五十路は人生半ばなり -27ページ目

五十路は人生半ばなり

2014年7月に好酸球性多発血管炎性肉芽腫症(アレルギー性肉芽腫性血管炎、チャーグ・ストラウス症候群)という難病を発症。
退院後4カ月でプレドニンの処方も0mgになり、現在はほぼ健康人と同じ生活。あたふたと再起のための仕事の準備を進めている。


退院から4ヶ月。当初はやきもきするくらい上がらなかった体重も、順調に回復。個人的観点からの標準体重58kgを、あっさりと突破した。いや実のところ58kgラインに近付いた時「そろそろセーブ時」とばかりに体重上昇に歯止めをかけて、一時は成功したのだが・・・それで気が緩んだか、あれよという間にリバウンド。58kgラインに絡みながら、一進一退しているのが現状だ。

標準体重だから良いようなものだけど・・それも一般的な標準体重は63kgだから下回っているのだが、要の筋肉量が回復していない。つまり余計なもので体重が増えてしまっているということだ。これは好ましくないなあと口で言いつつ心で思いつつ、かといって特に努力もしていないという・・。努力しないで筋肉量が増えれば言うことは無いのだが、筋肉というのは正直だから勝手には増えてくれない。病気で脂肪も筋肉も落ちてガリガリに痩せ細って、予定ではこのまま脂肪を付けずに筋肉を鍛えて格好いい体に生まれ変わるのだと目論んでいたのだが、努力が足らず。プレドニンの快食欲に負けて、うまい美味いと食事を楽しんだ結果だ。血液検査ではコレステロール値が高いことも指摘されているし、このままじゃいかんよねという感じだ。

プレドニンによる空腹感は10mgになった頃から収まっているのだが、それまでに食べて胃が大きくなっているというか量を食べる習慣ができてしまっているから、そのままズルズルと同じ量を食べてきてしまった。取り敢えずこれを減らさないといけない。運動という運動は歩くことくらいしかできないから、上半身の筋トレを組み合わせて消費エネルギー量を増やすとともに筋肉量の増強を目指す。・・・なんて言うのは簡単だが、実際にやり続けるには結構な思い切りが必要だ。と言いつつ左手に鉄アレイなど持ってみたり・・・キーボードは片手打ちだから左手が空いているのだ(ちなみに左手はマウスという変則的な使い方です)。

鉄アレイといえば退院直後、筋肉を鍛え直そうと鉄アレイ(たった3kg)を持って手を横に振った瞬間、がくんと手が落ちて非常にショックを受けた。上半身・・特に腕については被害を免れたというか比較的無事だったと思っていたのだが、全然だ。鉄アレイを握った腕が持ち上がらない。先ずはここからか・・と随分うしろに下がってしまったスタートラインを恨めしく思ったが仕方ない。地道に鍛え直して、今では難なく持ち上げることができるようになった。そう言えば最近やっていなかったから、これを復活することにしよう。別にムキムキの筋肉質になりたいとは思わないが、そこそこ腹筋が絞まっていて、そこそこ胸筋が付いていないと自分で嫌だから。
「好酸球性多発血管炎性肉芽腫症」という病名を病院の最上階の図書室にあるパソコンで調べたのが、ついこの前のことのよう。院内を自由に移動して良いという許可が出ていた頃だから、治療の効果が表れて病状の進行がストップ、あとはリハビリで歩行に必要な筋力をつければOKという時期だったろう。以前にも耳鼻科関連でプレドニンの処方を受けたことがある私は「このままプレドニンが減ってゼロになれば完治」と簡単に考えていたのだが、この病気のことをインターネットで調べて初めて、簡単には治らない病気だということを知った。30秒くらいかな・・ちょっと呆けて「ああ、なるほど」と。一生付き合う覚悟が必要だなと思い直せたのは、やはり年季の賜物。立ち直りが早い。

一生付き合うつもりでいたものが「なくなるかも」と思うのは、嬉しい反面半信半疑なのと、何故か不安な感覚もある。いきなりライバルがいなくなるようなもので、そのまま頑張れば伸びていけるのにライバル不在で気が抜けて駄目になってしまうような・・そんな不安と言えば良いだろうか。1日プレドニンを飲んでいないだけで、あれ?痺れが強いような・・とか、こんな痛みあったっけ・・みたいに、何でも薬を飲んでいないことに結びつけたがる後ろ向きな自分が見出される。これじゃいかんなと苦笑しながら、さてと。目の前には新しい仕事という、大きくはないけどデリケートな壁がある。ぶち壊さないようにそっと越えることができれば後は野となれということになるが、最初にぶち壊してしまうと後も先もない。壁の前で腕組みしているようなのが現状だ。

