誕生日
誕生日。
それは毎年同じ日にやってくる。
毎年心の状態や状況は違っているけど
今年はなんだか幸せを沢山感じた。
生きていられること、
24年生きてきて、側に大切な人たちが居ること。
誕生日当日は熱で寝込んでいたけれど、
そんなのどうでもよくなるくらい。
ダンス仲間にメッセージとケーキをもらったり
相方さんからやけにハイテンションなメールが来たり
大学時代の友達からメールがぱらぱらきたり
高校時代のイタリア人の友達から電話がかかってきたり
疎遠になっていた人たちからfacebookにメッセージがきたり
バイト先の人たちがバースデーケーキを用意してくれてたり
母親は寝込んでいる私に好物の麻婆豆腐を作ってくれたり
父親はケーキを買ってきてくれたり。
どれだけ私は恵まれた人間なんだろう。
別に友達が多い方ではないし
皆の人気者!っていう訳でもない。
むしろどちらかというと
根暗だし、批判的だし、扱いづらいし、
めんどくさいし、口うるさいし、我が強いし、迷惑かけるし、
落ち着かないし、不安定だし、人見知りだし、可愛げも無い。
それでも側に居てくれて
ほんの一瞬でも私のことを考えてくれて
お祝いの言葉を向けてくれる。
つくづく思うのが
皆いい人たち過ぎるということ。
私だったらこんな人間ほんとイライラするし
めんどくさくて関わりたくないと思うのに
本当に心が広いなーって思う。
いつもいつも迷惑かけてばかりなのに
本当に申し訳ない感じなのに
本当に本当に感謝しきれない。
それなのにそれに上手くは応えられないし
相変わらずめんどくさいままだし
こんなにも愛され恵まれているのに
すぐに調子悪くなるし
自分の弱さが少し悲しくなる。
これだけ愛を注いでもらっても
まだちゃんと一人で歩けないのかな。
なんですぐにマイナスになっちゃうのかな。
大きな感謝と喜び
そしてしぶとい不甲斐なさと悲しみ
誕生日は複雑だ。
それでも両方を感じられる私は
またそれはそれで幸せなのかもしれない。
まだまだ不甲斐なさが拭えない自分だけれども
生きていられるうちに
少しでもこの感謝を返していけるように
毎日を大切にしよう。
きっとそれは、言葉にするよりもずっと大変なのだけど。
それは毎年同じ日にやってくる。
毎年心の状態や状況は違っているけど
今年はなんだか幸せを沢山感じた。
生きていられること、
24年生きてきて、側に大切な人たちが居ること。
誕生日当日は熱で寝込んでいたけれど、
そんなのどうでもよくなるくらい。
ダンス仲間にメッセージとケーキをもらったり
相方さんからやけにハイテンションなメールが来たり
大学時代の友達からメールがぱらぱらきたり
高校時代のイタリア人の友達から電話がかかってきたり
疎遠になっていた人たちからfacebookにメッセージがきたり
バイト先の人たちがバースデーケーキを用意してくれてたり
母親は寝込んでいる私に好物の麻婆豆腐を作ってくれたり
父親はケーキを買ってきてくれたり。
どれだけ私は恵まれた人間なんだろう。
別に友達が多い方ではないし
皆の人気者!っていう訳でもない。
むしろどちらかというと
根暗だし、批判的だし、扱いづらいし、
めんどくさいし、口うるさいし、我が強いし、迷惑かけるし、
落ち着かないし、不安定だし、人見知りだし、可愛げも無い。
それでも側に居てくれて
ほんの一瞬でも私のことを考えてくれて
お祝いの言葉を向けてくれる。
つくづく思うのが
皆いい人たち過ぎるということ。
私だったらこんな人間ほんとイライラするし
めんどくさくて関わりたくないと思うのに
本当に心が広いなーって思う。
いつもいつも迷惑かけてばかりなのに
本当に申し訳ない感じなのに
本当に本当に感謝しきれない。
それなのにそれに上手くは応えられないし
相変わらずめんどくさいままだし
こんなにも愛され恵まれているのに
