方向音痴
またまた久しぶりのエントリー。
最近は課題も終わり、授業ももう明日で終わり。
幸せなことも沢山あって
落ち着いた日々を送っています。
そして久々にスクールに行って本気で踊ったら
体がぼろぼろになりました・・・・
腕の筋が終始ぴきぴきなってて
一体私の体は大丈夫なのだろうか・・・笑
ふくらはぎと太ももらへんが
もはや言うことをききません
なんか痛い
筋トレもばてまくりで、ちょっと手抜いてましたごめんなさい!!!!
直前に食べたオムライスが戻ってきそうでした。うぉぇ
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いやぁーでもきついのはきついんだけど
これだけのことを積み重ねて行ったら
本当に身につくんだろうなって思う。
私は小さい頃からあまり必死になって努力したりとか
人の目を気にせずに練習したり頑張ったりはしてこなかった。
どちらかというと余裕に構えていたい方。
「人前で必死に努力する=頑張りを見せびらかす」
という認識が私の中では強くて
そういうスタンスを軽蔑している人間だった
いかに隠れて努力するか
いかに見えないところで頑張るか
それが大切だとずっと思っていたから。
でもなんかねー
そのうち「いかに隠れるか」が重要になってきて
「いかに努力するか」が後回しになってきちゃうんだよね
そうすると結局単に努力を褒められる人を僻んだり
誰にも評価されない自分が哀れになったりする。
そうするともはや努力するのも馬鹿馬鹿しくなってきてしまう。
そして一向に成長しない自分が形成されてきた。
恐らく成長はしてきているのだとは思うけど
努力の方向音痴というのはまさにこういうことだろう
やってるわりに、結果に繋がらない
そして勝手に一人で疲れ果てる
もっとがむしゃらになってみたらいいのかなぁ
いい意味で人の目を気にせずに努力したり
認めてもらいたいって言う気持ちを抑制しないで持ってみたり
そんなことができたらいいのかな。
それって私らしいのかな。
私らしいってなんだろ。
ってなって私の思考はいつも止まるのでしたー。
換気
今日は久しぶりに友達とご飯を食べに行きました。
やっぱり人と話すの大事。
なんだかんだで4年生になっても学校に行っていると
友達ももういないし、
食事も基本一人で取るし
行動も基本一人だし
皆は皆で忙しそうだし
偶然出くわしても他愛も無い話をするだけで
人と積極的に関わることがどんどん無くなってくる。
そうすると気づかないうちに色んな考えとか不満とか
どんどん蓄積されていって
不安定な土台を作ってしまうんだろうなー
だからやっぱり定期的に心も脳も換気しよう。
と思ったけど、それが簡単にできれば苦労しない。
これまでにも何度もそう思ってきてるわけだしね。
どうやったら上手く行くのかを今後は試してみるかな。
なんかなー
どうしたらいいのかわかりません
支えるって難しい。
見守るって難しい。
私は支えるってなったら
「あれをしてこれをして、あれもしなきゃ、
これはしないようにして、あれは控えて・・・」
ってなってしまう。
で結局自分が空回りして
支えるどころじゃなくなって
自分すら支えられなくなって
逆に迷惑をかけて残念な結果になる。
きっと教師になっても同じようなことになるんじゃないかなって
ずっと前から懸念している。
子供に押し付けがましく世話を焼いて
どう?助けになったでしょ?
とばかりに、感謝を間接的にせまる。
そしてそれが還ってこないと
不満になる、相手を否定する
そんな教師は、嫌だな・・・・。
今はやりのー
風邪がはやっているらしいです
そして私も頭痛が酷いなーと思っていたら
次の日には喉と鼻が一気に沈没!
鼻水が耳のほうに回ってしまうため
耳まで痛い!!!
