こんばんは。ご無沙汰しています。
突然なのですが、7月に予定していた結婚式を延期することにいたしました。

楽しみに待っていてくださった方、予定を空けてくださっていた方、
本当に、本当に申し訳ありません。
そして個別にお伝えできなくて、本当にごめんなさい。
私自身もとても残念なのですが、結婚式より優先したいと思う事情があります。


それは、結婚相手である登くんの、心身の不調です。
お医者さんには中程度のうつと診断され、
回復には短くて2, 3ヶ月、普通は半年かかるといわれています。
5月頭頃から動けなくなり、現在はお仕事もお休みをいただいています。


無理もない、と思いました。
今年に入ってから、ときには朝4時半まで、家に仕事を持ち帰って働いていました。
休日は休日で、やりたいことを諦めたくなくて、
持ち帰りの仕事をした後に、仲間に会いに行っていました。
身体も限界だったのでしょうが、何よりも、
うまく心の折り合いがつかない状況が続いていたようです。


今は、薬を飲んで、好きな料理をして、家でよく寝ています。
少し散歩したり、大好きなカフェに行ったりすることはできますが、
通勤電車や仕事のことを考えると、頭と身体が動かなくなるそうです。



なので、彼が回復するまで、式は延期にいたします!!!!
私自身は、仕事をしつつ、彼と横浜で過ごす時間を増やすことにしました。

「こんな状況がいつまで続くんだろう」
「こんなこと、していられないのに」とジタバタもがく彼の横で、
「まぁ人生長いし、半年や一年どってことないでしょ~。
 人には人のペースと、リミットがあるんだから。
 私とりあえず2014年春までちゃんと働く気だし、それまでは休んでいいよ笑
 あ、貸した”借り”は私が動けなくなった時に返してね!」
なんて、ゴロゴロのんびり構えております。


彼に足並みを少しだけそろえて、しっかり仕事はしつつも、
私もこれまでより少しだけ、出不精になります。
彼ときれいなものを見て、のんびり歩き、おいしいものを食べる時間を増やします。
いつも色々イベント等お誘いいただいている方、本当に申し訳ありません。
(あ、自宅でできるような仕事のお話はお受けさせていただきます!笑)



こんな感じで至らない我々ですが、今後もお付き合いいただければ幸いです。
どうぞ宜しくお願い申し上げます。



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ちなみに私自身は
月は22時まで吉祥寺でOarの編集会議、
火・水・木は19時まで多磨の外大、
金は19時まで御徒町のオックスファム、
あとは不定期で神楽坂のトライブスにいたりします。
夜遅くまでのお付き合いはできませんが、
もしお近くにいらっしゃる際は、お気軽にご連絡くださいませ!
今日はCAPEDSのミーティングでした。
のんびりした昼下がりのフードコートで開催したのですが、
最初に私はどーんと白状してしまいました。


「ここ2週間くらい、どうやってCAPEDSやめようか悩んでた!」


「あなたがやりなさい」
「あなたがやってください」
「あなたがやらなきゃダメ」

で苦手なことが多すぎて、ここのところ首が絞まっていました。
一人で対応することを求められることが多くて、
誰が仲間なのか分からなくなって、周り中が作業を要求してくる敵だらけでした。

好きなことだったら大変なことでも手を付けるのが当たり前?
確かに私は、CAPEDSで働くことが好きです。大好きです。
でもそれは、CAPEDSが好きなんじゃないんです。
スーダンの誰かの暮らしに少しでも光が射す瞬間を仲間と共有して噛み締めること、
大変な仕事を皆で片付けて、皆で結果を出すことが好きなんです。
そのゴールが見えなくなった瞬間、私は手も足も頭も口も動かなくなります。

事務作業?
一人での事務作業は、得意です。それで食ってますから。
でも正直、お金がもらえないなら大嫌いです。笑
同じ方向を向いてる誰かが隣にいてくれないと、やる気すらでません。
ファイルも開く気が起きません。