すぐに調子悪くなるし
自分の弱さが少し悲しくなる。
これだけ愛を注いでもらっても
まだちゃんと一人で歩けないのかな。
なんですぐにマイナスになっちゃうのかな。
大きな感謝と喜び
そしてしぶとい不甲斐なさと悲しみ
誕生日は複雑だ。
それでも両方を感じられる私は
またそれはそれで幸せなのかもしれない。
まだまだ不甲斐なさが拭えない自分だけれども
生きていられるうちに
少しでもこの感謝を返していけるように
毎日を大切にしよう。
きっとそれは、言葉にするよりもずっと大変なのだけど。
死の恐怖と生の奇跡
re:plus - "A Fall and Rebirth -piano ver.-"
ここ1ヶ月くらい
謎の不安感と死の恐怖にとらわれていた。
一日中不安と恐怖でいっぱいで
何にも集中する事ができなかった。
体調も崩して、
死ぬのが怖いはずなのに、
本当に生きてるのが辛かった。
皮肉だった。
毎日恐怖で泣き言ばかりな私。
それでも
そんな私を支えてくれる人がいる
意味不明な不安をぶちまけても
そんな私を受け止めてくれる人がいる
思いやってくれる人がいる
そんなこれまで当たり前だった事を改めて実感して
今ここに生きている自分が
自分の命が
なんだかとてつもなく尊いものに思えてきた。
生きている事自体が
とてつもない奇跡に思えてきた。
死ぬのはとても怖い。
明日しぬかもしれない。
明後日かも、来週かも、来月かな、あと1年は生きれるだろうか。
わからない。
そしてそれはとてつもない恐怖だ。
でも
せっかくある命の時間を
不安と恐怖でいっぱいにして終えるのだけは
どうしても嫌なことは
自分が一番知っていた。
どうして自分はこんなにも死を怖がるのだろうか。
なにがそんなに自分を不安にさせるのだろうか。
自分の過去を分析して、色んな可能性を見つけた。
思い描いた人生設計通りにならないことへの不満。
親の期待に応えられないことへの申し訳なさ。
大切な人やものを失うことへの悲しさ。
そして未知なるものとしての死の世界への恐怖。
人生は思い通りに行く事よりも行かない事の方が多い。
死の時も自由に設定できる訳ではない。
それは突然来るかもしれないし、
望んでいない時にでも容赦なく人を連れ去っていく。
それが死だ。
自分でコントロールできるものではない。
そんなわかりきったはずのことが
実は本当はわかっていなかった。
「私は死にたくない。
そう願うのに突然訪れるなんて理不尽だ。」
そんな風にどこかで思っていた。
だから今来るはずではない死がとてつもなく怖く
拒否反応がとても強かった。
でもいつ来るかわからないのならば
今ここにある物を精一杯感じ取って
それを丁寧に紡いで
次の瞬間に繋げていくしか無いんだ。
未来の不安に押しつぶされながら死ぬのだけは
絶対に嫌なんだ。
もしかしたら明日死ぬかもしれない。
それならば今ここにある恵みを受け
幸せを感じ
感動し
笑い
泣き
伝え
地球の歴史の中で
ほんの一瞬だったかもしれなかったけど
この世に生まれてくる事ができてよかった。
そう思えるような自分でありたい。
もちろん死が怖くなくなった訳ではない。
それはかわらず私に恐怖を与える物ではある。
でも生きている間に
せめて生きている間は
欲張りな私は
沢山の感動を味わって去りたい。
世界中に影響を与えるような人間でも
誰かに幸せを沢山分けてあげられるような人間でも
ないかもしれない。
けど
それでも生まれてきてよかった。
人並みに辛い事もいろいろあったけど
それでも
生んでくれて、支えてくれて、愛してくれて、
本当にありがとう。
そう心から思いながら死にたい。
もしかしたら
また恐怖で心が締め付けられる日がくるかもしれない
もしかしたら
今はたまたま心の調子がいいだけかもしれない
でもそうしたらまたどうかこの気持ち思い出せますように。
