人間、生まれたからにはいつか死ぬわけだが、解りきっているはずのことなのに見て見ぬふりを決め込んでしまおうとするのも人間の特性と言えよう。釈迦は人間が死ぬこと、老いること、病むことに直面して、これに悩み苦しんだ。何とかこの苦しみ・・恐怖心と考えても良いだろう・・から逃れる方法はないかと模索した結果として生み出された哲学が仏教だ(異論はあろうが)。仏教では貪欲(とんよく=執着心)が苦の元凶であると看破している。執着によって「生きる苦しみ」「老いる苦しみ」「病む苦しみ」「死ぬ苦しみ」「別れの苦しみ」「得られない苦しみ」「嫌いなものに会う苦しみ」「五体の苦しみ」が生まれるのだと言う。この最初の4つの苦しみを四苦といい、これらすべてを合わせて八苦と呼ぶ。四苦八苦という奴だ。
子供と話したりしていると「死にたくないな」と思う。子供が可哀想というのが大きいけれど、何よりも自分がもう二度と子供と話すことも顔を見ることも触れることもできなくなるかと思うと、いたたまれない気持ちになる。いや、べつに私が死ぬと決まったわけではなく(寿命という概念では決まっているとも言えるが)例えばの話だ。
この病気・・好酸球性多発血管炎性肉芽腫症(チャーグ・ストラウス症候群、アレルギー性肉芽腫性血管炎)・・パソコンに辞書登録しているからズラズラと変換で出てくるが自力で入力する気も起きない、この病気の5年生存率は(いきなりシビアで、ごめんなさい)約70%だという。さらに調べると62%から78%としているところが多く、この元ネタはどうやら帝人ファーマという会社のサイトらしい。企業概要を見ると「医薬品・医療機器の研究開発、製造、販売」となっているが、好酸球性多発血管炎性肉芽腫症の5年生存率を62%から78%としている根拠・出典については記載されていない。独自に厚生労働省関連の文書や研究機関のレポートなどを調べてみると、5年生存率を90%としているものや、死亡率約14%と記載されているものが見付かる。帝人ファーマの公開しているデータがいつのものか解らないが、古いデータほど死亡率が高くなっている・・治療技術の進歩によって年々予後の経過は良くなってきている・・ことから考えると、62%から78%というのは少々昔のデータであると考えた方が良さそうだ。
好酸球性多発血管炎性肉芽腫症の死亡率を14%としている文書では、その数字が血管炎症候群の中では比較的良好なものであるとしている。他の血管炎は、もっと怖いのだ。しかも好酸球性多発血管炎性肉芽腫症の死亡原因で多いものは感染症によるものだから、病気そのものの死に至る危険性は非常に少ないと考えても良いのではないだろうか(希望的観測だが)。
遅かれ早かれ、いつかは死ぬ自分というものを意識して生きるか、考えないようにして生きるかは人それぞれだ。どちらが良いとも言えない。私個人としては、決まっているものなら予定に入れておきたいと思う。時計が丸いから人間は怠惰な時間を過ごしてしまうのだと言った人がいる。その人は一直線に伸びる棒状の人生時計というものを作ったが・・商売だったのかな。売れただろうか。終わりが決まっているのは構わないが・・構うが避けられないので・・予期せぬ時に突然に終わりが訪れることは勘弁願いたい。と、このブログを読んでいるであろう閻魔様にお願いするが、できれば人生を寿命程度までは全うしたいものだ。