ビジネスマンが闊歩する新宿西口で「俺の前は歩かせん」とばかりに颯爽と先頭を切って歩いていたのは何年前だったか、よもや杖をついて歩くようになろうとは想像だにしなかった。杖こそ使わずに歩けるようになったものの、まだまだ全盛期の歩きには程遠い。息子と一緒に歩いていても「ちょっと待って」と歩調を緩めてもらうよう、お願いする始末だ。息子が早足になったのが私の影響だということを考えると、皮肉にも思えて可笑しい。息子は早歩きが習慣になっているから一旦は歩調を緩めても、本人も無意識なのだろう、まただんだんと早くなってくる。無言だがリハビリのスパルタ教師のようだ。
退院した頃と比べれば歩くことにもさほど苦労を感じなくなったと実感できるが、無理に長時間(と言うほどでもないが)歩いた後はしばらくグッタリしてしまう。プレドニンを飲んでいた頃と比べると疲れにくくはなっているが、筋肉疲労の蓄積のようなものは相変わらずだ。疲労には神経も関係しているだろう。麻痺していた神経が徐々に回復してくる・・・神経の仕組みというのが私には良く解らないのだが、医師に言わせると(神経内科医なので正しいと思うが)破壊された神経は元に戻らないということで、ならばなぜ回復するのかが解らないのだが・・とにかく回復してくると生まれたばかりのように神経が過敏になる。それが痛みや痺れを引き起こしてしまう。感じなかったものが感じるようになると、悪化したように思えてしまうということだ。その過敏になった神経がまた、徐々に鈍麻していく。刺激に慣れて鈍感になっていくと「普通」になるということなのだろう。
私の場合は足裏の神経が大いに歩行の妨げになっている。最初はビックリするくらい痛かった。病院では裸足で歩くことなど無かったから気付かなかったが、退院して家に帰って初めて気が付いた。自分の全体重を支える足裏が非常に痛い。形容は変だが、まさに踏みつぶされるような痛さと言えば良いだろうか。当初は入院生活で「なまったのだろう」くらいに考えていた。その内に戻るだろうと。しかし痛みを我慢して歩いていても、足裏の痛みだけはどうにも治まらない。何でもプレドニンのせいにしてしまうのは考えものだが確か副作用に皮膚が薄くなるというのがあったから、足裏の皮膚が薄くなったのもそれかと思うようになった。副作用なら薬の服用をやめれば治まるはずだから、これから少しずつ治っていくのかも知れない。
現状、私の足は当初自由にならなかったものが、自在に筋肉に力が入るまでに回復している。どうしようもなかった足先の感覚も戻ってきて、指も苦労しないで動かせる(動き具合はバラバラだが)。神経を取ってしまったところ以外では無感覚なところも無くなってきているのではないだろうか、逆にびりびりと痛むことが多い。つま先立ち、かかと立ちもできるようになったし、腰掛けずに靴下やズボンを履けるようにもなった。スリッパの脱ぎ履きではまだ苦労していて、ときどきスリッパが脱げていないのに気付かずに畳に上がったりしてしまう。スリッパは主に防寒用に買ったのだが、買物としては失敗で非常に履き心地が悪く、それが逆にリハビリの役に立っている。
しかし一日の生活の内で最も足裏に負担がかかることと言えば、やはり調理でキッチンに立つ時だろう。作業のほぼ全てが立ち仕事で、ちょこまかと細かい動きが多く、中腰になることも多い。退院してしばらくの間は中腰になることができず、その度に床にぺたんと座り込み、また両手を付いて「よっこらしょ」と立ち上げっていた。今はスクワットさえできるようになったから台所仕事も楽になったが、足裏が痛いのは変わらない。
2015年。新年が明けて1月も、もうすぐ終わりだ。昨年は私の病気で家中バタバタしてしまったが、今年は良い1年にしたいなあ。
