とりす歯科矯正(大人のための矯正歯科専門医のブログ) -109ページ目

患者さんにとって良くない歯科医とは


 よく質問されるのが、「どこの歯医者さんが良いですか?」「どこの歯医者が腕が良いですか?」「信頼できる歯医者さんを紹介して下さい!」などなどよく聞かれる質問ですが、現実には同じ職業と云えども全国の歯科医師と顔見知りなんてことはあり得ないのです。

ましてや、紹介するとなると、単純に紹介状を書くだけではありません。紹介状を書くと云う事はそこに紹介するという責任が伴います。ですから、知り合いの歯科医を紹介するということは、その歯科医の臨床レベルは勿論、人間性、責任感などを知った上で紹介する必要があります。

そうなりますと、同業として御付合いしている歯科医は、相当数の数に上りますが、その中で本当に紹介しても大丈夫という歯科医はまた別問題となります。交遊や知人ではあっても、その歯科医の臨床レベルを図る資料なり情報がなければその臨床レベルを評価することはできません。
 
他の歯科医の臨床レベルを判断するには、学術組織や団体に所属していることがどうしても必要となってきます。これらの組織の中で研究や症例発表を行うことで、臨床レベルを研鑽し、経験も積み、知識を増やすのですが、こういった一連の研鑽をほとんどやらない歯科医も現実には多く存在しています。

学術組織や団体に所属するのは、入会費や年会費さえ払えば誰もが所属できますし、所属しても研究や症例発表をする権利はあっても義務はありません。所属はしているものの一度も発表をしていないと云う歯科医も多々いるのも現実です。

こうした学術組織に所属している歯科医で自分と交流が有り、その臨床レベルを認めかつ、その人間性や責任感にも信頼を寄せる歯科医を患者さんへ紹介することが紹介する側の責任だと私は考えています。

私の専門は矯正歯科ですから、歯並びを治す以外の歯科治療はすべて他の専門の先生に紹介するようにしていますので、他の歯科医師との連携や互いの情報交換などは非常に大事にしています。

こうした長年の付き合いと経験からでも、なかな良い歯科医の見分け方と云うのは実は困難さを感じるのが現状です。しかし、逆に良くない歯科医は比較的簡単に見分けることは可能だと思います。

まず歯科医には大きく分けて2つ大別できます。一つは全ての科を広く浅く診るホームドクター的な存在と、一つの科に精通している狭く深い治療を行う専門医とに区別されます。

基本的に前者のホームドクター的歯科医は、専門医の歯科医に積極的に紹介し、その専門医との連携治療を行うのが普通です。しかし、色々な多くの科の看板を掲げ、それらの専門性の高い治療を一人で全て行うという事は一人の人間として遥かに能力を超えた治療であり、無謀な治療とも云えます。

歯科医療は何百年もの歴史の積み重ねの日進月歩の中、大学を出て10年20年程度の研鑽では歯科の中の極一部を習得するのが人間の能力として限界と云えます。沢山の専門の科を標榜していると云うことは、標榜している科を全て習得していることではありません。むしろ逆に大学を出てきちんと臨床を研鑽していない、そしてどれも自信が無いことを裏付ける証明でもあります。

と云う事で沢山の看板を出していて治療に対して他の専門医への紹介をしないで、自ら全てを治療しようとする歯科医は患者さんにとって決して良い歯科医とはいえません。

今度は後者の専門医の歯科医についてですが、基本的に専門の臨床的に自信が有れば有るほど看板は専門単独で掲げているのが普通です。今は多くの各専門の科の中でもまだ少ないのですが専門医制度という臨床試験を実際に行っている組織もあります。この臨床試験を行って合格した歯科医を認定専門医として承認している制度です。

しかし、この制度がそれぞれ専門の科で色々な名称で呼称されて、書類審査岳で合格といった制度も未だに多く残っています。そんな中で特に矯正歯科という専門分野においては、さらに複雑で、日本矯正歯科学会と協会そして日本成人矯正歯科学会と3つの組織があり、協会以外は、専門医制度以外にも認定医制度まであり、この認定医制度は書類審査のみということで、患者さんには非常に判りにくい制度となっていて居る状態です。

