HWD+e -28ページ目

badbad

 その曲を知ったのはずっと後のことだけれど、面白い曲で、しばらく取り付かれたようにさんでいた記憶もある。


 ♪ Bad,Bad,Leroy Brown, the Baddest man in the whole damned town,

 Badder than old kingkong, and meaner than a Junkyard dog ♪


 有名な曲で、70年代に全米1位となったらしい。


 シルヴェスター・ビッグダディ・リッターが交通事故で死んでから、そのリングネームの由来を知る。それまであのネームの意味が、あまり分からなかった。カルガリーからMSWAに来た当初は、筋骨隆々の、いかにもフットボウラーらしい体躯だった。WWFに来てGrab Them Cakesでシンギングパフォーマンスがはまってからは、JYDという愛称が妙にマッチして、ベビーとして子供に人気を博していたけれど。


 JYDは、一度WCWにも降臨し、クラッシュでフレアーに挑戦したこともある。


 バッドバッド・リロイ・ブラウンは、こちらも元フットボウラー。6'4の、370lbs.を、空中で捻るように踊らせて、鍵腕を半回転して叩き込むハイジャンピング“バッド”エルボードロップの、迫力は満点だった。なぜかリッターと同じように、MSWA後期から巨体すぎるきらいが顕著になり、オーヴァーオールの巨漢ステロタイプになってしまっていったが、初期の頃はあの巨体でコワいくらいに大暴れた。


 ジョージアではそれでも、オーヴァーオールとして、ノンタイトルでフレアーをジャンピングスクワッシュで押し潰し、ピン勝ちしたこともある。キャンディとのタグの頃にはもう、あまり鋭い動きは出来ていなかったけれど。サリヴァンのプロデュースで回教徒に転じ、エリージャ・アキムだとかいう名前を得て、クレージー・ビッグバッド・バッドバッド・リロイ・ブラウンの名を捨てたのは、なぜか寂しかった。由来は知らなかったはずなのに。


 ドクター・ビッグ・ビル・アーウィンとの新ティームで、UWFタイトルを取ったりしている時のサドンデス。88年は大物が多く突然逝った年でもあった。かつてはロールモデルのモルディブだかシンバだかアーマッド・ジョンソン、最近だとラシュリーやエゼキルなど、一見アブなそうなヤツを見ると、たまに思い出す。そして新しいフェスタス、ルーク・ギャロウェイ?とか。


Bad, Bad Leroy Brown -The Definitive Collection
¥1,006
Amazon.co.jp

Ecw: One Night Stand 2007 (Full Dol Amar) [DVD] [Import]
¥1,613
Amazon.co.jp

TGC Winter

 前回のRAWのホスト、パイパー。いつものように、HOTRODTの上に、黒革のライダース。


 パイパーといえば、トレードマークのTに、いつの間にか羽織ったライダースが定着してしまっているが、もちろんこれは、暴走狼アダーニスから流用盗用されていった業界トラッドの一類型。84年のロード・オブ・ザ・リングでは、ダスティ・ローズがなんと、ジャケットからグローヴからキャップからグラセスまで、アダニスそっくりのコスチュームを拝借したこともある。


 ダスティがこれをやったのはこれ一度きりだったはずだが、あのダスティがどうしても一度はこれをやりたかったのだと見受けられるほど、これは当時センセーショナルに映っていた。


 93年頃には、スコッティ・フラミンゴがポロ・ファッションから、黒革の烏として商標にしてしまった。そしてケンスキーだとかビショフだとか、オーニタまでが愛用する時点になって遂に、これはレスリングキッズの追求する、クールなファッションの対象外にずれる。いにしえの黄金の狼よ、ああ・・・。


 ターリー・ブランチャードのファンだったとはいえ、子供の分際でGQを真似るわけにもいかず、かといってライダージャケットも非実用的ということで、アダーニスも普段愛用していた、ヤンキースのスタジアムジャケットに落ち着いていた子供達。松井の守備は、別にレーザービームがあるわけでなし・・。


