雨上がる
梅雨時には、たいていどこでも道端や野原にまっすぐ伸びたタチアオイが元気に花をつけているのをよく見かけていることだろう。
重く垂れ込めた雨雲の下、すらりと伸びた背の高い茎に鮮やかな花はよく目を引く。
タチアオイに限ったことではないが、こんな美しい植物が野草同然にあちこちにあるのは湿潤で変化に富んだ日本の自然風土の豊かさのおかげである。
そんなタチアオイも、このところすこし勢いが失せてきたようで、まっすぐに伸びた茎もすこし曲がって花の色もあせてきた気がする。
タチアオイが落花し傾いてくるというのはそろそろ梅雨明けのサインだから、
雨模様の時期をくぐりぬけた季節はいよいよ夏本番を迎えることになる。
梅雨時の空気にも鮮やかなタチアオイにもまた一年のお別れだ。
たしかにこのところの雨上がりには、本格的な夏の空気が濃く漂う。
嫌われがちな雨の季節ではあったけれど、豊かな緑と生命をはぐくんでくれる梅雨が
もうじき去ってしまうのもちょっと名残惜しくて、
雨の上がった空をまっすぐ見上げずに、
私は水たまりに映った空をしばらく眺めてみた。
臭いは世につれ、世は匂いにつれ
R氏が周囲からうとまれているように感じだしたのはここ数年のことだ。
覚えている限りでは、あるとき家族に「お父さん、臭いよ」と言われたのが初めだったと思うが、その後家族が顔を背けるそぶりを見せることがあっても、何を大げさな、と別に気にも留めなかった。
汗をかくことがあるのは当たり前だし、毎日風呂にもはいっていれば着替えもしているし、さすがに会社では露骨に「部長、臭いですよ」などと言ってくる者はいなかったのだ。
それでも次第に家族の指摘もそばに寄ったときの反応もエスカレートしてくると、なんだか電車の中でも乗り合わせた周囲の人が自分を見て眉をひそめているような気がしてきた。
そこであるとき「体臭がちょっと濃くなったかな?」と、本人は冗談めかした気分で奥さんに聞いてみたところ、なんとも厳しい答えが返ってきた。
「ちょっとじゃないわよ。どれほど臭うか、これまでも散々言ってたじゃない。
子供たちだって、洗濯はお父さんの服や下着とは絶対に一緒にしないでって言ってるくらいなのよ」
「え?なにをふざけたことを。人間誰だって生きてる限りは体臭があるのはあたりまえだろう。」
「あのね、あなたの臭いのはもう普通じゃないの。あなたの枕なんか臭い汗染みが出来ていくら洗っても取れないんだから。 耳の後ろから黄色い汁でも出てるんじゃないの!?
きっと会社でもみんな迷惑してるんだから、少しは気をつけなさいと言ってるじゃないの」
さすがにR氏もムっとして反論した。
「昔から人から体臭が出るのは当たり前だったのに、今の世の中潔癖症すぎるんだよ、洗剤会社や香水会社の口車に乗せられてるんだよおまえらは。おろかな連中だ。」
「世の中はずっと変化してるのよ。あなただけまだ昭和の人をやっていたいのなら、
山奥にでも行って一人で暮らせば?。 周りに何も気を使わない人は世の中の迷惑なのよ、わかる?」
R氏は「話にならん!」と激昂して、奥さんの出してきた、デオドラント石鹸やら、防臭スプレーやらオーデコロンの類を乱暴に払いのけると、足音高く寝室に入りふてて寝てしまった。
*
・・・次の朝、R氏は目を覚ますとどうしたことか虫になっていた。
異変に気づいて、いつも生え際をチェックしている枕もとの鏡の前に這っていくと、見えたのは情けなくもさえない虫の姿だった。
うろたえたR氏がどうしてよいか分からず枕の上をうろうろしていると、やがて起こしにやってきた奥さんが枕の上に虫がいるのを見つけた。
「あらいやだ、汚いカメムシが入ってきてるじゃないの。ちょっとE子、ティッシュ持ってきて~、臭い虫がいるのよ、そっとつぶさないようにゴミ袋に捨てるから。」
こうして捕まえられたカメムシのR氏は、ティッシュごと丸められて燃えるごみの日の回収車で運ばれていってしまったのだった。。。
お話はこれでおしまいだ。
とっぴんぱらりのぷう。
*
本日も最後までお読みくださりありがとうございました。
え? 何が言いたいのかって?
