筋生検の手術は痛かった。「ちょっとぼーっとした状態で手術しますから」そんなに痛くないのかなと思っていたけれど、とんでもない。生きたまま肉を切られる感じ・・・なんて言ったら、これから筋生検を受けようとする人が怖くなっちゃうけど、私の場合はそうだった。でも他の方のブログなどを読むと気が付かない内に手術が終わっちゃったなどというのもあるから、人それぞれなのだろう。国立病院だから、もしかすると研修医の練習台にされちゃったかなという疑念もなくはないが、都合2時間の手術で精根尽き果て「筋生検は2度とやるまいぞ」と心に誓った。
手術の後がまた厄介で、場所が右足アキレス腱の外側という力が掛かりやすいところなのに手術後2日間は「力を掛けないでください」と・・言う方は楽だけど。ベッドに寝ていても踵を付けば力が掛かってしまう場所だから、身動きができない。どうすりゃいいんだと煩悶しながら、結局はただそうして時間が経過するのを待つしかないのだなあと・・・。だから、もう力をかけても大丈夫ですと言われた時は嬉しかった。大丈夫と言われてもすぐに「はい、そうですか」と力を掛けられるものではないが、少なくとも「大丈夫なはずだから」と自分を説得する材料にはなる。手術後一週間がたち抜糸すると、同時に入浴の許可も下りた。
前の病院に入院してから都合2週間、全く体を洗っていなかった。入浴は念願だったが足腰がおぼつかない。浴室までも車イスで連れていってもらうほどだったから当然に看護士さんが一緒に浴室に入ろうとするのを「大丈夫ですから」と必死に押しとどめ、本当に心配そうな看護士さんに「危なかったらすぐ呼びますから」と言って一人で浴室に入る。「すぐ外にいますから」「鍵はかけないでください」と言う看護士さんに心から頭を下げて扉を閉める。多少の葛藤はあったものの・・いや病人なんだから別にどうでも良いのだろうが、ここで看護士さんに汚れた体を洗ってもらったりしたら男として立ち直れなくなってしまうような、何かそんな複雑な気持ちだったのだ。
さすが病院の浴室だけあって、壁の至るところに手すりが付けられている。左右の手で交互に手すりに掴まりながら何とか服を脱ぎ、やれやれと鏡を見てビックリした。「なんじゃこりゃ」というのが正直な感想。顔くらいは洗面所の鏡で見ていたが、全身を鏡に映してみたのは入院後初めてだ。鏡に映った私は、テレビで見たことがある拒食症の患者にそっくり。脂肪も筋肉もそげ落ちて、骨と皮の状態になっていた。テレビを見ていた時は「あれで良く動けるな」と思っていたが、動けるものだ。
入浴は結構エネルギー使いますので・・と注意されていたが、その通りだった。体を洗うという何でもない動きで、すぐに息切れがしてくる。両手を上に上げて頭を洗っていると意識がふわっと遠のきそうになるので、片手で手すりに掴まりながら片手ずつ交互に上げて何とか頭を洗った。暖かいシャワーは気持ち良いはずだったが、これもまたエネルギーを消耗させていく。お湯を浴びるだけで疲れてしまうのだ。こんなことは経験しないと解らないなあと妙に感心しながら、それでも何とか入浴を終えて体を拭き、きれいな下着と寝巻きに着替えた。浴室の扉を開けると、本当にすぐそこに看護士さんが立っていた。私の顔を見るなり「心配してました」と恨めしそうな顔をするから、本当に心配だったのだろう。職務とは言え、感謝に堪えない。
リハビリのトレーナーさんに聞くと、今の私は小さなモーターで動いている車のようなものなのだという。普通の人は大型高馬力のエンジンを贅沢に使って体を動かしているから余裕があるが、その同じ体を小さなモーターで動かしているからすぐにオーバーヒートしてしまう。モーターの上限を見定めながら焼き切れないように加減して、上手に使っていく必要があるそうだ。この説明はとても理解しやすく、それ以来私は自分の動力をマブチモーターになぞらえて考えるようになった。
地元総合病院での一週間に及ぶ見当違いな胃腸科検査の後、隣町の国立病院に転院。即日に10を超えるほとんどの検査を終了したものの、週末にかかってしまっていたため最後の検査である筋生検が週明けの月曜日に回された。それまでは治療も行われない模様。プレドニンの点滴による治療の方針は決まっているのだが、治療を行ってしまうと病巣に影響が出てしまうため筋生検で正確な結果が得られないそうだ。そして手術で取り出した組織の精密検査が行えるのは限られた大学病院だけなので、その大学病院が休みの週末には手術が行えないということで、悶々としながら週明けを待つことになった。食事は駄目、水も駄目、歩くのも駄目というダメダメ尽くしの上、点滴と心電計のチューブやらコードに繋がれて身動きもままならない状態だ。
点滴には自動的に注入速度をコントロールする器械が繋がれているのだが、これがゴツイ。ごつい上に点滴のチューブを咬んでいるから、動ける範囲はさらに狭くなる。もちろん電源ケーブルが付いているから移動もできない。この機械・・医療側にとっては便利なようだが患者にとっては非常に不便だ。点滴の流入量が測定されているので、腕を曲げたり寝返りしたりするだけでも警報のチャイムが鳴る。その度にナースコールで看護士さんを呼ぶのだが、幸か不幸か私はあまりに頻繁に警報が鳴って看護士さんを呼ぶので、早々にこの機械が取り外されることになった。看護士さんも忙しいのだ。
