「なんなんですかねー、なんか、いつもできるんスよね。やりたいことが、そのときにちゃんと回ってくるんですよねー。」


私にこう言った彼は、全く気張ってなく、かっこつけてもなく、いたって自然体だった。


はぁ。何なんだ、この人は。自分に正直で、適当で、自信家で、自然体で。そのゆるさが私を油断させるのだけど、ほんとは多分、ちゃんとしたすごい人なんだろうな、と思う。



「愛する」という言葉を、幼い頃からあまり言われたことはない。

いや、だからといって、私は可愛がられなかったわけではない。

今でもとても自分は幸せだったと思っている。


けれど、「愛する」ということの意味はよくわからないと思っていた。


それが今は、この言葉の意味がわかった気がする。

その言葉を言われなくても、伝わった気がした。


思いやりとか、優しさとか、そういうことだと思う。


「愛する」という言葉を使わなくても、

愛のある言葉や行動は、そう感じられるものだとわかった。

そんなことを言ってもらうつもりはなかった。

ただ、自分の悩みを聞いてほしいだけだった。


その人は、ほんとうに自分のせいもあると思っていた。

実際にわたしもそう思う。


だけど、私はそれを恨んだりしていなかった。

実際にそうだったことと、私がそれをどう思うかは別の話だからだ。


だから、そんなことを言ってもらうつもりはなかった。


けど、すごくうれしかった。

ほんとうにがんばろうと思った。


えらくなりたいわけじゃない。

でも私にはやりたいことがある。

それを支えてくれる人がいる。


だからがんばらないといけないと、つよく強く、思う。

終わったのは7月初旬。本当に私がなれるのか。不安はあった。しかし、でもやっぱり私は本気でなりたかった。なぜなら、私はどうしても日本の安全保障の担い手になりたいからだ。人生で一番頑張った5ヶ月間だった。


それから約3ヶ月。思えば、いろんなところへ行った。大学院の前期期末試験を終え、夏休みの集中講義を受けて、官房長面接のため東京へ飛び、京都へ帰って高校時代の友人をホストし、初めての屋久島で縄文杉に登り、久しぶりに長期間実家へ帰省し、京都に戻ったかと思えば台湾人の友人を訪ねて台湾旅行へ飛び、京都に帰って数日して母親の試験準備の手伝いのため再び帰省し、京都に帰ってきたかと思えばまたすぐに内定式のため東京へ。


そして今その東京から京都へと帰り、明日から始まる授業の準備をしている。


「何をしたいのか」。内定式後、ある先輩と電話で話していて、真剣に考えることになった。この3ヶ月、今までの5ヶ月を取り戻すように、よく遊んだ。「ただ遊んだ」のではなく、「むさぼるように積極的に遊んだ」のである。おかげで脳みそはすっかり衰えている。その頭に、久しぶりに重みのある考え事が舞い込んできた。


私は昔から、「大きくなったら、人の命を救う仕事をするんだ」と幼心に思っていた。それが何かはまだわからないけれど、人の理不尽な死を失くしたいと思った。特に自分の身内で人が死んだことはなかったが、しかし、そのような死の強要とは、あってはいけないと思っていた。小学校のとき、クラスの後ろに置いていた本棚で日中戦争の漫画を読み、戦争は絶対に良くない、私が失くすんだ、と思った。高校のとき、世界史で現代史を学び、そこで世界大戦の悲惨な様子を資料集の写真で見ると、なぜこんなことになったのか、絶対にこんなことは良くない、こんなことのない世界をつくることに私は貢献するんだと思った。大学のサークルで日本以外の発展途上国の様子を知ったときは、途上国で死んでしまう人たちを救うためになることを何かしたいと思った。大学院で、実際に自分の現実的な将来を考えることになり、そこでは2つがキーポイントだった。ひとつは、日本と世界のために働ける場所かどうか、ひとつは、安全保障に関われるところかどうか。


ほんとうに運がよく、その2つのキーポイントを満たす場所で、来年春から働くことができることとなった。自分でもなかなか信じられず、内々定当時はあまり実感がなかったと言えば正しいかもしれない。そして昨日、内定式を迎えた。その後、祝賀会の自己紹介の反省などについて、大学院の先輩と話すこととなった。そこで先輩は、私にこんなことを言った。


「私はあなたの魔法使いになりますから。」


それを聞きながら私は、気がついたら泣いていた。私にとって、こんなに心強いことばはなかったのだ。今までの私は、自分に完璧とまで言えるような確固たる自信は持っていなかった。実現したいことがあれば、それに向かって頑張ってきた。しかし、その目標を十二分に達成したと胸を張って言えるようなことがなかった。高校受験はなんの苦労も無く、県下トップの高校に大した勉強もせず入った。その自信のつけは大学受験に回ってくる。一度目の受験で失敗し、二度目の受験でも行きたい大学に行けなかった。そして、滑り止めで受けていた私立の大学へと行くことにはなる。偏差値はトップの大学だが、自分が行きたかった学校ではない。「人生こんなものか」と思い、19歳にして諦めるということを学んだほうが良いのではという考えを持ち始める。


