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CACHETTOID

Art is long, life is short.
一人の人生で得ることのできる知識や経験は、ひどくちっぽけなものですが、僕らは巨人の肩の上に立つことにより、遥か彼方まで見渡すことができます。
文学、芸術、神経科学、哲学、思考などを自由に展開していくブログです。

さて、夜のロイヤルホストで、記録を残そうかと思うけども、PCの電源はすでに20%となっている。忙しいゴタゴタで充電するのを忘れていた。

山村コレクションは、西宮の実業家山村それがしが集めた前衛芸術を一挙に展示した展覧会だ。
時代はpost-war art history. 
津高和一の母子像をきっかけに山村は美術品収集を始める。母子像は線でできたおおらかな母が華奢な子供をおおう構図になっており、個人的にはジョアン・ミロを連想させる。
線による表現のみで親が子をおもう気持ちまでもが表現されており、一種のミニマリズムもその中に感じる。色彩の自由、線描の自由、自由から画家は抜け出し、前衛、アバンギャルドと言われるようになったように感じる。
吉原治良は、そのアバンギャルドの親玉みたいなもので、斎藤義重と九室会を新設した。具体美術の代表である。もう、絵は何が意味されているか分からない。読み取れない。
そのあとも須田剋太(縄文記号)が出て来て、麻の布を使用されたアサンブラージュみたいになるけど、もう意味不明になる。
意味を見出そうとしても意味がなくなる。それすら、作者の意味づけに踊らされているようにもおもうけども。
津高の作品は続く。
電動、血縁、、、

斎藤義重のペンチは可愛らしい。意味がわかる。デザイン性があって、ストックホルムから帰ってきた自分の懐にすとんと落ちて消化される。なんだか、ありそうな絵だ。BBCのart showでイギリスの現代芸術家の椅子が展示されていたけども、それと似たような印象を抱いた。


宇佐美圭司。
Abstruct, 大きな画面に繰り返し現れる文様?


オノサトトシノブ
optic artみたいな錯視を取り入れた大きな絵。


山口長男
これは、ミニマリズムに近い。


そして、
白髪一雄。彼の絵は、フットペインティングで、意味不明なことに天井にぶら下がりながら足で絵を書いた。action paintingの一種だろうけども、意味を絵から感じることができる。難しい、中二病のようなタイトルになんとなく漢字からの雰囲気が図とマッチする。
なんと表現したらいいかは語彙力がなくて恥ずかしながらできないけど、暴力?そんな雰囲気がある。
そして、意味のなさそうな中に見える、線、点、色の組み合わせ。非常に構成されたようにも見えてくる。


元永定正
 ここから元永ロードができる。元永定正のアトリエまで、山村は車を走らせ、それを元永ロードと読んで喜んだらしい。
一見すると、汚らしい絵に見えるが、よく見ると、色調の構成が取れており、黄色、赤と並んでいることがわかる。他の絵はえほんの挿絵にもなるほど、綺麗なグラデーションの効いた絵が並ぶ。


今井俊満
1952年に渡仏し、ミシェル・タピエに師事、アンフォルメルを日本に伝える。

西洋美術館にあるジョアン・ミロのあの有名な絵も山村コレクションの一つらしい。

篠原有司男
 女の祭り
 歌舞伎のような女のものを使った絵?
 1966年 ドール・フェスティバルを開催。

吉原の有名な黒と白に似た、赤と青。似たというか、ほぼ構図は一緒。赤と青のボーダーには滲んだ違う色が含まれている。正直なんだこれという感じだけど、具象芸術協会はこんな絵ばっかり作っている。


荒川しゅうさく
 養老天命反転地で有名。ダイアグラムで構成された絵は鑑賞者の視線を誘導してくる。なんとなく、デュシャンの花嫁に似ているような印象がある。


高松二郎、あのハイレッドセンターの一人。
影。すごく良い。写真で見ると影の印象がぼやけてあやふやになってしまうけど、現実で見る方がより影を感じる。現実と影の境に僕らは立っている。
彼は、実在と不在、認識と命名などの違いを追求しようとした。


中里斉
 ミニマリズムのようななんか、白とみずいろでキャンパスを区切っただけ・・・

関根義夫
掘浩哉

四宮金一
shaped campusで作成された絵の中の立体は今では普通の絵のようにも見える。エッシャーと似た印象に感じるし、あの錯視で有名な人が中に入ると大きさが変わる箱(これは誰が作ったんだろう)の絵画バージョンのように見える。
ホルバインの大使たちと同様に、視点が変わると見え方が変わる。奥行きが変わって、現実の空間に絵の二次元が混じり込んだような、二次元の絵の中に入り込んでしまったようなそんな印象を受ける。現実と虚構の交換作業をしているような気分になる。しかし、絵の中の人間は剥がれて行く布のようで、幻想的な感傷となる。
1982年日本国際美術展で大賞受賞。


