ニューヨークに住むラリーは、現在失業中。しかも最愛の息子ニッキーは、元妻の再婚相手になついてしまっている。父子の絆を取り戻すため、まずは仕事を持とうと決心したラリーは、自然史博物館の夜警の仕事に就く。しかし勤務最初の夜、ひとり見回りを始めたラリーは愕然とする。ホール中央にあったティラノサウルスの骨格標本が、忽然と消えているのだ!その直後、ラリーは館内を動き回るティラノサウルスに追いかけられ…?!

恐竜のホネに動物のはく製、過去の偉人達の人形やジオラマ、そしてモアイやミイラ…。そんな自然史博物館のバラエティ豊かな収蔵物が、夜になるといっせいに動き出す?! 新米夜警のラリーはせっせと歴史を勉強し、その性格や“弱点”を把握、個性の強い彼らを次々と手なずけていく。そして初代ローマ皇帝オクタヴィウス、フン族の王アッティラ、米国大統領セオドア・ルーズベルトなど、博物館でしかありえない時空を超えた奇跡の“顔合わせ”が、次々と予想外の大事件を巻き起こす!ベン・スティラーとロビン・ウィリアムズという二大コメディ俳優の共演も見逃せない。VFXは『ナルニア国物語』のリズム&ヒューズ社。

「我が生涯に、一片の悔いなし」。覇者と救世主、拳王と伝承者、そして、兄と弟。ラオウとケンシロウの最後の戦いを描き出す。憎しみでもない、怒りでもない、残されたのは……愛。

この物語を、いまだかつて誰も見たものはいない……。壮絶にして壮大なる拳闘叙事詩<バトルサーガ>全5部作。“漫画界の奇跡”と呼ばれた漫画原作・アニメ版「北斗の拳」から二十数年。混迷を深めるばかりの時代に、北斗の熱き漢たちの魂は、いまだ滅びることなく輝きを放つ。英雄叙事詩としての完成度を追求するがゆえ、漫画・アニメでは切り取られていたエピソード。この五部作が続くのは、まさにその凄絶で深い愛に彩られたエピソードの数々である。「北斗」の男達の悲しき運命が交錯する時、歴史を変える壮絶な拳等が幕を開ける!!!(作品資料より)

80年代に爆発的な人気を博した5人組、“PoP”のメンバーだったアレックス。しかし、解散後に発売したソロアルバムが泣かず飛ばず。今では、過去のスターとなっていた。ある日、若者に絶大な人気を誇るシンガー、コーラ・コーマンからアレックスに、曲の依頼が入る。またとない復活のチャンスだが、曲を書くのは10年ぶりで、作詞が出来ない。そんな時、自宅の植木係りとして雇ったソフィーに作詞の才能があることに気が付く。

今振り返るとちょっと笑っちゃう80年代のアイドル・バンド。その80年代アーティストをからかいながらも、ロマンティックで、ラストは胸キュン(古い?)しちゃうラブ・コメディ。主演は、ヒュー・グラントとドリュー・バリモア。ヒュー・グラントは、“元いい男”という新しいポジションを確立し、それを楽しんでいるかのようだ。今回、ワム!のアンドリュー・リッジリーを彷佛させる役を、スウィートに演じている。歌を数曲披露しているのも見どころのひとつ。監督は、『トゥー・ウィーク・ノーティス』で長編デビューし、ヒュー・グラントとも息の合ったマーク・ローレンス。

アフリカ・シエラレオネ共和国。反政府軍組織RUFに捕まり闇ダイヤの採掘場で強制労働を強いられていたソロモンは、作業中に大粒のピンクダイヤを発見。再び家族と暮らすために危険を承知でそれを隠すが、直後に政府軍によって捕らえられてしまう。一方、刑務所で巨大なピンクダイヤの話を耳にしたダイヤ密売人のアーチャーは、その在り処を聞き出すために、同じ刑務所に収監されていたソロモンを釈放させよう画策し…。

アフリカの地域紛争で武器等の資金源となっていると言われる、不法取引されたダイヤモンド。この“ブラッド・ダイヤモンド”の問題を中心に据え、ダイヤで結びついた3人の男女の姿を力強く描いた社会派ドラマ。骨太なメッセージを発しつつも物語はヒューマンドラマとして展開し、感動的なラストへと向かっていく。この作品でアカデミー賞主演男優賞にノミネートされたレオナルド・ディカプリオが演じたのは、元兵士のダイヤ密売人。現地独特の英語アクセントを身につけた上で、裏の世界に生きる男をメリハリのある演技で表現した。監督は『ラストサムライ』のエドワード・ズウィック。

