久々に、過去の旅の記事を書いてみます。
2013年の3月、丹後~城崎を巡る旅でした。
京都府には日本海側の地域もあると知っているものの、イメージが無かったりします。
(関東人は特に)
京都駅から2時間程で日本海側の宮津市に着きます。
ここは、"日本三景"のひとつ、天橋立がある地。
そして、
丹後国一の宮 籠神社が鎮座する地です。
天橋立はそもそも籠神社の参道でした。
天橋立駅側とは対岸に鎮座しているので、観光船で渡ります。
桟橋から社頭はすぐ。
"元伊勢"とも称されています。
曇り空が残念でしたが、清浄で凛とした空気が漂う空間が広がっています。
参道にある御百度石。
時折覗く晴れ間に一枚。
素木の神明鳥居が美しい。
色々な鳥居がありますが、このタイプのものが個人的に一番、気持ちがキリッとします。
神門
神明造りの神門が放つ厳かな空気。
石造り狛犬
鎌倉時代に造られたものです。
千木鰹木付きの立派な覆屋に護られています。
*2010年の初訪問時の写真
神門をくぐり、御神前へ。
そこには、荘厳さの極みな風景が。
拝殿
<御祭神>
彦火明命
(ヒコホアカリノミコト)
創建年代は神代と伝わります。
彦火明命は「記紀」に描かれた山幸彦です。
籠の船に乗って海神の宮殿に行ったという伝承がある事から、籠神社と名付けられたそうです。
苔むした桧皮葺の屋根…深遠な出で立ち。
神代の世、この地にある真名井原に豊受大神が祀られた匏宮(ヨサノミヤ)が鎮座していました。
その後、安住の地を求め放浪していた天照大神がこの地に立ち寄り、数年過ごした後、豊受大神と共に伊勢の地へと遷ります。
それが、今日の伊勢神宮の内宮・外宮。
そして、これが籠神社が"元伊勢"と呼ばれる所以です。
この地に君臨していた海人族が王朝に大きな影響を持っていた事の表れなのでしょうね。
そして、
二神の遷移後、彦火明命をお祀りして現在に至ります。
宮司家の海部氏は彦火明命の末裔です。
1300年程前に匏宮は現在地に遷座し、社名も籠宮と改められます。
匏宮は奥宮、眞名井神社として今も森の中に鎮座しています。
御本殿を囲む欄干には、五色の擬宝珠(据玉)があり、伊勢神宮と籠神社にしか無いものだそうです。
まさに、
伊勢神宮の元宮を名乗るだけの荘厳さ。
苔まみれな狛犬。
かつて、文明や経済の窓口として大いに栄えたこの地も、今では静かな観光地風情。
日本海側から太平洋側へ、近畿から関東へ…
時代の移り変わりを感じるお参りでした。
御朱印
奥宮、眞名井神社へと向かいます。
続く
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