チエでつながる, ワザでつながる、ココロでつながる、価値を生みだす           ~ 物語思考が世界をかえる -20ページ目

チエでつながる, ワザでつながる、ココロでつながる、価値を生みだす           ~ 物語思考が世界をかえる

この世に生まれて間もなく、人は「ものがたり」と出会い、そこで広い世界とのつながりを作ります。このblogでは、「ものがたり」と共にある人の可能性を探求していきます。

中国ではお正月(Chinese New Year=今年は2月8日~)に向けての、

人々の大移動が始まりました。 

多くの出稼ぎと労働者たちが帰省を始めています。



テレビに北京駅の映像が写されていましたが、

夥しい数の人が、大荷物を持って駅に列を作っていました。



Chinese New Year の1週間前あたりになると、

労働者がみな帰省を始めてしまうため、企業も通常の稼働は困難です。

無論、大晦日からお正月の期間は完全休業です。 



日本人駐在員の多くも、帰国したり、リゾート地で一休みすることになります。



江戸時代までの日本の正月も、この時期にほぼ一致していました。

それがいつから、変わったのか。



調べてみたところ、

1872年12月3日を持って、日本は旧正月を廃止し、

西欧の歴に合わせたのだそうです。



そしてその際の理由は何と、明治政府が官吏の給与を節約するため。

政府のコスト削減です。



その年が閏(うるう)年で、

そのままだと年13ヶ月を払わないといけない。

それを節約するために、西欧の歴に合わせたというのです!!



これはちょっと驚き。

「文明開化」という名の下に、何でもやれた時期だったんでしょうか。



中国人には考えられない発想かもしれません。

しかし、そのあたりの“軽さ“が、

その後の近代化の原動力だったようにも思えます。



でも今こんなことをやったら、

「ブラック政府」とか言われちゃうかもしれませんね。






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政治利用だ、といった声も一部に聞こえていますが、



天皇皇后御夫妻が、

今日フィリピンでの戦没者の慰霊を果たされたのは、

良かったのではないかと思います。



戦時中に日本がフィリピンに大きな被害を与えたこと、

フィリピンの教科書には、そのことがかなり詳細に記述され

中学校で教えられていること。



商社勤めの頃、始めてマニラに出張した時に、

当時の駐在員からそのことを教えられ、

万一戦争の話になったら言葉に十分気をつけるよう、

忠告されたのを思い出します。



とはいえ恥ずかしながら、実に110万人ものフィリピンの人たちが

日本軍が戦う戦場で犠牲になっていたことを

今回の報道で始めて知りました。

(日本人の犠牲者は約52万人だそうです)



自分の無知を棚に上げるのはいけないですが、

韓国、中国に限らず、戦争という痛ましい過去の実態について、

日本でももう少ししっかり教えたほうがよいと思います。



中国や韓国のことがどうしても頭に浮かんできますが、

フィリピン、シンガポール、またインドネシアなどでも、

自分たちが日本の“被害”にあった、

という意識の人たちは少なくありません。



事実に関しての見解のズレは、

それは相違としてあるのはやむを得ないことですが、



現地の人たちの大部分が知っていて、

同世代の日本人が全く



“知らない”



ということでは、いけないだろうと思います。



アジア圏内での人の移動は、

今後更に盛んになってくるのは間違いないでしょう。



企業内に限らず様々なレベルでの多文化協働は、

これからも確実に、進化し深化していくはずです。



ならば日本人全体が、境遇の異なる人たちの心に



より深く“触れていける”ようにする教育が、

今後は大事になるのだろうと思います。

年末にドイツのケルンで起きた集団暴行事件。



シリア系難民が複数の地元女性に性的暴行をはたらいたことで、

民衆の間に難民排斥の動きが一気に高まりました。



昨年来国内の反対を押し切って難民受け入れを断行してきたドイツ政府も、

ここは開いてきた門戸を狭めていかざるを得ない情勢です。



報道されていたメルケル首相の表情には、

苦悩に満ちた複雑な思いが現れていました。



シリアやイラク、またアフリカの紛争地域から命懸けでやってくる

難民の数は膨大で、ドイツは昨年一年だけで100万人を超える

難民を受け入れたと言われます。(受け入れであって認定ではない)



人口8千万人ほどの国が、一年間で100万人もの「他者」を

受け入れるなど、日本人が想像できるレベルをはるかに超えている、

と言っていいでしょう。



ちなみに日本での一昨年の難民申請者数は約5千人、うち認定された

人の数は11人と報道されています。 認定率は0.2%程になります。

ドイツなどの欧米諸国は大体1割くらいの認定率だそうです。 

良い悪いという判断は単純にできませんが、

こうした世界の現実は認識しておくべきでしょう。



EUの中で比較的裕福とされるドイツが、

難民も最も多く受け入れているわけですが、

欧州ではそれ以外の国々も、苦しい中でかなりの数を受け入れています。



既に人が定住している土地に、言葉も文化も違う、

何をするかもよく分からない「他者」を受け入れるという政策は、

私たち日本人には、どうにも理解できない部分かもしれません。 



自分の選挙区に難民を受け入れると決定した政治家が、

次の選挙に勝つのは、日本では相当にハードルが高い気がします。



しかし欧州は違う。 

かなりの人々が、困っている人々を苦しくても受け入れる、

という選択に賛同するからです。 どうしてでしょうか?