しかも、この専門医制度と認定医制度は全く違った制度なのです。前者は臨床レベルを担保するもので、後者は専門医制度を申請する資格を有するだけのもので、臨床レベルを担保する制度では無いと云う事です。

基本的に臨床試験がある専門医制度を受験して合格している歯科医が、一応臨床レベルを担保されている臨床技術を有するという最低限の判断材料と云えます。

それから、看板の名称もその歯科医院の責任者の名前を標榜しているのかどうかも判断材料の一つと云えます。横文字のカッコいい名称を標榜しているが、誰が責任者か不明で、もしくは雇われ院長といった疑いもあり、責任の所在が看板から明確に見えてこないのも要注意と云えます。

そして何よりも治療を開始するにあたり、とりあえずという処置を提案し、駄目なら今度はこういった処置をといった、目先の治療だけを優先する歯科医も要注意です。診断に取りあえずといった処置はありえないからです。診断とは、具体的に治療方針や計画を提示することをいいます。ですから取りあえずといったいい加減な治療はあり得ないのです。

以上が患者さんにとって良い歯科医とはいえない判断材料といえます。

最下位確定の無能な布陣


 昨日は予報通りに夕刻から雪が降り始めましたね。診療を終え午後7時近くに自宅へ戻るために、診療室をあとにしましたが、外はまだまだ冷たい風に雪が舞っていました。

途中鍋の材料とビールを買い込み(この寒いのにと自分でも思うのですが、ついつい買ってしまいました)無事帰宅しましたが、自宅に着いた頃にはほとんど雪も止み、積もりそうにはないといった感じでしたが、翌日は濡れた道路が凍結する恐れが有るとのことで、天気予報で注意を呼びかけていました。

しかし、ここにきてまたまた寒気団が南下してきたようですが、夏日かと思ったら雪が降るという何とも極端な温度変化の陽気が続いています。御陰かどうかは知りませんが、家内は未だに風邪をこじらせています。熱は平熱に落ち着いてきたものの咳が止まらないという状態で、結構辛そうにしています。

さてそんな陽気が続く中沖縄などでプロ野球のキャンプが行われていますが、私が応援するDeNA横浜ベイスターズは、今年も順調に最下位の定位置になりそうな悪い予感がします。

かねてから問題のあるセンターラインが何ら解消できていないどころか横浜で唯一のまともな捕手を萌出し、キャッチングに無能としか言いようの無い黒羽選手を起用するそうです。またセカンドは相も変わらず笊の石川選手を定位置にそしてセンターは守備の巧い松本選手を起用するべきところをどうも荒波選手をと考えているようです。

しかし、中畑監督って本当に選手を見る目がないようですね。筒香選手や梶谷選手を外野へコンパートするそうですが、外野には多くの有能な選手が揃っているのに何でわざわざ守備に問題のある選手をコンバートするのか?わかりませんね。

中畑監督はどうもどんなチームが優勝できるか?という分析がまるでできていないようですね。巨人原監督を「あれだけの選手を抱えて優勝できないなんて」と酷評していますが、中畑監督がたとえ巨人の監督をやっても優勝どころかリーグ優勝すら無理だと思いますね。

巨人が優勝できないのは、センターラインが弱いからが一番の原因だと思います。ただ巨人はお金に物を云わせて、他チームからトレードしてきた有能な選手が溢れ、個人の力量だけで試合の流れを変えることが可能な逸材がいるからこそリーグ優勝程度は可能なのです。

もし中畑監督が巨人の監督をしたら、センターラインはおそらく現状のままか下手すればもっと悪いラインに変えてしまうでしょうね。原監督と共通点があり、守りより攻撃を重視する監督だからです。

セリーグがパリーグに敵わないのは、この重視する視点が全く逆なのです。パリーグはセンターラインがしっかりしているチームが多いのですが、セリーグはセンターラインより打率が一厘でも上の選手を起用する傾向が有ります。

