いつもありがとうございます。
cafeゆりえみは、1日一組限定完全予約制となっております。
ランチの予約、麴料理教室の予約など参考にして下さい。

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2月25日、以前一緒に住んでいた飼い犬の「ピース」が虹の橋を渡っていきました。たまたま娘が泊まりに来ていたので、娘を通して聞きました。
チワワとパピヨンのミックス犬で、16年生きてくれました。
「ピース」と命名したのは私です。息子が考えた名前がどうも気に入らず、たまたまペットショップでもらってきた餌の皿にPEACEと書いてあったので笑![]()
家族の一員としてのピース。平和のピース。色んな意味が込められています![]()
私、犬に追っかけられた記憶があり犬は苦手でした。…のに、ピーちゃんは、家族の誰よりも私に懐いて、それが不思議で仕方ありませんでした。
いつも私と一緒。買い物も車に乗ってついてきました。(車のパワーウィンドウを自分で開ける事を覚えて信号で止まると開ける。閉めは出来ない
)
寝る時も隣で寝たがりました。(同じ格好で寝てたらしい笑)
私がソファに「よっこらせっ…と」座るとどこからともなく走ってきて、膝の上に座りました。
…とまぁ、色んな思い出があります。
そんなピーちゃんですが、出会いも不思議でした。
ペットショップで、どの犬よりも私達に吠えてアピールしてくるピーちゃん![]()
皆が気に入り、家に連れて帰って箱から出して1時間も経たない内に、目から涙腺が飛び出したような痛々しい目に![]()
夜だったので、慌てて次の日にペットショップに連れて行くと、【チェリーアイ】と言う先天性の病気だそう。病院の先生は「昨日買った犬なら替えてもらえるだろう」と言われたけど、一晩一緒に過ごしたら情もあり、そんな可哀想な事出来ません。と様子を見て手術をしました。
ペットショップでの引き取りが1時間遅かったら、ピーちゃんは私達の元には来る事が無かっただろうと思うと、不思議なご縁を感じずにはいられませんでした![]()
それからは、人間と同じような物を食べているのに関わらず(病院で怒られるヤツ
)大きい病気もせずに、弱っていましたが昨日まで好きなハムを食べさせてもらっていたようです。
私は家を出てしまい、1年半くらいはピーちゃんと暮らす事はありませんでしたが。
荷物を取りに戻った時、ピーちゃんは以前のように飛びついて来ず、ゲージからジーっと私を見ていました。
その目を見ていたら、
あ…
ピーちゃんが私に懐いてくれていた意味がわかったような気がしてきました。
ずっと私の事を心配してくれていたんだ。と。
病気で寝込むと必ず寄り添ってそばに寝ていた様に。
自分では気づいてなかったけど、他人軸で機嫌ばかりとって生きていた私。いつも何処にピーン…と張り詰めたものがあったなあ。
でも、お母さんはもう大丈夫。自分を生きていける。
今度は残ったお父さんに寄り添うのが、自分の役目…。
そう思えて「ピーちゃん、ありがとう
お父さん頼むね」と伝えたら、私の前にヒョコヒョコ寄ってきて手の平を舐めてお腹を見せて横たわっていました。
そして、帰る時も私を追ってきませんでした。
自宅に「cafeゆりえみ 」を作った当時は、私が忙しく寂しかったのか、わざとビニールを口にして、お店の床に吐く。と言う事が何回かあったり。
犬OKの方には、店に入れて。コーチング講座は回出席(寝てばかりいたけど笑)
私達家族にたくさんの思い出と、本当大きな病気もせずに、頑張って生きてくれて、ありがとう![]()
奇しくも、この日の朝はふと、ピーちゃんの事を思い出していました。先月倒れたけど、元気になったようで病院の先生も大袈裟な事言うなぁ…。と。
そしたらその後、泊まっていた娘が泣きながら降りてきて、ピーちゃんの死を知らせてくれました。
娘は、すぐに実家に向かいお別れが出来たから良かったし、土曜日で仕事が休みだった事も幸いだった。
友達がこんな事を言ってくれました。
『ぴーちゃんも家族に愛された子なんやに。ちゃんと家族の行動の邪魔にならん時を選んで行くやん。それってちゃんと家族に大事にされて、家族をぴーちゃんが思っての旅立ちや。我が家の歴代ワンコも間違いなく家族の行動の負担にならん時に旅立って行った。愛しい子や。』