さて、彫刻。ちなみに時間が全く足りなかったので、大事で楽しかった彫刻は全然見れずじまい。ゆとりを持ってこなかったのが失敗だ。
八木一夫の初期の出発という作品で、これは山村家の玄関に飾られていたのだそう。

堀内正和
天に手を伸ばし、その中にさらに手があるという構図で、マトリョーシカ構造になっている。

関根伸夫のもの派

久野真
高橋秀

どんどん時間が足りなくなった。
もの派は、小清水すすむ

アルミニウムを使う九兵衛

リーウーファンの作品もあったようにおもうが記憶にない。写真にもとったとはおおうけど。

そして、田中敦子。
ストックホルムでたまたま田中敦子展覧会がたまたま行った日から開催されていて、Do you know her?と聞かれ、Im sorry, I dont と答えたけども、知っているべきだった。うーん。彼女の絵、ストックホルムで見たときはあまりに多くの絵があって、砂浜にひたすらと幾何学模様を書き続けるビデオアートは見ていると波の音に紛れて、自分の彼女をじっと眺めているだけになったが、意味はない。丸の中を通り抜けるような迷路のように行ったり来たりする線の集合。彼女の絵にはその系統が多かった。


向井しゅうじ
記号の部屋。圧倒される。


他にも前衛芸術家、おそらく現代も含む、をたくさん見たのだけど、時間が足りなかった。もっとゆとりを持って来訪すべきだった。まぁ、そもそも、行かないという選択よりも行ってよかったという気持ちが強いので良いということにする。

前衛、アバンギャルドというのはあまりいいイメージを自分は持っていない。なんだか、アウトサイダーアートと同じになって、教育を離れているイメージを受ける。それは、自分の教育の観念が高井先生から構成されているある種の呪縛なのだろうといつも感じる。被教育者としての経験は直に教育者としての展望に変換されるし、そうなったら、自分のやり方、やられかたを盲信して強制することになりうる。この頃は、Problem oriented approachを第一に考えることが一番なのではないかと強く思っているが、本当にそうなのかどうか、今一度根本から考える必要があるかもしれない。世界は、偶然と誤謬に満ち溢れており、嘘や冗談、忖度、外っつら、そういうものによって左右されることが多い。真に確かなことをすることよりも、いかに影響を与えるかと行った情報操作能力が問われることがあるし、コミュニケーション能力がその大部分を占めてしまうこともある。日本では、所詮神戸大学では、自分の発言力は確かに大きいように思える。自分の発言が通ることも多いような印象を受ける。しかし、根っこの方では、発言だけで周りを煽動、先導ではなく、することがいかに悪質なものか自分自身で実感する。同時にそういった人間を嫌悪する。日本人主義、欧米至上主義への反対、それにより、むしろ奥ゆかしさ、考えの深さを評価の高い部分に占めたいが、人の心は発言しなければ見えない、わからない、推測するしかないということで、積極性がない場合は理解していないと判断されるのも致し方がないとおもう。
日本では、なぜ、アウトプットが苦手とされるのか、それは単純に練習が足りない。なんでも練習が必要で、どんどん練習することで文章力も上がるし、考え方も上がる。言語能力と類似しており、適当に書いていてもいいわけではない。語彙力を上げるために他の文章もたくさん読まなければならないし、そう行って読んでいる中で、自分自身でも使えるとおもう表現や言い回しを学んで行かなければ行かない。これが学びである。教育である。その方法は、日々の生活にも適応され、お偉いさんの話し方、勉強の仕方、聞き方、物事の運び方、どれもが学びうる部分である。成長はその人自身によっている。1mm程度の進歩を進歩と呼べるか感度の違いである。
自分以外の全てが師。あぁ、いつも言っていることが同じような気がする。根本原理として取り入れたくなるくらい。このように当然だ間違いがないという定理は一度破壊する必要がある。破壊してもう一度再構成して見ることが重要だ。