筋肉痛か関節痛か・・・両方かも知れないが膝、肩などに痛みがあるのに気付くことが多い。最近特に・・と言っても良いだろう。プレドニンの長期投与によって骨や関節に支障が出てくるというのは知っているが、プレドニンが無くなってから出てくるこれは何だろう。前向きな解釈・・全然医学的ではないが良く考えれば、プレドニンによって知らず知らずにダメージを受けていた関節部が投与が無くなったことによって復活し始めている・・と。私は痛風があるのだが・・まだ有るのか解らないが、何しろ今回の病気では入院治療を通して随分と体質が変わったようなので。痛風では発作のときのひどい腫れ上がりが徐々に治まって行く時に、ギシギシというような関節のきしみを感じることがある。誇張でなく倍以上に腫れ上がってしまうと関節も否応なく押し広げられてしまうようで、腫れが引くとともに広げられた関節が元に戻っていく。このときにギシギシときしむのだが、ちゃんとは戻らないことも多い。外科的に調整しながら戻るようにしてやれば良いのだろうが放っておくものだから、広がったままや曲がったままになってしまうことも多い。長期的には変形も少しずつ治っていくようだが、左足の人さし指(足で人さし指もないか・・第二指)は通常より長い上に第二関節が曲がったまま戻らない。
膝や肩の痛みは病気やプレドニンには関係なく、単なる歳のせいかも知れない。以前私が主催していた教室などでは同年代の生徒さんが良く、肩の痛みを訴えていた。四十肩、五十肩なのだと言う。これになると腕を上に上げると痛みが走って、それ以上持ち上がらなくなるらしい。生徒さんは全員が女性だったから、男より女性の方に多い症状なのかも知れない。同じように膝の痛みを訴える人も少なからずいたように思う。同年代であることを忘れ「歳をとると大変だなあ」などと他人事に見ていたが、もしかすると自分の身にも降りかかってきたか。まあ病気に関係ないなら心配することもないのだが。
昨日の日曜日は、今週末に予定されている息子の学校のスキー教室のための買物をしてきた。色々調べると厚での靴下というのはとにかく必要なようだし靴もボロになっているのでその辺を中心に、暖かそうな下着やら何やら。こちらも疲れたが、息子も疲れたようだ。・・・と今、地震があった。震源地が茨城県北部、震度4だそうだ。
膝や肩の痛みは病気やプレドニンには関係なく、単なる歳のせいかも知れない。以前私が主催していた教室などでは同年代の生徒さんが良く、肩の痛みを訴えていた。四十肩、五十肩なのだと言う。これになると腕を上に上げると痛みが走って、それ以上持ち上がらなくなるらしい。生徒さんは全員が女性だったから、男より女性の方に多い症状なのかも知れない。同じように膝の痛みを訴える人も少なからずいたように思う。同年代であることを忘れ「歳をとると大変だなあ」などと他人事に見ていたが、もしかすると自分の身にも降りかかってきたか。まあ病気に関係ないなら心配することもないのだが。
昨日の日曜日は、今週末に予定されている息子の学校のスキー教室のための買物をしてきた。色々調べると厚での靴下というのはとにかく必要なようだし靴もボロになっているのでその辺を中心に、暖かそうな下着やら何やら。こちらも疲れたが、息子も疲れたようだ。・・・と今、地震があった。震源地が茨城県北部、震度4だそうだ。
人間、生まれたからにはいつか死ぬわけだが、解りきっているはずのことなのに見て見ぬふりを決め込んでしまおうとするのも人間の特性と言えよう。釈迦は人間が死ぬこと、老いること、病むことに直面して、これに悩み苦しんだ。何とかこの苦しみ・・恐怖心と考えても良いだろう・・から逃れる方法はないかと模索した結果として生み出された哲学が仏教だ(異論はあろうが)。仏教では貪欲(とんよく=執着心)が苦の元凶であると看破している。執着によって「生きる苦しみ」「老いる苦しみ」「病む苦しみ」「死ぬ苦しみ」「別れの苦しみ」「得られない苦しみ」「嫌いなものに会う苦しみ」「五体の苦しみ」が生まれるのだと言う。この最初の4つの苦しみを四苦といい、これらすべてを合わせて八苦と呼ぶ。四苦八苦という奴だ。
子供と話したりしていると「死にたくないな」と思う。子供が可哀想というのが大きいけれど、何よりも自分がもう二度と子供と話すことも顔を見ることも触れることもできなくなるかと思うと、いたたまれない気持ちになる。いや、べつに私が死ぬと決まったわけではなく(寿命という概念では決まっているとも言えるが)例えばの話だ。
