英語で書くことに疲れたので、日本語で。英語でもかけないことはない様な気がするけども、綺麗な表現ができないので。あと、当たり前だけども時間が非常にかかる。でもこの時間をかけるという労力によって英語が上手にできるということになるのだろう。日本人として成熟しているということは言語習得においては非常なデメリットである。なぜなら、日本語と同様の内容を英語で表現しようとするには、日本語が洗練されているからだ。いや、本当に洗練されているかどうかは知らない。それでも、小学生が書くような文章ではないと思う。対して、英語では、小学生が書くような文章の練習が足りないと思う。話し言葉で良い。小さい子がスラスラと話せる話をまだまだ時間をかけて表現していることが事実であり、受け入れなければならない。ので、そのレベルから何度も反復練習を繰り返す必要がある。にもかかわらず、その過程を経ずに急に何百字も文章を書けという。それはかけるわけはない。どこにその機会を儲ければいいのか。やはり日記やりに時間をかける必要があるのだろう。うむ。困ったもんだ。フランスの記録をするときに、途中からまた追記するということは良い話ではない。その時の思考の流れがあるため、ここですとっくほるむんECTRIMS会場で座って考える話とパリの空港で考える話が同じわけがない。それに、今日TOEFLの結果が返ってきて芳しくないからなおさらである。ということで、また、書き直すのかとも思う。多くの作者がいう。物語を修正することは物語をもう一度作るよりも苦悩を伴う。誰だっけか。こういったのは。さて、というわけで、また、フランス紀行を描こうと思うが、しかし、後少しでレクチャーが始まってしまうのでうまい話ではない。
さて、レクチャーも終わったので、本日はもうECTRIMS関連をおこなうつもりはない。さらに観光もするつもりはない。ので、Evernoteでこういったことをだらだら書こうと思う。そういえば、東京に住んでいた時も美術館をいくつも回ることができたのだけど、一つ一つを終わった後にまとめた方が記憶に残っている。
そういえば、去年ソウルに行ったときに現代アートの美術館に行った記憶がある。ジェンダーに関するもの、戦争、暴力。アートはこういったものと関連を持ちやすい。そう行ったビデオアートやらなんやらで埋もれていた。東京でも現代アートの展覧会を見にいった記憶もある。オノヨーコとかもいたと思う。しかし、忘れたな。どこかに書き記されているんだろうか。
そのため、数多く何かをするよりも一つ一つときちんとした方が記憶しやすいのだと思う。これは当然の考えだけど、常に忘れ去られる。問題集も同じものを繰り返しした方がいいのだろう。同じ問題を何度も何度も聞いているような気が(二回だと、何度もではなくて2回なのだけど)して、辟易するために僕は繰り返し学習が嫌いだ。一度目は初めて聞く話なので、0から60になることを実感するが、2回目には、40が65程度にしか達していないと感じるからだ。60の記憶が40まで残っているかは甚だ怪しい。ややもすると、20程度まで低下しているかもしれない。そのときには、2回目の学習でも60までしか達さないかもしれない。そうなると、2回目は1回目と比べて達成感はまるでゼロである。デジャブがあるが解けなかったということだけになる。とすると、2回目の間隔が長すぎるということになろう。適切な間隔で2回目をするべきだ。1週間程度が限界だろうか。それを超えるとすでに忘れさられた記憶になっている可能性が高い。
フランスはアートの街で歴史の街で神経学の街であるので、(自分にとって)、学ぶことは特にはやはりアートということになる。
ので、基本てきにアートに焦点を当てた旅行だった。というか、どこの国に行ってもそうなるのではないかと思う。食に関心がなく、アクティビティは誰かとしたいという人なので、食に関心がないわけでない、誰と食べるかが重要である。
そのため、高級なフランス料理を食べたいとかそう行った感情は全くでなかった。凱旋門もエッフェル塔もあまり興味がそそられなかった。ミーハーを嫌う性質もあるからだろう。
フランスは初めての土地で、すりにあうとか強盗とか日本人は狙われ安いとか、リュックはダメだとか、前に掲げないととか、近くでもタクシーを使った方がいいだとか。色々と言われてきたので、かなり慎重に行動していた気がするけども。そもそも、周りに観光客がいないところばかりにいったからか、それとも、やはりきちんと注意深く用心できていたからなのか、全然大したことなかった。観光ではなくて住んでいるようだった。