 しかし実用的かつクールであるということを兼備えていたのは、何といってもホースメン・メンバーの、マンゴー・マクマイケルの、ベアーズのスタジアムジャケットではなかったか。


 探し回った人も多いのではなかったか。76番の、黒革のスタジアム式の、名門シカゴ・ベアーズの、スーパーボウル・ウィナー・ディフェンスタックルの、クーレストなやつのレプリカを。


 マングースは珍しく、プロフットボウラーのステレオタイプに当てはまらない風情を持っていた。プロフットボウルのDTらしからぬ、けれん味がクールコッキーバッドだった。レオン・ホワイトとか、ビル・ゴールドバーグとか、或いはケヴィン・グリーンなどの、ボウラー臭さがツンとこなかった。ボウラーにしては、立ち振る舞いががさつに映らなかった。ポニーテールにして、サングラスをはずさない、偏執的な習性も見逃せなかった。タキシードなども上手く着こなした。


 マクマイケルのネイチュアは、趣味にガラガラヘビ狩りを持つなどという変人?でもあり、レスリング的には、ぶちかましとツームストンしかない物足りなさではあったが、ポール・ローマよりは、ナイツオブホースメンに歓迎されていた。それは元ベアーズのスターだという、ネームによるものだけでもあるまい。


 スティーヴ“マンゴー”マクマイケルをホースマンたらしめた? ベアーズのよくできたジャケットは、今でも手には入らない。勝手に作ってしまおうかともよく考えた、名品中の傑作だった。


MLB オーセンティック サテン ジャケット | ニューヨーク ヤンキース(Team Logo Patch All-Star 2008 Patch/ネイビー)
¥15,750
MLB NBA NFL グッズ通販 SELECTION

幻のブルース

 最近はもちろん、ゲーム画面などもtubeに載るわけだが、どうしても確認したいことがあるのだが確認できずにいる。


 MATMANIAという名称すら憶えておらず、エキサイティングアワーと言われればそうだったかなぁという程度。ただ、音楽や装丁は正にそれ。しかし、決定的に違うのは、ブルース・ブロディの態様だ。


 ブルース・ブロディ=BRUCE BRODY と認識していたのだが、どうもBLUES BLOODYのようだ。ただそこに現れるブルース・ブラッディは、私が遭遇したブルースとは明らかに違うのだ。一度しか遭遇せずとも、そこだけはしっかりと憶えている。


 そもそもGOLDEN HULKなど聞いたこともない。KARATE FIGHTERも定かではない。INSANEとは、付いていたかもおぼつかない。しかし私が会ったブルース・ブロディは、ゴールデンハルクの亜流みたいなヤワな御仁ではなかった。タイトルマッチだったかどうかは憶えていないけれど、あの凶暴な風貌だけは忘れようもない。


 おそらくは、キングコング・ブルーザー・ブロディをモデルにしたのだろうブラッディ/ブロディ(以下ブルース・ブロディで統一)は、他のキャラより一回り大きく、沖縄のシーサーのように、歯を剥き出していた。目が飛び出てぎらついて、血走っていた。見るからに恐ろしく、恐竜か怪人のようだった。


 ココ・サヴェージとかピラニアを降して、意気揚々と待ち受ける若き挑戦者に、いきなり飛び掛ると、一回り大きいその体で、噛み付いたり掻き毟ったりのやりたい放題。一方的に流血させられ、一回り大きい体でドロップキックを何発も浴びせられ、レッグドロップを何度も落とされ、揚げ句に、どこから持ち出せたのか、はじめて目にするイスで勝手にブッ叩かれまくって、こちらは何も出来ずに、パンチ一発の反撃すら全く出来ずに、あっという間にグッチャグチャにされて、惨敗の目に伸されたのであった。


 少年、正に少年は、しばし呆然と座り尽くした。レイプでもされたかのような心境で、ただひたすら放心状態でつぶやいていた、「汚ねぇ、汚ったねぇ、・・・ そんなバカな・・・ 汚ったねぇ・・・キタネェ・・・」。


 ココ・サヴェージとかピラニアとの激戦を制しての終わりがそんな身もふたもない結末だったことに憤慨し、二度とそのゲームには手を出さずに時は流れたものの、あのでかいブルース・ブロディの、汚いイス攻撃に勝てたヤツは果たしていたのかと思い、今になってウェブで調べ直してみると、ヘボいブルース・ブロディしか見当らないときた。あのギョロ目のブルース・ブロディは、幻だったというのか?