 
英語で書くことに疲れたので、日本語で。英語でもかけないことはない様な気がするけども、綺麗な表現ができないので。あと、当たり前だけども時間が非常にかかる。でもこの時間をかけるという労力によって英語が上手にできるということになるのだろう。日本人として成熟しているということは言語習得においては非常なデメリットである。なぜなら、日本語と同様の内容を英語で表現しようとするには、日本語が洗練されているからだ。いや、本当に洗練されているかどうかは知らない。それでも、小学生が書くような文章ではないと思う。対して、英語では、小学生が書くような文章の練習が足りないと思う。話し言葉で良い。小さい子がスラスラと話せる話をまだまだ時間をかけて表現していることが事実であり、受け入れなければならない。ので、そのレベルから何度も反復練習を繰り返す必要がある。にもかかわらず、その過程を経ずに急に何百字も文章を書けという。それはかけるわけはない。どこにその機会を儲ければいいのか。やはり日記やりに時間をかける必要があるのだろう。うむ。困ったもんだ。フランスの記録をするときに、途中からまた追記するということは良い話ではない。その時の思考の流れがあるため、ここですとっくほるむんECTRIMS会場で座って考える話とパリの空港で考える話が同じわけがない。それに、今日TOEFLの結果が返ってきて芳しくないからなおさらである。ということで、また、書き直すのかとも思う。多くの作者がいう。物語を修正することは物語をもう一度作るよりも苦悩を伴う。誰だっけか。こういったのは。さて、というわけで、また、フランス紀行を描こうと思うが、しかし、後少しでレクチャーが始まってしまうのでうまい話ではない。
さて、レクチャーも終わったので、本日はもうECTRIMS関連をおこなうつもりはない。さらに観光もするつもりはない。ので、Evernoteでこういったことをだらだら書こうと思う。そういえば、東京に住んでいた時も美術館をいくつも回ることができたのだけど、一つ一つを終わった後にまとめた方が記憶に残っている。
そういえば、去年ソウルに行ったときに現代アートの美術館に行った記憶がある。ジェンダーに関するもの、戦争、暴力。アートはこういったものと関連を持ちやすい。そう行ったビデオアートやらなんやらで埋もれていた。東京でも現代アートの展覧会を見にいった記憶もある。オノヨーコとかもいたと思う。しかし、忘れたな。どこかに書き記されているんだろうか。
そのため、数多く何かをするよりも一つ一つときちんとした方が記憶しやすいのだと思う。これは当然の考えだけど、常に忘れ去られる。問題集も同じものを繰り返しした方がいいのだろう。同じ問題を何度も何度も聞いているような気が(二回だと、何度もではなくて2回なのだけど)して、辟易するために僕は繰り返し学習が嫌いだ。一度目は初めて聞く話なので、0から60になることを実感するが、2回目には、40が65程度にしか達していないと感じるからだ。60の記憶が40まで残っているかは甚だ怪しい。ややもすると、20程度まで低下しているかもしれない。そのときには、2回目の学習でも60までしか達さないかもしれない。そうなると、2回目は1回目と比べて達成感はまるでゼロである。デジャブがあるが解けなかったということだけになる。とすると、2回目の間隔が長すぎるということになろう。適切な間隔で2回目をするべきだ。1週間程度が限界だろうか。それを超えるとすでに忘れさられた記憶になっている可能性が高い。
 
フランスはアートの街で歴史の街で神経学の街であるので、(自分にとって)、学ぶことは特にはやはりアートということになる。
ので、基本てきにアートに焦点を当てた旅行だった。というか、どこの国に行ってもそうなるのではないかと思う。食に関心がなく、アクティビティは誰かとしたいという人なので、食に関心がないわけでない、誰と食べるかが重要である。
そのため、高級なフランス料理を食べたいとかそう行った感情は全くでなかった。凱旋門もエッフェル塔もあまり興味がそそられなかった。ミーハーを嫌う性質もあるからだろう。
 
フランスは初めての土地で、すりにあうとか強盗とか日本人は狙われ安いとか、リュックはダメだとか、前に掲げないととか、近くでもタクシーを使った方がいいだとか。色々と言われてきたので、かなり慎重に行動していた気がするけども。そもそも、周りに観光客がいないところばかりにいったからか、それとも、やはりきちんと注意深く用心できていたからなのか、全然大したことなかった。観光ではなくて住んでいるようだった。
 
パリは日の入りがかなり遅く20時ごろだったので、21時ごろにうろうろしていても危ない感じはなかった。とは言っても、もしかしたら、危なかったかもしれない。
一番怖かったのは、パリのホテルのセキュリティーボックス。暗証番号を全然認識してくれなかったので、初めは、ホテルマンをよんだ。8888で開いてしまう恐ろしさ。そして、1234でしかロックできない怖さ。意味のないセキュリティボックスだったけど、もういいやと思ってそのままパソコンだけ入れて出て言った。現金は全部持ち歩いていた。
結果的には大丈夫だったのだけど。
 
移動手段は基本てきに自転車にした。電車でもバスでもよかったのだけど、使い方がよくわからなかったのと、調べると自転車でも時間があまり変わらなかったから。
モンパルナス?までも25分くらいで行けた。
 