「CAPEDSをやめたいんじゃなくて、孤独な作業をやめたいの」
とメンバーに言ったら、
「並木さんができるから皆頼っちゃうけど、できないって言えばいいんですよ!」
と、メンバーの一人に返されました。
「対価が得られないなら、やらなくていいんです!笑」って。
あー、正直でいいんだぁ、ありがとう、って、泣いちゃいました。





じゃぁ、本当に言うからね!笑
「私、できない!」って。
今まで皆のモチベーション維持を意識してびくびくしてたけど、
「並木がいなかったらCAPEDSつぶれるよ」なんて言われたけど、
そんなん言われたって皆が動いてくれないなら、知らないよ~ほんと。笑
皆が主役の組織であってほしいんだもの。
先日、だんなの友人が自死されました。
一緒に世界を旅した仲間だったそうです。


* * *

いのちのことを考えるとき、私はモンブランが食べたくなります。
自分の中にもう一つのいのちがあったときのことを、思い出すからです。


だんながお通夜へ向かっている頃、私はモンブランを買ってきて、ひとりで食べました。
あのときのことを思い出しながら。

残念ながら私の中の彼/彼女は形を得ることがなかったけれど、
モンブランで受胎のお祝いをした当時の私は、シンプルに、幸せでした。
そこにいのちが存在していることが、幸せでした。


* * *

世界の妊娠の5分の2が、本人が望まない妊娠だといいます。
「いのちが存在していることが幸せ」だなんて、
言い切れることばかりでないのも、識っているつもりです。


それでも、ひとつひとつの命が誰かにとって掛け替えがないこと、
誰かを幸せにしていることを、信じたい。世界がそう在ってほしい。


* * *

お通夜から帰ってきただんなに、

「存在してくれるだけで、幸せじゃないのかなぁ」

と言ったら、
「君の言うことは綺麗すぎるよ」と返されました。




そうなのかもしれません。
生きるのは、辛いかもしれません。
私も、少しだけ、辛かった時期がありました。
でもその程度じゃ理解できないくらい、辛いのかもしれません。




それでも、現実の隣に居ながら夢を描いて口にして、じたばたもがくことを、
私は多分、一生やめられないんだと思います。



* * *

今、彼の「容れ物」は灰になっている頃です。
もう少しだけ、現世に留まった魂で、見たかったもの、会いたかったひとを訪ねてください。
こんなに愛されて、自分の人生も悪くなかったかもな、って、
そう思う何かが、彼にもありますように。
神様、お願いします。
ひとは、言葉の中にいろいろな意味を凝縮しているんだなぁ、
というのを私が実感するようになったのは、つい最近のことです。


私は少し空気が読めない(?)ところがあるので、
「ちょっと暑くありませんか」と声をかけられると
「そーだねー、暑いねぇ」と答えてしまう、そんな人間です。笑

でも、このあいだ、自分の双子の弟だと思ってる男の子に見せてもらった本に、
こんなことが書いてあったような気がします。


「ひとは、何かを発言した瞬間に、相手に何かをしてもらうことを望んでいる」


あぁ、そうだね。
「ちょっと暑くありませんか」は、
「冷房つけましょうよ」「窓を開けましょうよ」「何とかしましょうよ」って意味を
後ろに隠している。
私はそれがときに見えないから、
「そーだねー、暑いねぇ」と答えて、相手をイラッとさせるのね。笑


鈍くてとっぽい私とは反対に、
言葉の裏がとてもよく読めてしまう繊細なひとは、疲れてしまうかもしれません。
「ちょっと暑くありませんか」という言葉の裏に
「何とかしてください」というプレッシャーを感じて、
「自分で何とかしたらいいのに、具体的に提案すればいいのに」とイライラするかもしれません。




誰だって多分、
相手に何かをしてほしくて、相手に何かを伝えたくて、言葉を包むのだけれど、
相手がその包みを「上手くほどける」かを意識して、どストライクな形に包めるひとは、
案外多くないのかもしれません。