まあ、臭いの件はただの一つの例ですが、好むと好まざるとに関らず、私たちは今の時代に参加して生きています。時代を選ぶことは出来ません。
あとはどうか皆さんで考えてください。。。
日本の美術文化財の海外流出事情
学生時代の知り合いだったある女性は顔が大きかった。大川桃子という名前だったのに、みんな大顔桃子と呼んでいた。
顔立ち自体は整って色も白く特に欠点もないのだが、部品の一つ一つがどれも大きく、彼女を目の前にした人はみな圧倒されてしまったし、顔の印象があまりに強いので、向こうから歩いてやってくる姿は二頭身の漫画キャラクターのように感じられてしまうのだった。
当時は世の中のマスゴミこぞって小顔をもてはやしていた時期で、みんな小顔美人を目ざすべきと盲信していたような時代だったから、きっと彼女はつらかったに違いない。
彼女についてはまず何をおいても最初に「顔が大きいから」という定着したイメージがつきまとい、その余計な観念が彼女についてのそれ以上の評価を邪魔してしまっていたかもしれない。
就職してすぐ、会社の防災訓練では支給されたヘルメットに頭が入らなかったという事件が起きて、大顔伝説はヒートアップし、様々なウワサがまことしやかに流れ出した。
曰く、顔に塗るファウンデーションは三日でなくなってしまうだの、小顔トレーニング機を装着したら瞬時にはじけ飛んで壊れただだの、プールに飛び込んだら水が半分以上叩き出されただの・・・。
もちろん彼女も様々な工夫をしていた形跡はある。あるとき突然髪をワンレンにしたことがあったが、当時ワンレンはブス隠しといわれた髪型であり、多少の難は隠せるものと信じられていた。
もちろん、それでどうしたということもなく、印象が大黒様から突然髪振り乱したワンレンのヤマンバになったようなもので、大顔伝説が衰えることはなかったのだ。
この結果、どこへ行っても彼女は顔の大きいことばかり取り上げられる女三枚目キャラだったのだ。
ところがそれからだいぶ月日は流れ、学生時代の仲間はそれぞれの生活の中で互いが疎遠となったころ、恩師を囲んで学生時代の仲間が集う機会があって、何年かぶりかにやってきた彼女を見てみんな驚いた。
アメリカ人の夫と現れた彼女は、顔の形も大きさも変わってはいなかったが、印象はまったく変わっていた。派手目の化粧と衣服に包まれた彼女はまるでハリウッドの女優をも圧倒するような堂々とした美人であったのである。
もともと彼女は人並みはずれて顔が大きいという印象があった他は部品一つ一つとっても非常に整っていたうえ、肌もきれいだったし、太目とはいえスタイルもよく日本人にはちょっとボリュームがありすぎただけで、大変グラマスな肢体の持ち主だっただけだったのかもしれない。もちろん知的で性格にも難はなかったはずだ。
顔の大きいのを気にしてあまり化粧もしていなかったが、自信をもって堂々と化粧し振舞うだけでがらりと印象が変わってしまっていたのに、みんな声すら出なかった。
成田からアメリカの自宅に帰ると言う彼女とその夫を見送って、幸せそうな様子にみなほっとするとともに、いまさら彼女をどうしたというわけでもないけれど、当時いったいみんなどこを見ていたのか?とそこにいたみんなそれぞれが自問したことだろう。
何事もいつの時代も私たちは、自分ではいっぱしの評価をしているつもりでいても、浮世の、マスゴミやら評論家やら他人の評価に乗って流されているだけなのかもしれない。
作られた流行やうわさのノイズの中にあって自分自身の曇りない目で人物や物事を見るというものは、いやはやなんと難しいことなのだろうか。
百五十円均一の殿堂
八百屋だったマサさんが新しい店を始めたのは去年の秋のことだ。
マサさんの店は、十数年前までは小さいながらも地域の暮らしを支えた賑やかな商店街の一翼を担うそれなりに羽振りの良い八百屋だったのだけれど、いつの間にか商店街は一店舗、また一店舗と店が欠けていき、近年は全国どこにでもあるシャッター街と化してしまっていた。
マサさんも店をたたんで普通の勤め人になろうかと相当悩んだようだったが、去年一期念発して八百屋とはまったく違う店を立ち上げたのだった。