そもそもEU(欧州共同体)を作ろう、という企画自体が、自分たちが

“異質な他者たちと共存していかなければ未来がない”という

共通の認識から生まれた発想です。 



「他者」は怖いし、不気味だし、共同の生活は不便なものだけれど、

それを排斥することがとんでもない不幸につながるんだ、

という欧州人の共通認識が多様性を基盤に置くEUを生み出し、



歯を食いしばって困っている人々を受け入れるという

意識を根付かせていると知るべきでしょう。



長い長い悲惨な戦争の歴史を、欧州は歩んできています。

30年戦争、ナポレオン戦争、クリミア戦争、農民戦争など、

数えていけばキリがないほど、戦争に明け暮れた歴史です。



20世紀も第一次、第二次大戦の犠牲者は、

この地域だけでも5千万人を超えると言われます。 



それらの悲劇が人々に残した傷跡があまりに深いものだった為に、

大戦が終わった後、もうこりごりだ、今度こそ本当に辞めにしよう、

と決意して今に至っています。



彼らがその共同体の「夢」として描いたのは、

 人々の生活の充実

 互いの文化の尊重

 自然との持続的関係

 平和

の4つです。



『不幸は“目障りな他者”を排斥したところから始まる』



何百年もの殺し合いの歴史を通じて欧州は、この結論にたどり着きました。



だからその教訓は、今回のような事件によって揺らぐことはあっても、

雲散消滅してしまう様なものでは、決してないでしょう。

メルケル首相の複雑な表情が、そのことを象徴しているように

私には見えました。



そしてこんな疑問が湧いてきます。

何千、何万という難民が押し寄せる欧州の今の苦悩は、

日本にとって果たして“対岸の火事”なのか?



島国で歴史的には殆ど「他者」を受け入れてこなかった故に、

日本は「難民」の受け入れは難しい、という論理が、例えば

近隣国で大勢の難民が発生してしまった時に、果たしてまかり通るのか。



苦しみながら「多様性」に挑んでいる欧州の現実は、

日本人がいま学ぶべき、沢山のメッセージを含んでいる気がします。

一昨日開催した「仕事知」探求セミナーの第九回。

以下にライブの様子を報告したいと思います。



私が20年のサラリーマン生活にピリオドを打って

肩書き無しの人生をスタートさせたときに学んだことは、

先が見えない不安の中で本当に有難いと感じられる財産が

“人との繋がり”(関係資産)だったということでした。



メールや年賀状で励ましの言葉を贈ってくれる、

時々電話をくれて、飲みに誘ったりしてくれる、

知り合いを紹介してくれたり、

役に立ちそうなインターネットの情報源を教えてくれたりする。



特に空回りや試行錯誤ばかりだった時代に、

時々声をかけてくれる昔の仕事仲間や先輩の存在は、

何ものにも代え難く大きな支えとなるものでした。



そして改めて思いました。

仕事をしながら様々な人達と関わってきたけれど、

それら偶然に繋がった人やグループの全てと、

そんな“有難い関係が持てている訳ではない、と。 



つまり一時期は家族より深いくらい日々やりとりしたり

行動を共にしていたにも拘わらず、その後は疎遠になってしまっている。 

自分の“関係資産”にはなっていないケースも少なくないなと。



では、「仕事」を契機に結びついた者同士が、その後も互いを“関係資産”

と意識出来るような“働き方”というものはあるのだろうか。 あるいは

そういう関係が出来上がる上で、どのような条件や法則があるのだろうか。



今回の「仕事知セミナー」では、参加者にそれぞれの“関係資産”づくり

経験を出し合ってもらい、上のテーマについて話し合ってみました。



事務機器メーカーに勤めるDさん。 

海のものとも山のものとも分からない、新商品の開発を共に手がけた仲間とは、

今も関わりが継続していると言います。 

じゃあさぞかし成功したかと言うと、実はチームは中途で解散だったそうですが、

そのプロジェクトで得た知識がその後社内各所に散って展開し、

会社の中核事業を作って行ったというお話。 

チャレンジの苦労、不安の共有、最後は中核事業の核を育てたプライド。

そんなものがあるように思えました。



食品会社で営業支援の業務をしているAさん。

自分が駆け出しの頃に仕事を色々教えてくれたのは何とお客さんの

キーパースン(意思決定者)だったそうで、その方々とは、

その後もずっといい形での付き合いが続いていると言います。



人材育成の財団経営、等、人を育てる仕事が中心のSさん。

ご自身が理事長を務める財団の立ち上げメンバーや

最近積極的に推進している社会教育プログラムなどの推進メンバーと

続く“いい関係”を語られました。 

“何かをする”でなくても、一緒に居て楽しい関係なのだと言います。



皆さんの話を聞き、自分の経験と照らして見えてきた“関係資産づくり”