その時の私がどうかまた「生きよう」って
今、ここに生きている私を精一杯生きようって
思えますように。
ここ1ヶ月くらい
謎の不安感と死の恐怖にとらわれていた。
一日中不安と恐怖でいっぱいで
何にも集中する事ができなかった。
体調も崩して、
死ぬのが怖いはずなのに、
本当に生きてるのが辛かった。
皮肉だった。
毎日恐怖で泣き言ばかりな私。
それでも
そんな私を支えてくれる人がいる
意味不明な不安をぶちまけても
そんな私を受け止めてくれる人がいる
思いやってくれる人がいる
そんなこれまで当たり前だった事を改めて実感して
今ここに生きている自分が
自分の命が
なんだかとてつもなく尊いものに思えてきた。
生きている事自体が
とてつもない奇跡に思えてきた。
死ぬのはとても怖い。
明日しぬかもしれない。
明後日かも、来週かも、来月かな、あと1年は生きれるだろうか。
わからない。
そしてそれはとてつもない恐怖だ。
でも
せっかくある命の時間を
不安と恐怖でいっぱいにして終えるのだけは
どうしても嫌なことは
自分が一番知っていた。
どうして自分はこんなにも死を怖がるのだろうか。
なにがそんなに自分を不安にさせるのだろうか。
自分の過去を分析して、色んな可能性を見つけた。
思い描いた人生設計通りにならないことへの不満。
親の期待に応えられないことへの申し訳なさ。
大切な人やものを失うことへの悲しさ。
そして未知なるものとしての死の世界への恐怖。
人生は思い通りに行く事よりも行かない事の方が多い。
死の時も自由に設定できる訳ではない。
それは突然来るかもしれないし、
望んでいない時にでも容赦なく人を連れ去っていく。
それが死だ。
自分でコントロールできるものではない。
そんなわかりきったはずのことが
実は本当はわかっていなかった。
「私は死にたくない。
そう願うのに突然訪れるなんて理不尽だ。」
そんな風にどこかで思っていた。
だから今来るはずではない死がとてつもなく怖く
拒否反応がとても強かった。
でもいつ来るかわからないのならば
今ここにある物を精一杯感じ取って
それを丁寧に紡いで
次の瞬間に繋げていくしか無いんだ。
未来の不安に押しつぶされながら死ぬのだけは
絶対に嫌なんだ。
もしかしたら明日死ぬかもしれない。
それならば今ここにある恵みを受け
幸せを感じ
感動し
笑い
泣き
伝え
地球の歴史の中で
ほんの一瞬だったかもしれなかったけど
この世に生まれてくる事ができてよかった。
そう思えるような自分でありたい。
もちろん死が怖くなくなった訳ではない。
それはかわらず私に恐怖を与える物ではある。
でも生きている間に
せめて生きている間は
欲張りな私は
沢山の感動を味わって去りたい。
世界中に影響を与えるような人間でも
誰かに幸せを沢山分けてあげられるような人間でも
ないかもしれない。
けど
それでも生まれてきてよかった。
人並みに辛い事もいろいろあったけど
それでも
生んでくれて、支えてくれて、愛してくれて、
本当にありがとう。
そう心から思いながら死にたい。
もしかしたら
また恐怖で心が締め付けられる日がくるかもしれない
もしかしたら
今はたまたま心の調子がいいだけかもしれない
でもそうしたらまたどうかこの気持ち思い出せますように。
その時の私がどうかまた「生きよう」って
今、ここに生きている私を精一杯生きようって
思えますように。
季節性の
今年はなんだか知らないけど
あちこちで季節性の鬱(冬季鬱?)の話を目にする。
4年くらい前から毎年10月末頃に
突如漠然とした不安が高まってきて、
常にネガティブなことを考えるようになってしまう。
だからその記事を見て
あー季節性の鬱ってのがあるのかーと思って
すごく個人的に納得した。
日光を浴びて、規則正しい生活をして、
栄養をバランスよく取れば改善するらしいけど、
そんなの出来たら苦労しないわ。