きっとこれは近くのショッピングセンターでいつか、当時新進の百円ショップにできた人だかりを見て、あまりの繁盛ぶりにショックを受けたことと、その後の百円ショップが次第に成熟し、ひところの勢いが無くなっていったことに何かインスピレーションを受けたことによるものだ。
バブル後の景気低迷のなかにあって百円ショップの日の出の勢いは、マサさんのような昔ながらの商店の経営者には大きな衝撃だったはずだし、商売のあり方を考え直すきっかけになったことは間違いない。
祖父の代から同じような商売の毎日を送ってきたマサさんには、大きな景気後退の中での百円ショップの華々しい登場は、とてつもない大きな衝撃で、もはやトラウマになっていたと言ってもいいほどだったのである。
大きな成功事例を目の当たりにした後で、百円ショップがもはや当たり前のものとして世間に受け入れられてかつての勢いをなくして行ったところに、 マサさんは商機を嗅ぎ取った、と思った。
あれほど大きな成功を収めた百円ショップの商売のモデルにはもう大きな可能性が無いとはとても思えなかったし、きっと百円ショップに隣接するところに誰も気づいていない商機がまだ潜んでいるのに違いないと考えたのである。
「それはなんなのだ?」
毎日毎日考え抜いたマサさんの出した回答が、「百五十円ショップ」だった。
*
百円では扱われる物が限られているし、百円で買えるものには新鮮味がない。今はみんなに飽きられた百円ショップだが、だからといって低価格で良いものを求めるニーズが無くなったわけではない。 むしろ近年そうした需要はますます増えていると言えるだろう。 だから、ちょっと目先を変えて、もっと高級な物、良いものを提供すれば顧客は食いついてくるはずだ。そうマサさんは考えたに違いない。
「百五十円均一の殿堂」
八百屋の屋根の上にはキンキラキンの看板が立ち、店内の棚にはたくさんの日用雑貨や用途のよく分からない商品が並べられた。
たしかにこれは安易すぎる発想だ。 でも低迷する商店をなんとかしようとしたマサさんの自己を賭けたトライを、誰が安直な発想だと非難することができようか。
*
そして半年以上過ぎた今、百五十円の看板はそのままだが、再び転業したマサさんは、有機野菜の小皿料理を出す居酒屋の店主となっている。
繁盛とまでは行かないが、現代の健康志向に沿ってそこそこ商売はできているらしい。もちろん小皿はほとんどがいまもひとつ百五十円である。
マサさんの挑戦はまだまだ終わってはいないのだ。
眠気と野生の低気圧
このところ雨降り続きで、さすがに雨好きを公言している私も湿気と低気圧のせいか体調が今ひとつだ。 だがそもそも人間自体が自然の一部なのだから、自然の動きと連動して体調も変化するのは当たり前のことだ。
息をすることひとつとっても、息を吸えば取り込まれた空気は体の一部となり、体を巡る空気の分子が入れ替わる。呼吸する空気は工場で加工され選別されて詰められたボンベのガスではなく、無加工の、野放しの、野生の、都会であればノラの空気と言った方がしっくり来るかもしれないが、ともかく自然に循環する大気と私たちは境目無くつながった存在だ。
梅雨まっただ中で体調も気分も今ひとつ。 それでも現代社会はいつもと変わらぬパフォーマンスを当然の如く求め、私たちもそんな要求に応えるのは当たり前すぎるほど当然と受け止めているようだ。
居座る低気圧に垂れ下がる雨雲、湿ったかび臭い空気と濁った川、湿気に煙った眺めに眠たくなるのも自然と境目なくつながってある私たちとしては当然のことだ。 草木や風景同様、晴れた日とは心も体もその動きざまが違ってくるのは怠けているのでもなければ、私たちの都合で社会に不適合を起こしているわけでもない。
当たり前のことなんだよ。雨降りの続くこともあれば、頑張らなくていい時だって当然、ある。
そう、今日のところは頑張らなくていいんだよ。
雨が降ったらお休みだ。
怪奇心霊スポット「おいてけ森」
近所に知る人ぞ知る怪奇スポットがある。近隣では有名だ。
理不尽なことだがこの私も噂の妖怪に遭遇したことがある。
そこは公園の裏手の緑地帯と金網のフェンスに挟まれた比較的広い通り抜け通路なのだが、場所柄、人も車もあまり通らない。うらぶれた寂しい緑道である。
