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五十路は人生半ばなり

2014年7月に好酸球性多発血管炎性肉芽腫症(アレルギー性肉芽腫性血管炎、チャーグ・ストラウス症候群)という難病を発症。
退院後4カ月でプレドニンの処方も0mgになり、現在はほぼ健康人と同じ生活。あたふたと再起のための仕事の準備を進めている。

先にタイトルを付けて書き始めると、だんだんタイトルとは関係ない方向に文章が流れてしまうのはいつものこと。今回もどうなるか解らないが一応、プレドニンとお酒の関係について。

以前、ラムゼイ・ハント症候群というのを患ったことがあって、その時にも治療のためにプレドニンが処方された。ラムゼイ・ハント症候群は喉から顔面にかけての左右半分の神経が麻痺してしまう病気で、水疱瘡ウィルスが関係しているという。顔半分の筋肉が動かせなくなるので、会う人にぎょっとされるようなご面相になる。完治するかどうかはステロイド(プレドニン)の早期投与にかかっている。入院治療を勧める医師に「入院はできません」と頑なに拒否を続けて(その当時は破産直後でお金が全く無かったのだ)通院治療をすることになったが、プレドニンの綿密な服用スケジュールを作ってくれながら医師がさりげなく言ったのが「お酒飲まないでくださいね」の一言。プレドニン投与中はお酒は禁忌というイメージが私の頭に根付いたのは、そのためだ。無事にラムゼイ・ハント症候群が完治してプレドニンが処方されなくなってからは、また以前と同じように飲み始めていた。

今回の病気・・好酸球性多発血管炎性肉芽腫症(チャーグ・ストラウス症候群、アレルギー性肉芽腫性血管炎)では入院治療だったので飲酒の問題は特に無かったが、そもそも飲める状況だったとしてもお酒は飲まなかっただろう。病気の前駆的症状だったと思うが飲食物に対しての強いアレルギー反応があって、フルーツ類や豆乳など一部の食品は摂取すると胸から肩、喉の付近が痛いような気持ち悪いようなどうにもならない状態になった。ひどい肩こりが上半身全体に広がったような状態と言えば、ご理解いただけるだろうか。アルコールでは特にアレルギー反応が強かった。わずか一口でも、アルコールを含む飲料を口にすると激しい症状にのたうち回ることになる。だから入院が決まった頃の私は、すでにお酒を飲まなくなっていたのだ。

退院が決まると、医師から生活に対しての注意事項を説明される。妻と息子も雑えての説明では主に「たくさんの人が集まるような環境には出られない」というように、私が普通の仕事・・会社勤めのようなことはできないのだということが説明された。妻の印象では、家族が患者に無理をさせないように説得しているようだったということだ。プレドニン投与によって感染しやすくなっているので、頑張って退院できるまでに治療を進めてきた医師としては、ここまで来て感染症なんかで努力を無駄にしたくない気持ちでいっぱいなのだろう。説明が終わってから気付いたのだが、飲酒に対しての注意はなかった。

医師の説明の後に、今度は薬剤師が説明に来てくれた。美しい女性で、はにかみながら一生懸命に説明するのが好ましく、私はいつもニコニコして説明を聞いていた。ふと思い出して「お酒は飲んでもいいんですか?」と聞いてみると、「うーん」としばし考えてから「実はプレドニンの注意事項には、お酒を飲んじゃいけないとは書いてないんですよ」とのこと。薬剤師が言うのだから間違いないのだろう。しかし「お酒自体が飲み過ぎれば体に良くないものだから、ほどほどにしてください」・・つまり、飲んでも差し支えないということだ。なるほど飲んでいいのかと思ったものの、少なくとも当面は私はお酒を飲もうとは思わない。

今回の病気で体の不調箇所が徹底的に洗い出されて治療が行われた結果、私はかつてないほどの健康体を手に入れることになった。こうなってみると、アルコールなどという胃壁を痛めるようなものを体内に流し込もうとは思えなくなるものだ。暴飲暴食を続けてきた人間がいい気なものだが、部屋を綺麗に掃除するとしばらくは汚さないように気をつけるというのと同じ心情なのだと思う。いつまで続けられるか解らないが、妻と息子のためにも健康でいなければならない。できるだけ続けてみようと、心ひそかに決意を固めている。
退院して杖を付けばそこそこ歩けるようになった頃、息子の学校の合唱コンクールで夫婦して市民会館へ。駐車場からホールへと歩きながら「大丈夫ですか?」と気遣ってくれる妻に、ふと「これはこれで良いのかも知れない」と思った。何もない人生より面白い・・いやもちろん病気で苦しんでいる方々に対して失礼にもなる言葉だというのは認識しているけれど、いざ渦中に入ってしまって抜け出せないのなら、もはやそう考えるしかないんじゃないかなと・・。幸いにして妻も息子もこんな私を嫌わずに支えてくれる。そう、それが大きいのだろう。だから楽観的でいられるのだ。まさに今この病気になった時の家族が、この2人で良かったと心から思う。