さて、初日は、ルーブルでパリパスというものを借りようとしたのだけど、これが失敗。パリパスは15000円くらいで美術館、観光名所、バスツアー、交通手段を使えるというものだけど、大体48Euroで2日間美術館に入れるパリミュージアムパスというものも存在した。まず、美術館はそんなにたくさん行けないこと、バスツアーに興味がないことから、48ユーロ、5000円くらいで十分だった。というか、それすら必要なかったかもしれないけど。
しかも、受け取る場所がよくわからなくて、というか、自分は全然文章を読んでいない。だから、ルーブルでもらえると思って言って見たけど、違いますと言われ、大変な目にあった。
そもそも、ヴェルサイユとバスティーユを読み間違えて、バスティーユで探したけど、もらえないという悲劇。まぁ、よくわからない町並みをウロウロできたのでよしとする。ノートルダム、ユーゴーの博物館など行きたかったところは閉館していた。非常に残念だった。文学的な面は本をきちんと読み直してから行ければなお良かったに違いない。行きしの飛行機で失われた物語をかじったが、話が難解で詰まってしまった。ユゴーのレミゼラブルを持って行くべきだった。ノートルダムどパリは進まなかったから。
下水道博物館も閉まっていたため、次に行くときは行って見たいと思う。次があるのか。まぁ、ありそうだ。こんなに簡単にパリに行くことがあると思っていなかったから。次もヨーロッパの学会に参加すればいいだけのこと。
バスティーユの目の前のカフェがあって、というか、パリはカフェだらけで、軒下で皆憩っている。立ち飲みをすると少し安くなる。カフェはエスプレッソの意味で、クリームが欲しい時はカフェ・クリームというとカフェオレが出てくる。初めはカフェといってしまってエスプレッソが出てきた。飲めなくはないが、喉の渇きは潤わなかった。
Velibと言われる自転車で、バスティーユからルーブルまでを走らせ、町並みを眺めると、ほとんどの建物はかなり古いことに気づく。綺麗に整列された窓は締め切られている。何かの映画か、イギリスかフランスか覚えていないけども、まちが汚染されている理由はその窓から汚物が捨てられたという昔の話を思い出す。その頃のままのように見えた。時折、教会なのか厳かな彫刻が前に並んだ建物に出くわす。こういうのをedificeというのかなと思いながら通り過ぎる。
ルーブルは大変広く、おそらく皆公共交通機関を使用してくるので、同じ入口に入るのだろうが、僕はトボトボと歩いていったので、よく分からない工事中の中庭から、ピラミッドの裏に出た。工事中の裏庭は、おそらく、ナポレオンの中庭と呼ばれるところだったのだと思う。朝、8時ごろはまだ、人だかりは少なく、ルーブルは閑散としていた。ガラスのピラミッドを手で吊るしているように撮影するトリックアートを”わざわざ”撮影するための台座が並べられており、僕は一人なのでそれをすることができない。代わりに、皆が楽しんでトリックアートを作ろうとしているところを撮影しようとするが、当然自分のカメラの視点からは何がトリックかさっぱり分からない。
 
ルーブルを通り過ぎて、オランジェリー美術館にきた。回れるだけ、美術館を巡ろうと思ったが、正しかったのかどうか不明。
オランジェリー美術館は、モネの睡蓮を見に言ったと言っても間違いではない。
This is the first time for me to visit Paris. 
After learning much staffs about France, especially Paris. 
I have been looking forward and dream to visiting, seeing, walking along Paris someday. 
As you know, in particular, the staffs that was involved with Neurology is necessailiriy attracts me. 
Hospitalie Salpetrie, Paris university, Charcots tomb, etc.
I didnot have enough knowledge about these things, and I couldn’t find monuments things like that because these information is not familiar for me. It is natural not to be written in guidebook for travelars. It just attracts Neurologist. So, these are found, perhaps, in Franch, in Engligsh?, not in Japansese.
 
People in Paris are not eager to communicating with us in English. many people speak French not English, even they are shop traniee. Since the human being are afraid that the people who are unfamiliar, not capable to communicate, meaning that how they feel and think remain unknown is dangarrous for everyone. From these reasons, everyone thinks foerginers are a little bit scarcd.
It matches for me. 
First, I stand up on the floor on the airport CDC, I was not able to find my personal car that drive me for the hotel I booked. Unfortunately, I cound not. As a results, I took a taxi for 55 Euro, about 6000 yen in Japansese. It was un-necessary expense. 
 
I traveled mussee in French.
There are three majour famous museum in French, Louvre, Arthee, Moderan ( Pompadoo). I complete these three museums. Additionally, I visited Dali Gallary in Monparnan, Orangereee museum. I d like to have gone to Victor Jugo memorial buildings and Notre damm. These two marverous buildiings are just under repaired. Who fire Notre Damm. hu, Damm.
 
Did you contend with this traveling. Yes, Off course. 
If I have had more time and solid plans, I can visit more and more sightseeing spots. 
But, I didnot.
 