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そして先日の日記を自分で振り返って思ったことがいくつか。
確かに読み返して
自分乙ってなるにはなるし
突っ込みどころ満載だし
こんなの人様の目に晒してどーするってなるけれど
案外、そんな自分を客観視して、冷静に分析できることに気づいた
他者からの評価だけを考えているのではなくて
90%くらいは自分のために、書いている
残りの10%はやっぱり他者を意識はしてるだろうけど
それがいいとか悪いとかではなくて
実際に自分が思ったこととか考えたことを
正直に書くことによって
その瞬間は紛れも無い自分であって
人の目を気にしないありのまま。
しかも後日それを見返すことは
そういった感情を自分の一部として、客観視できる。
こんな作業を通していく中で
いつの日か自分を相対化して見て
いいところ、悪いところひっくるめて
自分であるっていう実感が沸くのかもしれない
っていう希望的観測。
鬱な日記を書くこと自体がどーこーではなくて
書くことによって
そこから自分は何をするのか
どういった捉え方をするのかが
問題になってくるんだなぁと
今更ながら実感した。
頭で理解していることと
感覚で実感することとは
一見似ているようで
天と地ほどの差がある
もっとやってみないとわからないことが沢山あるのだろう
これまでの私だったら
あんな醜態ブログですら晒せなかった
ブログやインターネットだって
顔や名前がわからない空間だとしても
公共の空間。
それなりに外向きの私であるのが前提だった。
でも今回はとりあえずやってみよう
そう思っていた。
これは自分にとっては大きな一歩だと感じている
というか少しは改善に向かっている証?
そもそも改善という概念が曖昧だけど
いい意味で捉えたい
ようやくこの脱★根暗宣言が
本来の役割を果たし始めたのかな
なんて思っているけど
私はすぐに調子に乗って痛い目をみるので
少し慎重にいこうと思います笑
今後も気分を害する可能性のあるエントリーを書くことがあるかもしれませんが
どうぞ適度にスルー、もしくは適度に反応していただけると嬉しいです。
大掃除
部屋の床に溜まっていた書類やらごみやらをまとめてゴミ袋に詰め込んだ。
冬物の服をまとめて、春夏物をひっぱりだして整頓した。
いらないと思われるものは全部ゴミ袋に入れた。
おかげで床が見えるようになった。
洋服の山もだいぶ低くなった。
部屋が片付いたら心もすっきりするかと思った。
しなかった。
ちゃんとごみ捨てる日が来て、
部屋からゴミ袋が無くなったらすっきりするのだろうか。
もっと明るいエントリーが
書けたらいいのに。
のにのにのに。
最近の私は「のに」ばっかり。
やっぱりだめだったかなー。
向いてないのかな。
こういうの書いても
救われないのかもしれない。
無理にでも元気にしていたほうがいいのかな。
その方が罪悪感無く生きられる。
こういうこと書いても結局後で後悔する。
それも逃げなのか。
そんなこと書いても他者からいい評価を得られないからなのか。
何がしたいのかもはやわからない。
自分を守るので精一杯だ。
防衛本能が強すぎて、制御できない。
どうにかしてこの状況を打破したいのに
方法が見付からなくて
というか見つけたと思うたびに違っていて
途方に暮れる。
世界中の悩める人々に比べたらどうってことない悩みなんだろう
世界中の辛い思いをしている人に比べたらどうってことない痛みなんだろう
でも自分にとってはそれが全てで
何にどうすがったらいいのかわからない
私には悩んでいいだけの資格がない
このくらいでへこたれててすみません
でも私はいつも気づいてしまう
こういうのは全部私の頭の中で作られた綺麗ごと
ほんとは自分が一番不幸で
誰かに助けてもらわなければいけない存在で
誰も助けてくれないことに腹を立てて
だだをこねているだけ
なんでだれも助けてくれないの
なんでだれもわかってくれないの
こんなに苦しいのに
こんなに辛いのに
なんで私のことは誰も助けてくれないの
これが本音だろう
そうなんだろう
これを認めることが大きな屈辱でも
きっとそうなんだろう
なんで誰も助けてくれないの?