プレドニンの処方が無くなった現在の私の状態は・・というと、全身状態は非常に良い。食欲もあるしお腹の調子も良い。気になる症状は足の痺れだが、足指は以前より良く動くようになっているし(まだ自由には動かないが)、足裏の無感覚なのもずいぶん改善されている。無感覚でなくなってきたせいで痛みを感じることが多くなったが、これは良い変化なのだろうと考えることにしている。筋生検で神経を取ってしまったところも、心なしか感覚が戻ってきているように思える。無感覚に近いが、全く何も感じないわけではないという状態だ。入院中はそれほど気にならなかった腿の部分の痺れ・・皮膚感覚は、最近特に気になるようになっている。ときどき電気が走るようにビリッと痛む。手の平でさすると、一枚皮を隔てたような感覚の鈍さがある。

それと、これはどうなのかと疑問に思っているのだが、不整脈のような症状が時々あらわれる。調理中など立って何かの作業をしている時に多いが、急に胸の中ほどが騒がしいような妙な感覚に襲われて心臓の鼓動が意識される。手首の脈を取ってみると脈が跳ぶような・・気がする。なぜか脈が跳んでいるとハッキリ認識できない。平常心ではないのだろう。しかし私は以前にパニック障害のような症状に悩まされ続けていたことがあるから、もしかするとそれかも知れないとも考えている。なら心配はないのだ。

あとは足腰が少し痛むことくらいかな。プレドニンでは骨や関節に影響が出ることがあるそうだが、私程度の期間・処方量では心配ないだろうから、単なる筋肉痛と関節痛だろうか。杖を使わないようになったのは今年からだから、それが影響しているのかも知れない。筋肉量も戻していかないと・・・筋肉量が戻っていないのに、先に体重が戻ってしまった。腰回りにも余分な脂身が付いているような・・まずこいつを何とかしないと。
昨日は今年初めての診察日。連休明けということもあって非常に混雑していた上に保険証や医療券の更新のために診察の自動受付ができず、窓口には長蛇の列。採血の時間に間に合うかと心配したものの、そちらの方は人員を増やしてくれていたお陰でスムーズに運んだ。久々の看護士さんによる採血だったが、この病院の看護士さんは採血が上手い。何だか入院していた頃を思い出して、ほのぼのとしてしまった(基本的に看護士さんが好きというのもあるのだが)。

診察もスムーズに進み、杖を持たずに診察室に入った私を見て担当医はニコリ。入院中から廊下などで会うたびに「まだ杖を使ってるんですか」とビシリと容赦ない言葉を投げかける医師だった。しゃがむと立てない私の所見をいちいちリハビリに「しゃがめるが立てず」と報告するので、トレーナーさんと一緒に愚痴ったものだ。しゃがんだ姿勢から立ち上がれるなら、階段だって杖なしで上れますよね・・・。でも私には合っていたのだと思う。なにくそとかコノヤロというのは、けっこう私の力になっていた。

血液検査の結果は問題なし。好酸球も4%で、今はプレドニンで無理やり抑え込んでいるわけではないから正常値でしょうとのこと。ただしコレステロール値が高いので、こちらは薬で抑えるより食事の工夫で改善するようにしてくださいと言われてしまった。そしてプレドニンについては「中止して様子を見ましょう」ということになり、暫定的ではあるけれど念願のゼロを達成。入院中も入れると約6ヶ月。退院してからは4ヶ月のプレドニン履歴。ここでようやく一区切り付いたわけだ。
月日好酸球値(%)プレドニン処方量
9月2日030mg
9月16日020mg
9月30日015mg
10月21日110mg
11月11日25mg
12月9日32.5mg
1月13日40mg


プレドニンの処方がゼロになったことで必然的に胃薬の処方もなくなり、合わせて出されていた血圧の薬も「安定しているようなので」ということで中止になった。つまり薬が無くなった。「薬抜きで生活して、1ヶ月後にもう一度検査します」それで大丈夫なようなら治ったということで・・「でもこの病気はぶり返すこともあります」と釘を刺されたものの、気持ちが浮き立つのを止められない。治らない病気と覚悟していたし、今でも実際にまた発症するかも知れないという覚悟は持っているけれど・・でも嬉しい。

病院からの帰りは、いつも必ず寄ることになる調剤薬局を素通りしてスーパーで子供のおやつを買った。プレドニンがゼロになったらお酒を飲んでみようかなと思っていたが、もう少しお預けにしておこう。お酒に頼っていた部分、お酒に逃げていた部分っていうのはやっぱり有ったと思うし、せっかく健康になった胃にアルコールを流し込むのが忍びない。お酒なしでも楽しく生活できるし、寝る時までずっと頭がハッキリしてるのも悪いことじゃない。経済的にも助かるしね。さて、仕事の方もいよいよ本格的に始めるようだな。