例えば、
「月が綺麗ですね」という言葉に、「愛しています」を包むひとがいます。
「なぁ、おい」という呼びかけに、「愛しています」を包むひともいます。

そういう言葉が、説明しなくても伝わった、通じ合った。
そんな瞬間は、とても幸せです。そうでしょ?
素敵なひとと付き合い始めた、そんな最初のことを思い返してみると分かります。
別々の個体なのに相手と自分が同じことを考えている、というのは、
とても奇跡的で、信じられなくて、神様や偶然に感謝したくなる瞬間です。
こういうことがあると、相手がもっともっと好きになります。


説明なしに、伝わらなかったら?

「月が綺麗ですね」という言葉に、「そうですね」と返すひともいるでしょ?
「私もです」ではなくて。
「なぁ、おい」という呼びかけに、「なんなの、失礼な」と憤るひともいるでしょ?
「なんですか、あなた」と柔らかく返すのではなくて。


「どうして私の包みを上手くほどけないの、あなたは」

と、相手を責めてしまいたくなることも、あります。
相手が夫婦の片割れだったり、子どもだったり、親だったりすると、特にです。
これくらい分かってほしい、あなたは自分の掛け替えのないひとのはずだから、
沢山の時間を共有してきたから、……そう思うのです、きっと。


でもね、多分、
「相手がほどける包み」として言葉を包めなかったなら、
相手が誰であれ、それは「私の失敗」なんです。
「自分はそう意図しなかったのに、どうしてそう返してくるの?」
そんな風に文句を言ったって、仕方のないこと。
だって、分からないんですから。分からないことは、責められません。
本当に相手に何かを伝えたいと思っていたら、
次からはもう少し、心を研ぎすませて、丁寧に包み直すしかないんです。


そうやって積み重ねていかないと、
「なぁ、おい」の後ろに「愛しています」を包める日は、やってこないのでしょう。



でも、丁寧に言葉を包み、ともに積み重ねた相手との間には、
きっと、きちんとやってきます。
とても奇跡的で、信じられなくて、神様や偶然に感謝したくなる瞬間が。



それを信じて、もう少し丁寧に言葉を包まなきゃなぁ。



だんなとのメールのやり取りを読み直して、そんなことを思いました。
いやー、私は鈍いから、相手には苦労をかけます。笑 ごめんね。
先日、ふとしたことで、工場で働いた日々のことを思い出しました。


ちょっとしたお小遣いが欲しくて、派遣に登録して、
某・月のマークの化粧品工場に飛ばされたのは、確か大学一年生のときのこと。
朝から夕方まで、ベルトコンベヤーの前に立って、
ひたすらファンデーションを詰める仕事をしていました。


白い服、白い帽子、マスク、手袋。
誰が誰だか分からない格好。

流れてくる詰め替え用ファンデーションの向きをそろえる。
上手く粉が詰まってなかったり、指の跡がついちゃったら廃棄。
パッケージを組み立てる。
数を数えてまとめる。
箱詰めする。
一時間ごとの、作業ローテーション。

昼休みは狭いプレハブの部屋で、みんなぎっしり。
持ってきたコンビニのパンをもそもそ食べて、
本を読んで時間をつぶして。


そんな日が三日続いた頃のお昼休み、
たまに同じベルトコンベヤーで働いていたお姉さんに、
煙草の一服へ誘われたのでした。


すごく大人しそうな人に見えたけど、
白い帽子を脱いだ彼女の髪は短い金と茶色のまだら。主張してます!って感じの。
マスクを取り去って、煙草をぷかぷか吸っていた彼女は
名前をモモコさんといいました。
年はたぶん、今の私と同じくらい。


いつまでここで働くの、
と訊かれて、「一週間くらいでやめます」と答えた私。

「そうだよねぇ。こんなとこ、早く出てった方がいいよ。
 長く続けるのはキツいよ。
 やりたいことでもないと、ここで稼いではいられないかもね。
 早く私も出て行きたいよ」