それがどうだろう。どうしても受かりたかった試験に合格した。私が自分の人生の中で、自分がどうしても達成したかった目標を達成したのは、これが初めてのように思える。歯車が違って廻り始めた。幼い頃習っていたピアノも、それほど頑張らなくてもある程度できた。器械体操でも、つらいながらも毎回の練習をこなし続けるだけで平均台の上でばくてんができるようになった。英語もうまくなりたいとは思ったが、適当に頑張り、いつかはうまくなるだろうと思っていた。はっきりと、どうしてもクリアしたい目標を掲げたのは人生で初めてである。この「どうしてもクリアしたい」には「クリアできないかもしれない」という気持ちは許されなかった。「何としてもクリアしなければならない」という性質のものだった。


自分にプレッシャーをかけすぎるのは、自分には合わないのではと思っていた。しかし、そうではなかった。確かに、プレッシャーをかけすぎることでそれに負けて「自分はできない」と思い込むことは避けないといけない。が、ほんとうに大事なのは、ある程度プレッシャーをかけたうえで、そのプレッシャーを「大丈夫」と跳ね返せることだ。そうやって、どんな強いプレッシャーに対しても、「自分はこれだけやってるんだから大丈夫」と自分を信じて対抗していくことが大切だと知った。それがわかったことは私にとって、とても大きな収穫だった。試験に受かったことはもちろん収穫である。それによって、自分の進みたい道に進み、自分のやりたいことで社会に貢献することができる。しかし、それ以上に、自分で立てた難しい目標を、なんとしても達成しようと思い、がむしゃらに行動し、自分を信じて最後まで闘ったことが、私にとっての何よりの収穫だったように思う。


この大きな収穫を得ることができたのは、確かに私の力によるものだと思う。そう断言できるくらいがむしゃらにやった自信はある。しかし、私がそれほどまでに頑張ることができたのは、周りの助けが大きな支えになったからである。それは家族の支援だったり、友人の励ましだったり、そして先輩「魔法使い」の言葉である。それらがなければ、あんなにも私の力は発揮できなかったと思う。


この一連のプロセスで、私は自分にある程度の自信を持ったつもりでいた。それが、先日の先輩の言葉で不覚にも心を動かされてしまった。ということは、今の私にはまだ不安があって、それを支えてくれるという言葉が純粋にうれしかったのだということになる。不安が無い人はいないと思うし、不安があった方が、行動するときの原動力になると思うので、不安があること自体は悪いことではないと思う。なので、自信と、その自信とバランスのとれた不安の二つを、これからも持ち続けていたいと思う。


話は少しそれたが、「あなたの魔法使いになる」、そう言ってもらって純粋に心強かったのと同時に、応援してくれるんだからほんとうに良い行政官にならなければ、と思った。内々定当時はあまり湧かなかった強い実感が湧いてきたのである。自分の描く世界に少しでも近づけるように何をしたいのか自分の持つ大きなビジョンをもっと明確にしなければと強く思った。私の望む世界は、平和で安全な環境下で、多くの人たちが豊かに暮らせる世界。特に、人が作った兵器を人がきちんとコントロールできる世界。軍事力の適切な管理によって平和や安全が守られている世界。この実現に貢献することがわたしの夢である。


試験後からはや3ヶ月。流れるように過ぎていた毎日に楔を打とうと思う。明日から後期の授業が始まる。また一つ、ハードな目標を設定して、それを達成できるように頑張っていきたい。それが学問であったり、運動であったり、人間関係であったり、何であったとしても、自分に妥協せず、こつこつと努力し、あと半年を過ごしたいと思う。



久々に友人と食事をともにする。この2か月、友人から化石と呼ばれていた私にしては、楽しさこのうえない時間だった。なぜ化石と呼ばれていたか、それは、私がとある試験の勉強のために、自習室に籠りっきりになっていたからである。ほとんど自習室から出てこない私の様子が、土の中で眠っている化石のようだというのである。人が目標に向かって我武者羅になっている様を化石と呼んで笑うとは、何とまったく失礼なことだと思った。しかし、ある視点から見れば、それは彼らのユーモアであり、だからこそ私が彼らを好きなのであるから、失礼ではあるけれども、特に問題はなかった。私の中で、「失礼と思うこと」と、「好きだと思うこと」とは矛盾しないのである。


雑談はさておき、その食事の席で、またしても私の試験勉強への取り組み方の話になった。私は、また自分のことを化石と言われて、私が適当に笑ってまぁ楽しくその場を終わるのかと思っていたら、話は少し違った具合に進んだ。どう違っていたかというと、私はその試験勉強で頑張りすぎたから、少し休めというのである。彼らからみると、「私はやりすぎた」らしく、今は何もせずボーっとしているべきらしい。確かに、この度の試験勉強への取り組み方は、傍から見た人にしては、ちょっとやりすぎたと思えるのかもしれない。それほどまでに自分を追い込んだという、妙な、なんとも意味のない自信はある。