実は仕事仕事で生きてきて、そのために1度家庭を失敗している。早朝・・それこそ朝の3時、4時には出勤して、帰りは深夜。入浴して一杯飲んで寝るだけが、私の家庭での生活のすべてだった。休日が無くても一向に辛いと思わず、そんな自分を我ながら凄いなどと称賛していたのだが、実際はとても愚かしく周囲のことを考えない自分勝手な行動だったのだ。家庭は壊れてから気が付くもので、ある日いつもより早く仕事が終わって帰宅すると、家の中には誰もいなかった。早くといっても午後10時過ぎだから、高校生・大学生の息子たちはいざ知らず、妻くらいはいるだろうと考えていた。買ってきたケーキの箱を前にぼんやりと、自分は何をしているんだろうなと・・。お金さえ渡せば上機嫌の妻だったから、それで良いのだと思っていた。いや、それは私の言い訳だろう。仕事をしたい、業績を上げたいという私の欲求と、自分が自由に使えるお金をたくさん持ちたいという妻の欲求が合致したに過ぎない。双方が相手に協力しているように見えながら、実際は自分勝手な欲求を満たしていたのだ。その後、会社の業績が悪くなり資金不足が生じて妻に打診した時の「お金なんかありませんよ!」という鬼のような形相は頭の片隅にこびりついている。離婚を決意したのも、そのときだったと思う。これ以上は言うまい。ただ、離婚が成立した時の私の目には普段通りの町の風景が、ことさらに美しく輝いて見えたとだけ言っておこう。

そんなこんなで、ささやかな式さえ挙げずに結婚した現在の妻には、とても苦労をかけてしまった。私が経営していた会社もジリ貧で生活費も十分に渡せず、それでも「大丈夫です」と文句ひとつ言わずに頑張ってくれた妻には感謝の言葉もない。夕食後など私がくつろいでいると、中学生になった息子と妻が真面目な顔で話している。何を話しているのかと聞き耳を立てていると、どうも双方に勘違いがあるようで会話の内容がズレている。それでも二人とも声を荒げるでなく、首をかしげながら相手の言うことを理解しようとしている。そのうちに互いが話している内容が違っていたことにようやく気付いて笑い転げる。我が家のいつもの家庭風景だが、本当に平和な家庭だなと思う。家庭にとって妻という存在の大切さを、しみじみと実感する。実に平凡な家庭なのだろうが、自分の一生をかけるに値する家庭だ。この家庭を大事にしていきたい。
好酸球性多発血管炎性肉芽腫症(チャーグ・ストラウス症候群、アレルギー性肉芽腫性血管炎)という病気については、罹患例が少ないことや原因が不明なことなどから、実態を把握することが難しいのが実情だと思う。症状の出方も人それぞれで、私のように消化器に強い症状が表われることもあれば、肺や心臓、脳にその症状が表われることもあるそうだ。しかし共通して言えるのは足や手などの末梢神経に麻痺やしびれの症状が出ることだと思う。なにしろ血管が損傷することによる神経麻痺だから、体のどこに出てもおかしくないのだ。

退院の前に精密検査の結果を見せてもらったが、正常な血管と発症している血管の比較画像は実に解りやすかった。正常な血管では血管壁がくっきりと形を保ち周囲の細胞も整然と並んでいるのが、発症している血管は形状も不鮮明でばらけたような状態になっている。血管周囲の細胞も同様にバラバラで、見た目にも「破壊されている」という印象を受けた。好酸球の攻撃によって先ず血管が破壊され、次に血管周囲の神経が破壊されて麻痺を起こすという病気のメカニズムが良く解る写真だった。破壊されたのが末梢神経なら手足に麻痺があらわれ、内臓細胞ならば内臓の機能に異常が表われる。

担当してくれた神経内科の医師によれば、破壊されたのが筋肉ならば周囲の筋肉が働きを保管することで徐々に改善されるということだ。しかし神経が破壊された場合は修復されないことが多く、しびれや麻痺が残ることも覚悟してくださいと説明を受けた。私の場合は足首から先に麻痺としびれが出ているが、これはおそらく治らないのだろうと見切りをつけている。腿の付近にも皮膚や筋肉に無感覚な麻痺症状が出ているが、これは歩行にはさほど重要でないようだ。

入浴の際に浴槽内で足指の屈伸運動などしているが、左右の足ではかなり違いがある。私はもともと痛風持ちで左足に繰り返し発作が出ていたから、左の足指は一部分が変形してしまっている。しかしその左足でジャンケンのパーをやると、見事に五指が開く。逆にグーでは完全に曲がり切らない。右足は全く反対でグーならできるが、パーは全く開かない。特に第一指と第五指(親指と小指)以外の3本の指はきつく寄り添ったようになって、互いに食い込みそうなくらいだ。前は小指も開かなかったが最近は開くようになってきたので、練習も多少は効果があるということだろう。

毎日の訓練・・・と言うほどの訓練ではなく、できるだけ出歩くようにしているだけだが・・によって筋肉が付いてきているから、最近は歩くのにさほど苦労しなくなってきた。階段も「うんしょ、うんしょ」と頑張れば、杖を付かずに登れるようになってきたほどだ。杖を使っても1段も登れなかった頃と比べれば、雲泥の差だ。しかし歩行のときに最も手を焼いているのは、実は筋力ではない。靴を履いて歩き始めると、必ず足裏に違和感を覚える。簡単に言えば靴下にしわが寄っているような感じだ。実際に最初の頃は何度も靴を脱いでは靴下を確認したり、靴の隙間に指を入れて靴下を引っ張ったりしてみた。しかしそれは靴下のしわではなく、足裏の感覚異常によるものだということが後に解った。これが歩行のときに厄介なもので、少し歩くと足の裏が痛くなる。プレドニンの影響かも知れないが足裏の皮膚が薄くなっているので、例えば電気のコードなどを踏むと非常に痛い。靴下にしわが寄ったような感じで歩行することは、これを踏み続けているようなものだから「痛い」より先に感覚的な「嫌」が沸き起こる。こういうものは慣らすしかないと解っているものの、ちょっと気が弱くなると出不精にもなりかねない。