眠気と野生の低気圧
このところ雨降り続きで、さすがに雨好きを公言している私も湿気と低気圧のせいか体調が今ひとつだ。 だがそもそも人間自体が自然の一部なのだから、自然の動きと連動して体調も変化するのは当たり前のことだ。
息をすることひとつとっても、息を吸えば取り込まれた空気は体の一部となり、体を巡る空気の分子が入れ替わる。呼吸する空気は工場で加工され選別されて詰められたボンベのガスではなく、無加工の、野放しの、野生の、都会であればノラの空気と言った方がしっくり来るかもしれないが、ともかく自然に循環する大気と私たちは境目無くつながった存在だ。
梅雨まっただ中で体調も気分も今ひとつ。 それでも現代社会はいつもと変わらぬパフォーマンスを当然の如く求め、私たちもそんな要求に応えるのは当たり前すぎるほど当然と受け止めているようだ。
居座る低気圧に垂れ下がる雨雲、湿ったかび臭い空気と濁った川、湿気に煙った眺めに眠たくなるのも自然と境目なくつながってある私たちとしては当然のことだ。 草木や風景同様、晴れた日とは心も体もその動きざまが違ってくるのは怠けているのでもなければ、私たちの都合で社会に不適合を起こしているわけでもない。
当たり前のことなんだよ。雨降りの続くこともあれば、頑張らなくていい時だって当然、ある。
そう、今日のところは頑張らなくていいんだよ。
雨が降ったらお休みだ。
