血圧のこと | 五十路は人生半ばなり

五十路は人生半ばなり

2014年7月に好酸球性多発血管炎性肉芽腫症(アレルギー性肉芽腫性血管炎、チャーグ・ストラウス症候群)という難病を発症。
退院後4カ月でプレドニンの処方も0mgになり、現在はほぼ健康人と同じ生活。あたふたと再起のための仕事の準備を進めている。

入院中は毎日、検温と一緒に血圧の測定が行われた。もともと血圧は高い方だったから最初の血圧の測定の時にも上が170で、看護士さんから「血圧高いですね」と言われた時も「私としては低い方です」などと答えていた。実際のところ家庭用の血圧計で時々計ったりしていたのだが、ひどい時になると250まで計れる血圧計なのに測定不能になったりする。先日テレビを見ていたら、その当時の私と同じような血圧の症例が紹介されていて、下手をすれば死に至るのだなあと・・・知らないわけではなかったが、今の病気になる前の私には一種の諦めのようなものがあって「どっちみち長生きはできないだろう」と考えていたのだ。だから血圧が非常に高いことが解っていても、なに高い血圧に慣れてしまえばそれはそれで体がそれに合せて機能するはずなどと嘯いていた。こういう強がりを言う人というのは本当は小心者で、現実逃避しているに過ぎない。事実を知りたくないのだ。

看護師の資格を持っている妻にも、一旦薬に頼り始めると薬なしでいられなくなるから・・などと言って、病院に行くことを拒否し続けていた。だから好酸球性多発血管炎性肉芽腫症という病気で入院して否応なく血圧を下げる薬を処方されてしまった時は、妻に「薬、出されちゃいましたね」と嬉しそうに言われてしまったものだ。病院では色々なタイプの血圧計を使っている。古くからある病院なので新旧の器械が入り交じっている感じで、最新式のデジタルのものから看護士さんが聴診器で測定するものまで様々だ。一度、最新式と思われる血圧計で測定した時に上の血圧が30などという結果が出た。「30ってことはないですよね?」と聞くと、看護士さんが即座に「死んでます」と答えたので笑ってしまった。その看護士さんは「だから最近の器械は・」と言って、古い機械を持ってきて計り直してくれた。

入院していた時の血圧は上が120前後で、おおむね安定していた。薬の効果というのは凄いものだ。最初1錠の処方だったが思うように血圧が下がらなかったので、2錠に増えてから血圧が安定するようになった。血圧の薬は退院後にまた1錠に減り、プレドニンの処方がゼロになったのと一緒に処方されなくなった。前回の診察の日・・・つまりプレドニンを含む全ての薬の処方が無くなってから1週間になるが(早いものだ)、血圧は少し上がったものの上が130前後と安定している。1回だけ150ということがあって「えっ!」と驚いたが、そんなことに驚いた自分が今度は可笑しくなった。150なんて、以前の私からすれば有り得ない低血圧なのだ。なんとも健康になってしまったなと、今回の病気・入院のもたらしたものの大きさがしみじみ感じられた。