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五十路は人生半ばなり

2014年7月に好酸球性多発血管炎性肉芽腫症(アレルギー性肉芽腫性血管炎、チャーグ・ストラウス症候群)という難病を発症。
退院後4カ月でプレドニンの処方も0mgになり、現在はほぼ健康人と同じ生活。あたふたと再起のための仕事の準備を進めている。

プレドニン錠5mgを10錠投与が2週間続いて、その後に一気に8錠に減量・・・前にもプレドニン投与を受けていたことがある私としては思い切った減らし方に「大丈夫なのかな」と不安もあったが、入院中のことなので何かあっても迅速に対処してくれるだろうと楽観することに決めた。朝一の血液検査の結果では「好酸球は出ていません」とのこと。ひとまず胸をなで下ろす。その日は眼科検診があるため、診察終了まではコンタクトレンズを付けずに眼鏡を着用。プレドニンの副作用の白内障・緑内障チェックは問題なし。しかし散瞳の薬って、何で検査終了後に効いてくるのだろう。検査の時はそれほどでもないのに、検査が終わってしばらくすると真っ白でまぶしくて、まともに目が見えなくなってしまう。その頃はまだ車イスを看護士さんが押してくれていたから良かったけれど、足がおぼつかない上に目が見えないんじゃ危ないことこの上ない。

午後からのリハビリは飛び入りがあったため、軽い基礎運動だけで終わった。アメリカの軍人さんという体格がいい黒人の患者さんで、時々そういう依頼も入るのだそうだ。身長190cm以上はありそうな筋肉質の体だと、私たちが普段使っているリハビリ器具が玩具のように小さく見える。その日は私もリハビリの自主練習をやり過ぎて筋肉痛だったから、軽い運動だけがちょうど良かった。杖を使った階段の上り下りのリズムが少しずつ解ってきて、面白いのでついやり過ぎてしまうのだ。本来筋トレが好きだという性質も影響しているのだろう。

プレドニン投与による副作用は、私は他の患者さんに比べて少なかったようだが、空腹感には大いに悩まされた。その頃の日記・・・入院中の覚書きのようなものだが・・を見ると、同じ日の同じページに「お腹が空くのと食事のエネルギーが不足しているような感じ」「朝食前の空腹感が大きく、朝食後も不足感あり」「元気が出ない感じが空腹によるものかは不明」など、空腹に関する記述がいくつも見られる。いつもお腹が空いている感じで、同室の入院患者さん達が文句たらたらの病院食も待ち遠しくてたまらなかったのだ。この頃になるとおなかの調子もすこぶる良好になり、食後すぐに便意を催して快便と・・・いや失礼・・しかし快眠・快食・快便とは良く言ったもので、確かに人間の健康はこの3つによって保たれているのだと、入院生活で実感した。

便の話になると生き生きしてしまうのは、それだけ私にとってそれが大きなショックだったからだ。詳しく書きたいところを不快感を催すであろう行きずりの方々を慮って遠回しに表現すると、「この数十年で私はこれほど健康を実感したことはなかった」と言えるほどなのだ。こんなもんだったんだ、人間の体ってこんなにも素晴らしくできているんだと感激しきりで「この健康を大切にしよう」と心に誓うに充分だった。快便1つだけでも、ストレスの大半はすっ飛んでしまうのではないだろうか。

退院した現在でもかろうじて快食・快便は続いているが、やはり食事の量が多いことや食事内容が偏りがちだったり、入院中のように一生懸命に咀嚼しなくなったことなど様々な原因によるものだろう、徐々に「快」の度合いは薄まってきているように感じている。自分だけ特別メニューにするわけにもいかず、かと言って家族に野菜中心の質素なメニューに付き合わせるわけにもいかず・・なかなか難しいところだ。
入院中に厄介だったのが、心臓の動きをナースステーションに無線で送るモニターと呼ばれている器械の存在だ。他の病棟は知らないが私の入院していた病棟では、入院当初は全員がこのモニターを装着することが決まっていた。治療開始後や手術後の容体の急変に備えるためのもののようだが、これが非常に煩わしい。装着自体は小指の先に端子をテープで固定するだけなので簡単だが、そこから4本のケーブルで本体につながれている。本体というのが15cm位の長さのボックスで、わりと重い。胸ポケットにでも入れば手軽なのだが入る大きさではないから、手作りの布袋に本体を入れて首からぶら下げたりする。格好悪いのは良いとしても、これに点滴が加わるわけだからトイレに行くにも不便だ。モニターを付けなくて良くなったのは、入院から2週間ほどのこと。当時の日記には「これで自由度90%!」と喜びがしたためられている。