最近夜中までインターネットを見て過ごす。
そして2時3時まで寝付けない。
これも多分不安を回避するために
色んな情報で自分をごまかしているんだろう。
でも布団に入った途端に
色々とごまかされていたはずのものが湧いてきて
怖くなって
心細くなって
不安でいっぱいになって
負のスパイラルに陥る。
ひたすら呪文みたいに
なにか楽しいことを唱えたり
思い出そうとしたりするけど
気がつくとネガティブな方向に向かっていて
また思い出してしまった怖い情景や
嫌な感情を振り払おうとする。
もし明日死でしまったら
もしかしたらもう明日は目覚めないかもしれない
家族がいなくなったら
大切なひとたちが死んでしまったら
大切なものを失ってしまったら
私はどうしたらいいんだろう。
私の周りの人が傷ついたり悲しんだりするのが怖い
親が悲しんだり傷ついたりするのが怖い
それらは自分が傷つくことに直結するから。
怖い。
こんな日々が春先まで続くかと思うと
本当に憂鬱になる。
あと短くても4ヶ月はこのままとか
ほんとうに消えたい。
毎年少しずつ改善しているような気もするけど
でもやっぱり必ずやってくるんだね。
こうやって自分の不安を文章化して
客観的に見ることで少し軽減されるかなーって期待。
いつかきれいさっぱりなくなってくれるのかな。
やっぱり冬は嫌い。
あちこちで季節性の鬱(冬季鬱?)の話を目にする。
4年くらい前から毎年10月末頃に
突如漠然とした不安が高まってきて、
常にネガティブなことを考えるようになってしまう。
だからその記事を見て
あー季節性の鬱ってのがあるのかーと思って
すごく個人的に納得した。
日光を浴びて、規則正しい生活をして、
栄養をバランスよく取れば改善するらしいけど、
そんなの出来たら苦労しないわ。
最近夜中までインターネットを見て過ごす。
そして2時3時まで寝付けない。
これも多分不安を回避するために
色んな情報で自分をごまかしているんだろう。
でも布団に入った途端に
色々とごまかされていたはずのものが湧いてきて
怖くなって
心細くなって
不安でいっぱいになって
負のスパイラルに陥る。
ひたすら呪文みたいに
なにか楽しいことを唱えたり
思い出そうとしたりするけど
気がつくとネガティブな方向に向かっていて
また思い出してしまった怖い情景や
嫌な感情を振り払おうとする。
もし明日死でしまったら
もしかしたらもう明日は目覚めないかもしれない
家族がいなくなったら
大切なひとたちが死んでしまったら
大切なものを失ってしまったら
私はどうしたらいいんだろう。
私の周りの人が傷ついたり悲しんだりするのが怖い
親が悲しんだり傷ついたりするのが怖い
それらは自分が傷つくことに直結するから。
怖い。
こんな日々が春先まで続くかと思うと
本当に憂鬱になる。
あと短くても4ヶ月はこのままとか
ほんとうに消えたい。
毎年少しずつ改善しているような気もするけど
でもやっぱり必ずやってくるんだね。
こうやって自分の不安を文章化して
客観的に見ることで少し軽減されるかなーって期待。
いつかきれいさっぱりなくなってくれるのかな。
やっぱり冬は嫌い。
キャパ
きっと私が社会に出て困るだろうなと思う事の中に
人に「やれ」と言われた事は
ことごとくやりたくなくなるという自分の性質。
あと自分のペースを越えた早さで物事が進んだり
自分のキャパを越えた仕事を振られたりすると
もう何も出来なくなる。
始まる前から心底疲れてしまって
きっとやれば出来るんだろうし
出来る所まで精一杯やれば良いだけの話だけど
自分がやりたいのかどうかもわからない中で、
上手くいく見通しが全く立たない中で、
とにかくどこかからか手を付けるという事が
私にはとても難しい。
頼まれたなら絶対に完璧にやり遂げなければいけない。
失敗も妥協も許されない。