それが、彼女から聞いた一番長い言葉だったような気がします。




* * *

今でも、
薬局やコスメショップで詰替え用ファンデーションを見るたび、
思い出します。それを作っていた、私とモモコさんのこと。
想像します。最近それを作った、誰かのこと。

まだら色の短い髪の女の子を繁華街で見るたび、
「夢は何なのかな」と勝手に空想します。
ないのかも、しれないけど。



そんなときは、
社会を作っている「穴あきパズル」のピースが一つ嵌まる、静かな音が心の中から聴こえて、
切ないような、ほっとしたような気分になります。



モノはひとりでに出来上がって、私の手元に届く訳ではないのに、
ここはあまりに便利だから、たまに忘れちゃうんです。
モノには、誰かの手と、時間がかかっていること。
その誰かは、好きでその仕事をしている訳ではないかもしれないこと。
そのモノが、誰かの犠牲のうえで私の手元に届いているかもしれないこと。



詰替え用ファンデーションとモモコさんの言葉が、能天気な私をいつも引き戻します。
あぁ、手元に置くなら、みんなを幸せにするモノをそろえよう。
モノを買うときは、ちゃんと上流のことを想像して敬意を払おう。
仕事を創るときがきたら、ちゃんとスタッフと幸せを創ろう、って。



そんな、ひとりごと。
日曜日の夜、下北沢の珈琲屋さんでブラックコーヒーを飲みながら
オレンジ色の電灯のした、ぼーっと考えた。


子育てって、親の仕事って、正解がない、のよね?
子ども一人一人の取り扱い説明書があるわけでもないし、
いつだって多分、「これで良かったのかしら?」って悩むのね。

そして、「良かったんだよ」って言ってくれるひとは、多分案外多くない。
自分のやってきたことをきちんと評価してくれる誰かは、そんなにいないんじゃないかと思う。
ホントは一番評価してほしい相手、子どもは、そんな余裕を持たない。


* * *

私、昔「どうして感謝してくれないの!」って怒ったことがある。母に。
我が家は家事が子どもの仕事の一つでもあったから、
ご飯を食べた後に食器を洗ったり、お風呂洗ったり洗濯物たたんだり、
そういうのをやるのが、私も妹も、当たり前に求められてた。

面倒で嫌だったんだけど、
せめて終わった後に「ありがとう」の一言を母から聞きたいと思ってた。
まだ、自分のやってることを「手伝い」だと思ってたんだよね。
どっぷり甘えてた。

でも、ケンカしてから暫く経って、自分で思い直してた。
私、いつも母に「ありがとう」って言ってなかった。
一緒に暮らして、いろいろ「分担して」生活しているはずなのに、
母の払っていた犠牲が、試行錯誤の苦しさが、見えてなかったよ。

* * *


子どもが感謝を求めるんだったら、親だって求めていいでしょ?
誰だって、仕事したら、認められたいでしょ?
大きくて責任の重いこと引き受けたら、
それが自分の望んだことだったとしても、たまには褒められたい。私はそう。






まだ他人だから、お義父さんお義母さんには、ちゃんと言える。
褒めるとか、評価するとか、そんな偉そうなことじゃないけれど、
二人が重ねてきたすごい努力に感謝することができる。

お宅の長男、ちゃんと素敵な人に育ってますよ、って。
やんちゃだけれど、誰かの痛みが分かったり、誰かを守ろうと頑張ったり、
そういうバランスの取れた人に育ってますよ、って。

きっと良いことばかりでは無かったはずだし、
抱えた辛くて消えない傷もあるかもしれないけれど、
それも含めて彼は良い味が出てるんです。私にとっては。
だから、お義父さんお義母さんのしてきた子育てに、私は感謝します、
今のところはね!笑 って、茶化しながらも伝えてみたりして。


