日本人イエスの足跡 | 知っとうや(真実を求めて?!)

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⚡2900年続いた人類中心文明は、近い将来、五六七(弥勒)時代となり、本来あるべき姿に戻ります。それまでは産みの苦しみが続きますが、見事に成就して欲しいものです。⚡

 

前回記事の続きになります。
<参照:欠史八代と崇神天皇>

葛城王朝末期の開化天皇を侵略し、崇神天皇となった金星系ボス、五十日鶴彦(いかつるひこ)は、重税などによる悪政を行い、治安は悪くなり庶民の生活は疲弊していきます。崇神天皇の悪政は、約2100年前から70年近く続くことになります。

ちなみに、古代の天皇はいずれも100歳を超える長寿ですが、これは覚醒していて不老長寿の石を使ったからではないかと想像しています。神代はさらに長寿で数百歳まで生きていた人もいたようです。覚醒すれば、遺伝子構造も進化し、若返るチャンスも与えられるのでしょう。


崇神天皇の悪政に対して、倭人系はじっと指を加えて従っていたわけではありませんでした。ここで重要な人物が登場します。そのうちの一人が、後の世界に大きな影響を与えるイエス・キリストと呼ばれるようになる人物です。

イエスについては、今年の9月初めに青森県新郷村へ行った際、日本人であったことが判明しました。

<参照:イエス・キリストの真実①>
<参照:イエス・キリストの真実②>

その後、伊勢に行き、伊勢神宮にイエス(の魂)が祀られていることを確認しました。
<参照:伊勢神宮<驚愕の真実>>

イエスが日本人だとしたら、その足跡が日本史に何らかの形で残されているはずです。

どこに隠されているのだろう?

しかし、判明直後は、全く分かりませんでした。完全にイエス関連の歴史が消されているのです。この消されたイエスの足跡を解明するのが、次のステップだと考えていました。

そして、つい先日、その糸口がほどけだしました。


侵略された開化天皇の后(複数おり誰か特定できていません)の子女に、重要な人物がいたのです。

彦坐王(ひこいます)、豊城入彦命(とよきいりびこのみこと)、豊鍬入姫命(とよすきいりびめのみこと)の三人です。

現在の通説では、
豊城入彦命と豊鍬入姫命は兄妹で、彦坐王は二人の父方の親戚とされていますが、これは歴史を消すための改竄です。実際には、彦坐王は二人の同母兄になります。

そして、
豊城入彦命イエス豊鍬入姫命イスキリに当たります。イスキリはイエスの弟ではなく、だったのです。驚愕でしょう!

参考までに三人に関するウィキペディアです。

<WIKI:彦坐王>
<WIKI:豊城入彦命> 
<WIKI:豊鍬入姫命>


これが正しい開化天皇系統図。(クリック拡大)

 

開化天皇系統図


豊城入彦命は、記紀では崇神天皇の第1皇子となっているにも関わらず、皇太子を異母弟の垂仁天皇に譲り、東国を治めるよう命じられたとされています。不自然ですね。初代天皇神武天皇の第1皇子とされている日子八井命(実際には神武天皇ではなく饒速日尊の皇子)も皇太子、天皇になっていません。

こういう不自然な場合は、金星系の改竄があることが多いのです。記紀を本当に読み込むには、文面だけ読んでいても分かりません。自分で系統図を書いてみて、疑問点が出てくるところをさらに深堀りして、金星系の立場にたってみて都合が悪い部分を考えていけば、真実につながるインスピレーションが湧いてきます。

神武天皇、崇神天皇の記紀での取り扱われ方は、欠史八代とは比較にならないくらい詳細に書かれています。逆に考えれば、この部分は大きく金星系に改竄されたということです。継体天皇も同様です。

豊城入彦命は、崇神天皇ではなく開化天皇の第3(?)皇子です。そして、記紀に書かれているように東国を治めていたのは間違いないようです。その痕跡が、宇都宮二荒山神社(うつのみやふたあらやまじんじゃ)に残っています。

<WIKI:宇都宮二荒山神社>

先日、宇都宮二荒山神社を参拝しました。案の定、稲荷社で強力な結界が張られていましたが、その秘めたる神気は素晴らしいものでした。宇都宮という「宇宙の都」とでもとらえられる、変わった地名は、豊城入彦命に関係しているのかもしれませんね。

 

 

二荒山神社1

 

 

 

こちらが本殿。オーブが写りました。豊城入彦命の意識でしょう。(クリック拡大)

 

 

 

二荒山神社


こちらは複数。

 

 

 

 

二荒山神社

当日は珍しく吹雪。ところがお祓い後はきちんと止み。晴れに変わりました。

 

 

 

 

二荒山神社

東国を治めていた豊城入彦命は、五十日鶴彦のクーデターにより葛城王朝が乗っ取られ、崇神天皇の下で庶民の生活が混乱していく中で、立ち上がります。

豊城入彦命は、兄妹の
彦坐王、豊鍬入姫命と一緒に、武力による解決ではなく、民が力を合わせて立ち上がり金星系朝廷に対抗できるようにするため、各地で説法を施し、奉仕活動を始めていきます。地域の中心には高い波動を持った建物を造り、そこに神を祀り、その場所を中心に地域をまとめていったようです。この高い波動の建物が現在の神社に繋がっていったようです。

そして、このような
豊城入彦命らの説法が神道のベースになったのです。それをまとめたものが「清書」として存在していたようです。

城入彦命らの活動は、全国の民の間に広がっていき、金星系崇神天皇には大きな脅威になってしまいます。

そこで、崇神天皇は、なんと疫病を流行させ、庶民を苦しめていきます。歴史上、世界各地で疫病が流行していますが、これは多くの場合、金星系の仕業なのです。疫病により恐怖を植え付け、考えさせる余裕を与えず、支配していく。近年流行った鳥インフルエンザなども陰謀論的には、闇の支配者の戦術と言われますが、それはある意味あたっているのです。

疫病の広がりの中で、
豊城入彦命らの活動は挫折します。豊鍬入姫命(イスキリ)が、金星系によってウォークインされてしまいます。これによって三人のそれまでの努力が台無しになり、三人はばらばらになります。

豊城入彦命は国外へ活路を見出し、日本を脱出して海外で説法を広げていきます。後に海外でイエス・キリストと呼ばれるようになった人物は、この時の豊城入彦命だったのです。豊城入彦命の別名は八坂入彦命(やさかいりびこのみこと)。記紀では二人は別人物とされていますが、実際には同一人物で、説法を各地で行うようになって八坂入彦命に改名したのではないかと思われます。その名前、「八坂」が、海外ではイサヤやイエスに繋がったのでしょうし、八坂神社とも関係があるのでしょう。

 

 

「清書」は、国内で崇神天皇によって封印され、代わりに「予定説」が広められます。
<参照:偽イエスと予定説>

現在のキリスト教は、この「清書」が、「予定説」をベースに「新約聖書」として、全てを書き換えられて誕生したものであり、イエス(豊城入彦命)が広めていた内容とは全く異なります。はっきり言えば、現在の一神教であるキリスト教は、金星系が作った宗教なのです。イスラム教も途中で考え方が捻じ曲げられ、ベースは同じなのではないかと考えています。

 

 

 

豊城入彦命は国外である一定の説法を広げた後、国内に戻ってきます。それが、後に世界中に間違って伝えられるゴルゴタの丘の十字架刑に繋がるのです。これについては別の機会に書きます。

イエスとは、豊城入彦命(八坂入彦命)のことであり、日本人だったのです。



最後まで読んでいただきありがとうございます。