百五十円均一の殿堂 | 酒とホラの日々。

百五十円均一の殿堂


酒とホラの日々。-横ピーマン


八百屋だったマサさんが新しい店を始めたのは去年の秋のことだ。

 
マサさんの
店は、十数年前までは小さいながらも地域の暮らしを支えた賑やかな商店街の一翼を担うそれなりに羽振りの良い八百屋だったのだけれど、いつの間にか商店街は一店舗、また一店舗と店が欠けていき、近年は全国どこにでもあるシャッター街と化してしまっていた。
マサさんも店をたたんで普通の勤め人になろうかと相当悩んだようだったが、去年一期念発して八百屋とはまったく違う店を立ち上げたのだった。 

 

きっとこれは近くのショッピングセンターでいつか、当時新進の百円ショップにできた人だかりを見て、あまりの繁盛ぶりにショックを受けたことと、その後の百円ショップが次第に成熟し、ひところの勢いが無くなっていったことに何かインスピレーションを受けたことによるものだ。
  
バブル後の景気低迷のなかにあって百円ショップの日の出の勢いは、マサさんのような昔ながらの商店の経営者には大きな衝撃だったはずだし、商売のあり方を考え直すきっかけになったことは間違いない。
 

祖父の代から同じような商売の毎日を送ってきたマサさんには、大きな景気後退の中での百円ショップの華々しい登場は、とてつもない大きな衝撃で、もはやトラウマになっていたと言ってもいいほどだったのである。

 

大きな成功事例を目の当たりにした後で、百円ショップがもはや当たり前のものとして世間に受け入れられてかつての勢いをなくして行ったところに、 マサさんは商機を嗅ぎ取った、と思った。

 

あれほど大きな成功を収めた百円ショップの商売のモデルにはもう大きな可能性が無いとはとても思えなかったし、きっと百円ショップに隣接するところに誰も気づいていない商機がまだ潜んでいるのに違いないと考えたのである。

 

「それはなんなのだ?」
毎日毎日考え抜いたマサさんの出した回答が、「百五十円ショップ」だった。
 

 

百円では扱われる物が限られているし、百円で買えるものには新鮮味がない。今はみんなに飽きられた百円ショップだが、だからといって低価格で良いものを求めるニーズが無くなったわけではない。 むしろ近年そうした需要はますます増えていると言えるだろう。 だから、ちょっと目先を変えて、もっと高級な物、良いものを提供すれば顧客は食いついてくるはずだ。そうマサさんは考えたに違いない。
 
「百五十円均一の殿堂」 
八百屋の屋根の上にはキンキラキンの看板が立ち、店内の棚にはたくさんの日用雑貨や用途のよく分からない商品が並べられた。

たしかにこれは安易すぎる発想だ。 でも低迷する商店をなんとかしようとしたマサさんの自己を賭けたトライを、誰が安直な発想だと非難することができようか。

 

 

そして半年以上過ぎた今、百五十円の看板はそのままだが、再び転業したマサさんは、有機野菜の小皿料理を出す居酒屋の店主となっている。

 
繁盛とまでは行かないが、現代の健康志向に沿ってそこそこ商売はできているらしい。もちろん小皿はほとんどがいまもひとつ百五十円である。
  
マサさんの挑戦はまだまだ終わってはいないのだ。