この病気・・好酸球性多発血管炎性肉芽腫症(チャーグ・ストラウス症候群、アレルギー性肉芽腫性血管炎)・・パソコンに辞書登録しているからズラズラと変換で出てくるが自力で入力する気も起きない、この病気の5年生存率は(いきなりシビアで、ごめんなさい)約70%だという。さらに調べると62%から78%としているところが多く、この元ネタはどうやら帝人ファーマという会社のサイトらしい。企業概要を見ると「医薬品・医療機器の研究開発、製造、販売」となっているが、好酸球性多発血管炎性肉芽腫症の5年生存率を62%から78%としている根拠・出典については記載されていない。独自に厚生労働省関連の文書や研究機関のレポートなどを調べてみると、5年生存率を90%としているものや、死亡率約14%と記載されているものが見付かる。帝人ファーマの公開しているデータがいつのものか解らないが、古いデータほど死亡率が高くなっている・・治療技術の進歩によって年々予後の経過は良くなってきている・・ことから考えると、62%から78%というのは少々昔のデータであると考えた方が良さそうだ。
好酸球性多発血管炎性肉芽腫症の死亡率を14%としている文書では、その数字が血管炎症候群の中では比較的良好なものであるとしている。他の血管炎は、もっと怖いのだ。しかも好酸球性多発血管炎性肉芽腫症の死亡原因で多いものは感染症によるものだから、病気そのものの死に至る危険性は非常に少ないと考えても良いのではないだろうか(希望的観測だが)。
遅かれ早かれ、いつかは死ぬ自分というものを意識して生きるか、考えないようにして生きるかは人それぞれだ。どちらが良いとも言えない。私個人としては、決まっているものなら予定に入れておきたいと思う。時計が丸いから人間は怠惰な時間を過ごしてしまうのだと言った人がいる。その人は一直線に伸びる棒状の人生時計というものを作ったが・・商売だったのかな。売れただろうか。終わりが決まっているのは構わないが・・構うが避けられないので・・予期せぬ時に突然に終わりが訪れることは勘弁願いたい。と、このブログを読んでいるであろう閻魔様にお願いするが、できれば人生を寿命程度までは全うしたいものだ。
子供と話したりしていると「死にたくないな」と思う。子供が可哀想というのが大きいけれど、何よりも自分がもう二度と子供と話すことも顔を見ることも触れることもできなくなるかと思うと、いたたまれない気持ちになる。いや、べつに私が死ぬと決まったわけではなく(寿命という概念では決まっているとも言えるが)例えばの話だ。
この病気・・好酸球性多発血管炎性肉芽腫症(チャーグ・ストラウス症候群、アレルギー性肉芽腫性血管炎)・・パソコンに辞書登録しているからズラズラと変換で出てくるが自力で入力する気も起きない、この病気の5年生存率は(いきなりシビアで、ごめんなさい)約70%だという。さらに調べると62%から78%としているところが多く、この元ネタはどうやら帝人ファーマという会社のサイトらしい。企業概要を見ると「医薬品・医療機器の研究開発、製造、販売」となっているが、好酸球性多発血管炎性肉芽腫症の5年生存率を62%から78%としている根拠・出典については記載されていない。独自に厚生労働省関連の文書や研究機関のレポートなどを調べてみると、5年生存率を90%としているものや、死亡率約14%と記載されているものが見付かる。帝人ファーマの公開しているデータがいつのものか解らないが、古いデータほど死亡率が高くなっている・・治療技術の進歩によって年々予後の経過は良くなってきている・・ことから考えると、62%から78%というのは少々昔のデータであると考えた方が良さそうだ。
好酸球性多発血管炎性肉芽腫症の死亡率を14%としている文書では、その数字が血管炎症候群の中では比較的良好なものであるとしている。他の血管炎は、もっと怖いのだ。しかも好酸球性多発血管炎性肉芽腫症の死亡原因で多いものは感染症によるものだから、病気そのものの死に至る危険性は非常に少ないと考えても良いのではないだろうか(希望的観測だが)。
遅かれ早かれ、いつかは死ぬ自分というものを意識して生きるか、考えないようにして生きるかは人それぞれだ。どちらが良いとも言えない。私個人としては、決まっているものなら予定に入れておきたいと思う。時計が丸いから人間は怠惰な時間を過ごしてしまうのだと言った人がいる。その人は一直線に伸びる棒状の人生時計というものを作ったが・・商売だったのかな。売れただろうか。終わりが決まっているのは構わないが・・構うが避けられないので・・予期せぬ時に突然に終わりが訪れることは勘弁願いたい。と、このブログを読んでいるであろう閻魔様にお願いするが、できれば人生を寿命程度までは全うしたいものだ。