五十路は人生半ばなり -28ページ目

五十路は人生半ばなり

2014年7月に好酸球性多発血管炎性肉芽腫症(アレルギー性肉芽腫性血管炎、チャーグ・ストラウス症候群)という難病を発症。
退院後4カ月でプレドニンの処方も0mgになり、現在はほぼ健康人と同じ生活。あたふたと再起のための仕事の準備を進めている。

今日は今年に入って初めての診察の日。いつもより1時間早い予約だけど、医師によると「採血はいつもと同じ時間で大丈夫です」とのこと。診察の1時間前までに採血を済ませることになっているのだが、いつも比較的早めに結果が出ているのだそうだ。混んでいる時は採血でも30分ほど待つから、それも見越してバスの時間を決めることに・・。ところがいつもこのバスの時間というのがどうにも・・という感じで、ちょうど良いくらいの時間に合せて家を出るとバス停の少し前くらいでバスが来るのが見える。慌てて頼りない足にむち打ってやっと乗り込むと、これが前の時間のバス。ちょっと遅れてくるのが常なのだ。かと言って少し遅めに出ると、ぎりぎりで間に合わなかったり。結局、バス停で待つことを覚悟で余裕を持って出るしかないのだ。

バス停で待つよりは病院で待つ方が気楽だし寒くないので、前のバスに乗れる時は乗ってしまう。遅い通勤の人たちと重なるので混むこともあって、以前は降車口付近にかたまる習性のある常連利用客に「すみません、すみません」と言いながら降り口まで向かうのが苦痛だったが、最近は足もだいぶ自由になってきたのでさほど苦労することもなくなった。今日は初めて、杖なしで通院する予定だ。杖を持っていると割と平気な顔で座席に座っていられるが、杖がないとそうもいかないだろうな・・とか今から少し気持ちの準備をしている。まあ杖は免罪符じゃないし、今までずいぶんと世話になってきたから、これからは家の玄関で休んでいてもらおう。

今日の結果によってはプレドニン0かなとも思っているが、がっかりするのが怖いので余り期待しないようにしている。体調としては悪くないので大丈夫だろうとは思っているが、血液のことはさすがに解らない。いつも言われるコレステロール値も少し気になるところだ。それと血圧か・・血圧の薬を減らしてから少し高めになってきているが、年齢的にはこんなものなのか少し高すぎるのか・・先生が判断してくれるだろう。病気のせいでお酒を飲まなくなったから、血圧の薬もクリアできるかも・・というのは期待が大き過ぎるか。
プレドニンの点滴が3日間。プレドニン錠による経口投与が始まって、最初は10錠50mgから2週間後に8錠40mgに減量。当初は「1週間ごとに減らしていきます」と聞いていたのだが、なぜか2週間。その後もプレドニンの量は減らず、一度は担当医と言い合ったこともあった。退院のときの説明で初めて解ったことは、ちょうどその時プレドニンの投与中には起るはずのない好酸球増加が見られたのだそうだ。様子を見るためにプレドニンを減らさずに留保したのだが、そのことの説明を私は受けていない。好酸球が増加しましたと私に伝えることが是か非か、考慮した上のことだろうと今では思っている。何も全てを患者に告げる必要はなく、要は治れば・・あるいは軽快させれば良いのだから。

プレドニンが6錠30mgに減ったのは、入院(転院)して5週間後のこと。翌週の血液検査で問題がなければ、退院できるということになった。「約束はできませんよ」という医師の言葉も然り。その頃には病室で一番の古株になっていた私は、同室の患者の色々な入退院の様子を見ている。来週退院と言われて、それが検査の結果延期になることなど日常茶飯事なのだ。

全ての入院患者が退院したがっているかというと、そうでもない。患者によっては看護師さんによる丁寧な看護が気に入ってしまって、医師から退院を告げられるとごねるケースがある。看護師というのは医師の指示に忠実なのはもちろんだが、患者の立場でできるだけ患者の負担を減らすことも業務になっているようで、つまりは医師と患者の板挟みのようなところにいる。どれだけ患者寄りになるかは看護師自身の判断に任されているようで、「そこまでしなくても」と思うことも「もう少し親身になってあげれば」と思うこともある。要は義務なのではなく個人個人が看護師という職業の責任範囲をどのように捉えているかの違いなのだと思う。

