酒とホラの日々。 -62ページ目

ブログの古典

大人になるっていうのはまったくいいことばかりではありませんけれど、
明らかに「不毛で苦痛」な勉学を強いられることがなくなったのは
精神衛生上よかった面は確かにありますね。


たとえば古文。


言葉は生き物なんですから、使われなくなった言葉の「死骸」をこねくり回して
楽しいなんていうのは変態の域に近い、とある現役教師に言ったところ
そいつは日ごろから本当に変態だったので、
「それは黙っていてくれ」と頼まれたことがあります。


それはともかく、本なんか買うつもりはなかったのですが、
買い物の合間にちょっと覗いた本屋で
『宇治拾遺物語』なんてのが目に留まり、なんとはなしに
パラパラとめくってみるとよく見知った話がありました。


誰しもよく知っている話で、
「児(ちご)のかい餅するに空寝したること」
  比叡山のお寺に下働きの幼児がおりましたが、ある晩
  僧たちが、宵の口のつれづれに、餅でも作って食べようと
  話しているのを聴いて、寝る時間なのに出来上がってすぐに

出て行くのも悪かろうと思って、呼ばれたら出て行こう、

  いや、一度呼ばれたけれど、もう一度呼ばれたら出て行こう、

  と思っているうちにタイミングを逸して、

  しばらく時間がたってから「はあい!」と返事をしたので
  僧たちは大笑いした・・・
というあれです。
読んだことありますよね。


最後の「僧たち笑うこと限りなし」の一節を立ち読みしながら
一緒になって笑ってしまいましたが、物語の面白さはもちろん、
千年近い時空を超えて一緒に笑ったということにおいても
大変愉快な気分になりましたので、ご祝儀としてこの一冊買ってきました。

言葉はどんなに変わってしまっても人の心というものは
そうそうは変わらない
と言うことなんでしょうね。


ま、せっかく人心の普遍性に感心したついでに、
テレビや新聞で伝えられるテロや戦争、災害の惨禍においても
その中にいる人々にも同じ心がある、ということにまで
思いを至らせられればいいのでしょうけどね。

・・・なかなかできませんけれど。


凡愚の輩たる拙者としてはせめて、国家理念やイデオロギーや宗教なんてものが
人を型にはめたり、私たちが想像力を広げることを邪魔したりませんように、

と祈るばかりです。



(この日買った本)
『宇治拾遺物語』 角川ソフィア文庫


でも宇治拾遺物語なんてゴツイ箱入りの岩波の全集で持っていたんですけれど、小説でもない、訓話でもない、ひたすら面白いことを追求したような説話集には文庫文の体裁がふさわしいような気がしましたので、つまりは再購入です。
この愉快な説話集は現代で言えばまさにブログのようなものですね。
改めて感心しました。


年末のディズニーランド

最近多いらしいですね、いい年をした独身男で、パスポートを持っている人って。
私の年長の知り合いのS氏もそうのうちの一人です。
ええっと、この場合のパスポートとはもちろん、

東京ディズニーランドのパスポートのことですけどね。
パスポート持っているくらいだら、S氏、休みの日には
ちょくちょく思い立つとふらっと出かけていくのですね、一人きりで。

デズニーワールドのゲスト気分を満喫しようと、思い切り
おめかししてやってくるグループや、デートのカップル、家族連れ、
それに修学旅行の生徒なんかが着ぐるみとはしゃいでいるわけです。
そんなところに、ジャージにつっかけサンダルコンビニ袋、なんて風体の
小汚い男が近くでにやにや笑って立っていたら、
そりゃディズニーランドのの風景には似つかわしくはないかもしれません。

S氏、ディズニーランドで何をするでもなく、ぶらぶらしてるのですけれど、
生活感のない非日常的な人ごみの中が、外の世界のウサを
忘れさせてくれて、落ち着くというのですね。
特にお気に入りは、アトラクション最中の客の写真を展示販売してるところ。
急降下で絶叫の場面で、思い切りポーズとっているスレた客も多いのですけれど、
不意を突かれて無防備な表情をさらしている人の写真がたまらないのだそうです。