ある時、自転車に乗って出かけていた私は、先を急ぐあまりついうっかり普段は通らないこの通路を通ってしまったのだが、通路の中程に差し掛かった頃、異変は起きた。
なんと片側の貧弱な緑の間あいだから老婆の顔がいくつも現れ、金網をつかんで一斉に叫び声をあげていたのである。
「おにいいさああん、おにいいさあ~あん、お願いだよう、おお~う、おおうう~」
通りすがりの人間の服も魂も引き毟ろうとするかのように、しわだらけの黒い手を金網のあいだから差し伸べててんでに絶叫する様子はまるで奪衣婆の集団であろうか。
驚いた私は金網からできるだけ遠いところを必死で目をそむけ自転車のペダルをこいでその場を離脱したのだったが、思うように足に力が入らず、こいでもこいでもなかなか速力を上げることができなかったのは、よほどたちの悪い妖気にとらわれかけていたのだろう。
「あああ、なんだよううう、後生だようう~、おおううう・・・」
後方では身の毛のよだつうめき声が恨めしげに続いていたが、きっとあの貧相な緑木の向こうは賽の河原が広がっているのに違いない。
近所には同様の経験をした人はとても多い。信じようと信じまいと、魑魅魍魎、妖怪変化は厳然と存在することを認めざるを得ないことはあるものだ。
*
ところで話は変わるが先日ある時、町内会のお年寄りのグループにテニスに誘われた。主なメンバーは私の母親のような層なのだが、地域活性化のため積極的に町内行事には参加することにはしたのだが、一つだけ気になることがあった。
それは公園のテニスコートの裏手があの妖怪スポットだったことである。
それでも当日は何事もなく和やかにテニスが始まり、私も妖怪のことはテニスに熱中する中で次第に忘れていった。お化け騒動などみじんもなく当日は楽しいことだけであった。こうして、私の怪奇体験も現実的な体験と考えの中に紛れて消えていったのは何よりだったといえるだろう。
ただ、一つだけ気になったのは打球が大きくコートをはずれ周囲の植木とフェンスも越えて道路に飛び出してしまったときのことだ。
立場上私が「拾ってきましょう」とは言ったものの、フェンスの向こうに回るのは大変な迂回をしなければならない。そこで私は人が通りかかるのを見かけて、植え込みの緑のあいだから手と顔を出し金網フェンスをつかんで声をかけたのだが、誰も見向きもしてくれなかったのである。
「おお~い、兄さ~ん、たのむよう、玉拾ってくれよう~、おお~い、おお~い」
私は声を限りに懇願したのだが、みんな顔を背けて足早に通り過ぎてしまうのだった。現代はなんとも薄情な世の中になったものである。。。
週末の修行者
このところ断食の行をしている。
と言うと何事かと思われるかもしれないが、何のことはないただ週末に一食抜くだけのことで、金曜日の晩の週末「ぷち断食」である。
別に修行というほどのものでも全くなく、まして信心に目覚めたわけでも何かへの抗議でもない。実のところ年に一度の成人病検診が近いためなのである。
ついでに誤解の無いように付け加えるならば、私は別に持病を抱えているわけでもないし、太ってもいない(痩せてもいないが)。
成人病検診なのだからありのままの普通の姿で望めばいいなどというのは、成人病検診に対する姿勢として真面目ではないと言わねばならない。
そんなことを言う人は成人病検診で病気や不調などが発見されてうれしいとでもいうのだろうか。現実逃避願望があるような人ならいざ知らず、普通人にとっては困惑である。まして、至った病気は難治性のものかもしれないし、手遅れであるかもしれない。
不意の病気宣告で日常が分断されてしまうというのは誰にとっても愉快なものではない。
もちろん普段から節制を心がけ、体調の微妙な変動に留意し、健康のためなら死んでもいいと思うのは大げさだが、健康維持開発推進の優等生であるなら心配はないことだろうが、たいてい私のような凡人という者は試験が間近に迫ってからあわてて勉強を始めるように、健康診断が近づいてきて自分の体調全般に気をもみ始めるのである。