しかし、何をもってやりすぎと言えるのか。やりすぎというからには、どの程度の勉強が適度で十分かということが明らかでないといけない。試験勉強、とりわけ受験勉強においては、確かに一般の受験生より少し良くできるくらいで試験には通る。しかし、それは、「一般の受験生がこれぐらいである」という自身の認識の確かさが前提にあって初めて成り立つ話である。その認識が常に確かとは限らない。しかも、受験に臨む者の心理状況は、私自身がいささかいやかなりの小心者であることを考慮に入れたとしても、やはり不安である。どれだけやっても不安であり、「一般の受験生がこれぐらいである」という程度より少し上に自分がいると認識していたとしても、それでもなお不安になるものである。


結局、何が言いたいのかというと、何をもってやりすぎと言えるのか、その判断をするには、それなりの判断基準がなければならないが、その判断基準は、基準を立てる者の認識の確かさに依って立つものであり、かつその基準を立てる者の精神的な不安という要素にも影響されるということである。要は、受験生は、勉強しすぎかどうかの判断基準を正確に立てられない、特に私のような小心者にとっては確実にそうであるというのが、つまるところ私の言いたいことである。


とまぁ、なんともくだらない、蟻のような論点にしかならないことについて、ぐだぐだと書いてみた。だからといって、私が人と違って別段暇だというわけでもなく、政策課題の調査や読書など、やらなければならないことはたくさんある。しかも、私のことを心配してくれた友人の発言に対して、全くもって、心から反論する気はなかった。確かに、やりすぎた。しかしなんだか、書いてみたくなったのである。ただそれだけである。まったくもって他の要因はなく、少しは文章の練習でもしようかという気になった、というのがこれを書いた率直な理由である。

「あなたを表す漢字一文字を書いてください。」


とあるセミナーで言われた。


うーん、何だろうと少し考え、いくつかの漢字が頭をめぐったが、

少し迷った末、これでどうだと決めた。


「熱」。


セミナー司会者からは、

「皆さん、どんな漢字を書きましたか?まさか、小学生でも書けるような漢字を書いてはいませんよね??」

と言われ、ついつい笑ってしまった。


なぜなら、私が書いた「熱」という漢字は、まさに小学生でも書ける漢字だからだ。

それに、一応書いてはみたものの、何となくこれが自分を表す漢字だとは思えず、

しっくりときていなかった。




それから数週間が経った。

私を表す漢字はなんだろう?と、また、ふと思い出したように考えていた。


そうだ。これじゃないか。今ならわかる。

とある本を読んでいると、ひらめいた。というより、思い出した。

私が大事だと思うこと。それを表している漢字。




それは、「想」。


「おもう」という言葉に

いろんな意味があるが、

ここで言うのは、

英語で言うところの「imagine」である。




私は、想像力ということばが大好きだ。

自分にはあまり想像力がないと思うのだが、それでも好きだ。


人間が持つ力のなかで、一番すばらしい能力だと思う。


想像力があるから、想いを馳せて、見えないものでも見ることができる。

想像力を豊かにして、遠く離れた情景や、人の気持ちを感じることができる。


私が今いる世界は、情緒というものがあまり重要視されない世界だ。

重要視されないというよりもむしろ、嫌悪されるといったほうが正しいかもしれない。

感性より理性。情緒よりも論理。そういう世界であり、別にそれ自体は悪いことではない。


ただ、こういう世界にいるにしても、目を閉じて「想」いを馳せるということを忘れたくないと思う。



「私を表す漢字は?」


そう聞かれたら、

これからは迷いなく「想」と答えようと、そう思う。

最近、私との関係において全く異なる立場の3人から、ほとんど同じようなことを聞いた。


それは、「人に対する判断は、言葉でよりも行動でする」という、自分に対するルールみたいなもの。


この規範については、全くその通りだと思う。自分も人の信頼を得るためには行動で示していかないといけないと思うし、自分の人に対する判断においてもやはりその人の行動を見てしまう。


言葉という上っ面の飾りで測れない部分に目をやれる人。そんな人でありたいなぁと思った一日だった。


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ところで話は変わって、


自分に対するルールについて、今まであまり意識はしていなかったけれど、久しぶりに妹と話していて気づきました。


私の場合、そのルールは、「自分の内にある焦りや弱みを人に見せたら負け」というようなものらしいです笑。


でも、そのルールって、何の役に立つんでしょうかね笑。自分で自分の弱さを克服できるってことなんですかね。でも、それによって、何が良くなるんでしょうか。落ち着いた強い人になって、何が変わるんでしょうかね。そういう人になって、私は何がしたいのだろうと、ちょっと考えてみた一日でした。


内容は、、、また気が向いたら書きます笑。