こんな人も増えたのを、今ではディズニーランド側も心得ているようですが、
つい数年前までは不審者と見られたのか、係員の「見張り」がついておりました。
S氏は、気まぐれに係員を捕まえて、明るくフレンドリーに微笑みかけて
ポッキー食うか?と誘ったのですが、
不慣れな係のお兄ちゃん、何事か叫んで逃げ出したのでした。

それが今ではすっかり野放しになって、S氏も
そこらにねっころがって愛読の勝馬(高級競馬新聞)読むわ、
コンビニ弁当食うわで、すっかり自宅同様にくつろいでいるのですね。
あそこは弁当持込に制限があるはずですけれど、S氏と目を合わせる
係員はいないようです。

いまやS氏に限らず、結構幅広い年齢でいるらしいですね、こういう人。
デズニーランドに大きく水をあけられた

ユニバーサルスタジオジャパンの「刺客」として送り込まれている、
という説もありますが、本当のところどうなんでしょう。

(断っておきますが、S氏は友人ではありません。)

オリーブに雪が積もったら

オリーブの実

ある日、近所で車の衝突ではないかと思われる大きな音が響いた。
室内にいてほとんど裸だった私は、
大慌てで手近のシーツを身にまといベランダに飛び出したのだが、
この有様を見た家族いわく、
 「屁理屈の相手してもらえなくなったからって、
 こんどはフィロソフィストのコスプレ始めたわけ?」(ゲラゲラ)


拙者はまじめな顔をして冗談を言うためか
意図的な嘘や詭弁を弄すると誤解されがちであるが
それにしてもひどい批評である。

それでも前向きな拙者はこの皮肉にひらめきを得て
その日さっそくオリーブの木を二本買ってきた・・・。
こうして我が家に根付くことになったオリーブは、
ほったらかしにも耐えて枝を広げて毎年秋には実をつけるに至っている。

この実は例年のことならいつの間にか鳥についばまれてなくなっているのだが、
今年は秋の実りが充実していたのか、今もって実がついたままだ。
でもオリーブの実の食用加工方法なんて知らないし、
使い道もわからずただ眺めているけれど、雪でも降れば面白い。
地中海の明るい眺めを引きずるオリーブの
濃紫の実と灰緑の葉が雪に包まれる光景はきっとおもしろい。

地軸がずれた地球の気候大変動で、南国に雪が降る
そりに乗ってソクラテスがやってきて
熱燗を一杯もらえるかね?とたずねる
そこでみんなでトーガ・パーティ。
(注:トーガパーティ:

以前流行った(??)ギリシャ風仮装カクテルパーティで、
男も女もトーガ(シーツみたいな古代ギリシャ衣装)をまとい
トーガ、トーガ、とわめきながら杯を干す)

ついでに私が走ってみようか、
雪をまとったオリーブの枝を持ってシーツをまとってサンダルはいて
「ユリイカ!」と叫びながら。
古代ギリシャの哲人のパフォーマンスとは誰も見てくれないだろうな。
雪の日に現れた不審者として通報されるのがオチか。。。

       (冒頭のイメージ写真は、オリーブだけ自家製)

ディープ・インパクト敗れる

一年を締めくくる大レース。

これまでの稼ぎをつぎ込んで、一発当てた金で

帰省の切符勝手、お土産買って、老親にも親孝行のはずがああ、、、

鉄板レースのはずが、ああ、、、

年末スキーの予算が、ああ、、

久しぶりに米買って帰るはずが、ああ、、、

質屋から布団と冬物の綿入れ出すはずがああ、、


信じられないことですが、本当にこんなのがいるのですよね。

普段馬券なんか買わない善良な老若男女も何気なく

手を出す有馬記念って・・・別に同情はしませんが、

こういう話って私の食欲増進に効果があります。(オオワラ)


でも有馬記念の後には最終レースが別に用意してあって、

もう一発勝負して取り戻すチャンスがあるのですよね、

きっとうちの会社のS氏なんかも買ってることでしょう。

「ああ、Sさん、財布と別の封筒から金出して、どうしたんですか?