の要素は、以下です。




1.個人同士でもメンバー間でも、互いに尊重し合えていると感じて

いることが“関係資産”形成の前提。



2.「伝承」は重要なポイントの一つである。一方の大事なことを「習った」

という感覚ともう一方の大事なことを「受け取ってもらえた」感覚に

“共鳴”的な要素があること。



3.チャレンジがあること。不安の共有と成功の共有、両方の共有が重要。 

成功は数字とか功績とかいうよりも、自分たちが“そうだ”と思える

ことが大事。



4.厳しい状況を共有しているだけでなく、追い込まれた環境の中での

互いの行動に“信頼感”を抱いていること。

この信頼感は根底レベルでの強い信頼に繋がる。



5.助けてもらって“有難かった”という身体感覚。 

自分の支援を“感謝で受けてもらった”という身体感覚。



6.お互いが属するコミュニティーの活動が継続していると、継続の率は

  高まる。(切れていても、何かの拍子に復活する可能性がある)



こんな風に考えてみると、自分自身が未熟だった為に、“関係資産”化

出来ていなかったケースが、これまで膨大にあった様な気がしてきました。

相手の心を感じながら仕事をやっていくことが、やっぱり重要ということかな。



過去は取り戻せないけれども、未来を変えることはできる。

おかげさまで自分の“仕事知”は、ひとつ成長できた気がします。

ご参加頂いた皆様に、感謝です。








10月17日に高尾の森わくわくビレッジで開催した

第七回『仕事知』探求セミナーのご報告を、

この場に上げておきたいと思います。



この日のセミナーは、NPO法人はたらく場研究所「最高の居場所」

が、年に一度開く“居場所フォーラム”の中で行われました。





テーマは、“『仕事知』展開に向けた第一歩”。



社会人としてある程度仕事の経験を積んできた人が、

それまで蓄積してきた仕事の知(『仕事知』)を、

その後のキャリアでどう活用していくかを考えるにあたって、



どちらかといえばこれまでの風潮は、

表面的な能力を中心に捉える面が強かった様に思います。



例えば私の場合、

20年間商社で海外向けに、

大型の機械設備などを売ってきた経験に焦点が当てられ、

よくある展開としてメーカーの国際営業とか、生産や販売の海外拠点マネージャー

などが“ネクストキャリア“の候補に上がりやすい訳です。



この発想は勿論ある面合理的なのですが、

人が自らの人生を納得のいく形で意味付けし、誇らしく生きる為の

主体的選択をしようとする際には、明らかに片手落ちと言うべきでしょう。



『仕事知』は経験の集積であり、人間の誇り、価値観・信念、

アイデンティティーなどと不可分のものです。



その拡充は社会人としての成長の証であり、

働く力、仕事のエネルギーの大きさも、

『仕事知』と分離して捉えることはできないものです。



そしてここでいう価値観や誇り、エネルギーや人間の底力というものが、

先に示した“表面的な”能力と必ずしも連動しないことは、

多くの社会人が経験的によく知っていることです。



つまり自分の『仕事知』の真価を知る際に、

この“見えにくい部分”に焦点を当てることが

より重要であることに注目すべきだと思うのです。



とはいえ問題は、これらのものが文字通り形として見えない事です。





今回のセミナーは、参加者が自分の持つ『仕事知』の隠れた部分を

グループワーク・個人ワークを通じてその一部だけでも捉え、

未来に向けてそれをどう磨き、どう活用していくか、を

考えて頂こうという企画でした。



90分という限られた制約の中で、いくつものワークを小刻みに配置し、

ギュギュギュッと詰め込んでしまった分、

参加者はかなり消化不良気味ではありましたが、



自分の持つ『仕事知』との改めての出会いは、少なからず新鮮だった様です。



以下、ワーク終了時に宣言いただいた、“私の仕事知のエッセンス”。



 根性と顔の広さ

 その人が幸せな人生を歩んでほしいという想い

 一歩ふみだすこと

 いろんな視点をとりいれる

・ ものづくり

 何でもやってみよう、失敗を恐れない

 いろんな職場の経験を活かす

 いろんな組織をまとめる力

 いつも笑顔で

 信じる(自分の力、相手の力)

 3年後に始めることを前倒しでやってみる



短時間でしたが、ひとり一人の『仕事知』の重みがズッシリと

感じられた時間でした。 



ご参加の皆様に、お礼申し上げます。

有難うございました。 





第八回『仕事知』探求セミナーのご案内

 

第八回を以下ご案内いたします。



日時: 2015 1124日 午後715分~

場所: 東京ハートカフェ(JR高田馬場徒歩10分、メトロ西早稲田3分)

今回のテーマは“「しっくりくる『役割関係』をどう築く?」”

詳細およびお申し込みは下記こくちーずよりお願いします。

http://kokucheese.com/event/index/343140/