そもそも助けを求めていないじゃないか
自業自得である
なんでだれもわかってくれないの?
そもそもわかってもらう努力をしていない
またしても自業自得である
そしてこれも綺麗ごとだ
「自業自得」といって自分自身で自分を責めることで
「自分で自分が悪いのはわかってる」
「だからもう私を怒らないで、責めないで」
そう主張したいだけである
自業自得だなんて言わないで
だれか助けて
そう言えないのだからやはり自業自得なのだろうが
それに気づいてくれる誰かが現れるまで
私は他者を否定し続けて生きていくのだろう
あの人も酷い人、この人も無神経
結局一番酷くて無神経なのは
自分だということにいつも気づいてしまうのだけれど。
要はわがままなだけなのか
否、これも綺麗ごとだろう
一言発するたびに、
それが自分の脳が作り出した
表面的な言葉や思考であることに気づいて
もはや根本で自分が何を思って、何を考えているのかすら
わからない
自分の中に二人の自分がいて
一人が一言発するたびに
もう一人の自分が反撃をする
本気でお互いを潰しにかかる
いい加減にしてくれ。
色んな臨床心理関係のサイトやブログを見ても
小さい頃の養育環境がどーのこーのと書いてある
私は普通の一般的な家庭に育った。
虐待も無い。特別親が酷いわけでもない。
一人っ子で女の子っていうこともあって
多少過干渉・過保護ではあっただろうが、
それだけでこんな子供に育ってしまうのか。
そもそも親のせいになんてできるのか
責任転嫁なのか
こうなったのは紛れも無い自分である
もういい加減に書くのをやめたいのだけど
脳が活動を止めない
これを書き留めている理由は
一つにはどうしても発散しないと眠れそうに無いから
二つにこうなっている状態を記録しておいて
後々自分で参考にしようと思うから
三つにもしかしたらどこかに共感してくれる人がいるかもしれないと
心のどこかで期待しているから
部分麻酔で腹部と頭部を手術される夢を見た
全身麻酔じゃないから
意識があって
痛くはないけど、メスを入れられている感覚が
リアルに感じ取れる
しかも手術をしている医者は
酔っているらしい
酒を片手に脳外科手術なんて
聞いた事無い
もう私の人生も終わったな
そう思った。
お願いだから真剣に手術してくださいよ
このままだと死んでしまうんです
貴方の手に掛かってるんです
そこにある腫瘍もついでに取っちゃってください
私の体から悪いもの全部取り去ってください
お願いしますよ
このままだと死んじゃうんですよ
もうすがる人は貴方しか居ないんですよ
死にたくないんですよ
まだ死ねないんですよ
さすがにもういいだろう
いい加減に寝よう。
続々と・・・!
課題が終わってゆきます・・・!
もう一番の山場は越えて、あとはほんの少しが残るのみ。
あんなに乗り越えられるのか不安だった課題が
あっけなく片付いていく。
あんなに煩わしかったはずの課題が
妙に大切に思えてくる。
4年間ってあっという間だな。
みんな卒業かぁ。
もう自分の大学生生活が残り1ヶ月もないなんて、信じられない。
私の場合はまだ同じ場所に居続けるわけだけど。
周りの友達とはちょっと違った進路。
まだまだ甘ったれていられる環境に居る私は
なんやら少し置いていかれた気持ち。
実際そんなのは自分次第なんだろな。
もっと私が頑張って皆とは違う方向に伸びていければいいのだけれど。
最近は2~3日の周期でころころと鬱期と健全期が移り変わっていって
頭が付いていかないなぁ
さすがに数日周期は堪えます。
不規則な生活と運動不足のせいだろうか?
単に5月病?
環境の変化を目前にした不安か?
人とあまり会わないことによる発散不足?
なんでもいいけど、どーにかならないものかー・・・。