ああっ、それは手をつけてはいけないお金じゃあ・・ああっ・・」


やくざ屋さんに聞いても、クスリはやめれても、博打はやめられないと

云いますからね。

こうして、幾多のにわか賭け事師から金を

巻き上げて、年の瀬は静かに暮れていくのでありました。。。
 

サタデー・ナイトの健康法

鳥人的な頭脳を持つ私は
音速の忘却力に対応するために
ふとした事物を覚えておくべく
意識的に印象的な命名を行うことがある。

たとえば体操動作。
体育会系体質にも関わらずデスクワークばかりで
日ごろから運動不足の拙者は、
我流で心地よいと思った動作を
意図的に行うことを心がけている(ことも忘れがちだが)。
そのツボにはまった動作を忘れないでおくために
これに名前をつける。

その成果。。。
 サタデー・ナイト・ストレッチ !

 UFOツイスト
 タクラマカン・巡礼ダイブ
 懺悔固め
 逆エビ・ジャンプ  
etc.


   フィーバー

(この件については解説はしないが、
名前からその動作を想像して、試してみることを
お勧めする。疲労倦怠に効果あり)

ここら辺までは良かったのだが、面白がって
いろいろバリエーションを増やすうちに、
 ジンバブエ・スピン、だの
 ロゼッタ・ホールド、だの
意味不明で後から名前を言っても
いったい何をやりたかったのかわからなくなったばかりか、
前に発見した動作に何度も新しい名前をつけて
再発見を繰り返しているような気がしてきて・・・

   _| ̄|○

      ・・・とり頭の日常は毎日が新鮮


(写真は本文とは特に関連はありません、;;;)

長い夢を見た後で

冷え込んだ朝、私にしては珍しく長い夢を見た。

夢は時間の経過につれて写真が色あせていくように、

しだいにリアルさを失っていき、壊れていくようにして目が覚めたが、

私は普段夢を見ないので少々動揺していたようだ。
以前とても好きだった相手が現れた夢のせいもあるかもしれない。


「恋愛の記憶は年を取っても減ることのない、魂の年金だ」と

言った作家がいたが、私はこれを信じない。
むしろ、かなわなかった恋愛は美しい思い出として

記憶のミイラのようにいつまでも私の心の中に居座らないように、

跡形もなく念入りに壊しておくのが私のやり方だったから。


それがまたはっきりした夢の中に現れては、

魂の年金どころかこれは「魂の負債」ではないか。


まだしばらく夢の記憶と意味を考えて余韻に浸っていることもできたが、
起きると顔が冷えていて、
その冷え具合からきっと公園の池が凍っているかもしれないな、

と思いたって大急ぎで着替えて家を飛び出た。


われながらこんな行動は子供みたいかも、と思ったが、
きっと、この日の朝のような突然舞い降りるわくわく感と、
そのわくわく感に反応する体をいつか失っていって
私はやがて年寄りになっていくのかもしれない。


浮き立つ気分は後でゆっくりと味わうような缶詰やレトルトではない
楽しみを後にとっておこうと思ったとき、
目の前の楽しみをやり過ごして、いじけた安楽な記憶に流されたとき、
年齢はどうあれ人はすでに年寄りになっているのかもしれない。


誰しも思い出にすがるような年寄りになりたくはないだろう。
過去と今の記憶を魂の年金になど繰り入れたくはない。

冬至、おめでとう

明日は冬至。

翌日からは太陽が回帰してくるわけで、
それゆえに冬至にお祭りをするところもあるんですね。
一年が冬の極点を通過する日ですから、
これから春を待つように改めて希望をもって行く末を展望したい日です。

寒さはこれからが本番ですが。

(そういうことは正月にやるもんだって?