と。
そして、Facebookを開けると、いきなりこんな投稿が上がってきました。
今回は娘とライブに行くために、泊まりに来ていたのですが、そのライブでもたまたま、昨年亡くなった愛犬を思って作った歌が選曲されていて、娘と号泣でした![]()
もうひとつ覚えておきたいので過去記事をひとつ。
家族のピースとしてたくさんの思い出をありがとう![]()
前回の投稿の続きになります。
なおぴょんの共通の友人Aさんから連絡が入りました。
Aさんは、なおぴょんが亡くなった事を知らずに、違う方から訃報を聞いたようで、私に連絡が入りました。
私と深いご縁だった事などを説明して、その後Aさんはなおぴょんのご冥福をお祈りしたそうです。
すると、なおぴょんと繋がってしまったようで、Aさんはもちろん、私と残されたご主人や息子さんにメッセージを伝えて欲しいと頼まれたそうです。
Aさんは、なるべく早く伝えた方が良いと思って、すぐ私の所に来てくれました。
そして、私の前でメッセージを降ろして下さいました。
私に関してのメッセージの中で、私が焼くピザやお料理について、
辛い時、悲しい時、気分が落ち込んだ時、どうしていったら良いのかわからない時、ピザを食べると何故か魂の奥底まで美味しさが行き届いて元気になるピザでした。
と伝えてくれました。
そして自分がしてもらったように、たくさんの人にピザとお料理で愛情を振る舞って欲しいと添えてありました。
その言葉は、正に、なおぴょんでした![]()
私は初めて、亡くなった方からのメッセージを受け取りました。
それは、本当に魂からのメッセージ。
そして、ご主人、息子さんにも一言づつメッセージが語られた後
私は亡くなって、たくさんの人から愛されていた事がわかり、私が亡くなる事で、少しでも多くの人が命の大切さをわかってくれたら良いなあ…最後に私がそんな事でお役に立てれば良いなぁ…と。
そして、四十九日を待たずに天に登ろうと思います。
それは自分がこの世に悔いを残していない証拠です。
と言っていました。
私達が思う以上になおぴょんは満たされて、幸せを感じていたのです。
なおぴょんが言ってくれた「魂が喜ぶピザ」
私は、これからも私の愛情が詰まったピザやお料理を作り続けたい。と思いました。
そして、そんな言葉を残してくれたなおぴょんに、私からも感謝の気持ちでいっぱいです。
生き切る事を見せてくれた生涯忘れない大切な友達。
私もそんな友達に出会えた事。幸せだなと思っています。
自分の覚えとして、ここに残しておきます。
ありがとうございました![]()
先日、大切な友達が天へ還っていきました。
その友達(なおぴょん)は、ガンの再発と転移でも最後まで希望を持って痛みにも耐えていました。
私となおぴょんとは、色んな共通点があり、共に学んだ仲間でもあります。
同じ小学校出身でした。3年被っていたので知らない間に同じ場所で同じ時を過ごしていたんですね。
そして、私となおぴょんの距離がグッと縮まったのは
大好きな長南華香先生の「親子セラピー」受講、椿大社でのご奉納なども一緒でした。
なおぴょんは、自分が何をしたいのか、なんのお役に立てるのか分からない…とよく言っていました。
忘れん坊だし、マイペースだし、時間配分がわからない、料理も苦手…とも言っていました。
でも周りのみんなは揃って、優しい、綺麗、癒される、愛されキャラ、ほんわかしてるけど芯がしっかりしてるのがわかる、我慢強い、頑張り屋さん…etc
羨ましいくらいに、愛される存在でした![]()
そして、思いました。
なおぴょんは、しっかり自分のお役目を果たしていったね。
ただ自分を生きているだけで。
それだけで沢山の人の心を動かした。
病気の苦しみを見せてくれた事で、命の大切さをもう一度学び、それでも頑張って希望を持ち続ける強さを見せてくれた。
なおぴょんが舞を舞う美しさに見惚れて、なおぴょんと言えば、あの舞の姿がいつも浮かんでくる。
人は元々何もしなくても…いや、何かを(特別な事を)しなくても、自分を生きているだけでちゃんとお役目を果たしているんだと。
それを身をもって教えてくれました。
私のお店「cafeゆりえみ 」の再開を一番喜んでくれたなおぴょん。
それまでにいっぱいの私の不安や、夢を聞いてくれていたし、自分の事の様にワクワクしてくれて。
