寛解に至るブログになれれば良いのだが | 五十路は人生半ばなり

五十路は人生半ばなり

2014年7月に好酸球性多発血管炎性肉芽腫症(アレルギー性肉芽腫性血管炎、チャーグ・ストラウス症候群)という難病を発症。
退院後4カ月でプレドニンの処方も0mgになり、現在はほぼ健康人と同じ生活。あたふたと再起のための仕事の準備を進めている。

こういうのを誰が「ブログ」と呼び始めたのか知らないが、本来ブログとはWeb logのことで、つまりはWeb上の記録を指した言葉に過ぎない。ところが最近の英和辞典でWeb logを調べると「ブログとは、特定の話題について書き綴った文章や感想、画像などを時系列順に配置した日記的なウェブサイトのことである。」と説明されている。Web log イコール「ブログ」であり、ブログ イコール「日記」だから「Web log = 日記」ということになっているらしい。日記なら日記と呼べばいいものを「ブログ」などと呼ぶから、新しいもののような気がしてしまう。

私が好酸球性多発血管炎性肉芽腫症(チャーグ・ストラウス症候群、アレルギー性肉芽腫性血管炎)などという名称も症状も面倒な病気を患うことになり、このblogを書こうとしたのには理由がある。病院の図書室のパソコンを使ってインターネットでこの病気について調べていた時、難病情報センターなどの記述で好酸球性多発血管炎性肉芽腫症は適切な治療が施されれば「約90%は6ヶ月以内に寛解に至る」ことを知った。残りの10%は治療抵抗性で、さらにそのうちの10%は重症後遺症を残すか死に至ると。つまり重篤な症状に至るのは全体の1%に過ぎない。

しかし実際にこの病気を患っている人のブログなどを探して読んでいると、非常に苦労されている方が多いことに気が付く。私のように40日足らずで退院して、その後もハイペースでプレドニンを減らして半年足らずで寛解した(まだ確定ではないが)例など1つも見当たらない。数年越しで苦労されている方も多く、この病気は大変なものなのだなあと・・正直やや悲観したものだ。統計では90%が寛解とされている病気なのに、これはどうしたことだろう。考えられることは、特にこの病気で辛い思いをされている方が、その思いを綴ったブログが多いのかも知れないということだ。

ならば、その中に1つくらい「私は治りましたよ」というブログがあっても良いのではないか。ブログを書き始めたときはそこまで明確な気持ちはなかったが、今はそうハッキリ考えている。幸いにして前回の診察からプレドニン処方がゼロになり(様子見だが)好酸球も落ち着いている。このまま寛解(この病気は再発の可能性があるので全快とは言わず「完全寛解」という言葉が使われます)に至りそのまま再発しなければ、これはこれで1つの明るい前例になるだろうと思う。

そもそも今現在私が苦労しているのは好酸球性多発血管炎性肉芽腫症そのものではない。その病気によって破壊された神経細胞や筋肉細胞の再生、もしくは補完に苦労しているのだ。と言っても私の体が苦労しているだけで、私自身はぼけっと眺めているしかないわけだが。好酸球性多発血管炎性肉芽腫症は血管とその周囲の細胞組織が破壊される病気だ。その症状は既に治まっているのだから、病気としては既に寛解していることになる。治療に使われるプレドニンなどのステロイド剤も、本来は好酸球増多を抑制した時点で、その役目を終えている。少しずつ減らしていくのは、薬に頼り切りになっている体を少しずつ自立させるための手段に過ぎない。

しかし問題は、この病気の原因がハッキリしていないところにある。何が原因か解らずに取り敢えず症状の主原因となっている好酸球を、ステロイドの働きで強引に抑える治療をしている。その治療が有効であることは今までのデータで解っているわけだが、実際のところ何故それで病状が治まるのか医師も解っていないだろう。好酸球が増える原因が解らなければ、好酸球が増えなくなる理由も解らないはずだ。解らないから慎重に様子を見ながらプレドニンを微量ずつ減らす医師が多いのかも知れない。傷に絆創膏を貼っておくと自然に治るというようなもので、治れば良いが治らなければ医者は頭を抱えることになる。結局のところ解明されていない自然治癒力というものに、全面的に頼っているのが医学なのだ。

さて、なんでこんな話になった?って人様に聞いても仕方ないが、毎年100人はいるというこの病気の新規患者がネット検索をして、このブログを読んで少しは安心してくれたらいいと思う。ただし私はおそらく幸運な90%なのだろうが、必ずしもそうだとは限らないし、もしかするとこのブログも「再発しました」から暗転するのかも知れない。それならそれで実際の症例のひとつの記録として意義のあることではないかと思っている。