いいんですよ、正月は正月にまたやれば。

とにかく明日は冬至で冬至カボチャ食って、

ユズ湯に入って、冬至酒飲んで、無病息災を祝う日)


冬至

で、今時分にふさわしいBGM

『A Winter Solstice』 Windham Hill


硬派ロック少年だった頃の私としてはウインダム・ヒルなんて

癒しをネタにしたスいた商売臭がプンプンとする産業楽曲は

嫌悪の対象だったけれど、青年の部AからBに移る頃やっと和解した。


「冬至」というアルバムタイトルの、音楽による冬の風景画ともいうべき、

私の持っている唯一のウインダム・ヒルによるクリスマス・アルバム。

(クリスマスの訳は洋冬至だからねえ)



恐怖の年末イベント


この時期、別に行かなくてもいいのだけれど
個人的酒席に出かける機会が多い。
先日はフレンチ風ベトナムレストランに行ったのだけれど、
植民地支配風の印象を売りにする、なんてのに抵抗があった。

民族自決!、脱欧入亜!、ポストコロニアルの
欧米資本脱却!、エマニエル婦人!

ブツブツ文句いいながら連れられて行ったが、
きれいな飾りつけのおいしいベトナム料理を
腹いっぱい食って、クリスマス期間のサービスで
銀のスプーンもらって帰ってきた。

え?これくれんの?サービスなの?

まあ今回のところはフランスの宗主国ヅラは許してやるけど、

拙者がサービスに弱いからじゃないからな!

 

最後に店先でベトナムのほうき売っていたので(300円)

みんなで一本ずつ買って帰ったが

背丈ほどの長いほうき持って都心を電車で帰る私らに

好奇の目が向けられた。なんかのイベントみたい?

まあ、年末だ。コレくらい大目に見てくれ。

 

あとは残されたイベントは
我が先輩のO氏との忘年会である。
これが実は一年の酒飲みを締めくくる大難事で
まともに無事に終わったためしがない。

 

 乱暴者のO先輩の所業・・・

 ある年は新宿の道の上で就寝中に夜が明けた。
 次の年は翌朝山の中の温泉に着いていた。
 また別の年は上着もかばんも忘れて店を出て挙句
 水をいっぱいたたえた側溝に落ちた。
 おととしはなぜか冬の都心で出現したカメムシが
 某氏の襟首から背中に入ったのを服の上から叩きつぶして
 レストランはパニックになった。
 去年はタクシーの中で人事不省になって気がつくと交番にいた。


もちろん、いずれも拙者はいつも酔っ払ったふりして途中で逃げたが
それでもいつも無傷というわけにはいかない。

ああ、世界人類が平和で健康でありますように・・・

冬のフードスタンド

先日某所で「深川焼き」を食べてきました。

これはたこ焼きの具のたこの代わりにアサリが入ったもので、

焼くとほのかに磯の香りがあたりに漂うのですね。

香りだけでなく、寒い晩に熱いふわふわのボールをほおばる幸せ。


やはり冬はあったかくてふわふわした食い物がいい、

と書こうと思ったのですけれど、今日は一日寒くて、

世の中で何が嫌いと言って、寒いのがなにより嫌いなわたしは、

寒いのを我慢していると、だんだん人間がねじくれてくるのでありまして

「おれは、青い空も白い雲も嫌いだが何より嫌いなのが、けちくさい暖房だー!」と

叫びだしそうになりますな。


ああ、クリスマスは暑い部屋でTシャツと短パンで、流しそうめんでもやってみたい。


(寒さで脳味噌ショートの日)

狩人の冬

この冬一番の強い寒気が来ているらしいですね。
こちら南関東は冬晴れで、真冬日になるわけでもないのだけれど
風が強くてぼーっと外に出ると、耳や手が千切れそうなほどで
すぐに家の中に退散です。

ただ、あったかい家にじっとしているのは
何か損したようなな気分にもなって
寒いときこそ冬の趣をハンティングに出かけねば、と
思わないでもありません。

でも家の中でもこうして
アクリルガラスのツリーと低い冬の日に長く伸びた影が
冬至期間に差し掛かっていることを実感させてくれます。

アクリルツリー
寒い日はこうして暖かい室内でゆっくりと過ごす、
・・・ことができずに文句言いながら出かけてしまうんですよねえ
生来の貧乏性ゆえ。


ダッシュで酒かって来よう・・・