2019/9/10
モロー展。2019年9月21日。さて、とうとう、ファム・ファタルを論じる必要が生じた。
ファム・ファタルは自分の最も興味するところの一つである。マノン・レスコーのところでどれだけ論じたかはわからない。もしかしたら、マノンの魅力に当てられ、上手に論じていないかもしれない。ということはここで論じることが初めてなのかもしれない。
ファム・ファタルは一般的・美術史的には、男を破滅させる女として描かれ、表現されている女性であり、ギュスターブ・モロー、クノップフ、ビアズリーら象徴主義者がおもに主題として扱った。文学的にはアベ・プレヴォーがマノン・レスコーで示したものが初めてであり、その後の経略はカルメン、うたかたの歌などに続く。日本としては、谷崎潤一郎の痴人の愛に登場するナオミを代表とするという声が多く上がっている。ファムファタルについて論じた本としては、日本のフランス文学研究者である鹿島先生や無邪気と天使は紙一重で有名な(自分の中だけだろうか)青柳いづみこに代表される。ネットで検索するとよく分からない漫画がヒットするのだが、読む気にはなれない。
ファム・ファタルはフランス語で、Fam Fataleとなる。英語ではFamme Fatalである。Fatalを英語で直訳すると「致命的な」「死に至らしめる」といった意味がおもな形容詞であり、「運命的な」という意訳も一応存在する。どちらにしても対象が必要なため、fatalなのは何に対してかということになるが、これは男性に対してである。よって、famme fataleは(男を)死に至らしめる女という意味になる。ということで、日本語で調べると運命の女という意味が出てくるが、これは意訳しすぎのように思う。運命というものは良い意味でも悪い意味でも使用ができる。そのため、破滅に至らしめるというネガティブな印象からファム・ファタルを良いものへと昇華してしまう。仮に、ファム・ファタルが良いものであるとすると、これはやはり、男性としては、ファム・ファタルを潜在的に望んでいるというように見える。この点を青柳は指摘しているのか、男性がオム・ファタルなのではないかという考察をしている。マノン・レスコーにおいては、マノンは著者による外見の描写から雲のように免れているので、男性読者はマノンを理想化し、女性読者はややもすると自分に投射ないしは、自分の嫌いな人物に投射するのかもしれない。女性評論家の目線では、マノンによってグリューが人生を狂わされたのではなく、グリューが勝手に狂っていったのだと評価される。日本にくるまでの経緯でファム・ファタルを運命の女などと良いイメージを与えたのは男性主体の社会であったという事実が関連しているかもしれない。あくまで、言語的には、ファム・ファタルの対象である男は破滅的になることが望まれ、それが良いかどうかは分からない。

さて、ファム・ファタルが男の運命を壊滅的にさせるということがわかったとして、女性のパターンとして二つあげられる。一つ目は意識的に男を破滅させる場合、二つ目は、無意識的に男を破滅させる場合である。この分類はもともとの意味を分類したものであるので、どちらもファム・ファタルであろう。
モローは今回の展覧会で多くのファム・ファタルを提示していたが、いずれもが合致するかどうかは鑑賞者に委ねられるだろう。サロメ、スフィンクスがファム・ファタルの元来のモチーフであり、どちらも男性を意図的に誘惑しようとする。スフィンクスは、ルーブル美術館のオーディオガイドによると、あくまで彫刻などはスフィンクスと呼ばれるので、この人間の顔、ライオンの体をした生物をスフィンクスと呼ぶことは必ずしも正しくないとしている。そもそも、スフィンクスが女性であるという点に少し驚きを感じる。
無意識的に男を誘惑した例としてモローはバテシバをあげているが、これは懐疑的である。もしかしたら、今回の展覧会のキュレーターがバテシバは無意識的なファム・ファタルの一例に仕立て上げたのかもしれない。ファム・ファタルは現代社会では存在しない。