 少年はトラウマになるほどめちゃめちゃにやられたのだ。人生でこんな屈辱はないというほど。しかも反則のイス攻撃で。死ぬほどブッ叩かれたのだ。レフェリーの制止も何もないまま、反則のイスで死ぬほど思いっきり何度もバスンバスンと。


 あんな叩かれ方はないだろうと、作ったヤツに抗議したかったほどだ。幻であろうはずもない。プログラムを組み替えてブロディをイスで殴り倒すことくらいはしてやらないと、子供の頃のこちらの気が済まない。


WWE Smackdown vs Raw 2010(輸入版:北米・アジア)
¥7,301
Amazon.co.jp

GNC

 売れなかった巨漢の黒人、ジム・ハリス。彼はある日、ピンフォールもレスリングもFILAも合衆国も、ジョービジネスもマネーも民主主義も、何もディファインし得ない未開人ヘッドハンターというギミックを与えられて、突然ブルームする。与えたのは、かのJ.J.ディロン。レスリングはおろかピンという思想も全く理解しないウガンダジャイアントが、背中を付けるという決着にすら向かわないという面白さは、J.J.が細部まで整えた、キマラの売りのひとつであった。


 キマラには、J.J.ディロンがスカウトして来て、代理人フライデーを通し、アクバにオイルマネーで権利を売っ払うという、その人権問題的背後ストーリーが見据えられなくては、その過去風刺プロジェクトは完結などしない。キマラのパフォーマンスに幾多のF'Nマネージャーズが見え隠れしないわけなどなく、ましてやフライデーが常に居ないなど考えられないのだ。それがたとえ“2”であっても。


 日本では、どういう権利関係をクリアしたのか知らないが、キマラの肉弾パフォーマンスの上っ面だけを剥がして粗模写したような“2”が扱われていたが、巨漢の黒人にケバいペイントをして暴れさせておけばキマラになるという軽薄さは、この上なく痛かった。


 外国人のスターを、短期集中的に呼んで興行を打つ必要性に迫られて、考え出された遥か極東のビジネスモデル、シリーズ制。NWAのスターを借りて紹介する番組として、TVで成り立っていたProresuビジネス。半年も一年も、ダラスのスターFVEが、極東にいられるわけもない。でも2週間なら、アメリカの一流を呼べる。そうして我々はスターを観れ、目を磨けもした。


 しかしそれは逆に言えば、半年はいなければそのパーソナリティが理解できないタイプ、特にワイズな技巧の悪役などは、受け入れられ難い方式があったともいえる。フラッシィな一発をもつパワー派のパフォーマーが日本で受けたことの理由であり、ラリーZやマット・ボーンなどが日本で受けなかったことの理由でもある。


 ましてやパワーパフォーマンスとは無縁のマネージャーなど、一人の演者としての生産性を診た場合、ブックをしなくてもいい方向の検討となる。マネージャーの整頓したギミックの、依り立つ苦心の程、なども。


 AWA王者ボックウィンクルにさえ、ヒーナンが居ないという異常。ブラッシーはよく来ていたけれど、ウィザードがいなくていい場面など、なかったはずなのだ。それ以上に、ワイルド・サモアンズやムーンドッグスの傍らにアルバノは、必須の存在だった。


 “ワイルド”サモアンズが、例えば自らを律して整然とそれをコントロールしていたら、そのギミックの存立意義は宙に浮く。やはりそこに、キャプテン・ルーがいなくては。まとめての文化なのだ。


