あくまでも私の側からの一方的な意見ですが

夫は、謝らない人です。

しぶしぶ「ごめんね」と言うこともありますが

まるで棒読みで、かえって腹がたちます。

かれこれ20年以上のつきあいになりますが

まともにあやまってもらった記憶は

1、2回しかありません。


ただ、そんなことがあった後は

家事を手伝ってくれたり、コーヒーを淹れてくれたり

とても気を遣ってくれるのがよくわかるので

いつまでも怒っているようでは

私も大人気ないぞと自分に言い聞かせ

怒りをしまいこみますが

ちゃんと謝ってもらった気がしないので

納得いかない気持ちは残ります。


疲れていたから爆発したんだろう

で片付けられてしまうのは心外だし

家事やコーヒーでごまかされるのも嫌。

私が何に対して憤ったのかをちゃんとわかってほしいし

わかったうえで誠意ある「ごめんね」を言ってほしいと

長年思ってきました。


で、やめました。

謝罪を期待することをです。

なぜなら、謝ら(れ?)ない性格は

不器用さと誠実さの裏返しだと思えたからです。

心にも無いことは言えないので

その場かぎりの調子いいことは言えない。

だから、とりあえず謝って機嫌をなおしてもらおうなんて

できないのだろうと思います。


よくよく思い出せば

めったに約束はしないけど

約束は必ず守るし

約束しなかったことも

できるかぎり応えてくれ

私が困っているのを察すると

さりげなく手をさしのべてくれたり

必要なものを惜しげなく与えてくれたり。

ずっとずっと、そうしてもらってきたのに

かっとなると、すぐ忘れちゃう。


言葉足らずのように見えても

ここ一番というときに信頼がおけて

その根底にあるのは、決して悪意ではなく

優しさと思いやりなのだと信じることができるなら

「ごめんね」を言ったとか言わないとか

そんなことはもう、些細なこと。

ですからもう金輪際

夫に謝罪の言葉は期待しません。


そのかわり私も

言いたいことは遠慮せず言います。



つい最近までは、ゆで卵もそうでしたが

それと肩を並べるくらい関わりたくなかったものが


大根おろし


労多くして益少なからじの代表格です。

がんばってすりおろしても

出てくるのはほとんどが水分。

半分くらいは捨ててしまいます。

この、はんぱない徒労感。

だったら、わざわざすりおろさなくても

美味しい食べ方はほかにいくらでもある

と言いたくなります。


しかし、そんな私に

またしても救世主が現れました。

その名も、鬼おろし(一枚目の写真)。

めっちゃ強そう。

いえ、強そうどころか最強です。

ガリ、ガリ、ガリと、わずか3回で

焼き魚の付け合わせぶんくらいは、すぐにおろせます。

しかも、水分がほとんど出ないので

大根をまるごといただくことができます。

何よりも、徒労感がありません。

これなら、いくらでもおろしてさしあげましてよ( ̄0 ̄)/


というわけで、鶏の竜田揚げのおろし煮

(二枚目の写真です)

鬼おろしのおまけでついてきたレシピに

チャレンジしました。

途中、目尻がちょっとかゆくなって

鷹の爪を触った指でポリポリしたら

涙が止まらなくなった

なんて、小さな事件はありましたが

調理そのものは、まことに順調でした。

弘法は筆を選ばないそうですが

私は弘法じゃないもーん。

やっぱ、いい道具に助けてもらわないとね。


そして、実食タイムでは

今度は口内炎に鷹の爪がしみて

またしても涙が ゜゜(´O`)°゜


とはいえ、大根おろしじたいは身近な存在になりました。

この勢いで、どんどん行くわよっ!

でも、鷹の爪には気をつけなはれやっ!!
「エスカレーターでは歩かないで。」

こんなふうに言われるようになったのは

いつからでしょうか?

え?ずっと前から?

気がついてなかったの私だけ?

さーせんm(__)m


いや、それよりも気になるのは

どうして駄目なのか?ということです。

危ないから、というのは

理由にならないと思います。

確かに、乗り始めと降りるときは

足元のスピードが変わりますので

後ろにのけぞったり前につんのめったりしがちですが

ひとたびそのスピードに乗ってしまえば

静止しているのと同じ状態です。

エスカレーターは動いていても、等速運動ですから

中にいる人は何の力も受けません。

階段で立っているのと同じことです。

その状態で歩くことが危険というなら

階段の登り降りも危険

ということにならないでしょうか?