看護師さんの献身的な努力も、患者によっては毒になることがあるように私は思っている。ある患者はステロイドの副作用でむくみが出て、尿も便も全く出ない。医師からは寝てばかりいないで体を起こすように、もっと歩くようにと言われているのに、何をするにもナースコールで看護師さんにやってもらうから一向に改善しない。ついに医師から「ここにいても良くならないから」と退院を告げられたが、その後も何度も看護師さんを呼んでは「こんなんじゃ退院できない」「先生に退院を延ばすように言ってよ」などと繰り返していた。いわば看護師依存症のようになってしまって、それが治ろうという気力を萎えさせてしまうのだろう。看護師が悪いとは思わない。治ろうとすることは患者の義務だと、私はずっと思って入院生活を送っていた。皆が一生懸命に治そうとしてくれているのだ。本人は治ろうとするべきだろう。

この連休明けに、今年初めての診察がある。連休明けの病院は混むから気が重いが、医師はもっと気が重いだろうと考えれば、私の診察の時くらいはちょっと気楽にさせてあげたいとも思う。何しろずっと丁寧に診察して指導して薬を処方して、私をここまで元気にしてくれた恩人なのだ。本当に救ってもらっちゃったなと感じた、あの時の気持ちをずっと忘れないでいたい。今度の検査の結果で、プレドニンが0になるかが決まる。プレドニンが無くなったら本格始動かな。そろそろ仕事も本腰を入れて進めないと、いつまでも妻にばかり負ぶさってもいられないから。
好酸球性多発血管炎性肉芽腫症(チャーグ・ストラウス症候群、アレルギー性肉芽腫性血管炎)って普通に「こうさんきゅうせいたはつけかんえんせいにくがしゅしょう」と読んでいたけれど、難病情報センターや呼吸器学会の記述を見るとどれも「こうさんきゅうせいたはつけっかんえんせいにくげしゅしょう」になっている。「にくがしゅ」じゃなくて「にくげしゅ」と読むのが正しいらしい。どちらでも良いと思うけど。好酸球性多発血管炎性肉芽腫症という名称は比較的新しく、それまでは臨床所見のみの場合チャーグ・ストラウス症候群、組織所見を含むものをアレルギー性肉芽腫性血管炎と呼び分けていたらしい。統一されたわけだ。

なんで今更そんなことを・・という感じだが、この病気について調べていると「完治」というのが無くて「寛解」という表現が使われている。同じ病気の方のブログなどを拝見していても治ったという記録は見られず、発症から数年経過してもなお闘病生活を送っている例が多い。そんなに治らないものなのかな・・と、調べていたのだ。素人の感覚的なものなど全く根拠にはならないけれど、私個人的には「治りそう」な気がしているからだ。

今年初めての診察が連休明けの火曜日に予定されている。そこでもしかすると私は、プレドニン投与が終了するのではないかと考えている。考えているというより、ほとんど予告されていることで、プレドニン(5mg)が1錠になったとき医師から「0になる前に0.5錠を挟ませてもらうと思います」と言われてた。そして現在の投与量が0.5錠だから、順当に進めば次はゼロ。プレドニン投与の終了だ。好酸球が出たり何やかや問題が無ければということになるが。プレドニンがゼロになると、まあ「寛解」なのだろうが普通の人だ。副作用を心配しなくて良くなるし、自力の機能で生きていることになる。もともと担当医師が「プレドニンは1年とか長期にわたって使う薬じゃありません」と明言するくらいだから、その方針も影響しているのだろう。患者が薬に頼ることを嫌う医師だ。

年が明けてから、外出の時に杖を持って行かないことにした。足腰にもだいぶ筋力が戻ってきているので、疲れやすいことを除けばほとんど普通に歩くことができる。今まで頼っていたものを手放すのには若干の抵抗があるが、薬と同じだ。いつまでも頼って甘えていたら、自分の力が戻らなくなってしまう。最近では階段も杖なしで上れるようになっているし、今度は走れるようになりたいと密かに腿上げなどのトレーニングをしている。