ですから派手に勝ったりする反面ぼろ負けも多く、安定した試合が出来ない事に繋がります。現に横浜でほとんど起用される事の無かったセカンドの藤田選手が昨年楽天のトレードに出され、すぐに定位置をセカンドにして大きく優勝に貢献しました。

楽天の守備コーチが、この藤田選手のことを球界一のセカンドだと星野監督に進言して獲得したということです。確かに藤田選手は、守備は文句無しの選手でしたが、打撃が少し弱いかなといった感じでしたが、リーダーシップも有り出番が無くてもベンチで大きな声を出し、盛り上げている本当に本当に絶対不可欠な選手だったのですが、横浜の無能な監督は見る目がなく、殆ど起用しないいま、中畑監督に至ってはトレードで放出してしまうとい大失態を演じてしまいました。

かつ、その藤田選手と交換トレードした内村選手その前にやはりトレードした渡辺選手と云った遥かに石川選手や梶谷選手より守備の巧い選手をほとんど使わないままで、渡辺選手は西武へトレードにその西武ですぐセカンドレギラーとして昨シーズは大活躍しました。おそらくこのままでは内村選手も他チームから狙われてトレードに出される可能性が高いですね。

選手も見る目の無いコーチや監督の下ではアピールしようも無いという悲しい環境よりは他チームに出された方が幸せでしょうね。横浜から他チームに行って活躍している選手は沢山居まして。横浜から選手を獲得すると優勝するというジンクスまであるそうです。

確かに、横浜のコーチ陣も選手時代大成した選手は居ません。確かに名選手イコール名コーチになるとは限りませんが、選手時代に苦労はしても創意工夫していた選手、また秀でたものを持っていた選手でなければ、良いコーチには慣れないと思います。

ましてや出れば打たれるといった毎回同じパターンで打たれたり打ち取られたりした選手は、名コーチなんて無理だと思いますよ。しかし、横浜はこうした引退した先生が掃き溜めのように集まってコーチとして指揮しているのには、首を傾げずにはいられません。

OBでも、球界を見回しても優秀なコーチ陣は沢山いるのにですよ。わざわざといった思いで今年のキャンプを注目しています。

テロ発生か?


 今朝は本当に冷え込みましたね。昨日までと10度以上の温度差があるそうですが、しっかり着込んで自宅を出ました。曇天から小雨模様になってきたところで診療所に到着しました。

今月からソチオリンピックが開幕するのですが、昨晩映像でロシアのモスクワで学校立てこもりの事件が発生して、2名射殺されたことが報道されて、逃げる大勢の学生らしき映像も映し出されていました。

一瞬ですがテロか?という疑いを抱いたのですが、高校生が犯人で教師とのいざこざが原因なようです。しかし、此のタイミングですと、テロを疑ってしまいます。過去にもオリンピックはテロの標的にされてきた歴史もありますし、ロシアにも民族対立が根強くありますし。現実にテロによる事件も多発しています。

そんな中冬季オリンピックは、テロにとって世界に衝撃を与える絶好の標的と云えます。何でも今回のオリンピックチケットは海外分は全て完売しているのに、ロシア国内チケットはまだかなり残っているとのことです。

なんでもテロ対策として、購入者の身元調査などを徹底しておこなっているそうで、購入までにかなり時間が掛かっているということが理由だそうです。しかし、テロは今までのように問題を抱えた国の中で限定されていたように思いますが、オリンピックやサッカーW杯など世界が注目する場所ではテロリストも国外へ出てテロ行為を行うという危険性は増えています。

今後これら世界的な大きなイベント開催国は、こういったテロ対策が十分に取れている国を優先的に開催国にしなければ、今後どこかで大きなテロ事件が発生するのではと危惧します。

しかし、世界のあちこちで紛争があり、テロも頻発しています。そう考えると日中韓での間で互いを牽制する発言は目立ちますが、それはそれで世界の紛争地に比べればまだ平和と云えるかも知れません。