自分の相手も、私の両親に対してそう思ってくれていたら素敵だなと思う。
私自身は照れくさくて、まだ自分の両親には言えないことを。


そして、親族向けに結婚式をする意味を、やっと噛み締めはじめた今日この頃です。
皆の前で、勇気を出して、ちゃんと伝えなきゃいけないことが沢山あった。
本日、ユナイテッドピープル(UP)で担当していた仕事を
99%、後輩に引き継いできました。
そうかぁ、もうしなくていいんだ……と、
帰りの電車の中でぽかーんとしています。


2006年秋にエルサレムのバーで
酔っぱらった関根社長に「うち就職しなよ!」と誘われ、
2008年2月からインターンさせてもらい、
2009年4月からは社員、2011年1月からは外部スタッフとして
働かせてもらっていました。4年です。

先輩・上司の”当たり前”は、後輩なりに疑ってかかっていいこと。
相手にとっても自分にとっても時間の無駄にならないようにすること。
営業では資料を出さず、まず話を聞くこと。
細部にこだわること。夢は、大きく語ること。
周りがちゃらんぽらんでも、自分は流されないこと。
あ、乗り換えは走ること?笑

歯痒いことも沢山ありましたが、
学ばせてもらったこと、責任を持たせてもらったことは多くありました。
そしてやっぱり、自分がNGO/NPO、CSR業界で生きられる土台の半分は
UPでの経験でできています。

うちのサービスはもっと良くなる!と思っていたのに実現できなかったことも、
沢山、本当に沢山ありました。
関われないまま出て行くのは切ないのですが、
きっと、UPはもっと有能な社員を得て、予想もつかない発展を遂げるのです。
イーココロ!も、署名TVも、映画の配給も。


だから、負けないように自分なりに精進しよう。新しいステージに立とう。
そう思って、福岡へ移転する上司や同僚を笑顔で見送ります。


ベンチャーなんだから、絶対足手まといにならないで即戦力になる!
と入社前から自分に言い聞かせていたことも、
孤独な作業に腐っていた時期のことも、床で寝て風邪ひいたことも、
会社のソファに連日泊まり込んで終わらない仕事を片付けていたことも、
後輩とキッチンでランチを作っていためんどくさくて楽しい昼休みも、
深夜に酒瓶出してきて独りでちびちびやりながら企画書いてたのも、
怒られて階段で泣いたのも、会社と恋人の板挟みになって辛かったことも、
毎週イベントやるために必死で仕事片付けていたことも、
ドキドキしながら出した資料をほめられたことも、手抜きを見抜かれたことも全部全部、
もう戻らない時間、素敵な想い出です。


関根さん、なおみさん、川合さん、ななちゃん、おとひこさん、すこさん、
ちはる、えりさん、インターンの皆、もなちゃんやまちゃん、よしさん、
管理人のおじさん、タクシーのおじさん、みんなみんな、
本当にありがとうございました。ぺこり。
こんちは。
今日は横浜のコワーキングスペース「タネマキ」にお邪魔しております!
たまに横浜に来る私としては、なんとも嬉しいスペース。
週1くらいで通ってしまいそうな、あったかい空間なのであります◎


さて、今日はなぜ横浜にいるのかといいますと、
横浜YMCA様の研修会にお邪魔してきたからなのでありました。


私たちは、スーダンの盲学校に点字の英語教科書を
生徒一人につき一セットとどける活動をしています。
そのファンドを、実は横浜YMCA様からいただいているのです。

ちょうど一年前、授賞式がありまして、
戸塚まで出かけていましたが、

今日がその、一年の活動のご報告の日だったのです。




ご報告では、現地からのメッセージも含めたビデオを流しました。



(6分でプロジェクトの概要を伝えてみました。
写真と文字の組み合わせなので視覚障害の方には伝わりにくいです…
ごめんなさい!)