とはいえ、エスカレーターは階段のように広くありませんから

立っている人を押しのけてまで

前に行こうとするのは危険です。

年配の方や足の不自由な方や

小さいお子さんなどの横をすり抜けるときも

怖い思いをさせないような配慮が必要です。

優しく、そっと、ね♪

また、幅の狭いエスカレーターもありますから

2列ぶんのスペースが無い場合は

あきらめておとなしく立っているべきだと思います。

急いでいるからといって、かけ上ったりするのも危険ですが

それは、エスカレーターに限らず階段でも同様です。


エスカレーターに乗っている人たちの間に

暗黙の了解があり

歩かない人は端に寄って

空いた側を、歩きたい人が歩く

その何がいけないの?

と言いたいです。


左側に立って右側を空けるか

右側に立って左側を空けるか

そんな議論に熱くなる人もいますが

それもナンセンスだと思います。

右か左かが命にかかわるわけでもなし

郷に入りては郷に従え、です。


ひとことで言ってしまえば

無茶しなければ、いんじゃね?

です。

自分の理屈を振りかざすのではなく

周囲の方々の様子を見ながら

無理の無い範囲で

行けそうなら行く。


ただし、乗り始めと降りるときは

ちょっと気をつける。

乗るときは歩幅を小さめに

降りるときは歩幅を大きめにすると

うまくいきますね♪


私が普段利用するエスカレーターでは

歩かない人は左側

歩きたい人は空いている右側をすり抜けて行く

というのが一般的です。

朝の通勤時間帯では

両側の人が歩いていることもあります。

昨日もその中で私は

歩いてエスカレーターを登り降りしてきました。

何か不都合でも?


台風が去った後の空(朝7:30頃)です。

空気は乾燥して心地よいけれど

時おり突風にあおられて

歩道から車道に押し出されそうになりました。


お昼を過ぎた今も風はおさまらず

電車も数分遅れています。


これでもかというくらいデコってみました。

派手だな~


いますよね。

携帯などの小物をこんなふうにデコっている女子。

なんでそこまでやるんだ?と問われれば

ついに私も、女子力アップに目覚めた

…わけではありません!!

やむにやまれぬ事情があってのことです。


なーんて勿体つけてみましたが

実は、生地に砂糖を入れ忘れたからです。

練り終えて成形してから気がつきました。

やっちまったぜ。

生地にはチョコとココアを混ぜこんであるので

全く甘さが無いわけではありませんが

やはりそれだけでは味が足りず

甘いトッピングをてんこ盛りにして

やっとクッキーらしい味になっています。


娘には内緒です。

何も気づかずパクついていたので。

以外と美味しいらしいです。


怪我の功名イェーイ!!

寒冷前線の去った青空に

元気な応援歌が響いていました。

近くの中学校からです。

新人戦に出場する2年生を応援する3年生の声らしいです。

(私の住む地区では、今週末が中学の新人戦です。)