 長くグラン・ウィザードの二番手だったが、ウィザードのリタイア後はNO.1に昇格。IC王者のムラコで有名になったが、記録を見れば、ヴァレンタイン、そしてマスクド・スーパースターらもマネージしていたのだなぁ。


 もうマネージャー自体が閑散して久しいマットビズ。しかしテイカー成立にプリングルが欠かせなかったように、怪奇派、野蛮派台頭の折には、例えばウマガやカリなどがそうなように、再び活躍も期待される。


 この国ではさておき、WWEではもちろん、シンディ・ルーパーの父親役でも有名なHOFer。WWEはその時のためにも、アルバノの文化を大切に保管してくれるだろう。


Wwe Presents: Worlds Greatest Wrestling Managers [DVD] [Import]
¥982
Amazon.co.jp

KAY FB ERA NOW

 卑弥呼の宮殿跡だったにせよそうでなかったにせよ、問題はクリアされないどころかもっと深くなる。研究者の見解を二分した論争の、一方は必ず敗北して研究者生命を失うとかいう、そんなことでもない。


 奈良巻向なら、まずなぜ、それを記紀に書かなかったのかということになる。口伝させなかったのかということになる。歌にして後世に遺さなかったのかと。それに付随すればいろいろばれてもくる。


 見れば駅の直ぐそば、線路の直ぐ脇だ。よく今まで見つからなかったものだ。だったら作った駅のその下には、何があったのかと言いたくもなる。運悪く見つからなかったのか、都合よく見つかったのか。これで何を言い、何を表現したいのか。


 奈良にヒミコでもヒメミコでもフィミヒョウ(当時の魏の発音では、卑弥呼と書いてそう発音するらしい)でも、とにかくそんな名前の女王さんがいて、周囲30ヶ国を束ねていたとすれば、悠に大阪京都和歌山兵庫に勢力圏は及ぶ。外国の使徒が来てそれをこの島の代表国と感じても当然だが、では果たしてその国は、その栄華を次代に伝えずに、どこへ消えた。倭国とならずになぜ幻となったのか。


 神武以来の何とか一系。3世紀と言えば、もうそういう言葉が唸っていたと、稗田の某が詠っている。どうするのか。ダブルスタンダードで、文献学と考古学は無視し合うのか。もう民間のファンがぶっちゃけあってる段階で、学者はいつ目を覚ます。


 卑弥呼の宮殿跡でなかったとしたら、では誰がいた。卑弥呼の宮殿と目される支配者的屋敷の、主はどこの権力者か。その治めた国家は、またぞろどこか。そしてなぜその国家は、倭国となったという正式な文献を、世に残せなかったのか。


 線路の脇から卑弥呼の宮殿見つかりと。2009になってと。邪馬台国が大和朝廷になった証拠ではと。金印が近くにあるかもしれないぞと。困ったものだ。メディアのこのお調子こきに、多くの古代史ファンは頭を抱えている。そんなことじゃないんだよ、と。金印は・・・線路工事した人が、とっくの昔に見つけてるかもな。


 卑弥呼が住んでいたか気になるか? 気になるねー、オレもあのでかい古墳に、本当は誰が祭られているのか。手付かずの状態で全市民に公開されなかった時点で、もうそれは学問ではないし、真相も闇の中なのだ。


 卑弥呼と邪馬壱国ばかりが謎だ幻だロマンだと言われるが、アマタリシヒコも郭ムソウも、謎と言えば大謎ではないか。ロマンだったのは記紀偽書説と九州が、あまりつながらなかったから。畿内説が浮上すればするほど、帳尻合わせも後に引けなくなる。


 所謂古代史の謎が解けるのは、一定の連中が腹を括った時だ。それまでファンはロマンの名のもとに、言いたいことはいくらでも言っていいのだ。


物語邪馬壱国と邪馬台国 (筑紫文庫 (5))/於保 忠彦
¥840
Amazon.co.jp