終わった後、YMCAの皆さんとお話ししていて、

「これからも、また一緒になにかやりましょう!」

ってお声がけいただいて、




「あ、そうか。

 これは、終わりじゃなくて、はじまりなんだな」



って、思いました。





教科書を送るプロジェクトも、これからが正念場です。
なぜって、


現地で、教科書を作れる環境を整えるお手伝いをしなければいけないから。

スーダンの教育省に、視覚障害児にとっての教科書の大切さを
伝えなければいけないから。

そして、スーダンだけでなく世界全体に、
こうやって教育を満足に受けられない子どもたちがたくさんいること、
少しのお金と工夫で、彼らの学習がもっとスムーズになることを、
伝え続ける使命があるから。




これからも、横浜YMCAの皆様のお力をお借りしながら、
発信したいなぁと思っています。
映像で。文章で。イベントで。
横浜で。もちろん、東京も、ほかの地域でも、スーダンでも。



仲間、募集!^^
だんな(予定)とメールのやり取りをして、
今年の目標である「夫婦円満」についてちょっと考えてみました。


「夫婦円満」って、どういうことなんだろう?



仲がよいこと。
尊重しあえること。


うーん、もうちょっと具体的にならないかな、



と思ったとき、
先日のだんなの姿を思い出して、これだ、と思いました。




「このひとには敵わないなぁ」と、お互いに思っていること。
「きみには敵わないよ」と、直接・間接的につたえあっていること。





先日、ふたりで3歳の男の子のお相手をする機会がございまして、

暖炉のそばに近寄り、薪をくべるのをお手伝いしたりしている時、
この子がノコギリ(ケース入り)に手を伸ばしたんです。


近くで見ていただんなは「ダメ!!!!」と言いました。


「ダメ」は、私が最も好きでない言葉の一つです。
(ついでに言えば、私は4歳の頃にはノコギリを握っていました。)


ですが、ここでだんなの取った行動が、
自分にとって「ダメ」の意味合いを変えるものでした。




「これはね、危ないから、触っちゃいけないんだよ」


ここまでは普通。


その後、だんなはノコギリをケースからシャキーンと出して、


「ほら、危ないよ」


ここまでも、まぁ普通。


その後、言う訳です。



「このギザギザ、触ってごらん」



躊躇する男の子に、再び



「触ってごらんよ」



とギザギザの刃を触らせて、



「ほら、危ないでしょ。これはおしまい」



と言って、またケースにしまって、ノコギリを置いたのでした。
そして次の瞬間には、男の子はノコギリのことなんか忘れたみたいに、
別のことに熱中していました。




私が「ダメ」を嫌う理由、それは、
この単語があまりにパワフルすぎて、放つ側が、
相手を一言で納得させたような気になってしまうように感じるからです。


ほんとうは、なんでダメなのか、
相手がわかる方法で伝えないと意味がない。
子どもはまた、同じことをするんです。
ダメっていわれたら、やりたくなるでしょ?
ダメじゃないかもしれないじゃん。自分で確かめたくなっちゃう。


そこを、視覚だけでなく、危なくても敢えて触覚まで使わせて、
どうしてダメなのかをきちんと確かめてもらう彼の行動、
そして出た結果は、
私にとって、とても納得のいくものでした。


そして、危ないときは、やっぱり「ダメ!」が効くんです。




些細なことですが、この時思ってしまったんですよね~。

「あ、このひとには敵わないかも」

って。笑




ほかにも敵わないことはあって、

食材に対する想いとか、
いのちの扱い方とか、

そういうの、ほんと敵わないんです。いまのところ。
(いまのところね笑)






いろいろホントにダメなところはこれから見つかるんでしょうが、
ぶつかることもあるんでしょうが、



「あぁ、この人には敵わないなぁ」


「相手にも、同じように思ってもらえる自分であろう」




って、思い続けることが、
そしてそう思い続けられるように
お互い外でたくさん学び取り自分を伸ばしてくることが、



2012年、27歳の私が思う「夫婦円満」のすがたです。
あと3か月で結婚するらしい私ですが、
相変わらず、千葉(実家)と横浜(だんなの実家)を往復する
ノマドなヨメをやっております。
(最近、ついにお義母さんがパジャマを買ってくれました。笑)