今年最後の新年会


 土曜日の診療後、横浜みなとみらいまで県主催の大学同窓会新年会に出席してきました。開催場所も毎年同じ、ほぼ出席メンバーもそれほど大きく変わるといことのないこの新年会だったのですが、今年は会長が交代した事でかなり、執行部も入れ替わり、各支部長も若干変わっていました。

というのも私の同期で必ず出席していた2名が、今回は出席していませんでした。お互い忙しく年に1回この場でしか会う事の無い関係となってしまっていましたが、その機会もなくなったのかと考えると一抹の寂しさを覚えました。

そんな中で唯一1名だけ同級生が出席していましたが、このあと用事があるとの事で中座して帰ってしまいました。残った私はその後、先輩や後輩と歓談しながらお互いの共通の知人等の話題をしながらの時間を正直多少退屈な思いでワインのグラスを傾けていました。

今回の新年会は新会長の紹介という面もあり、新会長があちこちの席を忙しく挨拶回りしている姿が非常に印象的でした。そんな中で9時になり閉会となりましたが、私はそのまま藤沢まで真っ直ぐまじめに帰宅しました。

何故ポイ捨てを止めないのか?


 先日テレビでニュースを見ていたところ、タバコのポイ捨てを注意されて逆切れした男性が、注意した相手を押し倒し死亡させた事件が報道されていました。そのタバコをポイ捨てしたのが64才という年齢でした。この年齢でまだポイ捨てするか?という驚きと注意した相手が70歳代の目上の男性でした。

ポイ捨てイコール非常識というイメージがありますが、こういった事をする年齢層も若い層が圧倒的に多いという印象を私は持っていましたが、まさか60才過ぎでもいるとは呆れて物も云えないという感想です。

通勤路を毎朝徒歩で通っていますが、道路やその脇に未だにポイ捨てされたタバコの吸い殻やフィルターを見かけます。タバコのポイ捨てだけでなく、ガムなどもポイ捨てされています。

このポイ捨てと教養の有無とは非常に関係が深いように感じます。簡単に云えば教養の低い人ほど平気でポイ捨てをする傾向があるように感じます。そしてポイ捨てが何故いけないか?を考えた事も無く、他人に対する配慮が足りないとも云えますよね。

こういった観点から道路や公園、街並などを見ると、ポイ捨てされたゴミやタバコの吸い殻が散乱している場所を利用している人達の品性が伺われます。教養のある人達が多く利用する場所にはポイ捨てのゴミは少なく、無教養の人達が多く利用する場所は必然的にゴミだらけとなっているように思います。

ということは、ゴミが多く集まる場所は教養の無い人が多く犯罪に繋がりやすい環境という事も云えます。アメリカ映画などに出てくるスラム街や犯罪多発地区と云った場所は必ず、ごみが散乱している汚い場所ばかりです。

日本でもその傾向は同様だと思います。

シンガポールはポイ捨てに高額な罰金が課せられています。その結果シンガポールのメインストーリーなどは本当にゴミ一つなく綺麗な街並を維持しています。日本も罰金制度を導入するべきかも知れませんね。消費税導入するよりも遥かに国民も賛成するでしょうし、何よりも日本の街並が綺麗になります。

スーパーの選択と時間の有効活用


 昨年からオリンピックというスーパーを利用するようになりました。以前は、仕事帰りにダイエーが便利で比較的利用していたのですが、さすがに自宅まで重い袋を下げて帰るのが辛くなりました。ということで比較的軽く荷物にならない程度の買い物だけとなってしまいました。

そのかわりにお休みの時の買い物で重いものなどを買い入れることにしています。今までは辻堂方面のショッピングモールに行っていましたが、時間帯が少し遅くなると大渋滞に巻き込まれ時間が無駄に浪費されてしまうという大きなデメリットがあります。特に夏の季節の渋滞はほとんど時間帯に関係無く動けなくなってしまいます。

それまで知らなかったのですが、比較的車の渋滞も無く、時間帯も関係なく行けるスーパーがオリンピックという事が判明してからは、ここに頻繁に昨年から通うようになりました。