その意味で、定期的な健康診断は不勉強な者に勉強のきっかけを与えるが如く、不摂生な者に節制の機会を提供しているとも言えるわけだから、それだけでも有意義なことだとも言える。
もちろん、それでもなお健康診断間近に普段通りの鯨飲馬食を繰り返す者もいるが、それただ自分に対する想像をする力が欠如しているか、現実を直視したくない小心者である。要するによほどの天才かただの劣等生の一種でであるかもしれないが、ソレはここでは追求しない。
こと私の場合は常時一般人より余計に飲み食いする傾向にあり、過食大酒がきっと良くないだろうと思ってはいるから、食事の節制を考え始めるのが健康診断が視野の向こうにちらちらし始める時、というワケなのである。
そこで去年までは検診の二ヶ月前くらいから食ったものをすべて記録し、体重や体脂肪のグラフをつけ、徹底的に(そういう性格なので)自己管理を試みてそこそこの体調管理を考えてみるきっかけにはなっていた。
が、今年はここ三年では最も忙しく、しかも年のせいかマンネリのせいか、また試合前のボクサーみたいな管理を繰り返すのがどうにもおっくうで、ぐずぐずしている間に検診が二ヶ月以内に迫ってきてしまった。そもそも人間というものは飽きっぽいものだし、つねに楽な方策を求めたがるものだ。
そこで横着な私が思い付いたのが週末ぷち断食というわけで、これなら、休みの前に一食抜くだけで、私にはちょっと新鮮で、しかも継続的な努力は必要としない。度を超した大食漢の私であるが、日に3度週に7日飯を食うとして、週一食抜くと言うことは週に21分の1つまり約4.8%程度の食事の節制になるのではなかろうか、と思った(というよりそう思いたい)わけである。
本当かどうか知らないが、人間の体は数週間で大方の細胞が入れ替わると言うから、週に一度数週間、週末ぷち断食を繰り返せば、4.8%のシェイプアップになるのではないか(注:そう簡単には問屋がおろさない事ぐらい私だって知っている)、という期待をもって週末ぷち断食に取り組んでいるのである。
でもまあ、何度か週末ぷち断食を繰り返した感想を言っておくと、これはイイ。酷使しがちな内臓諸器官に安息日を与えて体がリセットされるような感じというか、土曜の午前にはすっきりと身が軽いような感覚を覚えるのである。
週末ぷち断食の医学健康的な効果は、良いのか悪いのかも含めて私は知らないが、実際に感じる一週間の疲れを一新し爽快な休日が迎えられるということだけでも、今の私には新鮮でプラスの効果をもたらしているとは言える。
まだしばらく、飽きるまでは繰り返して見ることだろう。。。
部長、ワイシャツからチクビが透けてます
このところ、安い値頃ファッションの支持が広がって来ているが、何着ても着こなせる若い者はともかく、中身がボロくなって安易にただの安物は着れなくなってしまった大人のファッションはどうするか、という話で盛り上がった。
ほんと、どうするのだ?
というわけで以下は、自分記事の無断盗用である。盗用だが著者はこの私であるし、お釈迦様だってキリストだって説教のたび同じ事を繰り返し言っていたに違いないことを考えれば私が同じ事を書くことぐらいどうと言うことはないのだから、気にしないでいで読んでいただきたい。
読んだのはこれ、
『部長、ワイシャツからランニングが透けてます』 ドン小西 / 角川新書
日本の大人(おじさん層)に向けた、ファッション評論本である。
日本のおじさん(じいさん)ファッションというと、平日は型にはまったスーツ姿と、休日は背広・ジャージ・つっかけサンダルのような、とことんイケていないスタイルが主力のような気がするが、この本ではとりあえず、そこまでの底辺層はあまり相手にしていないらしい。
近年はビジネスカジュアルだのクールビズだの、世の中の変化と業界の思惑に翻弄される日本のサラリーマンに対するファッションの要求の難易度は高く、何が正解かと迷う人も多いのだろう。
そんなこと自分で考えろといっては身も蓋もないのだが、たいてい誰かに何か方向を示してほしいと思っているから、ここにファッション評論家の飯の種もある。そしてこの本の柱もおじさんファッションの分類と、おじさんへのファッション指南である。
