今年の漫遊は佐賀県から。

 

1月下旬、8年振り3度目の佐賀を2泊3日で旅してきました。

 

<旅の行程>

1日目:吉野ヶ里→みやき町→佐賀

2日目:佐賀→嬉野温泉

3日目:塩田津→鹿島・肥前浜宿

 

7時の便で羽田→佐賀空港へ。

 

空港からバスで佐賀駅まで出て、在来線で向かったのは、弥生時代の遺跡。

 

◆吉野ヶ里歴史公園◆

(国指定特別史跡・日本100名城)

*入園料¥400

 

最寄りの吉野ヶ里公園駅から遊歩道を進み、10程でゲートに到着。

 

駅前の民家の老夫婦が案内図を配ったり、見所を教えてくれたりしました。

 

遺跡への地元の愛と誇りですね。

 

ゲートから橋を渡れば、そこは弥生の園。

 

 

鳥居の様な門の周辺には、環濠や尖った杭(逆茂木)、柵が張り巡らされています。

 

吉野ヶ里遺跡は紀元前4世紀頃に築かれた、国内最大の集落遺跡。

 

昭和初期から遺跡の存在は知られていたようですが、昭和晩期に工業団地開発の際に発掘調査をした結果、一転、大規模遺跡の発掘・研究へと進んでいきました。

 

南内郭

 

南内郭には王や大人と呼ばれる権力層が住まい、政治を司っていました。

*読みは"ダイジン"

 

大人の家

 

竪穴建物(竪穴式住居)が連なっています。

 

王の家

 

再現された内部。

 

王と妃、弥生時代の王室の風景。

 

 

縄文土器も出土していて、縄文時代後期には、既にこの地に人が生活していたようです。

 

 

点在する集落を眺めながら先へ。

 

北内郭

主祭殿

 

北内郭は政治が行われた、謂わば政庁。

 

発掘された基礎部分を元に、高さ16.5mの建造物として復元されました。

 

 

主祭殿内では、王を中心とした審議や司祭者(巫女)による神がかりが行われました。

 

 

高床倉庫

 

校倉の起源の様な造り。

 

 

櫓から北内郭を望む。

 

 

環濠と柵の向こう集まる倉庫群。

 

供物倉

 

見渡す限り弥生時代の復元建造物で、その向こうに広がる雄大な佐賀の自然。

 

気分は完全に紀元前?

 

甕棺墓列

 

当時、甕を棺にして埋葬されていました。

 

その甕棺墓が墳丘墓へと続く墓道に連なっています。

 

祀堂

 

ここで祖霊へ祈り、供物を捧げていました。

 

北墳丘墓

 

手前にそびえる立柱に祖霊が宿るそうです。

 

まるで、諏訪大社の御柱のよう。

 

墳丘墓内は発掘時のまま保存されています。

 

 

歴代の王が埋葬されました。

 

 

北墳丘墓の復元模型。

 

これがその後の古墳に繋がっていくのでしょうね。

 

巨大な規模を誇った吉野ヶ里の集落でしたが、3世紀中期の古墳時代には、ほぼ消滅します。

 

そして、

 

それから1600年以上の歳月を経て、再び、発掘・復元という形で蘇りました。

 

ついでに、13年前の初吉野ヶ里の写真。

 

*2011.7の写真

 

園内を走る周遊バスで入口に戻り、併設のレストランでランチ。

 

佐賀県産和牛コロッケ定食

 

ご当地マンホール

 

吉野ヶ里歴史公園デザイン。

 

13年振りの吉野ヶ里、古代浪漫を満喫でした。

 

時刻は12時半。

 

最寄りのバス停から県境の一の宮へ向かいます。

(これが九州ラスイチの一の宮)

 

 

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