「あなたを表す漢字一文字を書いてください。」
とあるセミナーで言われた。
うーん、何だろうと少し考え、いくつかの漢字が頭をめぐったが、
少し迷った末、これでどうだと決めた。
「熱」。
セミナー司会者からは、
「皆さん、どんな漢字を書きましたか?まさか、小学生でも書けるような漢字を書いてはいませんよね??」
と言われ、ついつい笑ってしまった。
なぜなら、私が書いた「熱」という漢字は、まさに小学生でも書ける漢字だからだ。
それに、一応書いてはみたものの、何となくこれが自分を表す漢字だとは思えず、
しっくりときていなかった。
それから数週間が経った。
私を表す漢字はなんだろう?と、また、ふと思い出したように考えていた。
そうだ。これじゃないか。今ならわかる。
とある本を読んでいると、ひらめいた。というより、思い出した。
私が大事だと思うこと。それを表している漢字。
それは、「想」。
「おもう」という言葉に
いろんな意味があるが、
ここで言うのは、
英語で言うところの「imagine」である。
私は、想像力ということばが大好きだ。
自分にはあまり想像力がないと思うのだが、それでも好きだ。
人間が持つ力のなかで、一番すばらしい能力だと思う。
想像力があるから、想いを馳せて、見えないものでも見ることができる。
想像力を豊かにして、遠く離れた情景や、人の気持ちを感じることができる。
私が今いる世界は、情緒というものがあまり重要視されない世界だ。
重要視されないというよりもむしろ、嫌悪されるといったほうが正しいかもしれない。
感性より理性。情緒よりも論理。そういう世界であり、別にそれ自体は悪いことではない。
ただ、こういう世界にいるにしても、目を閉じて「想」いを馳せるということを忘れたくないと思う。
「私を表す漢字は?」
そう聞かれたら、
これからは迷いなく「想」と答えようと、そう思う。