脱★根暗宣言 -34ページ目

強く、丸く

今日は大学のクラスメイト的な?ものの集まりがありました。


久しぶりに先生にも会えて、相変わらずすぎて


あれから3年もの時が過ぎたなんて信じられないくらい。


なんだか、不思議な空間だったなぁ~。


と同時に、私もこの4年間で大きく変わったのも実感した。




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人は強くなったらどうなっていくんだろう。


よく大人になると「丸くなる」とかいうけれど


それってどういうことなんだろう。


ビール?かなんかの宣伝で、


「丸くなるな、☆(星)になれ」


ってのがあったけど、私はそれを聴くたびに疑問だ。


丸くなる=味気の無い、つまらない人


なのだろうか。


それとも


丸くなる=心が広くて、色んなものを包み込める


ということなのだろうか。





私はずっと棘だらけで生きてきたと思う。


気安く近くによってきたら、刺す。


自分を守る事にだけは長けていた。


人の事を完全否定したり


挑発的な立場をあえて取ったり


好き嫌いが激しくて


あまり万人受けしないタイプ。


加えて面倒くさい子で


突然キレたり、泣いたり、黙り込んだりする。


そんな風にしか生きれなかったから。





きっと嫌われていたかもしれない。


面倒くさいなぁっていろんな人に思われたんだろう。


でもその頃の私には逆にパワーもあった。


ダークなオーラも漂っていた(らしい)。


私の周りだけ空気が「紫」とか


可愛い系のダンスでも私だけ別物に見えるとか


よく言われた。


そういうオーラは自分を守るために身につけたものかもしれない。


「よってくるな。」


そういうメッセージを言葉以外で語るためのものかもしれない。






でもそれが評価されることもある。


悪い意味だけでなく、いい意味でも注目されることがある。


特に人前に立つ時には便利だった。


授業のプレゼン、発言、ダンス。


でもその時の私にしてみればそれは普通のこと。


むしろなぜそんな目でみられるのかがよくわからない。


私は紫色の何かを発しているつもりなんてないのだ。






では今の私は一体どんなオーラを放っているんだろう。


恐らく私は「丸くなった」といわれる状態にいる気がしている。


これが本当かどうかはわからないけれど


私のことを前から良く知っている人にはなんとなくそう感じられるのではないか。


でも丸くなるということは個性がなくなることではないはず。


私はつまらない人間になりたくて日々努力しているわけでもない。


でもきっと前のような刺々しい感じや


どす黒い空気は漂ってはいないのではないか。


かといって私は別人になったわけではない。


私は前よりもつまらない人間になったのか?


そうとも思いたくない。





過去の偉人は☆になった人達かもしれない。


自分の欠点を上手いこと長所に変えていった人達?


欠点を持ったまま長所を最大限活かしていった人達?





今の私は自分から欠点を失くそうとしているのか。


そんなことは出来ないのだろうけど


良い人間になりたい。


一体私は何を目指しているのだろうか。


棘を全て取り去って、まん丸になりたいのだろうか。


誰の事も刺したりしない


全くの無害な生物になりたいのだろうか。


果たしてその人間は本当に「良い人間」なのだろうか。

信じるって

どういうこと?

敗北。

イタリア敗北。


ちーん。


さっきまで我が家は奇声と罵声が飛び交っておりました。


とても聞かせられるものではありません・・・笑


イタリア・・・乙です・・・。


最後の挽回は、燃えました。


ひと時の希望をありがとう・・・・。


でも悔しい!!!!!!!!!!!!うがああああ!!!!!



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そして今日はなんだか充実した一日でした。


朝練習に大寝坊して、大遅刻したというのに、


チームメンバーが心優しすぎて、


なぜか井の頭公園でるんるんピクニック→買いもの(衣装)というコースに!


いやぁ、寝坊+遅刻反省しなければならないけど、


本当に楽しいひと時だったなぁ・・・笑


久しぶりになんだかきゃぴきゃぴ出来た気がします!(?)


