五十路は人生半ばなり -26ページ目

五十路は人生半ばなり

2014年7月に好酸球性多発血管炎性肉芽腫症(アレルギー性肉芽腫性血管炎、チャーグ・ストラウス症候群)という難病を発症。
退院後4カ月でプレドニンの処方も0mgになり、現在はほぼ健康人と同じ生活。あたふたと再起のための仕事の準備を進めている。

入院中は毎日、検温と一緒に血圧の測定が行われた。もともと血圧は高い方だったから最初の血圧の測定の時にも上が170で、看護士さんから「血圧高いですね」と言われた時も「私としては低い方です」などと答えていた。実際のところ家庭用の血圧計で時々計ったりしていたのだが、ひどい時になると250まで計れる血圧計なのに測定不能になったりする。先日テレビを見ていたら、その当時の私と同じような血圧の症例が紹介されていて、下手をすれば死に至るのだなあと・・・知らないわけではなかったが、今の病気になる前の私には一種の諦めのようなものがあって「どっちみち長生きはできないだろう」と考えていたのだ。だから血圧が非常に高いことが解っていても、なに高い血圧に慣れてしまえばそれはそれで体がそれに合せて機能するはずなどと嘯いていた。こういう強がりを言う人というのは本当は小心者で、現実逃避しているに過ぎない。事実を知りたくないのだ。

看護師の資格を持っている妻にも、一旦薬に頼り始めると薬なしでいられなくなるから・・などと言って、病院に行くことを拒否し続けていた。だから好酸球性多発血管炎性肉芽腫症という病気で入院して否応なく血圧を下げる薬を処方されてしまった時は、妻に「薬、出されちゃいましたね」と嬉しそうに言われてしまったものだ。病院では色々なタイプの血圧計を使っている。古くからある病院なので新旧の器械が入り交じっている感じで、最新式のデジタルのものから看護士さんが聴診器で測定するものまで様々だ。一度、最新式と思われる血圧計で測定した時に上の血圧が30などという結果が出た。「30ってことはないですよね?」と聞くと、看護士さんが即座に「死んでます」と答えたので笑ってしまった。その看護士さんは「だから最近の器械は・」と言って、古い機械を持ってきて計り直してくれた。

入院していた時の血圧は上が120前後で、おおむね安定していた。薬の効果というのは凄いものだ。最初1錠の処方だったが思うように血圧が下がらなかったので、2錠に増えてから血圧が安定するようになった。血圧の薬は退院後にまた1錠に減り、プレドニンの処方がゼロになったのと一緒に処方されなくなった。前回の診察の日・・・つまりプレドニンを含む全ての薬の処方が無くなってから1週間になるが(早いものだ)、血圧は少し上がったものの上が130前後と安定している。1回だけ150ということがあって「えっ!」と驚いたが、そんなことに驚いた自分が今度は可笑しくなった。150なんて、以前の私からすれば有り得ない低血圧なのだ。なんとも健康になってしまったなと、今回の病気・入院のもたらしたものの大きさがしみじみ感じられた。
こういうのを誰が「ブログ」と呼び始めたのか知らないが、本来ブログとはWeb logのことで、つまりはWeb上の記録を指した言葉に過ぎない。ところが最近の英和辞典でWeb logを調べると「ブログとは、特定の話題について書き綴った文章や感想、画像などを時系列順に配置した日記的なウェブサイトのことである。」と説明されている。Web log イコール「ブログ」であり、ブログ イコール「日記」だから「Web log = 日記」ということになっているらしい。日記なら日記と呼べばいいものを「ブログ」などと呼ぶから、新しいもののような気がしてしまう。

私が好酸球性多発血管炎性肉芽腫症(チャーグ・ストラウス症候群、アレルギー性肉芽腫性血管炎)などという名称も症状も面倒な病気を患うことになり、このblogを書こうとしたのには理由がある。病院の図書室のパソコンを使ってインターネットでこの病気について調べていた時、難病情報センターなどの記述で好酸球性多発血管炎性肉芽腫症は適切な治療が施されれば「約90%は6ヶ月以内に寛解に至る」ことを知った。残りの10%は治療抵抗性で、さらにそのうちの10%は重症後遺症を残すか死に至ると。つまり重篤な症状に至るのは全体の1%に過ぎない。

しかし実際にこの病気を患っている人のブログなどを探して読んでいると、非常に苦労されている方が多いことに気が付く。私のように40日足らずで退院して、その後もハイペースでプレドニンを減らして半年足らずで寛解した(まだ確定ではないが)例など1つも見当たらない。数年越しで苦労されている方も多く、この病気は大変なものなのだなあと・・正直やや悲観したものだ。統計では90%が寛解とされている病気なのに、これはどうしたことだろう。考えられることは、特にこの病気で辛い思いをされている方が、その思いを綴ったブログが多いのかも知れないということだ。

ならば、その中に1つくらい「私は治りましたよ」というブログがあっても良いのではないか。ブログを書き始めたときはそこまで明確な気持ちはなかったが、今はそうハッキリ考えている。幸いにして前回の診察からプレドニン処方がゼロになり(様子見だが)好酸球も落ち着いている。このまま寛解(この病気は再発の可能性があるので全快とは言わず「完全寛解」という言葉が使われます)に至りそのまま再発しなければ、これはこれで1つの明るい前例になるだろうと思う。

