発達障害という診断が
自分についたとき、
私はようやく「私の生きにくさに名前がついた」と
不思議と嬉しかったんですよね。
今まで生きづらかった理由はもちろん、
グルグル考え続けてしまう心や、
いつもまわりとズレてしまう感覚とか…
そのすべてが一本の線でつながり、
ようやく世界に「私の居場所ができた」と
感じたのかもしれないんです。
もしかしたら、
いまこれを読んでいるあなたも、
同じように “救われた瞬間” が
あった方もいるのではないでしょうか…
そして今
最近、ふと…だけど確実に思うことがあって。
「私が、自分のアイデンティティを“発達障害”と
捉えてしまう限り、
私はずっと、ラベルの中で生きて
しまうのではないか」と。
私にとっての
診断は “終わり” ではなく “始まり”
だったはずなのに。
「私はダメな人間じゃなかったんだ」
とか、
「努力が足りないわけじゃなかったんだ」
とか…
そう思っていいんだよと
許しを得たような気がしたというか。
そして、
名前がついたからこそ、
同じ特性を持つ人とつながって
いけるようにもなっていき、
「私は一人じゃなかったんだ」と
涙が出るほど嬉しかった時も
たくさんありました。
発達障害=アイデンティティ。
それは、【自分を守るための仮の居場所】と
して
確かに必要な時期があったんですよね。
だけど…
でも気づけば私は、
「発達障害だから」という言葉で自分自身や、
特性を持つ息子をを縛っていたのではなかろうかと
今、思うんです
いつの間にか私は、
何かあるたびに自分や息子に
こんなラベルを貼っていました。
「私は(この子は)発達障害だから傷つきやすいんだ」
「私は(この子は)発達障害だからどうせ人から嫌われるんだ」
とか、
「私は(この子は)発達障害だから算数が得意なんだ」
とか、
ネガティブなことばかりではく
ポジティブなことも含めて。
「この人はこう」ではなく、
「発達障害だからこの人はこうだ」と
決めつけていたことに
気づいたんですよね
アイデンティティとは “属性” ではなく “生き方”
そもそも、発達障害は欠陥の証明や
免罪符の一種ではなく、
私や息子の「素材」でしかない。
でも、素材だけでは作品はつくれなくて。
たとえば…、
私が起業したのは、
衝動性という特性のおかげではなくて、
「自分で道を作る」と決めた“私の意志”が
強くあったから
だし、
私がオンラインサロンを続けているのは、
発達障害だから、ではなく、
「生きづらさの意味がわかる場があったらどんなによかったか」と強く願っているから。
つまり、
アイデンティティとは、
「何を持っているか」ではなく、
「その素材を使ってどう生きるか」で
形作られるような、
そんな、
“動詞による物語” なんじゃないかと
感じるようになってきたんですね。
発達障害を「看板」にしなくてもいい
5年間も、
発達障害系のブログを書きつづけて
いる私がこんなふうに言うのは
なんだか違和感もあるんですが、
私はもう、「発達障害であること」を
中心に置き続けなくても
生きていけるのではないか、と感じているんです。
現に、私は
自分の特性について
リアルの人たちには
必要がなければ何も言っていませんしね。
なんだか、
むしろ、そこにとどまり続けることで
自分の可能性を自分自身で閉じてしまう危うさも
感じてきたんですよね。
それをぼんやりと捉えていて
うまく言葉にできなかったのですが、
ようやくこうして言語化ができました。
なんというか…
発達特性は、
私の人生のある種の入り口で
あったかもしれないけど、
それは
私のアイデンティティの“核”ではなくて、
単なる“背景”であっていいのかなと…
そこからどんな景色を見ていけるか。
どんな種を蒔き、どんな風を社会に吹かせて、
そして人生の夕方には、
どんな収穫ができたと思えているか。
それこそが、
本当の「私らしさ」なのではないか
と、今なら思うのです。
次のフェーズへ
あまり知られていないかもしれないけど…
発達障害をアイデンティティにして
苦しくなることって、
意外とあるのではないでしょうか。
診断がついたり、自分で特性持ちではないかと
思うと、
無意識に、ASDやADHDの特性に寄せて
行動や言動してしまう
なんてこともよく聞くし、
私も身に覚えがあります。
だけど、その苦しさって、
もしかしたら、
「次のフェーズに進む準備ができたんだよ」
という合図かもしれないなと…
発達障害は“その人の全部”ではなく、
それは人生の「ある種のはじまり」だっただけで。
私は発達障害をきっかけに自分を見つけられた
ような気がしています。
でも、今はその外側で
「自分を生み出していく段階」に、
確かに入っていると感じます。
私は、“発達特性を持つ私”という素材で、
どんな未来を創るかを選べる。
そしてその選択こそが、
私のアイデンティティになってゆくのだと、
今ははっきりと感じています。
自分は“こう”だから仕方ないっていうのは
何かできない言い訳のため
の決意になんか
したくないですしね。
あなたは今、どのフェーズにいますか?
あなたの物語の一部をいつか
ぜひ聞かせてくださいね

では、
今日も読んでくださってありがとうございました🌿