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五十路は人生半ばなり

2014年7月に好酸球性多発血管炎性肉芽腫症(アレルギー性肉芽腫性血管炎、チャーグ・ストラウス症候群)という難病を発症。
退院後4カ月でプレドニンの処方も0mgになり、現在はほぼ健康人と同じ生活。あたふたと再起のための仕事の準備を進めている。

税務署から電話。以前経営していて破産した会社の滞納税金について、償却を行うので経営者だった私の現況を調査しているとのこと。「現在の職業は?」「無職です」「そうすると収入は?」「無収入です」・・・憮然とした感じの担当税務官に心の中で舌を出しながら、言葉はいんぎんに電話を切った。税務署の横柄な態度には辟易していたから、ちょうど良い気晴らしになった。無職無収入は税務署に対しては無敵だ。

昨日の休日は家族三人で多摩動物公園に出かけた。ちょっと肌寒かったこともあって人出も少なめで、割とゆっくり回れたのが良かった。昆虫園では様々な蝶が飛び交う温室で、中学生になった息子は相変わらず蝶にビクビクしながら肩をすくめて歩いていた。保育園の頃からあまり進歩が無い。ライオンバスはすぐ間近までライオンの顔が近付いてくるので、中々の迫力だ。まだ寒い気候のせいかライオンの元気が今一つで、大きな雄ライオンがいなかったのは少し残念だった。

多摩動物園の高低差が多く広い敷地を歩いていると、時々息が上がってしまう。山道のような上り坂も多いから良いリハビリにもなるが、まだ不完全な筋肉には負担が大きい。それほど寒くはなかったのだが歩いている内に手指の先が冷えて、血行不良で冷たく白くなってしまうレイノー症状(現象)が現れ始める。指先を手の平に握り込んで温めたり指の屈伸で血行の改善を図るがかなわず、爪が紫色になり始めてから諦めて、休憩所で子供に指先を温めてもらった。冷えきった指先を温かい手で包み込んでくれて、頬まで付けて温めようとしてくれる息子に「なんでこんな優しい子になったかな」と不思議な気持ちが嬉しさとともに込み上げてくる。息子の体温で温められた指先は徐々に感覚を戻して、じんじんと痺れ始める。こうなると後は放っておいても血行が戻る。

そう言えば歩いている途中でトイレに寄ったときも、鏡を見て妙に所々赤らんだ顔になっているのが気になっていたが、どうやら全身で末端の毛細血管の働きに何らかの問題が出ているようだ。順調に回復して体調も良くなってきているので忘れがちになってしまうが、好酸球性多発血管炎性肉芽腫症では全身の血管に異常が起っていてもおかしくない。特に末端の毛細血管では神経まで破壊されなくとも、血管自体は壊されてしまっている可能性がある。回復した気になっていても、実際はまだ破損個所が多数残っている不良品なのだろう。レイノー症状もその1つの表れなのかも知れない。

しかし血管の破損はかなり自由に復元・・・というか血管というのは必要に応じて自在に発達するものなので、今後少しずつ回復していくと考えるのは決して楽観というわけでもない。神経は完全に回復しなくとも血管が回復すれば、その部位の機能はほぼ元に戻る。これから暖かくなれば指先のレイノー症状も出にくくなるだろうから、次の冬までに回復してくれることに期待しよう。
来週、前回の診察からほぼ1カ月半ぶりの診察がある。プレドニンなどの薬の処方が無くなって約3カ月。早いものだ。診察といっても主に行うのは血液検査で、全体的な白血球と好酸球の数や割合を調べる。プレドニンを処方している間は副作用も医師の責任だから、血中コレステロールの値なども注意されたが、プレドニンが無くなってからはコレステロールは生活習慣病の分野として「定期健康診断などで相談してください」とのことだ。たしかに医師からしてみれば私のかかりつけ医というわけではなく、好酸球性多発血管炎性肉芽腫症という難病治療に腕前をふるってくれたわけで、一般的な健康全般に関しては「お近くの病院で」となるのが当然だろう。神経内科の専門医なのだ。

今度の診察で特に問題がなければ寛解ということで通院も必要なくなるのか、それでも2カ月に1回くらいは血液検査に通うことになるのか、それは解らない。個人的には定期的に血液検査をしてもらった方が安心ではあるが、緊急性の高い病状を優先するという医療の立場を考えれば、需要の多い国立病院にこれ以上の世話をかけることは控えるべきかも知れないとも考えている。しかし地元の総合病院では検査漬けで診断が付かず随分嫌な思いをしたので、どうも不信感が拭えず・・・血液検査くらいはできるだろうが、その結果をどう見るかは医師の技量によるところが大きいので、任せる気になれない。国立病院の今度の診察が最後ということになったら、次は何らかの症状が出るまでは病院と縁切りになる可能性が高いだろう。