雑貨も食料品も比較的豊富で何よりも客の数がそれほど多くなく、駐車待ちしなければならないとか、レジで並んで待つといった事も無く、時間の浪費も最小限で用事を済ます事が可能なのは、非常に有り難いですね。

今までは、折角の休みショッピングモールに行くと完全に半日、酷い時は一日費やさすということありましたが、今は小一時間もあれば用事を済ませ自宅まで帰って来れますので、それから食事に出掛けたり、他の用事をしたりと、時間の使い方の幅が相当に広がりました。

正直今までスーパーで買い物することに、かなり抵抗が有り、時間の無駄使いという面があまりにも多いように感じていました。しかし、家内の事を考えると仕方ないかという諦めも有りました。ですから折角行った時は、買い込むだけ買い込むという方法をとり、冷蔵庫の中でだめにしてしまう食材なんかもありました。もったいないですね。

しかし、今は本当に必要なものだけを買い物することができ苦にもならなくなりました。その上休日のお休みを有効に使うことができるわけですから、私にとってはたかが買い物のためのスーパーの選択ではありませんでした。何しろ最低でも月に3~4回は今まで買い物にでかけていましたから、これに要する時間は12~16時間は費やしていました。これが3~4時間で可能になったわけですから、月9~12時間も自由な時間が増えたことになります。

と考えると色々スーパーがありますが、まず駐車場待ち、レジでの行列待ちなど本当に改善する余地が沢山ありそうですがね。

恒例の参拝


 本日は春のような暖かさです。このまま暖かくなってくれればとつい願ってしまいますが、そんなに甘い訳ないのも十分承知しています。暑さ寒さも彼岸までと云いますしね。

まだまだ一雨ごとに寒くなる季節です。そう云えば昨日は昼過ぎから雨が降りましたね。風邪気味で体調も今一といった状態でしたが、1月最後の休診日ということで、浅草と上野まで出掛けてきました。

毎年家内と出掛けるのが習いですが、今年は家内がここ10日ばかり風邪をこじらせて絶不調ということで今回は私一人で出掛けてきました。

浅草は浅草寺に上野では清水寺へそれぞれ参拝し、今年一年の健康と無事をお願いしてきました。

浅草寺に着いた頃に雨が振り出し、参拝が終わった辺りから雨脚が強くなり、仲見世商店街を傘もなく、びしょ濡れになりながら駐車場へ掛け足で戻りました。

それから上野へ向かいこちらは最初から傘をさしての参拝となり比較的ゆとりを持っての行動となりました。その後真っ直ぐ藤沢へと向かいました。時間的にやや早い事も有り渋滞も無く途中夕飯の材料を買い物をしても1時間20分程度で帰り着きました。

帰ってから気付いた事が、毎年一月の古いお札を戻して新しい札やお守りを買い替えるのですが、雨に降られて慌てたせいですっかり忘れてしまいました。来現そうそうにでもまた出掛ける必要がでてきました。折角行ったのに二度手間となってしまいましたが、今回行けなかった家内は喜んでいました。

今度は快晴の日時を選んで行きたいと思います。そして、神谷バーにでも寄って食事でもしようと考えています。

自動車免許更新講習会(その2)

 いや~参りました。昨日藤沢市民会館へ自動車免許更新の講習会を受けに行ったのですが、何を勘違いしたかてっきり午後1時からの開始と思い込み、講習会場に到着したのが1時少し前でピッタリだと満足したのですが、誰も来場者は見当たらず、はて???
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会場入り口に自動車免許更新講習会会場と確かにポスターが貼られていました。場所は間違いではないようですが、時間が何と1時半受付開始となっていまして、肝心の講習会は2時開演で3時修了となっていました。