そろそろ、本日のテーマである、ギュスターヴ・モロー展について。
本日は、くもり。雨はポツポツと降っていたが、昼間には止んでいた。服部病院の午前診をした後、内科学会地方会に出席してからの展覧会だった。展覧会は9月24日までで、明後日で終わる。あべのハルカス美術館で開かれていた。あべのハルカス美術館は、以前何かの展覧会できたことが確かある。忘れてしまった。確か第九の芸術、漫画展だったと思う。展覧会場は26階にある。森美術館を思わせるが、森美術館より良心的で、展覧会の閲覧料だけで入ることができる。さぞ、カップルなら楽しいだろうなと想像する。
一人で、メモを取りながらまわるとすぐに鉛筆を渡してくれた。鉛筆で書かないといけないらしい。なぜかはよく分からないが。日本の展覧会は人が多い。これは良いことだけど、いささか奇妙である。美術に興味があるのかないのか分からない人が多いからだ。まぁ、デートスポットとして成り立っている点と美術を見ようかなと思っている人がいることがわかるのでいつも嬉しくなる。人が多いので、作品を見るのに困るけども。
メモを取りながらまわるのは、ルーブル美術館で学んだ。オーディオガイドにメモ、最終的には顕微鏡のようなものを手にするかもしれない。時々、カメラを持っている人を見かけるが、カメラも必要になるんだろうか?現代アートにはカメラよりもビデオが適しているので、ビデオが必要になるかもしれない。メモを取りながら歩くと、時間がかかるが、しかし、そもそも人が多いので、あまり他の人と変わらなかった。背景の説明、展覧会の説明の英語に勉強になりながら過ごした。
ただ、自分の字が汚くて読めない。
モロー(Gustave Moreau: 1826-1898)は、象徴主義(symbolist painter)である。
fammes fatalesはleding men to their destructionをする女性のことを指す。
fammes fatalesはgrandeur, pleasure, carnality, temptation, love, deathで表現される。
今回の展覧会の作品はどれもフランスのMusee national Gustave Moreauから来ている。モロー博物館!モンマルトルかどこかに確かにモロー博物館はあった。自転車でいけばパリ第五大学から10分くらいだったろう。時間があれば行きたかったがいけずじまいだった。まさかのそこからの展覧会か、少しだけ期待したけども、いかんせん作品数が少なかった。それに、ほとんどが習作であり、出点作品は「出現」「一角獣」がおもだったように思う。しかし、それでも日本に持って来てくれてありがとうというべきだろう。モローの代表作品は「出現」だからだ。
モローは、世紀末美術の前の世代であり、ポスト印象派の後の時代である。幻想的で魅惑的で誘惑的な絵は、オリエンタリズムの影響を多大に受けている。エジプト、ペルシャ、トルコ、日本、インドなど。日本の影響はあまり分からない。どちらかというとオスマン帝国を思い起こさせる。とはいっても、ロシアの画家にもにたような装飾を使っていた人がいたように思った。
モローは、二人の女性により大きな影響を受けている。その一人にはモローの人生を捧げている。母である。母である、ポーリーヌ・モロー(Pauline)は音楽好きな母親で、モローが母に当てた手紙などは母への愛情を強く匂わせるし、「パルクと死の天使」はモローの恋人であるアレクサンドリーヌ・デュルー(Alexandrine Durex)が亡くなった時に作られた作品であるが、そこに母の姿も重ねている。フランス、モロー美術館の館長はモローの教え子(モローは国立美術学校の教員だった)である、ジョルジョ・ルオーが初代を務めている。ちなみに教え子には他にマティスもいる。
ルオーは、この美術館でモローとその母親ポーリーヌの写真を向かい合わせに置いており、いかにモローが母親を大事にしていたかがよくわかる。当時は、結婚は芸術家をダメにすると言われており(あたかもうたい文句がファムファタルのようで笑える)、モローは純潔を守ったといえ、まるでキリストのように自分自身を神格化し、母親を聖母マリアのように同様に神格化する。母は1884才、モロー58才時になくなり、モローは手がけていた「キマイラ」の製作も途中で諦めてしまう。その後、アレクサンドリヌが1890年になくなり、モローは自分の知識を後世に伝えようと美術学校で教鞭を振るうこととなった。

モローの画家人生としては、あまり優等生ではなかったらしい。国立美術学校を退学しロマン主義、神話の世界に取り込まれたらしい。

Salome、サロメは**にそそのかされ、聖ヨハネの首をはねることを企てる。これまでも多くの画家がサロメを主題にしている。誰の絵が頭に浮かぶだろうか。ミケランジェロ・デ・ラ・カラヴァッジョ、ビアズリー、オスカーワイルド。ユディト(ホルフェルネスの首をきる)といつもごっちゃになる。ユディトとサロメは同一人物ではないのか。。。カラヴァッジョ、クリムトを想像してしまった。オスカーワイルドはその戯曲の中で有名だ。
出現はApperttion 1876はモローの作品の中でも最も有名なものの一つで、東洋の巫女のような魔術師のような服装をきたサロメやクロデ王の前で少し怯えているサロメなど様々だが多くは真横の像である。展覧会では一つだけ正面を向いたサロメがいた。Apprettionでは、中性的な男性とも取れるような筋肉質な女性であり、右手に花をもち、左手は首を指差している。ヨハネの生首からは血が滴り、生じる光は下の床に反射している。奥には王がいるがいたって平静であり、サロメにのみ見えているのだろうとオーディオガイドは推測していた。後ろの装飾は、モローが晩年に書き加えたらしく、ロマネスクを象徴するさん・ラザール聖堂、サンピネル聖堂、酸マルタン聖堂などをモチーフにしているらしい。このサロメは裸体で示されているが、腹を来ている場合には、透明感が溢れるショールに包まれていたりと写実的である。

Famme fatale [: 
 woman beguiling men to their destruction

Helen
オンファレ
デリラ
メッサリーナ
セイレーン
バテシバ
ガラティア
スフィンクス
レダ
セメレ
ディアネラ
エウロペ
クレオパトラ
サッフォー
エヴァ:ヘビにそそのかされて禁断の果実を口にし、人間の運命を変えてしまった張本人。紛れもなくファムファタルである。
そしてマリア!「神秘の花」
大きな百合の花の中にマリアがたたづんでいる。百合の花は、多くの殉教者(男)の上に成り立つ。これもファム・ファタルである。
モローにかかればみんなファムファタルという。これは不思議だけどおそらく展覧会がそういう趣旨なのだろう。
知らない人もいるけども、バテシバとエウロペは違うのでは、無意識的ファムファタルに反対だ。

