作りたいものを作りたいけど・・・。
作りたいものを作る。
もの作りを仕事にすると決めた時点で、
ある悩みに直面したりする。
自分の作りたいものを作るか、もしくはお客さんが望むもの
を作るかという方向性についての問題。
両立できるのがベストだけどね。
スクールをしているとこの手の質問も多いし。
結論からいうと、自分で決めるしかないよね。
自分は別にアーティストという自覚も認識もないから、
望まれるものを作るし、それを作る準備をするだけ。
準備とは単に新しい知識や技術を出来るだけ吸収して
お客さんのリクエストに応えられるようにすること。
例えば、このキャンドルの気泡・亀裂減らせないですか、質感は
もっとマットな感じ(光沢)出せないですか、香りはどのくらいまで
強く出来ますか。雪の結晶や星の結晶が出るキャンドル見たのですが
作れますか?挙げたらきりがないけど、色々なリクエストに応え、
逆に提案できる準備をするのが仕事だから、どちらからと言えば、
後者の方だけど。
まあ、その意味ではまだまだ勉強不足の自覚があるし、
そういう意味で、自分自身のスタイルなんてもっともっと勉強して
からで十分だなって思うね。
ただ、才能がある人は別だけど。
昨年アムステルダムのゴッホ美術館に行った時に思ったのだけど、
スタイルを確立するまでの苦悩が素人の自分にもわかる。自分のスタイルを模索する
過程で(モネとかルノワールの)フランス印象派の影響を受けた時代もあれば、
日本の浮世絵を模写した絵もある。新しい画法があれば、それを勉強しに行く。
自画像や医師ガシェの肖像の(筆で細かい線を描く)画法なんかも新しく
取り入れたものだもんね。
年代別に見てみると、なんとなく、ゴッホ自身の葛藤がわかる気がする。
まあ、残念なのは弟テオに経済的に長い間援助されて、死ぬまで
本人は貧乏だったことでしょ。死後に評価されるのは悲しい面もある。
自分は出来るのならば、援助されないで生活したい。
キャンドルって仕事になるの!?
先日、田舎に帰ったときに、みんなの仕事の話になって、
自分がキャンドルを仕事にしているって話をしてのだけど、
親戚たちは、いまいちピンと来ていないようだった。
どうやらお仏壇に使うキャンドルしかイメージが湧かないようで・・・。
まあ、正直、キャンドルなんて無くても生活には支障もないし。
使っていない人の方がはるかに多いだろうし、当然の面もある。
キャンドル好きが集まって会話していると凄い盛り上がるし、
(何事も)行ける気になってくるんだけども、意外と興味のない人との
温度差が出たりもする。(キャンドル好きだけの話ではないけどね)
心理学の実験でも、意見の合うもの同士が集まって話をすると、
(意見が違うものが集まって話す時に比べ)結論はより極端な方に
傾く傾向にあるという。タイのデモなんかもそうだったけど、
一部の過激な人間は行動がエスカレートしたりして、暴徒化しちゃったし。
普段はキャンドル好きに囲われて生活しているから、興味のない人たち
の意見もたまには聞くのはいいことだよね。
仕事でもネガティブチェックといって、賛成賛成と盛り上がっている時に、
反対意見を持っている人の話を聞くと、一息つくことで、
より冷静で、正常な判断が出来る場合もある。
今回は自分にとって、久々のネガティブチェックが出来て良かったね。
やっぱり自然派だね
久々に山形の故郷に里帰り。
深夜に出発して、車で約7時間の長い道のりだったけど、
新鮮な空気をたっぷり吸収出来て良かったね。
今でこそ、高速道路が延びたので、便利になったけど
自分が子供の頃は、里帰りに10時間以上たっぷりかかった。
子供の頃は、各地のサービスエリアに寄りながら、ゆっくりと
向かうのが楽しかったりするもんね。
辿りついた故郷。
故郷へのアクセスが便利になった反面、いとこもそうだけど、
若者の多くが東京や近隣の都市に移り住んでしまい、
過疎化が進行しているって印象が強く、ちょっと寂しかったね。
昔、みんなでボーリングに行こうって話になったとき、車で
2時間くらいかけないと、最寄のボーリング場に行けないような
場所だったから、都会の生活に慣れていると不便な面も多い。
おまけに豪雪地帯だから、冬になると3mほど雪が積もる。
これは厳しい。でも、そんな厳しい環境でも愛着があって
離れられない人たちも多いのも事実。
自分みたいな仕事は都会に住まなくても、出来ない訳では
ないので、近い将来は、自然豊かな場所でキャンドルつくりに
没頭出来たら幸せだなあって思っちゃうね。