まるまる1時間空白の時間が出来てしまいました。こんな事で時間がぽっかり空くという経験は今までにそんなに、特に社会人になってからは、明確な記憶がありません。

ふと会場の周りを見渡すと、雲一つない青空が広がり、太陽が燦々と輝くまるで春の陽気を感じさせる暖かさです。思わず今まで羽織っていたコートを脱ぎ広場を見回すと、数組の子供連れのお母さんが子供を遊ばせている姿や、お年寄りがのんびりベンチに座って日向ぼっこをしている姿が見えました。

風邪でおまけに微熱のある身にとって、寒いという意識ばかりが有り、コートそしてマフラー、その上ホカロンまで着込んでいたのですが、おかしなもので、少しのんびりした気持ちになった途端に、周りの気配や気候を感じる事が出来たような感じです。

偶然にですが、あと一時間何をやっても良い自分だけの時間を持つ事が出来たことは、気持ち的にこれほど開放感を感じるものかと不思議な感覚でした。

そんな時間も開演時間が来てしまい、講習会が始まりました。ビデオを鑑賞したのと新たに改正された交通ルールの説明が行われて呉々も違反をしないようにとの事で閉会となり、無事更新した免許証を受け取って帰ってきました。

最近歩道を我が物顔で疾走している場面によく遭遇するのですが、此の歩道での自転車の乗り入れはほとんどが違反なのですね。標識には親子の絵に自転車の絵が書かれているので、歩行者専用道路ではないのかと思っていましたが、13才以下もしくは70才以上のお年寄りだけが自転車乗り入れが可能だとの事でした。

今まで非常に迷惑な運転をしている自転車は全て13才以下そして70才以上の方ではありませんね。後ろから平気でベルを鳴らしてどけどけと言わんばかりで疾走して行く自転車を見ると、お年寄りなどにぶつかれば一体どうなるのかと不安に感じていたのですが、これは明らかにルール違反だったのですね。

今度目に余るようでしたら注意しても良いということが判りました。

免許証更新



今日は運転免許更新の講習会を受講しりために、藤沢市市民会館まで出掛けます。残念な事に今回の更新は、進入禁止を知らなくて違反してしまいましたので、ゴールド免許から一般免許証への格下げとなってしまいます。

おまけに本日は昨日から風邪気味だったのが少し悪化したのか37度少しと微熱もあります。とにかく頑張って受講してきます。
しかしこの講習会10年ぶりとなります。

少数派の意見


 毎日寒い日が続きますが、家の近所の梅の花は満開とまではいきませんが、かなり咲き誇っています。今年は例年になく寒い感じがしますが、そんな寒風の中健気に咲いている梅の花ですが、桜や桃に比べて開花時間が長いように感じます。昨年も確か、3月末あたりから桃そして桜と立て続けに開花して梅、桃。桜と同時に開花を見る事が出来ました。

ただ3月末まではかなり寒かったと記憶していますし、4月5月は一気に暖かく春というより初夏の気候へと急激に変化しましたが、今年も昨年同様に冬は極寒、夏は酷暑という予報がなされています。

しばらくこういった状況が続き、いずれ氷河期が訪れるということを唱える理学博士が昨晩テレビ出演していました。

ここ数十年間地球温暖化が云われ、その原因はCO2であると断言されていました。CO2排出による地球温暖化は、特にアメリカ、中国、インド、ブラジルと云った今では経済大国となっている国々の影響が強く、今後の地球環境もこれらの国の規制いかんに関わっているといった認識を強く持っていました。

しかしこの理学博士は、そんな排出CO2は関係ないと断言していました。そして、少数意見が間違いで多数意見が正しいなんてことは科学の世界ではありえないといことも云っていました。

確かに科学だけでなく医学でも他の色々な分野でもこれは云えることですが、なぜだか民主主義イコール多数派という図式は厳然と存在しているように思います。

その多数派の考えは、比較的誰もが理解しやすく、誰もが受け入れやすいという特徴があるようです。ある意味自分たちにとって都合の良い解釈ができるものが多数派の意見のように思います。

反対に少数派の意見を持つという事は勇気も覚悟もいるように思います。ただ少数派と云っても支離滅裂な精神的におかしいのではと云った意見ではありませんよ。