本書では現代のおじさんファッションを類型化し、オバマ大統領や麻生首相に代表されるおじさんファッションの先端トレンド(?)との比較もして考えましょうという設定は、とりあえず具体的で分かりやすい。
ただし、これはあくまでファッションを作り出して流行らせてナンボの業界人の目線である。本人の中身が身なりに表れるだの、自分を主張する戦略としてファッションに気を遣えだのというのは、まったく目新しい話ではないし、結局話は「今のトレンドを追いかけないとあなたは時代の変化についていけない人と見られますよ」、というような安い脅しめいたオチでは、納得する内容に乏しい。
たとえば、今のトレンドは細身の服がスタイリッシュだと著者もこれを推奨しているようだが、現実によく見かける流行の若者向けのようなスーツを着ているおじさんが、窮屈な上着では出っ腹を隠せず、細いズボンには腿の肉の削げ落ちた脚を強調されているのを見ると、似合わないどころかもはや物悲しいものを感じる。
ここら辺がいったい誰のためのファッション考察なのかと、ステレオタイプの評論を感じ、とてもまじめに読む気が失せるところではある。
全体として本書はファッションの典型の分類も話もありきたりで目新しいところも示唆するところも乏しいが、一昔前に流行った「チョイわるおやじ」を真に受けた連中を、「チョイ馬鹿」にしているのなどは面白いし、「一時のギャグ」として読むのならそこそこ楽しめる。
・・・で、大人のファッション指南は?
誰か参考になる本を知ってたら、迷っている人に教えてあげてほしい。。。
夏至の雨
夏至の日の午後、低くたれ込めた雲から落ちる雨は強弱を繰り返して地面も、地面から伸びる樹や建物も、シャワーで叩き流すようにして洗われていた。
雲越しの弱光のせいかグレートーンの基調が強調された町中の風景には、くるくると行き交うカラフルな雨傘やファッションがいっそう際だち、人波を眺めて飽きることがなかった。
色鮮やかなラバーブーツを履いた女性が目立つのは今年の流行なのだろう。ブーツでなくともラバー製の雨の日用のパンプスも少しずつ増えているようだ。 雨の日もオシャレに外出を楽しむ姿は当人ならずとも見る物の心を弾ませるものがある。
しばらく大通りに沿って行き交う人の足取りを眺めていると、急に強まった風が雨をあおり大粒の水滴が車の窓越しの視界を妨げた。そこでふと車の中に目を戻すと、乾いた静かな車内でずっと待機していた運転手と視線が合った。
「出しますか?」
「ああ、ここはもういい、行ってくれ。」
静かに動き出した車は雨水をかき分けるように通りを離れ、次は河川沿いの緑道を移動していった。やがて適当なところで車を止めてもらい、ひとけのない河川敷を見渡すと、私は車窓から雨に煙る緑が、川面に映り込んでは水かさを増したうねりと共に流れ去っていくのを飽きずに眺めていた。
江戸時代には花見や月見と同様、雨見という楽しみがあったようだ。
天気予報も雨雲レーダーもない時代だが、どうもこれはいい雨が降りそうだとなると、風流好みが屋形船を仕立てて川や掘り割りを巡っては雨にむせぶ町並みや樹木の見せる情緒を楽しんでいたのである。
江戸は縦横に水路の切られた水の都だったが、今では埋め立てられ混雑が優雅な移動を許さない。そこで一計を案じた私は車を手配して雨見に好適なスポットを巡っていたのである。黒塗りの大きな車であるのは静かで雨の日に目立たないためだった。
河原でしばらくすると水面にできる波紋が小さくなっってきた。
雨音に変わって鳥のさえずりがしてきたことにに気がつき空を見ると、確かに雨脚が弱り雲が薄く空が明るくなってきていた。もうすぐ夕方にはほとんど小やみになることだろう。
「どうしますか?」
「ああ、今日はもうこれまでにしよう。ご苦労さんだったね。」
雨見を切り上げた私は、車を行きつけのバーにつけてもらい、そこで夏至の日の東京情緒を締めくくることとしたのだった。
*
(お詫び) 記事の雨見は本当ですが、実際の私は夏至の日、パソコンの向こうの雨と緑を眺めていただけです。ハイヤーもバーも、こんな雨見がしてみたいものだなあ、という空想でございます。
ホント、いい酒と風情のわかる仲間がいればもう言うことはありません。。。