そもそも今現在私が苦労しているのは好酸球性多発血管炎性肉芽腫症そのものではない。その病気によって破壊された神経細胞や筋肉細胞の再生、もしくは補完に苦労しているのだ。と言っても私の体が苦労しているだけで、私自身はぼけっと眺めているしかないわけだが。好酸球性多発血管炎性肉芽腫症は血管とその周囲の細胞組織が破壊される病気だ。その症状は既に治まっているのだから、病気としては既に寛解していることになる。治療に使われるプレドニンなどのステロイド剤も、本来は好酸球増多を抑制した時点で、その役目を終えている。少しずつ減らしていくのは、薬に頼り切りになっている体を少しずつ自立させるための手段に過ぎない。

しかし問題は、この病気の原因がハッキリしていないところにある。何が原因か解らずに取り敢えず症状の主原因となっている好酸球を、ステロイドの働きで強引に抑える治療をしている。その治療が有効であることは今までのデータで解っているわけだが、実際のところ何故それで病状が治まるのか医師も解っていないだろう。好酸球が増える原因が解らなければ、好酸球が増えなくなる理由も解らないはずだ。解らないから慎重に様子を見ながらプレドニンを微量ずつ減らす医師が多いのかも知れない。傷に絆創膏を貼っておくと自然に治るというようなもので、治れば良いが治らなければ医者は頭を抱えることになる。結局のところ解明されていない自然治癒力というものに、全面的に頼っているのが医学なのだ。

さて、なんでこんな話になった?って人様に聞いても仕方ないが、毎年100人はいるというこの病気の新規患者がネット検索をして、このブログを読んで少しは安心してくれたらいいと思う。ただし私はおそらく幸運な90%なのだろうが、必ずしもそうだとは限らないし、もしかするとこのブログも「再発しました」から暗転するのかも知れない。それならそれで実際の症例のひとつの記録として意義のあることではないかと思っている。
プレドニンを減らすたびに体には、何らかの症状が表れる。これはつまりプレドニンが効いていたということの証にほかならないと、私は考えている。今まで服用していたプレドニンが何らかの効果が有ったから、それを減らせばそれなりの変化が表れるのだ。これは別に悪いことではない。

たとえば全館空調完備のマンションの一室で生活していると、季節の変化にもとらわれず安穏と快適な生活ができるわけだが、あるときこれを管理会社の都合により夜間の空調をストップすることになったとする。住人は当然不平・不満を言うわけだが、結局はそこで生活し続けるためには暑い夜には窓を開け、寒い夜には毛布を一枚増やしたり工夫することを余儀なくされる。さらにしばらくして今度は昼間の空調も20%カットされることになると、昼の暑さに対抗するために扇風機を自前で購入したり、寒さしのぎにコタツを導入したり・・先見の明がある住人なら自前のエアコン導入やベランダに太陽光発電システムを設置することを考えるかも知れない。徐々に徐々に、当たり前に提供されていたサービスがカットされ続け、終いには空調サービス全廃ということになる。しかし少しずつ段階的にサービスがカットされてきたお陰で、空調が全廃された時にはほとんどの世帯で自前の空調対策ができているだろうから、生活に大きな支障は来さない。

ステロイドの投与を段階的に減らしていくのはつまりそういうことで、一気に減らすとマンションの話なら対策ができずに風邪を引いたり熱中症で病院に担ぎ込まれる人が出るのと同じように、体にも支障が生じる。少しずつ少しずつ減らすことで体に準備期間を与えて、全面廃止の時にも耐えられる身体を作ろうとする。自前で何とかしのぎなさいということだ。これに対して住人が不平不満を言うのがつまり、プレドニン減によって生じる体の様々な症状だ。「聞いてねえよ」みたいな感じで抗議するから、あっちが痛んだりこっちが痺れたりするわけだが、結局は自分で何とかするしかないからブツブツ言いながらも自前で対策を講じていく。正常な反応だということだ。

だから体の持ち主たる私は(本当に自我である私がこの体の持ち主であるかという議論は非常に奥深いので割愛するが)これを応援して、暖かい目で見守ってあげるのが良いのだと思う。ズキッとかビリッとか痛んだり痺れたりするのは「頑張ってるんだな」と。自分の体を信じてあげる。だって今現に生きているのだから。今まで様々なことがあったけれど、それら全てを乗り越えて今こうして生きている。自分の体を信じる根拠は、それだけで充分じゃないのかなと思う。信じることが・・つまりそういう精神的な働きが体にどう影響するのかしないのか、それは解らない。でも仮に影響があるのだとすればそれは悪い影響ではないだろうし、影響がないのだとすれば気にすることもないわけだ。だから一生懸命に信じてあげる。

今回プレドニン投与がゼロになって、やはり私の体もあちこちで悲鳴を上げている。がんばれ!お前ならできる!・・みたいに、まあ無責任な声援を送っているわけだが、駄目なら駄目でまた医者頼みになるわけだから早い話、私が心配しても始まらない。私の体と医師が心配すればいいことで、私はのんびり傍観を決めさせてもらう。・・・というような気持ちでいいんじゃないかと。

入院中も色々あったけど、何かある時にはいつも枕元の妻と子供の写真が笑顔で「あなたなら大丈夫」「お父さんならできるよ」と励ましてくれた。そうだよな、ここで頑張れなきゃお父さんじゃないよなと思って、何でも頑張ってこられたのだ。「2人の写ってる写真が欲しい」と言って、もらった写真。退院してパソコンの整理をしていたら、妻と息子がセルフタイマーで撮ったらしいたくさんの写真が出てきた。2人でいろんなポーズ、表情で工夫して写真を撮ってくれたようだ。