私自身、自閉症スペクトラムとADHDの診断済みで、9歳の自閉症+ADHD+学習障害(LD ディスグラフィア)の息子と、
7歳の息子を育てるワーママです![]()
学習支援業の事業主をやっています
本記事は、
トラウマ治療のプロセスを記録する
連載の一部です。
「何が普通で、何が違和感だったのか」に
気づいていく過程を記しています。
※PTSD・トラウマ治療・身体反応・体の腫れに関する記述が含まれます。
読むタイミングは、
ご自身の心の調子を最優先してくださいね🕊️
今日は、トラウマ治療中に
体に出た反応の写真を載せています。
⸻
こんにちは、koutonです☺️
いつもこのシリーズを読んでくださっている方、
本当にありがとうございます。
今回は、いよいよStairs Narrative Therapy(トラウマ語り直し療法)が
本格化しはじめた頃の話です。
「私は、感情が“麻痺”していたんだ」
それに気づいた時期から、
少しずつ感覚を取り戻し始めた私の体は…
ある日、突然、
大きく反応し始めてしまいました。
録音を“聞き返す宿題”から始まった異変
私が受けた、
Stairs Narrative Therapy では、
(※Stairs Narrative Therapy=トラウマ記憶を安全な環境で語り直し、脳と心の統合を促す治療法)
同じ出来事を繰り返し話します。
繰り返し話すうち、
自分が忘れていた記憶や感情が出てきて、
その出来事そのものへの印象が
変わったりするんですね。
そして、その治療中に、
語った記憶を録音したものを
毎日聞き返して
一言レポートに記録するという
課題があります。
この「聞く宿題」、
最初はそもそも感情が麻痺していたから
淡々とできていたんですが、
だんだんキツくなってきて。
だって、自分の声で、あの記憶を、あの言葉を、
毎日繰り返し聞くんですよ。
そして、それを続けていたある日、
“体が反応する”ってこういうことなんだと
私はこの課題で痛感することになります。
ある日の朝、鏡を見て絶句した
トラウマ治療では、
前半は認知の癖についてのケアを行い、
後半は、いよいよ
トラウマになっている出来事を
ピックアップしたものから
選んだ出来事を治療に使っていきます。
後半からは
宿題が出るわけで、
その録音を聞く宿題を続けて3ヶ月ほど経った頃。
朝起きたら、
「これ、誰?」という人が鏡の前にいた…
瞼がパンパンに腫れ、赤くなり、
頬も浮腫み、蕁麻疹が全身にポツポツと…
【以下にその時の写真を載せますので、
閲覧には注意してくださいね。
また、私のプライベートな真実の写真なので、
無断で保存や転載はご遠慮ください。
写真は医師に相談のうえ掲載しております。
必要な方へ届くことを願って載せています。】
それはもう、まるで「顔が泣いてる」
ような腫れ方で。
しかも、肌だけじゃありません。
身体中にポツポツが出てきて、
特に脚やお腹にひどく
違和感が出ました。
腫れやヒリヒリ感が数日続いてしまって。
最初は「たまたまかな?」と思っていたんですが、
その週はずっと強烈な記憶に
取り組んでいた週で…
その強烈な記憶って、
「子ども時代の虐待」についてでした。
やっぱり体は、全部、
知ってたって事なんですよね…
感情は麻痺させながら
頑張って笑いながら生きていたけど
体では辛さを覚えていて、
「もう、辛いって思っていいんだよ」と
体から私へ、
そっと証を出してくれているようだった。
「やめたい」と思った時、医師がくれた言葉
体に症状が出たとき、
私は正直「もうここで治療をやめたい」と思って
医師に伝えました。
これ以上進んだら、
壊れてしまうような気がしたし、
なんかもう充分頑張ったしいいやと思えてもいた。
なにより、顔が腫れてしまい、
その顔で暮らすのがすごく苦痛だった。
でも、担当医はこう言ってくれました。
「いや、今辞めたらすごく
後悔すると思いますよ!」
「いまは“かさぶたを剥がしている”状態。
だけど、この先にちゃんと
“治る”フェーズがあるから。
諦めないで。ここまで来たから、
もう少しだけ進んでみませんか?」
その時の私は
渋々「はい
」と答えましたが
いまならわかる。
あのとき踏みとどまれたから、
私は「記憶を整理できた」と
実感できる今にたどりつけたんだと思います。
実際に、顔の腫れも、蕁麻疹も、
私が凍らせていた麻痺の感情を手放し始めると、
徐々に出なくなってきたんですね。
麻痺が取れていくと、記憶が“整理”されていった
少しずつ、麻痺がほどけてくると、
「嫌だったことを“あれは嫌だったんだ”ってちゃんと感じられるようになってきた」んですね。
まるで、絡まった糸が1本ずつほどけて、
きちんと巻き直されていくように。
記憶の中に、事実の順番と「自分の気持ち」が
きちんと与えられていく感じでした。
そして、記憶の中に“自分の感情”が
戻ってきたことで、
どんなにつらかった記憶でも、
最後にはこう思えるようになりました。
「ああ、これは“過去のこと”だったんだ」
もちろん、忘れることはできないし、
なかったことにもできない。
そんな事、しなくていい。
ただ、
もう私の中で、
過去と今を“分けられる”ように
なった感覚になれればいいというか。
すると、
記憶の本棚のなかに、
パタパタと片付けられていく感覚になり、
思い出しても感情が乱されなくなって
くるんですね…
「あのとき、つらかったなぁ。
だけど今は、あの頃の私ではないから
大丈夫」と。
次回予告|「キラキラした思い出」が、
違って見えてきて…
この先、私はいよいよ
“キラキラした中にあった違和感”に向き合っていくことになります。
ずっと「嬉しかった」「救われた」と
思っていた記憶のはずだったのに…
でも感覚が戻った今、そこに違和感と支配があったことに気づき始めてしまうのです。
あなたにもこんな体験、ありませんか?
「これはトラウマじゃないと思ってた」
「でも、体や夢に出てくる。思い出したくないけど、忘れられない」
そんな記憶、あなたにもありますか?
また、
「麻痺していた感情」に、
あなた自身も心当たりがあるでしょうか?
どんな気づきでも、
そっと教えてもらえたら嬉しいです。
また、
この投稿が、
今どこかでひとりで傷と向き合おうと
している誰かの、
小さな光になれたら嬉しいです。
ここまで読んでくださって、
本当にありがとうございました🌿
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少しずつ載せていってます。
いつもありがとうございます![]()