今日は家族で動物園にでもと思っていたら、どうも良くない天気だ。決行するには違いないが春うららを楽しむ感じではなさそうだ。まあ仮にどしゃ降りでもそれを楽しんでくれるような妻と子だから、雨具を用意して出かけることにしよう。
自分の体調というのは日々少しずつ変化して行くものだから、本人にとっては自覚がしにくい。しかしそれでも何かの拍子に「あれ?」と気付くことはあるもので、昨日なども入浴後の日課になっている足のマッサージをしていて、ふと足の痺れが少なくなっていることに気が付いた。そう言えば最近は足指の動きも比較的自由で、かなり動かしても強い痺れや痛みを感じないことが多い。歩いていても痛いのは関節で、悩みの種だったはずの足裏の過敏的な痛みや痺れは気にならなくなっている。一つに気が付くと「そういえば」と連想されて、次から次と改善されたと思しき記憶が蘇ってくる。これはもう明らかに復調し始めている・・・病気が治ったというところから、さらに一歩進み始めていると言えるのじゃないかと一人嬉しくなった。

そう、最近の不快感はむしろ「普通にできないこと」にある。長年染みついた体の動きというものは簡単に無くなるものでなく、何かの弾みに無意識に元の動きを体が再現しようとする。もともとが職人だから無駄な動きを最小限にする癖が付いているので、割と体が許すギリギリの動き方をすることが多い。最近は油断することが多くて、動き始めた瞬間に「しまった」と冷や汗をかくことも多くなった。それだけ体が普通の状態に近付いてきているということなのだ。だから余計に普通の動きが制限されることが意識されて、不快に感じてしまうのだ。

去年の暮れまでは杖をついて歩いていた。段々に杖を浮かせたままでも歩ける場面が増えてきて、時々は杖なしで近くに買物に行ったりもし始めた。今年になってから杖は卒業と決めて、どこに行くにも杖なしで出かけるようになった。それまでは買物にはリュックを背負って行ったが、杖なしでも楽に歩けるようになってからはリュックも卒業した。それでも買物の荷物が重いときなどは、階段を上るときに手すりを握る右手に全力を込める必要があった。それが今はどうだろう。両手に重い荷物をぶら下げながら、危なげなく階段を上ることができるようになっているのだ。

筋肉はまだバラバラというか、それぞれの部位の筋肉がそれぞれに発達しつつある状態で、以前のように密度が高い集合体になっていないが、ほとんど筋肉の存在が解らないような状態からここまで来たのだから凄い進歩と言えるだろう。筋肉量が増えれば基礎代謝も増えるから、特に何をしなくても太らない。通算6ヶ月間プレドニンを処方されていたが、その間ついに一回もムーンフェイスに悩まされることがなかった。もっとも一度だけ担当医に「ちょっと顔が丸くなりましたか?」と言われたことはあるから、気が付かない程度には出ていたのかも知れない。

この調子なら治るかなと、実は思っている。もちろん原因不明の病気だから症状が治まっても再発・再燃の恐れが無くならないことは理解しているが、それを言ったら全快と言って良い病気はウィルス性の感染症だけになってしまう。外因性でない病原はいつ発症したっておかしくないのだ。極端な言い方をすれば、全ての人は癌の潜在的な患者ということになるだろう。

面白いことを言う人がいる。全ての病気は神経症であると、その人は言う。心と体のつながりは解っているようで実際には解明されていない。深く関与し合っていることは医学でも常識になっているのに、そのメカニズムは解っていないのだ。健康な人が心を病んだことによって、体にも病変が表れてしまう。病気の人が心を強く持ったことで、奇跡的に全快してしまうことがある。身近にそういう人を見たわけではないから信憑性は五分五分だが、そういうことがあっても不思議ではないという程度には思っている。病気の原因が心にあるのなら、心のケアをすることが病状の改善に良い効果をもたらすはずだ。「病気の原因が心にあるのなら」という前程が間違っていれば意味の無い戯れ言になってしまうが、それだけに縋るのでなければ良いだろう。病気の医学的・科学的・物理的な治療は医師に任せて、自分でできることとして心を健全に保つために自分自身をいたわってあげることも大切なのだろうと思う。