機械がひとつ外されただけでも行動半径は格段に広がる。景色の良い病室だったから窓越しに外を眺めながら「日記でも書いてみようかな」と思い立ったのが始まりだ。私が入院した時、初日に息子が小さなノートとボールペンを渡してくれた。特に深い意味はなかったのだろうが、書くという行為は入院中の私の大きな慰めになった。今もそのノートを読み返しながらタイピングしているわけだが、治療が始まっていない時期だということを考えれば、結構元気があったようだ。点滴だけでもずいぶん楽になっていたのだろう。転院当初の私の本音が綴られている。・・・
今回の病気で改めて自分が幸せな人間だということを実感した。本来なら経済的な部分を始めとして一家の一大事だから、利己的な嫁なら鬼のような形相で離婚を喚き立てたって不思議じゃない。ただ淡々と事実を受け止めてくれて嫌な顔ひとつしないで好意的に接してくれる妻には、ひたすら感謝の気持ちしかない。妻の側で自分にできることはないかとメモ帳片手に耳を澄ませて聞いている息子も然り。男としてこれほど幸せなことがあるだろうか。今回のことは人生のターニングポイントにおけるメンテナンス、オーバーホールなのだろう。全てをリセットして次へ向かえとの天意・・・そう思える。妻よ、息子よ、見ていておくれ。全快したら君たちの夫、父親のパワーを見せてあげるから。楽しい人生にしようじゃないか。・・・
と、何だか偉そうなことが書かれている。自分の意気を高めようという気持ちもあったのだろうし、それだけ感謝する気持ちが大きかったこともあるのだろう。これを切っ掛けにして入院中という他力本願な状態ながら、家庭の大改造を計画することになる。
点滴には自動的に注入速度をコントロールする器械が繋がれているのだが、これがゴツイ。ごつい上に点滴のチューブを咬んでいるから、動ける範囲はさらに狭くなる。もちろん電源ケーブルが付いているから移動もできない。この機械・・医療側にとっては便利なようだが患者にとっては非常に不便だ。点滴の流入量が測定されているので、腕を曲げたり寝返りしたりするだけでも警報のチャイムが鳴る。その度にナースコールで看護士さんを呼ぶのだが、幸か不幸か私はあまりに頻繁に警報が鳴って看護士さんを呼ぶので、早々にこの機械が取り外されることになった。看護士さんも忙しいのだ。
機械がひとつ外されただけでも行動半径は格段に広がる。景色の良い病室だったから窓越しに外を眺めながら「日記でも書いてみようかな」と思い立ったのが始まりだ。私が入院した時、初日に息子が小さなノートとボールペンを渡してくれた。特に深い意味はなかったのだろうが、書くという行為は入院中の私の大きな慰めになった。今もそのノートを読み返しながらタイピングしているわけだが、治療が始まっていない時期だということを考えれば、結構元気があったようだ。点滴だけでもずいぶん楽になっていたのだろう。転院当初の私の本音が綴られている。・・・
今回の病気で改めて自分が幸せな人間だということを実感した。本来なら経済的な部分を始めとして一家の一大事だから、利己的な嫁なら鬼のような形相で離婚を喚き立てたって不思議じゃない。ただ淡々と事実を受け止めてくれて嫌な顔ひとつしないで好意的に接してくれる妻には、ひたすら感謝の気持ちしかない。妻の側で自分にできることはないかとメモ帳片手に耳を澄ませて聞いている息子も然り。男としてこれほど幸せなことがあるだろうか。今回のことは人生のターニングポイントにおけるメンテナンス、オーバーホールなのだろう。全てをリセットして次へ向かえとの天意・・・そう思える。妻よ、息子よ、見ていておくれ。全快したら君たちの夫、父親のパワーを見せてあげるから。楽しい人生にしようじゃないか。・・・
と、何だか偉そうなことが書かれている。自分の意気を高めようという気持ちもあったのだろうし、それだけ感謝する気持ちが大きかったこともあるのだろう。これを切っ掛けにして入院中という他力本願な状態ながら、家庭の大改造を計画することになる。
退院時45kgほどだった体重は順調に(?)回復を続けて、とうとう57kg台に突入した。ノーマルな体重が58kgだから良いようにも思うが、筋肉量が回復していないから手放しでは喜べない。そろそろ停滞に入っていかないと、このまま成長を続けると偉いことになる。そこに来て正月だから・・・運動不足になるわ食べ過ぎるわ・・で、何ともコントロールが難しい。ただ単に意志が弱いだけだとも言えるが。
体重は58kgでも、筋肉量が相当に付いた上ならば良いという話で、現在は少々太り気味と言えるだろう。グラフの体重と筋肉量の傾斜を見れば一目瞭然だが、おそらく筋肉の増加と同じペースで余計なものも増加している。これを抑えるには高たんぱく低カロリーと運動しかないのだが、なかなか。とりあえず正月の間はお目こぼしで、正月が明けてから頑張ろうなどと優柔不断なことを考えている。