百合栄姉ちゃん
と慕ってくれてた。
後半は、食欲もなくなってきたけど、私が作った料理は美味しいからと食事のお世話も少し関わらせてもらいました。
何を作れば良いのか…糖質制限食に悩んだりもしました。私がやっている重ね煮も麹料理も何も役に立たない…だけど食べれる物だけつまむからそれで良いよ。と言ってくれて、最後まで頼んでくれました。
料理に何が大切か…それは手段でも何でもなく、気持ちだと学びました。
細くなった体で、2階にある「ゆりえみ 」を一生懸命上がって来てくれたなおぴょん。
もう体で息をしていたけど、それでも来たかったから。と足を運んでくれた事、本当に嬉しかったよ![]()
もう、どんな言葉がしっくりくるのかわからない。
上手にも書けない。
そして、ご主人の気持ちを思うと胸が張り裂けそうになりました。
ずーっとそばにいて、支え続けたご主人の心労は、想像を超えるものがあるだろうと予想出来るから。
夫婦で乗り越えたんだなぁ…と、本当に素敵なご夫婦とご家族。
昨日、ご主人と息子さん、なおぴょんの妹さんがランチに来て下さいました。
まだまだ慌ただしい中、足を運んで下さって、殆どなおぴょんの話をずーっとしていましたが、もう涙はありませんでした。
なおぴょんもその場にいたと思いました。
不思議と何度もご主人が、「なおが言えって言ってる様で、だから恥ずかしいけど話しますね」と素直に色んなお話しを聞かせて下さいました。
凄く穏やかな時間でした![]()
なおぴょん、ありがとう![]()
私は出逢った時は、なおぴょんとはこんなに深いご縁になるとは思ってもいませんでしたが、わからないものですね。
そして、今この出逢いに感謝の思いでいっぱいです![]()
【そのままの自分を生きているだけででいい。】
を見せてくれてありがとう![]()
二人の母を亡くし、たくさんの愛情をもらっていた事に気づき、ふと、自分も母である事に気づいた訳です。
今日、一人暮らしをしている娘(大学3年生)と久しぶりにやりとりをしていました。
娘は芸術大学に通っていて、作品(課題)を仕上げるのに追われて忙しい毎日。
提出期間はあるのに、構想を練っている時間ばかりが過ぎていき、何も出来ていない
はいつもの事![]()
そこが苦しいんですね。
無いものから生み出す作業は、本当産みの苦しみです。そして自分で納得出来ないと進まないし。
自分と向き合う事にもなります。自分の嫌な性格を否定したくなったり。
先生からも、否定されたり。
周りがどんどん出来ていく焦り…もあり。
去年の初めにある方から
「今年は親離れ子離れと出ていますね」
と言われました。
へー、どんな年になるのかなぁ❓とピンと来ませんでしたが
その年に結局離婚をして、娘は大学の近くで一人暮らしをすると言う選択をしました。
その選択が娘にとっても「これで良かった」と言ってもらえた事が有り難かったです![]()
すんなりと親離れ子離れになってしまいましたが、もし、あのまま一緒に生活していたら、娘の苦しさにどっぷり浸かって、あれこれ心配ばかりしていただろうな。
そして、娘も、心配ばかりしている親を見て自分が情けなくなってしまうだろうと思う。
ある意味距離があるから、黙って辛くても頑張っている娘を応援するしか出来ない。
それが「見守る」娘を信用する…って言う事なのだろうな。
あ、息子も二人おりますが、同じ気持ちです![]()
いろんな感情を超えた作品には、その人が現れてきます。
この写真は娘が今年の初めに三重県熊野市の鬼ヶ城で撮ってきた写真です。
お店に飾ってありますが、この写真を見ると、どんな感じの人が撮ったのか想像できませんか❓
そして右下の写真は、「龍🐉」にしか見えない笑
本人は全く意識していないのですがね。
娘らしい作品だと思います。親だから…だけじゃなく、見た人が惹かれる何かがあると思います。
本人にはわからないと思います。
みんな自分の事はわからないんです。当たり前すぎて。
人から教えてもらえるようになっているそうです![]()
私は自分の事ばっかり考えていて、子供に対しては薄情かも知れません…(と、時々思います)
でもそれしか出来ないし、子供達に見ていてもらいたいと思って頑張っています![]()
…あ⁉️子供達に見守られているのは私かも知れない笑