シュルレアリストのアンドレ・ブルトンもモロー美術館に行って愛とは何か女性とは考えさせられたそうで、確かにその気持ちはよくわかる。
さて、ギリシャ神話でも読もう。
第5巻。
 
少し冷たい空気の流れる、Scotland Algenda airport, Terminal2。Johan and nystrom cafeにて、熱いコーヒーを片手にレミゼラブル第5巻を読みきった。
誠実で正直で、どこまでもコゼットとマリウスを第一に考え、自分を犠牲にする聖人のようなジャン・ヴァルジャンに感動を覚え、涙が頬をたどる。ハンカチを持ち歩かない性質だから、その涙をパーカで拭うしかなかった。
周りの音は静かに消失していき、本の字面をなぞる。
ヴァルジャンを自分や現代を生きる人に照らし合わせて、いつの時代も同じだということが言えるだろうか、と考えるが、なかなか難しいことのようにも思う。彼らは物語の中、昔の話のように見える。感動に感動が重なる。これ以上の物語を読んだことがない。というわけで、この感動は皆が享受すべきものだろう。
 
幸せとは。
不幸との対比により幸せは明確になる。
人は変われるのか、この答えにLes Miserableは答えない。ヴァルジャンは根からの聖人(初期にパンを盗んだ点も最後まで読み通すと悪いことには見えない。むしろ、非常に人間的である)で、マリウスは少し独りよがりだがすぐに周りに影響される。コゼットは初めから最後まで愛の象徴、可愛らしい天使、華やかで謙虚で慎ましい処女であり美婦人。ヴァジャールは法律の番人であるが、なんと彼の偉大なことか、彼は、この物語の中で成長し、ヴァルジャンの聖人さに打たれてしまう。
テナルディエ。彼は、初めから最後まで小悪党だ。しかし、読者は彼に感謝しなければならない。最後の天使たちの邂逅は彼ありきなのだから。
 
さて、レミゼラブルを読み始めてどのくらいの日がたっただろう。発端は、2年前、レミゼラブルの映画を見てからだ。On my ownが一番好きな挿入歌で、マリウスとコゼットにはあまり魅力を感じなかった。その頃の記録は残されていないが、2002年の作成映画を見たと思う。エポチーヌのマリウスを思う気持ち、ガブロージュのひたむきな勇敢さ、その頃はあまり本から得られた感動を感じることはあまりなかった。というよりも話の流れがよく分からなかった。しかし、本の中で、感じる情景はこれらの映画によっている。
さて、レミゼラブル第1巻を読みだしたのが、2018年10月19日。本日は2019年9月15日。日本では16日だろうか。約1年間かかった。1巻には約2ヶ月。2巻は2週間。3巻も2週間。4巻も1週間半。そして、最後に8ヶ月。
途中途中他の本を読んでいるからであるが、長い道のりだった。これほどまでにゆっくりと本を読むという経験はないので、やはり、この本が自分自身の価値観というものを今後型作るのだろう。
自称フランス愛好家、パリ信者であるが、現実のパリは少し嫌な臭いで満ちていたし、楽しかったが、それほどでもなかった。なんなら、ストックホルムの方が住みよい街だと言っていい。いや、日本が一番か。しかし、住まないのであれば、パリの雰囲気はなんとも美しかった。荘厳な建築物。教会。銅像。美術館。石畳の道。時折の通り雨とすぐに晴れる素晴らしい気候。
レミゼラブルでの地形とかは全然わからないし、ヴァルジャンの終の住処である、ロマルメ通りは、現在のRue Sainte-Croix de la Bretonnerieあたりらしい。自転車で通ったと思う。
 
さて、涙も乾いてきたので、レミゼラブルの内容について。
P91。第一の名シーン。ガヴロージュがなくなるところ。
ガブロージュは、バリケードの前で銃弾を拾い集めているところを銃殺される。映画と同様、歌を歌いながら、蝶が舞うように飛び飛びに歩くが最後には、というシーン。ガブロージュはテナルディエの息子で、母親が育児放棄をしたため、浮浪児になった。バスティーユにある象のモニュメントを寝ぐらとしていた。ガブロージュは民衆を導く自由の女神の左側にいる少年のモデルにもなった事で有名である。映画では、軽快なリズムで口ずさむ歌が耳にくっついて離れないが、どのような歌詞かと言われると答えに窮する。
 
ヴァルジャンがヴァジャールを救って、ヴァジャールが正義とは何か、正しいというものは何かということを考え、答えを無くし、テーヌ川に身投げするシーンは非常に印象深い。
 