とりあえずボケボケな一日で、


寝坊はするわ、カーディガンを落としてしばらく気づかずに歩くわ、


かばんをロッカーに入れたことをすっかり忘れるわ、


電車は間違えて反対方向に乗るわで散々だったけど、


友達と気まぐれに歩き回るのは思いのほか癒しの効果がありましたー♪



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ん~


社会に出るってどういうことなんだろう。


私はどちらかというと過剰適応タイプだと勝手に思っている。


「規範から外れてないか」


「皆と違ってないか」


「変な人だと思われてないか」


っていつもすごく不安で疲れてしまう。


きっと誰しもが違うし、変人なのに


自分だけそういうレッテルを貼られるのが怖い。


だから何とかして馴染もうとする。


でも上手く行かないことのほうが多い。


それでも必死に馴染もうとする。


そういう人間を大量に生産することによって


カオスを生まないように上手く社会は出来ているのだろうか。

なぜか

よくわからないけど


やたらとショックを受けることがある。


「え、なんでそんなことで」


って思うようなことで急激に落ち込んだり


激しくイライラしたりして


自分でもコントロールできなくなる。





なぜだか無性に悲しくなって


心が痛くなったり


涙が出たりする





私の理性は「そんなことべつにいいじゃん」と言う。


私の感情は言葉にならない何かを理性に訴える。


理性が感情を押さえ込もうとすればするほど


感情は言葉ではない形で溢れてくる。





もっと感情の方に寄り添ってあげればいいのだろうけど


そんなことをしたら誰かに怒られるんじゃないかって


どこかでとても脅えている自分がいる。





そんなことやったらだめ


そんなこと言ったらだめ


そんなこと思ってもだめ





ルールに反することをしたら


怒られちゃうんだよ。


罰が与えられるんだよ。


怖いでしょ?


いい子でいないといけないんだよ。


じゃないとここにいたらいけないって。


もういらないって言われちゃうって。





だからずっといつまでもいい子でいたいのに


ずっといつまでもいい子でいることが出来ないから


私はいつも脅えている。


せめていい子に見えているかどうか確認したくて


顔色を伺っている。




いい子に見えていないようなら


「迷惑かけてごめんね、もっと頑張るからね」


と媚びるか


「どうせ悪い子だから、放っておいて」


と突き放すか


どちらかの選択肢しかない。





どうしたら解決できるのか。


きっと感情に寄り添うしかないのだろう。


自分自身で自分に寄り添うことで


他人からよりそってもらえなくても


大丈夫になるのかな。


どこまで私は感情をあらわにしていいのか。


どこまでわがままを言っていいのか。


どこまで悪い子になっていいのか。


考えてばかりいないで


とにかくやってみるしかないのか。





そんなことを考えている私は


安心して失敗できる場所が


すごく重要だと思う


ちょっとリスクを負ってみようと思える場所が


必要なんだと思う。


ん、それともそれは場所ではなくて、心構えの問題なのか。


状況なのか、自分自身なのか。


いや、でもやはり自分自身の心構えは


状況に由来しているのかもしれない。


相互作用か。難しいな。

乙女趣味

やっぱり私は小さい頃から変わっていないのかナーと思う。


今日は卒業式で着る服を探しに母と新宿に出かけ、


可愛いワンピースと可愛い靴を入手した。


そして思ったのは、やっぱり私は乙女趣味だということ。


さばさばして、男前で、カジュアルで、中世的な女性に憧れていて


色々試行錯誤はしてきたのだけど


なんだかんだで私はやっぱり女性らしい可愛いのものが


好きらしい。





3歳でクラシックバレエを初めて


小さい頃からふりふりの洋服とか、お花柄とかの可愛いものが好きだった。


バレエの衣装もなんだかんだでドレスのようなものだし


小学校の頃はほとんどズボンというものをはかなかった。


でも中学に入ってイタリアに引っ越して


日本的「可愛い」は「子供っぽい、ださい」として馬鹿にされるようになった。


それから私はジーンズやパーカーというものを着るようになったけど


どこかでやはり可愛いものが好きな自分はいつづけたと思う。





なんかね、可愛いものを着ると


「ね、私、可愛いでしょ?」


って言っているように思われてしまうんではないかって気になって、


そわそわしてしまう。


実際にそう思っているのかはよくわからない。


可愛いものを着たいという願望と


自分が可愛いという認識は直結するのだろうか。


ただ一つ解っている事は


「自分のことを【可愛い】だなんて思ってはいけないと信じている」ということだ。





「その顔で、その服かよ」


と思われているのではないかと気になって、


申し訳ない気持ちになる。


というか多分自分が、そういう風に他人に対して思っているから、


自分もそう思われているのではないかって怖くなるんだろう。


自意識過剰なんだろうけど、気になるんだから、気になるんです。


だから「可愛い!」と思って買ったけど、


ほとんど着ずに終わった服は山ほど。


考えてみるともったいない。





だからもう私にはそういう可愛いものは似合わないのだから


買うのも着るのもやめようとも思うんだけれど


どうしても目がいってしまうのね。


納得いくのがそれしかなかったりするのね。


今回もそう。


これ買ったら後悔するのかな。


結局やっぱりもう少しシックで大人っぽいシンプルなもののほうが


よかったって思うのかな。


着てる間そわそわしちゃうのかな。


すごく悩んだけど


今回私は自分の直感を信じてみることにした。


「可愛い」と感じる自分の感覚を素直に取り入れてみることに。





どうやったら胸張って歩けるかな。


どうやったら人の目をそんなに気にしないで歩けるかな。


どうやったら自分の感覚を信じてあげられるかな。


そもそも、似合うのかな。


あーなんで洋服一つでこんなに考えているんだろうかー笑


もーねる、おやすみなさい!><