モニターが外れると本格的にリハビリを始めることになるが、相変わらず血液検査(電解質検査?)で脱水やナトリウム不足などの症状が見られるため、他の病院にも分析を依頼しているとのこと。こういうところは、さすが国立病院という感じだ。リハビリは毎日午後2時から約1時間。主に基礎運動と歩行訓練、階段の上り下りの練習が指導されるが、実際にはこれだけでは筋力の復活は望めないので暇な時間を活用して自主的な運動が必要になる。入院中のメモを見ると「廊下奥まで2往復・ひざ50・腹筋20・爪先曲げ50×2・あと適当にいろいろ」などと書いてある。リハビリの親切なトレーナーさんと筋トレについて話したことがあるが、トレーナーさんからすると筋肉の超回復というのは本来好ましくないということだ。スポーツ選手など一部の特殊な人が通常にはない筋力を身に付けるためには有効かも知れないが、普通の人が普通の筋肉を身に付けるためには害が多過ぎるのだとか。だから休み休み、疲れを残さずに地道に続けることが大切なのだそうだ。実際に私なども頑張り過ぎた翌日は筋肉痛でリハビリができなくなったりしたから(1日休むと覿面に筋力が低下する)トレーナーさんが正しいのだと思う。

体重測定は43.6kg(転院後2週間)。転院した時は51kgだから、順調に(?)減り続けている。今の体重でも私よりずいぶん背が低くて華奢な妻と同じくらいなのに、このまま40kgラインを下回ってしまったらどうしよう・・と少々不安にもなった。失われた筋肉は戻るのだろうかというのが最大の懸念だったが、それもリハビリトレーナーさんに言わせると「筋肉は無くなってしまったわけではない」・・筋肉の繊維が細くなっているだけで、筋繊維の数自体は変わっていないのだそうだ。そう言われると少し安心する。私のイメージでは筋肉がどんどん溶けて流出してしまっているような感じだったのだ(細くなった分は、そうなのだろうが)。筋肉が落ちたのもそうだが、脂肪もしっかり落ちているので「ここで頑張って筋肉付けていけば」筋肉質の格好いいボディが手に入るかも・・なんて考えたことも、ないとは言わない。
筋生検の手術が終わり点滴によるプレドニンの大量投与が3日間続いた後、プレドニンは錠剤による経口投与に引き継がれた。始めは10錠(50mg)から、2週間ごとに2錠ずつ減らしていく予定だ。1週間もすると体調は非常に良くなり「これなら退院も早くなりそう」と考えたが甘かった。神経内科の大御所先生が言うには「全体としては良い方向に向かってます。ただイオンバランスが狂っちゃってるんで・・そこのところ考えながら進めて行きましょう」。

看護士さんや研修医の先生やリハビリのトレーナーさんに聞いてみても、イオンバランスというのは自分の努力でどうこうできるものではないらしく、強いて言えば水分をなるべく摂るようにということだ。甘い飲み物は駄目ということだったので水かお茶の系統に限られる。好酸球に痛めつけられた胃腸はまだ本調子ではないので、同じ水やお茶といっても(含有成分が違うからだろうか)スッキリ飲めるものと、腹痛を起こすものがある。おーいお茶は駄目だが、おーいお茶のほうじ茶は飲める。サントリーの烏龍茶は美味しいし、お腹に優しい感じ。いろはすは駄目だけど、南アルプスの天然水は飲める・・など、入院中に色々飲み比べてみて、市販の水やお茶の違いが解るようになった。

その頃の日記には妻と息子に宛てて(見せるわけではないが)「お父さんは眺めの良い病室でリゾート気分を楽しんでるよ。だから気にしないで夏休みを楽しんでおくれ」と書かれている。ちょうど子供の夏休みの時期だったし、何というか・・遠慮する2人だから「お父さんが入院してるのに」なんて考えて、自分たちも遊びに出かけたりするのを控えてしまうのではないかと思ったのだ。結局は私の方から「せっかく夏休みなんだから遊びに行っておいで」と勧めなければならなくなった。

実際のところ4人部屋だからリゾート気分とはかけ離れているが、MRIの検査のときにもらった耳栓を夜間利用するようになってから睡眠時間もしっかり取れるようになった。悪気があるわけではなかろうが、夜中に冷蔵庫の扉をバタンバタン開け閉めしたりカーテンを音立てて引っ張ったりと・・病室の夜は意外にうるさいのだ。ウトウトした頃にガタンと音を立てられると目が覚めてしまい、それからしばらく寝つけなくなって苦労したりする。私の入院生活に耳せんは必須だった。