かつてボクシング界の栄光の階段を昇りつめた男・ロッキー。しかし今では愛する妻に先立たれ、息子は家を飛び出し、孤独とともに日々を過ごしていた。そんな中、かつての馴染みのバーに立ち寄ったロッキーは、マリーというシングルマザーと出会う。その後彼は、心の喪失感をぬぐうために、再びボクシングを始めることを決意するのだったが…。

『ロッキー5/最後のドラマ』から16年の時を経て制作された、ロッキーシリーズの完結編。最愛の妻エイドリアンを失い孤独と悲しみの中で暮らすロッキーが、再びボクシングにチャレンジする姿を描く。監督・脚本・主演を務めるのはもちろんシルベスター・スタローン。すでに還暦を迎えている彼だが、鋼の肉体はまだまだ健在。ラストのファイトシーンで繰り出すパンチは、世界王者の頃のロッキーを思い起こさせるほどの重々しさを持っている。そんなパンチ重さ生み出す力こそ、夢を信じてチャレンジを続ける“ネバー・ギブ・アップ”精神。年齢に関係なく前へ進み続ける者に勇気を与えてくれる、大人のためのスポ根映画だ。

1944年リトアニア。名門家の血を引くハンニバル・レクターは、ドイツ軍の爆撃により両親を失い、幼い妹とともに山小屋でひっそりと暮らしていた。そこへ、脱走兵のグルータスらがやって来て、山小屋を乗っ取り、妹を連れ去ってしまう。終戦後、ハンニバルは孤児院へ送られるが、そこはかつてのレクター家の古城で、難なく脱走に成功。長旅の末、パリの叔父を訪ねた彼を迎えてくれたのは、美しい日本女性レディ・ムラサキだった。

トマス・ハリスが生んだ、映画史上最も凶悪で、最も人気の高いキャラクター、ハンニバル・レクターの若き日を描く、シリーズ最新作。彼がいかにして人喰い殺人鬼となったのかを描くとともに、高尚な趣味を持ち、類い希なインテリジェンスを誇るハンニバルのバックグラウンドに迫る内容になっている。ハンニバルはレディ・ムラサキと出会い、そのエキゾチックな魅力の虜となりながら、茶道や華道、武道など雅の心を学んでいき、それがのちのハンニバルに大きな影響を与えていたのだ。また、最愛の妹を失ったときのトラウマによって、彼の残虐性が呼び覚まされていく。これまでのシリーズとはテイストの違うサスペンスになっている。

陶芸家で大学教授の父の転勤で、京都の高校に転校してきたミン。ある日、自転車に乗っている時に転んでできた傷を神社の巫女さんが手当てしてくれた。その可憐な姿にミンは一目惚れ。彼女が同じ高校に通う、七恵だと知ると、父親がくれたナンパ用テキストで日本語を勉強し、アプローチを始める。ミンの気持ちに動かされ、二人は付き合い始める。しかし、七恵には、誰にも言えない家族の問題を抱えていた。

日本の若手実力派ナンバー1の宮崎あおいと、韓国の期待の新星、イ・ジュンギ共演の日本と韓国を結ぶラブストーリー。監督はこれがデビュー作となるハン・サンヒ、主題歌を森山直太朗が歌う日本・韓国合同作品。日本と同様、韓国にも恋にまつわるジンクスや言い伝えがたくさんあり、特に、初雪の日は大切なのだそう。徳寿宮、石垣道が出てくるが、ここを歩いたカップルは別れてしまうと言われている。果たして七恵とミンは…?京都でのシーンは、清水寺、松尾大社、桂川、渡月橋など、名所がたくさん登場するが、旅番組とはひと味違った風景が写し出される。韓国人監督から見た日本の美しさが、全編を通してちりばめられている。

解説

複雑な血縁関係の家族の愛憎劇を三兄弟を通して描く。赤江瀑原作の同名小説の映画化で、脚本は「夜叉」の中村努と成島東一郎の共同執筆。監督は「青幻記 遠い日の母は美しく」の成島東一郎、撮影は「スタア」の杉村博章がそれぞれ担当。