今日は、DVのお話です。




金曜日、ドナー様との打ち合わせを数件終え、
スーダン人の理事と下北沢で水タバコを吸い、町田でだんなと待ち合わせ、
お義母さんの運転する車で、おうちに帰っていた夜11時のこと。


「あれ、あの人、裸足ね」


とお義母さんが言うので窓の外を見ると、
薄着で、裸足の女性が、道端に体育座りをしていました。




車を降り、歩いて引き返すと、彼女は泣いていました。
茶色に染め上げて、ラフに束ねた髪。
薄い、部屋着のジャージ。
ペディキュアもしていない、飾り気のない足。裸足。



「寒くないですか~?」



そう訊いて、
強制的にタオルを押し付け、マフラーを巻きつけ、
隣に座り込みました。
だんなは、自販機で温かいお茶を買い、家からサンダルを持ってきてくれました。





「ごめんなさい、ありがとうございます。
 今ケーサツ呼んだんですけど、なかなか来なくって」


「ほんっっっと寒いんですけど、ほんと来ないんですよー。
 ひどいですよね笑」




そういって、泣きながら笑う彼女はAさんといい、

ぽつり、ぽつりと事情を話してくれました。






今日は、友だちと近所でお酒を飲んでいたこと。

家に帰って、携帯を見ていたら、だんなさんに殴られたこと。

「浮気なんてしてないよ」と携帯を見せても、信じてもらえないこと。

「出て行け」といわれて、そのまま飛び出してきたこと。

帝王切開・未熟児で生まれた、4か月の男の子がいること。

ケーサツを呼ぶのは、これが初めてではないこと。

だんなさんは、足場を組む仕事をしていること。

近くには、友達も親戚もいないこと。

実家は遠くて、今すぐ戻れる状況でもないこと。





話しているうちにお巡りさんが2人来て、
彼女に質問をし、メモを取り、

「あのね、事情はわかったんだけど、」と話し始めました。





保護といっても、警察署の受付前のベンチくらいしか提供できないこと。
夫婦の問題には、そう簡単に入れないこと。






子どもには手を上げないひとだから、
今日のところはこのまま、私だけ保護してもらえないかな、




いや、でもベンチしかないんだよ、
シェルターなら紹介できるけど、
でもお子さんを連れていかなきゃいけないでしょ、






そんな押し問答を横で聞きながら、


そしてAさんとお巡りさんが、話し合いの結果おうちに戻る後ろ姿を見ながら、


帰宅後、だんなが淹れてくれた美味しい蘭貴人を飲みながら、







何だか、考えこんでしまいました。






私が毎日通る道、

道の脇の20メートルの集合アパート、

たった数センチの厚さのドアの向こうで、



怖い思い、かなしい思い、抑え切れない衝動、疑心暗鬼、
どうしようもない事態に絡め取られたひとたちが、いたんだ。







私は、タオルやサンダルと一緒に、別れ際にきちんと言葉を託せばよかった。




Aさん、
私はあなたのことを沢山知っているわけではありませんが、
いつでも心配しています。それを、忘れないで。


いのちを傷つけたり、消し去ったりすることは、
どんな理由があっても、例え自分が辛くても、
やってはいけないことだと、私は思うの。


それから、大事なママがパパに殴られているのを見て、
幸せな気持ちになる子どもなんて、絶対いないの。


どんなに生活が苦しかったとしても、どんなに疎遠でも、
あなたの家族は、あなたに大変なことがあったら、辛い思いをするの。
何もできなかった自分を、きっと責めてしまうのよ。




そう、きちんと伝えればよかった。









そんなことを思いながらベッドに転がっていたら、
私の目を覗き込んで、だんなが言いました。




「きみは、ラクな生き方ができないんだねぇ。」





……きみだって、そうでしょ?笑