だれもそんな事私に強要してないのに
私の中の私が私にそう言い放つ。
逃げ出したくなる。
私に命令しないで。
私に指示ださないで。
私にプレッシャーをかけないで。
私にこれ以上させないで。
私はきっとキャパが人一倍狭いんだろう。
だいたいの人がだいたい出来るであろう量も
自分にとっては重労働なんだ。
それに気づくまでは
周りの人と同じような選択をして
「出来るはずでしょう」
って思いながら出来ない自分を責め続けたけど
最近はもう出来ないのわかってるから
最初からやめておけばいい。
でもどうしたらいいのかわからない。
何もしていないのに疲れてしまう。
何も始まっていないのに疲れてしまう。
体調も優れない。
耳鳴りはするし
目はかすむし
足はだるいし
身体が重い。
どれか一つならきっとできるのに
この状態に陥ってしまうと
一つも手を付けられなくなる
自分がいないこととして物事が進んでくれたらいいのに
私なんか最初からいなかったことにして
全部進んでいってくれたらいいのに
私を放っておいてくれたらいいのに
すごく楽しい事があったのに
どうしてこんなに落ち込んでるんだろう
感情の変化が急激すぎて
いつもの事だけどついていけない
ついていけなくてイライラする
呼吸が乱れる
どうしよう
こんな日記ばかりで悲しい
人に「やれ」と言われた事は
ことごとくやりたくなくなるという自分の性質。
あと自分のペースを越えた早さで物事が進んだり
自分のキャパを越えた仕事を振られたりすると
もう何も出来なくなる。
始まる前から心底疲れてしまって
きっとやれば出来るんだろうし
出来る所まで精一杯やれば良いだけの話だけど
自分がやりたいのかどうかもわからない中で、
上手くいく見通しが全く立たない中で、
とにかくどこかからか手を付けるという事が
私にはとても難しい。
頼まれたなら絶対に完璧にやり遂げなければいけない。
失敗も妥協も許されない。
だれもそんな事私に強要してないのに
私の中の私が私にそう言い放つ。
逃げ出したくなる。
私に命令しないで。
私に指示ださないで。
私にプレッシャーをかけないで。
私にこれ以上させないで。
私はきっとキャパが人一倍狭いんだろう。
だいたいの人がだいたい出来るであろう量も
自分にとっては重労働なんだ。
それに気づくまでは
周りの人と同じような選択をして
「出来るはずでしょう」
って思いながら出来ない自分を責め続けたけど
最近はもう出来ないのわかってるから
最初からやめておけばいい。
でもどうしたらいいのかわからない。
何もしていないのに疲れてしまう。
何も始まっていないのに疲れてしまう。
体調も優れない。
耳鳴りはするし
目はかすむし
足はだるいし
身体が重い。
どれか一つならきっとできるのに
この状態に陥ってしまうと
一つも手を付けられなくなる
自分がいないこととして物事が進んでくれたらいいのに
私なんか最初からいなかったことにして
全部進んでいってくれたらいいのに
私を放っておいてくれたらいいのに
すごく楽しい事があったのに
どうしてこんなに落ち込んでるんだろう
感情の変化が急激すぎて
いつもの事だけどついていけない
ついていけなくてイライラする
呼吸が乱れる
どうしよう
こんな日記ばかりで悲しい
有限
私はしょっちゅう死という課題に直面する。
別に大病を患っている訳でも
危険な仕事をしている訳でもない。
ただ日々生活する中で
体調が優れなかったり
衰えを感じるたびに
私もいつかは死ぬんだよな。
そう考え始めて
思考が止まらなくなってしまう。
それはいつになるかわからない。
何十年も先の話かもしれない。
でも数年後の可能性も
数ヶ月後の可能性も
数日後
まして明日もしかしたら私は生きていない可能性だって
十分にあり得るんだ。
そう考えるととても怖くなる。
きっと後悔する事が山ほどある。
やりたい事やりきれてないし