法とは。現在における法とは?なぜ、法がなければならないのか。
はるか昔にはハンムラビ法典があった。目には目を。歯には歯を。奴隷制度というものもあった。モンテスキュー、ルソーは民主権の理論を生み出した。
全然知識がないので、知っている人に教えて欲しいが、そもそもなぜ、法があるのか?法を定めることによって、人々が幸福に過ごすことができるようになる。人の最大の目的は幸福にある。この根本定理からスタートすると、幸福になるために法が必要だということ?どのような法が。誰を対象に。まずは、フランスの中でも国王だとか上流貴族だとか、それら法を定めた人にとって幸せになるための規則という位置付けができそうだと思う。仮に、奴隷にそれらの規則が必要として、「解放しろ」が規則となりうるとしても、その規則を認められなければ、法としては機能していないから。ということは、権力が背景にあり、その権力を守るために規則がはじめは作られる。その権力というものは王ということになるか。武力を持っていれば、そこに権力が集中する。父親が最も権力を有していれば、家族内での決まりは父親に終始する。権力が分散し、一個人、一集団の力が弱体化すれば、全体における幸福の和が重要となる。権力の集中が生じても、その権力を権力者が分散すれば、法が権力者となる。さて、法ではなく、宗教が権力を保持すれば、宗教がある種の法となる。科学が権力を保持すれば、AIが権力を保持すれば。父親が権力を保持した時に、その息子、配偶者に同様に権力を与えようとすれば、どうすることが最も自然だろうか。法がない世界では、力が全てとなる。力は暴力も知力も含む。ある力を持ったものに逆らうと自分自身に不利益が生じるため、その力に逆らわなくなる。その人がいうことが正しいとその社会では見なされる。権力者は、自分ではない力を有さないもの、つまり、同胞、娘、親戚、気に入ったものを守ることを考える。利害関係のもと、自分自身に利益を与えるものであったり人を守ろうとする。力がなければ、幸せを勝ち取ることができない。周りや敵も同様に力を得ようと躍起になっている。そのため、それらに力を与えることが重要であろう。どのように力を与えるか、屈強な男どもであれば、訓練し、そのままの意味での暴力を与えることがいい。武器があるのなら、武器の使用方法を強めればいい。が、しかし、武器はすぐに流通してしまった。小さなナイフが大の大人にまさってしまった。銃剣に素手の暴力は簡単に屈してしまう。どうすれば、最も簡便に権力を保つことができるか。多数を作り、その組織の目的を一つにする。目的とは。決まりである。法律が完成する。
 
自然法
決まりの中には、自然法のように当たり前の倫理として既に与えられていると考えらえるものもある。つまり、自然が全ての生き物に与えたものである。例えば、婚姻、子供の出生、養育といった生きるものに必要なものを守ることを当然と考えることは、この自然法に則っている。これをある意味では、義務ともいう。対して、国家や君主が制定した法律があり、これらは必ずしも普遍的とは言えない。後者の法律が自然法化していくと、ある種の法律至上主義が生まれる。
この事態は現代人の考え方にも大部分通じるところがある。人のものを盗んではならない。人を殺してはならない。強姦してはならない。高速道路を130km/hで走行してはならない。赤信号を無視してはならない。明文化された法律もあれば、非文法もある。それでも、倫理とか決まりとかそういったことを最上と位置付け多くの人は過ごしている。決まりというのは、科学にも当てはまり、科学を一つの決まりとすると、科学に外れたものは間違っていることと解釈される。
ジャベールはこの法に付き従って生きてきたが、ヴァルジャンの法を超えた行動に、厳密には、自然法にというべきと思うが、法とは何かが答えられなくなる。マリウスも最後の場面では法を最上としていることがわかり、徒刑囚であるという事実から、ヴァルジャンを卑しいものとみなす。法と理念についての考察は泉鏡花に譲りたい。法はどちらかというと男性を想起させ、理念は女性を想起させる。女性は法を超えて自然を守ろうとし、男性は決まり事を大事にする。いつも約束をするのは男性で反故にするのは女だ。女は感性を重要視し、男は理論を重要視する。
2分化して物事を考えることは本質を捉える上で便利な面もあれば、逆に欠点も多く存在する。法と倫理。感性と理論。本能と理性。それぞれは、相対する時もあるが、被っている部分もある。
 
そして、愛。愛とは。愛とは、誰しもが享受し、それのために生き、それを求め、溺れるべきである。愛とは、なんと崇高で、甘美であろう。愛の前には何もかもが屈するのである。驚くべきことに、愛には順位がある。愛は彼らの目を隠し、時に行動を制限し、時に行動を誇張する。
愛の形は多様である。マノンのようなものもあれば、譲治のようなものもある。日本人の愛と欧米の愛は異なるし、表現方法も違う。