今年から杖なしの生活に | 五十路は人生半ばなり

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2014年7月に好酸球性多発血管炎性肉芽腫症(アレルギー性肉芽腫性血管炎、チャーグ・ストラウス症候群)という難病を発症。
退院後4カ月でプレドニンの処方も0mgになり、現在はほぼ健康人と同じ生活。あたふたと再起のための仕事の準備を進めている。

好酸球性多発血管炎性肉芽腫症(チャーグ・ストラウス症候群、アレルギー性肉芽腫性血管炎)って普通に「こうさんきゅうせいたはつけかんえんせいにくがしゅしょう」と読んでいたけれど、難病情報センターや呼吸器学会の記述を見るとどれも「こうさんきゅうせいたはつけっかんえんせいにくげしゅしょう」になっている。「にくがしゅ」じゃなくて「にくげしゅ」と読むのが正しいらしい。どちらでも良いと思うけど。好酸球性多発血管炎性肉芽腫症という名称は比較的新しく、それまでは臨床所見のみの場合チャーグ・ストラウス症候群、組織所見を含むものをアレルギー性肉芽腫性血管炎と呼び分けていたらしい。統一されたわけだ。

なんで今更そんなことを・・という感じだが、この病気について調べていると「完治」というのが無くて「寛解」という表現が使われている。同じ病気の方のブログなどを拝見していても治ったという記録は見られず、発症から数年経過してもなお闘病生活を送っている例が多い。そんなに治らないものなのかな・・と、調べていたのだ。素人の感覚的なものなど全く根拠にはならないけれど、私個人的には「治りそう」な気がしているからだ。

今年初めての診察が連休明けの火曜日に予定されている。そこでもしかすると私は、プレドニン投与が終了するのではないかと考えている。考えているというより、ほとんど予告されていることで、プレドニン(5mg)が1錠になったとき医師から「0になる前に0.5錠を挟ませてもらうと思います」と言われてた。そして現在の投与量が0.5錠だから、順当に進めば次はゼロ。プレドニン投与の終了だ。好酸球が出たり何やかや問題が無ければということになるが。プレドニンがゼロになると、まあ「寛解」なのだろうが普通の人だ。副作用を心配しなくて良くなるし、自力の機能で生きていることになる。もともと担当医師が「プレドニンは1年とか長期にわたって使う薬じゃありません」と明言するくらいだから、その方針も影響しているのだろう。患者が薬に頼ることを嫌う医師だ。

年が明けてから、外出の時に杖を持って行かないことにした。足腰にもだいぶ筋力が戻ってきているので、疲れやすいことを除けばほとんど普通に歩くことができる。今まで頼っていたものを手放すのには若干の抵抗があるが、薬と同じだ。いつまでも頼って甘えていたら、自分の力が戻らなくなってしまう。最近では階段も杖なしで上れるようになっているし、今度は走れるようになりたいと密かに腿上げなどのトレーニングをしている。