伝えたい事伝えきれてない。
「やりきる」
なんて実際に可能なのかはわからないけど
やっぱりどこかで
今みたいな日常が
どこまでもいつまでも
続いていくような気がしていて
「今」の重みは
ずーっと続くはずの幻想の世界では
とてもぼんやりとしていて
軽いものになってしまう。
もしある日突然「余命宣告」を受けたら
私はどうするんだろう。
あと数ヶ月の命だとしたら
私はどんな行動をとるんだろう。
大切な人達に伝えたい事を伝えて、
もうすぐ会えなくなってしまう寂しさに打ちひしがれるんだろうか。
私はちゃんと死と向き合う事が出来るんだろうか。
きっと本当にそういう状況に置かれなかったら
どうなるかなんて想像もつかない。
でも命が有限である事
今の状態がいつまでも続く訳ではない事
今持っている物は全ていつの日か失うという事
これは全てリアルだ。
いつか死ぬからといって
いつか失うからといって
何かを求めて獲得して必死に生きる事
それが無意味だなんて私は思わない。
けれどやはり
失う事を知りながら
何かを大切にする事はとてもとても怖い事だ。
自分自身も、大切な人達も、物だってそうだ
思い入れがあればある程
別かれは辛くなる。
なんで生きているんだろう。
なんで求め合うんだろう。
なんでこんなにも怖いんだろう。
定期的に直面する死の課題は
私にとってはそんなに簡単に解けるものでもなく
とてもとても嫌な気持ちを伴うものだ。
でもそれは私に「生」の感覚を思い出させてくれる。
「生きたい」と願う自分の気持ちに。
最後に今の気分の曲。大好きでとても美しい曲。
「三日月の寝台」ー新居昭乃
別に大病を患っている訳でも
危険な仕事をしている訳でもない。
ただ日々生活する中で
体調が優れなかったり
衰えを感じるたびに
私もいつかは死ぬんだよな。
そう考え始めて
思考が止まらなくなってしまう。
それはいつになるかわからない。
何十年も先の話かもしれない。
でも数年後の可能性も
数ヶ月後の可能性も
数日後
まして明日もしかしたら私は生きていない可能性だって
十分にあり得るんだ。
そう考えるととても怖くなる。
きっと後悔する事が山ほどある。
やりたい事やりきれてないし
伝えたい事伝えきれてない。
「やりきる」
なんて実際に可能なのかはわからないけど
やっぱりどこかで
今みたいな日常が
どこまでもいつまでも
続いていくような気がしていて
「今」の重みは
ずーっと続くはずの幻想の世界では
とてもぼんやりとしていて
軽いものになってしまう。
もしある日突然「余命宣告」を受けたら
私はどうするんだろう。
あと数ヶ月の命だとしたら
私はどんな行動をとるんだろう。
大切な人達に伝えたい事を伝えて、
もうすぐ会えなくなってしまう寂しさに打ちひしがれるんだろうか。
私はちゃんと死と向き合う事が出来るんだろうか。
きっと本当にそういう状況に置かれなかったら
どうなるかなんて想像もつかない。
でも命が有限である事
今の状態がいつまでも続く訳ではない事
今持っている物は全ていつの日か失うという事
これは全てリアルだ。
いつか死ぬからといって
いつか失うからといって
何かを求めて獲得して必死に生きる事
それが無意味だなんて私は思わない。
けれどやはり
失う事を知りながら
何かを大切にする事はとてもとても怖い事だ。
自分自身も、大切な人達も、物だってそうだ
思い入れがあればある程
別かれは辛くなる。
なんで生きているんだろう。
なんで求め合うんだろう。
なんでこんなにも怖いんだろう。
定期的に直面する死の課題は
私にとってはそんなに簡単に解けるものでもなく
とてもとても嫌な気持ちを伴うものだ。
でもそれは私に「生」の感覚を思い出させてくれる。
「生きたい」と願う自分の気持ちに。
最後に今の気分の曲。大好きでとても美しい曲。
「三日月の寝台」ー新居昭乃