パリは日の入りがかなり遅く20時ごろだったので、21時ごろにうろうろしていても危ない感じはなかった。とは言っても、もしかしたら、危なかったかもしれない。
一番怖かったのは、パリのホテルのセキュリティーボックス。暗証番号を全然認識してくれなかったので、初めは、ホテルマンをよんだ。8888で開いてしまう恐ろしさ。そして、1234でしかロックできない怖さ。意味のないセキュリティボックスだったけど、もういいやと思ってそのままパソコンだけ入れて出て言った。現金は全部持ち歩いていた。
結果的には大丈夫だったのだけど。
移動手段は基本てきに自転車にした。電車でもバスでもよかったのだけど、使い方がよくわからなかったのと、調べると自転車でも時間があまり変わらなかったから。
モンパルナス?までも25分くらいで行けた。
さて、初日は、ルーブルでパリパスというものを借りようとしたのだけど、これが失敗。パリパスは15000円くらいで美術館、観光名所、バスツアー、交通手段を使えるというものだけど、大体48Euroで2日間美術館に入れるパリミュージアムパスというものも存在した。まず、美術館はそんなにたくさん行けないこと、バスツアーに興味がないことから、48ユーロ、5000円くらいで十分だった。というか、それすら必要なかったかもしれないけど。
しかも、受け取る場所がよくわからなくて、というか、自分は全然文章を読んでいない。だから、ルーブルでもらえると思って言って見たけど、違いますと言われ、大変な目にあった。
そもそも、ヴェルサイユとバスティーユを読み間違えて、バスティーユで探したけど、もらえないという悲劇。まぁ、よくわからない町並みをウロウロできたのでよしとする。ノートルダム、ユーゴーの博物館など行きたかったところは閉館していた。非常に残念だった。文学的な面は本をきちんと読み直してから行ければなお良かったに違いない。行きしの飛行機で失われた物語をかじったが、話が難解で詰まってしまった。ユゴーのレミゼラブルを持って行くべきだった。ノートルダムどパリは進まなかったから。
下水道博物館も閉まっていたため、次に行くときは行って見たいと思う。次があるのか。まぁ、ありそうだ。こんなに簡単にパリに行くことがあると思っていなかったから。次もヨーロッパの学会に参加すればいいだけのこと。
バスティーユの目の前のカフェがあって、というか、パリはカフェだらけで、軒下で皆憩っている。立ち飲みをすると少し安くなる。カフェはエスプレッソの意味で、クリームが欲しい時はカフェ・クリームというとカフェオレが出てくる。初めはカフェといってしまってエスプレッソが出てきた。飲めなくはないが、喉の渇きは潤わなかった。
Velibと言われる自転車で、バスティーユからルーブルまでを走らせ、町並みを眺めると、ほとんどの建物はかなり古いことに気づく。綺麗に整列された窓は締め切られている。何かの映画か、イギリスかフランスか覚えていないけども、まちが汚染されている理由はその窓から汚物が捨てられたという昔の話を思い出す。その頃のままのように見えた。時折、教会なのか厳かな彫刻が前に並んだ建物に出くわす。こういうのをedificeというのかなと思いながら通り過ぎる。
ルーブルは大変広く、おそらく皆公共交通機関を使用してくるので、同じ入口に入るのだろうが、僕はトボトボと歩いていったので、よく分からない工事中の中庭から、ピラミッドの裏に出た。工事中の裏庭は、おそらく、ナポレオンの中庭と呼ばれるところだったのだと思う。朝、8時ごろはまだ、人だかりは少なく、ルーブルは閑散としていた。ガラスのピラミッドを手で吊るしているように撮影するトリックアートを”わざわざ”撮影するための台座が並べられており、僕は一人なのでそれをすることができない。代わりに、皆が楽しんでトリックアートを作ろうとしているところを撮影しようとするが、当然自分のカメラの視点からは何がトリックかさっぱり分からない。
ルーブルを通り過ぎて、オランジェリー美術館にきた。回れるだけ、美術館を巡ろうと思ったが、正しかったのかどうか不明。
オランジェリー美術館は、モネの睡蓮を見に言ったと言っても間違いではない。