有志によるそうですが、迫力満点の大音量で

強いメッセージを放っていました。

部活の大黒柱として1年間やってきて

これから2年生たちが経験していく苦しさも喜びも

すべて知っている3年生ならではの応援だからだと思います。

その応援を背に、がんばれ2年生。
剣道も目を離せませんが、こちらも気になります。

全日本学生フォーミュラ大会

かわいらしいフォーミュラカーたちが疾走するところを見たいラブラブ

となると、やはりエンデュランスをねらって行きたいところですが

今年はバリウムを飲まねばならないのであせる

どうしようかと思案中です。


今日は車検をやっているそうです。

公式ブログ を見ると、車検てどんなことをやっているのか

リアルタイムでアップしてくれています。

ブレーキテスト、重量測定など、多角的に徹底的に検査されています。

安全に走ってくれなきゃ困るから当然とはいえ、大変だなあ。

チルト車検 も面白そう。

来年はこれを見に行きたい。

という目標を心のはげみに

今日も、もう少しだけがんばってみることにします。

illustrated by AkihisaSawada





ちっちゃいな。小学生。

でも、決勝だけあって、見ごたえあります。

たくさんたくさん、練習し続けてきたのだろうと思います。

過ごしてきた時間の重みは、いい加減に生きてる大人を凌駕するかも。

すでに凌駕されていると感じている大人が

ここに一人。



illustrated by AkihisaSawada




ぶら下がりながらの、獲物を待つポーズ。

体長は10cmほど。


こんなの見つけて

カッコいい!!などと喜ぶのは

今ではもう、私だけ。

ダンゴムシやセミやバッタを捕まえて

喜んでいた頃が懐かしい。
ご無沙汰しております。

最近はちょっと、剣道にはまっています(見るほう)。

長いこと興味を持てずにいたのですけれど

ひとたび見始めると、結構おもしろいと思います。


実は、父方の祖父が範士だったそうで

父も父の兄弟も、いとこたちも剣道をやっていたそうです。

「そうです」というのは、黙々と農作業に励む父の姿しか知らなかったし

いとこたちとは、お盆やお正月に顔を合わせるだけでしたから。

そんな、剣道に縁の薄い環境にいた私は、興味が無かっただけでなく

「剣道なんて現代人のやるものではない」と思い込んでいました。

この、とっても失礼な思い込みの、原因の一端は祖父にもあります。


いとこたちと同様、お盆やお正月に顔を合わせるだけの祖父は

ツルツル頭に真っ白なお髭をモジャモジャにたくわえた

浮世離れした風貌だったので

同じ人間とは思えない(じいちゃんゴメン!)遠い存在でした。


祖父の思い出をひとつあげるなら、食事の風景です。

もぐもぐと噛むたびにお髭がワサワサ動いて

すごく面白かった。

極め付けはお味噌汁を飲むときです。

お箸で、具ではなくお髭を抑えながら飲んでいました。

抑えないと、お髭がお椀の中に入っちゃうもんね。

仙人様は、お食事のしかたも浮世離れしているのです。

どうしてお髭はモジャモジャなのに、頭はツルツルなの?

と、尋ねてみたかったなあ。

もちろん、本当に尋ねたりはしませんでした。

仙人様にそんな失礼なことは言えないと

幼いながらに理解していましたから。

(重ね重ね、じいちゃんゴメン)


「剣道っていうのは、ああいう、仙人様がするもんなのよ。」

これが、幼く無知だった私の言い分でした。

もちろん、実際に言葉に出して言いはしませんでした。

言ったら、こっぴどく怒られるだろうと

そのへんの空気は読んでいましたから。


祖父の思い出をもうひとつあげるなら

稽古場に連れて行ってくれたことです。

「剣道、見てみたいか?」と聞かれ

つい頷いてしまった私を(見たくないなんて、言えませんからぁ!!)

連れて行ってくれたのです。

正直、稽古場までの道のりも、稽古中の出来事も

ほとんど記憶に残っていません。

ただ、往復の道のり(仙人様と二人きり)がとても遠かったことと

道々、祖父がぶっきらぼうながらも優しい言葉をかけてくれたことと

私が仙人様の孫だということで、稽古場での待遇がとてもよかったことと

板の間に正座して見学しながら

地味なことやってるなあ(をいっ!!)と思ったことなどは覚えています。

結構覚えてるじゃん、私。


私が剣道を見たいという意思表示をしたことが

祖父はきっと嬉しかったのだと思います。

でも、それ以上には興味を持てないまま

長い時間が過ぎてしまいました。

本当に、じいちゃんゴメン。

今さらですが、昔の剣道の動画を見たりしています。



この動画がアップロードされてからさらに7年経過していますので

実際には60年くらい前になるのでしょうか。

いくつかツッこみたい所はありますが、それはさておき

祖父もこんなふうにやっていたのかな、なんてことを思うと

若干感傷的な気分になります。

祖父が亡くなってもう30年以上たつので、本当に、今さらです。


朝晩はやや涼しくなってきて、季節はそろそろスポーツの秋。

ちょっとだけ祖父に敬意を表しつつ、剣道を愛でたいと思います。




illustrated by AkihisaSawada