはじめてこれだ!という確信が持てる。もっと分かりやすい例だと歌を作るのも同じで、作詞と作曲は全然別の作業なのにお互い作用しあって同時に出来上がった時にはじめて歌になる。ゲーム制作はそのさらに難しいバージョンなのかもしれない。狙って同時に思いつくにも限界があるので、ふとした拍子にふわっと着想が浮かぶような状態にしておきたい。

推しに認知されたくないけどアイドルのイベントに行った話

みなさんは推しに認知されると嬉しいですか?

 

そんな話をしようと思いましたが、個人的にはそもそも「推し」という言葉が好きではないです。いろんなファン活動を一つの言葉で一般化するなよって感じる。日本語としてもちょっと変だし。

色んなファン活動を「推し」という言葉一つで一般化することで共感しやすくするというメリットはあるのだと思う。みんな何かを推してる、推し活をしているという部分では一緒だよね、っていう……でも僕はまず共感したくないしされたくないからな。僕が何かを好きでいることの感情とか楽しみ方は自分だけのものだと思う。推し活ってなんだよ、その日本語。みんなもっと自分の言葉で語るようにしたほうが良い。

 

それはそれとして、推しに認知されることについてどう思いますか。「推しに認知される」というのはつまり、自分が応援している対象の人物に自分のことを1ファンとして知ってもらうという意味の言葉です。

個人的にはなるべく認知されたくないよね~って思う。音楽のライブとか行って、あの人また来てるな、とかあんまり思われたくない。まあなんとなーく気づいてもらえてるくらいは良いけど。それで結果的に、応援してるってことが伝わって演者のやる気に繋がるなら。

 

そんな自分ですが、こないだ初めてとあるアイドルのイベントに行ってきました!

そこで名前を名乗ったら「あ、知ってる!」と言われて……えっ、やばい。初めて来たのに知るなよ。とうろたえたのですが、そのアイドルさんに「〇〇さん(知らないアニメキャラか何か)のアイコンでSNSやってる人でしょ?」と聞かれて、それ誰だよ!と思ったという次第でした。

でもそのイベントめっちゃ楽しかった! そのアイドルさんに対して、ファンをちゃんと認知してないじゃんなどと言いたいわけではなく、むしろこのくらいの距離感が楽しいな~ってすごく思った。すごくほんわかしましたよ。何度も行くと顔を覚えられるかもしれないからもう行かないかもしれない笑

この時は本当に日程のタイミングがすごく良い感じで、またとない機会だと感じたから行ったんだよね。それで行って良かったと思えたから嬉しかった。

ファッションの流行

服とかファッションの流行ってすぐ移り変わってしまうといいますよね。そう言われると服を買っていいのかどうか迷うね。

滅多に服を買わない自分としては、たとえばその時の流行のものを買ってもそれをずっと着続けてるうちに流行が変わっちゃうんじゃない?っていう悩みがある。

そこで、僕の服の買い方はこんな感じです。まず、流行の物なのかよく分からないデザインの服を買う。買ってから、何これ、という気持ちになる。しばらくクローゼットにしまっておく。そして数年後に着る。こうすることで、流行どころか誰もこんなの着てないよ、みたいな状態になるのでもうどうでもよくなるという仕掛けです。

数年前の自分けっこうセンスいいんじゃない?みたいな気持ちにもなります。

1月

あけましておめみとうございます!

2026年です。まさかこのタイミングで2026年がやってくるとは……

先月はしっかり制作を再開できた気がする。パソコン新しく買ったし。体調も完治ではないけどなんとか。

 

ここしばらく、制作できる日があったりできない日があったりしたけど、じゃあどのくらい元気があれば動けるんだなどと考えたりした。

そして今年はなるべく無心で活動していこうかなあと思う。というのは、がむしゃらにやっていこうという意味ではなくて単にどこまで頑張れるか考えずに動こうということ。そしたら自然にやる時はやるし、疲れたら何も考えずに休めばいい。それなら無理せず制作を続けられつつやるべき時にはちゃんとやれるだけの力を出せそうな気がする。

 

ちなみにパソコンは新しく買って1か月経つけど、めんどくさくて前と同じ作業環境は完全には復旧できていないという、、、気が向いた時とかに少しずつ取り戻したい。

 

なるべくストレスが無いように暮らしたいので、どうしてもこうするべき、みたいなことは無くしていきたいのだよね。幸い楽しいことは色々あるので。

每日、ロイヤルホストに、行きましょう……にっこり

傘ってつらい

先日、電車とかバスに立って乗るのつらいという話を書いたけど。同じくらいつらいのが、みんな思ってると思うけど「傘」ですね。

でも、傘って不便だよね~などと言うつもりは無いのです。片手がふさがってしまうのは大変だけど、自分の身を守るためなのでそのくらいは受け入れる。問題は、傘って構造的に風に弱すぎるだろ!という点。

雨天時など、平常時よりも比較的風が吹いていがちな場面で使うための道具なのに風に弱い……それがつらい……

傘をさしてると雨は防げるけど、風との戦いという今まではそれほど気にしてなかった別の問題がめちゃくちゃでかくなる。何これ? その部分をみなさんが納得して使っているのかどうかすごく気になります。

実際風が強い時に傘をさしてると傘が飛ばされたり壊れたりしないかすごく気をつかいながら移動することになるし、とにかく風に抵抗するために握力が消耗され続ける。これ、めちゃ揺れる電車に立って乗ってる時のつり革と同じつらさがある。とにかく疲れる。しかも完全に雨が防げるわけでもなく、常に濡れながらこのつらさとも同時に戦い続けるのって精神が削れていく。

みんな、そこ納得できているのか!? 何事も無いかのように平然と傘を使っている人たちに聞きたい。

自分はクリスマスプレゼントをもらえるのか

メリークリスマス!

クリスマスになると「子供のころサンタさんがプレゼント届けに来てた?」みたいな話題が定番になったりするね。しかしこういう話をしてる時、だいたい「プレゼントは確実にもらえるもの」という前提になっているので、ずいぶんのんきなものだと思う。

サンタさんは良い子にしてないと来ないってご存じない?(諸説あります) サンタさんはプレゼントをお願いしていても来る場合と来ない場合があるんですね。何を基準として来たり来なかったりするのかは明確には判明していませんが、良い子のところにしか来ないという説が有力。

つまりサンタさんが子供たちに対して良い子かどうかを判別しているということ……? サンタさんってなんかすごい存在っぽいし、わりと判断基準も厳しそう。少なくとも、厳格かつ公正なジャッジを下してきそうな雰囲気がある。

そう考えると、子供のころの僕は毎年ちゃんとプレゼントがもらえるのかどうか不安に思っていたのだよね。毎年確実にもらえる前提で話している人は、さぞ自分が良い子だという自信があったのでしょう。しかしサンタさんのジャッジの前でもその自信を保っていられるかな……? とにかく25日の朝、目が覚めて枕元にプレゼントが置いてあると安心したものです。

特に小さいころはなかなか新しいゲームソフトを手に入れる機会が無かったので、クリスマスプレゼントは絶好の機会なわけですし。良い子判定から外れてゲームソフトがもらえなかったらそれなりの損失。まあそれ以上に、プレゼントがもらえているということは良い子判定してもらえたんだということにまず安心してたかもしれない。

あと、嘘をつくと地獄に行くみたいなのも怖いよね! 日常生活って本当に油断できないものだと思う。

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