プレドニンの点滴が3日間。プレドニン錠による経口投与が始まって、最初は10錠50mgから2週間後に8錠40mgに減量。当初は「1週間ごとに減らしていきます」と聞いていたのだが、なぜか2週間。その後もプレドニンの量は減らず、一度は担当医と言い合ったこともあった。退院のときの説明で初めて解ったことは、ちょうどその時プレドニンの投与中には起るはずのない好酸球増加が見られたのだそうだ。様子を見るためにプレドニンを減らさずに留保したのだが、そのことの説明を私は受けていない。好酸球が増加しましたと私に伝えることが是か非か、考慮した上のことだろうと今では思っている。何も全てを患者に告げる必要はなく、要は治れば・・あるいは軽快させれば良いのだから。
プレドニンが6錠30mgに減ったのは、入院(転院)して5週間後のこと。翌週の血液検査で問題がなければ、退院できるということになった。「約束はできませんよ」という医師の言葉も然り。その頃には病室で一番の古株になっていた私は、同室の患者の色々な入退院の様子を見ている。来週退院と言われて、それが検査の結果延期になることなど日常茶飯事なのだ。
全ての入院患者が退院したがっているかというと、そうでもない。患者によっては看護師さんによる丁寧な看護が気に入ってしまって、医師から退院を告げられるとごねるケースがある。看護師というのは医師の指示に忠実なのはもちろんだが、患者の立場でできるだけ患者の負担を減らすことも業務になっているようで、つまりは医師と患者の板挟みのようなところにいる。どれだけ患者寄りになるかは看護師自身の判断に任されているようで、「そこまでしなくても」と思うことも「もう少し親身になってあげれば」と思うこともある。要は義務なのではなく個人個人が看護師という職業の責任範囲をどのように捉えているかの違いなのだと思う。
看護師さんの献身的な努力も、患者によっては毒になることがあるように私は思っている。ある患者はステロイドの副作用でむくみが出て、尿も便も全く出ない。医師からは寝てばかりいないで体を起こすように、もっと歩くようにと言われているのに、何をするにもナースコールで看護師さんにやってもらうから一向に改善しない。ついに医師から「ここにいても良くならないから」と退院を告げられたが、その後も何度も看護師さんを呼んでは「こんなんじゃ退院できない」「先生に退院を延ばすように言ってよ」などと繰り返していた。いわば看護師依存症のようになってしまって、それが治ろうという気力を萎えさせてしまうのだろう。看護師が悪いとは思わない。治ろうとすることは患者の義務だと、私はずっと思って入院生活を送っていた。皆が一生懸命に治そうとしてくれているのだ。本人は治ろうとするべきだろう。
この連休明けに、今年初めての診察がある。連休明けの病院は混むから気が重いが、医師はもっと気が重いだろうと考えれば、私の診察の時くらいはちょっと気楽にさせてあげたいとも思う。何しろずっと丁寧に診察して指導して薬を処方して、私をここまで元気にしてくれた恩人なのだ。本当に救ってもらっちゃったなと感じた、あの時の気持ちをずっと忘れないでいたい。今度の検査の結果で、プレドニンが0になるかが決まる。プレドニンが無くなったら本格始動かな。そろそろ仕事も本腰を入れて進めないと、いつまでも妻にばかり負ぶさってもいられないから。