あらすじ

山口県下関の旧家、大迫家では、刀の収集を趣味にし名刀・次吉を所有する家長、大迫耿平、大迫耿平と先妻の子として生まれた大迫明彦、耿平の現在の妻でラヴェンダーの香水づくりに思いを入れる大迫香子、彼女の連れ子である駿介、耿平と香子の間に生まれた大迫賢治、耿平の妹で先の結婚生活に破れた雪代が暮らすという複雑な人間関係が渦巻いていた。毎年、夏になると次吉の手入れのため研師、秋浜泰邦が大迫家にやって来た。彼は数年前から香子と秘かに関係を持っている。ある日、泰邦が次吉で斬殺された。それを知った香子も命を絶つ。その直後、二人の死の真実を覆い隠すかのように耿平も自殺した。雪代の頑強な主張により、明彦と剛生は大迫家に、駿介は香子の実家に引き取らせることになった。だが、剛生は家を飛び出し行方をくらます。月日が流れ、調香師となった明彦は新婚旅行で南フランスのグラースにいた。彼はそこで、香水王デュロンの秘蔵っ子で安村憲夫と名乗る男と出会う。顔も声も違うが剛生に違いないと確信した明彦は駿介に手紙で知らせた。駿介は京都でスナックを開き、友人ヒロシと起居を供にしていた。明彦は長い研究の末、ついに刀という名の新しい香水を完成させたが、フランスのマルセルが製法のほぼ同じ「KATANA」という同名の香水を発表し、悲嘆にくれた。駿介は警察に没収されたはずの次吉を持った明彦を刀剣愛好会場の門前でつかまえた。駿介の詰問に明彦は告白する。殺人事件の日、耿平は次吉を蔵に戻し、泰邦と香子の二人の血を付けた別の刀で自決したのだった。次吉に異常な執着を示す俊介に気押され、明彦は一晩だけ刀を貸した。ヒロシは泰邦の弟であることを告白する。彼の祖父は次吉が妖刀だと看破し、魔性を封じこめるようとした研師だった。その時、剛生から電話があり、彼は駿介にホテルまで来てほしいと告げる。安村はやはり剛生で「KATANA」の製作者だった。剛生は殺人事件の真相を駿介に語る。香水に酔い、次吉に魅せられた幼き駿介が無意識のうちに泰邦を殺害してしまったと。そして、息をひき取った。先を越された問題の香水の件で、カッとなった明彦が刺したのである。明彦が雪代と一緒に善峰寺へ向かったと知った駿介は後を追った。次吉で明彦を斬り、湯殿にいた雪代を引きずりだす。刀を突きつけられながら、雪代は告白した。泰邦と香子が愛し合っているのを嫉妬した彼女は、泰邦をだまして関係し想いを遂げたのだ。偶然その現場を駿介が目撃した。泰邦は母を裏切った、それが彼の潜在的殺意だった。悲劇のもとを作った雪代が安閑として生きている。許せないと俊介は次吉を振りおろした。

平凡で面白みのない男、ハロルド。国税庁の会計検査官である彼は、過去12年間、毎日決まりきった生活を送っている。しかしある朝、ハロルドの頭の中に、彼の行動を文学的な表現で語る女性の声が割り込んできた。それからというもの、その声はハロルドの頭にたびたび響くようになる。彼女によれば彼はどうも小説の主人公のようで、しかも彼に死が近づいていることもほのめかしていた。それから自分の運命を変えようとするハロルドの奮闘が始まった。

自分の人生が一編の小説なら、それを書いているのはみな自分自身だと思っている。しかし実はそうでなく、人生とは誰かの思惑通りに生きているだけで、自分の意志で本当に生きたことなどないのかもしれない。コメディの形を取っているが、この作品は人生を主体的に生きていない人たちへ向けたシビアな寓話だ。ジム・キャリー主演の『トゥルーマン・ショー』にも通じる世界だが、本作の小説家はハロルドの人生に影響を与えていることに無自覚だ。現実世界でも、自分が人に与える影響に対して無自覚な人がいるように。監督は『チョコレート』『ネバーランド』などの感動作を生んでいるM・フォースター。ハロルド役のウィル・フェレルが好演。

1960年代。3歳のボクは、遊び人のオトンを捨てたオカンに連れられ、小倉から筑豊のオカンの実家に戻ってきた。オカンは女手ひとつでボクを育てた。オカンの作る美味しいご飯を食べて、ボクは成長した。15歳になって、ボクはこの町を出て行きたくなった。大分の美術高校に入学し、東京の美大をなんとか卒業するが、仕事もせずに、仕送りしてもらい、更に借金を重ねていた。そんな中、オカンが癌に侵されていることが分かった。

ベストセラー小説でTVドラマにもなった「東京タワー」が映画に。原作は、リリー・フランキーの自叙伝的な作品だが、映画では主人公<ボク>を、リリー・フランキーなんだろうなぁと思わせてはいるが、そうと設定せず、あなたの物語としている。<オカン>に、苦労かけていると分かってはいても、ダメな自分を変えられない<ボク>に<オトン>。それは、誰もが若い頃の自分に思い当たることではないだろうか。ドラマチックなようでありながら、ありふれた物語が詩情あふれるナレーションを挟みながら展開される。オダギリジョーのいい意味で力の抜けた絶妙な存在感がいい。樹木希林演じる、強くて愛情深いオカンは、生涯記憶に残るだろう。