パーンダヴァ兄弟の森生活も終わっていよいよ開戦?がはじまります。それまで様々な和平工作?が行われるわけですが、運命の前には全く徒労に終わろうとしています。生まれた時点で「こんな不吉な赤子は殺した方がよい」と回りに言わしめたドゥルヨウダナを説得できるはずもありません。今の世の中はその分子があちこちにちらばってるということが「マハーバーラタ」を読むと見えてくることでしょう。ハレークリシュナ。
アメリカ時間で昨日、終わったキルタン、さすがにイギリスまで行って体験することは無理でしたが、ネットでのライブだけでもそれなり楽しめました。ときどき画面がストップしたり、音が途切れたり、といろいろ障害はありますが、ネットの威力はすごいものがあります。夜中も流しっぱなしでしたが、ずっと起きているわけにもいかず、はじめてPC画面をビデオで録画するということを試してみました。もちろんクオリティはよくないけど、明日、チェックしてみようと思います。たぶん調べればネット動画を録画できるソフトもあるだろうけど、、、今度調べたほうが良さそうです。

リーダーはサチナンダ・スワミをはじめ、マーダヴァさん、アマラはいつもいいキルタンです。はじめてカダンバ・カーナナ・スワミのキルタンを聴きましたが、とても力強くてまた機会があれば聴いてみたい。
日本時間で明日朝3時だと思いますけど、イギリスで24時間キルタンがはじまります。mayapur.tvでライブ中継されますから、どうぞふるってご参加?下さいませ。
第一巻ももうすぐ終わり、森の中でユディシティラとヤクシャの問答が9ページに渡っておこなわれてます。

「何を捨てれば、人は愛すべきものとなるのか、何を捨てれば悲しみがなくなるのか、何を捨てれば裕福になれるか、また何を捨てれば幸せになれるか」

「驕りの心を捨てれば愛されるようになり、怒りを捨てれば悲しみはなくなります。色情を捨てれば裕福になり、貪欲を捨てれば幸せになります」

「どのような状態の時に、人は死んだというのか、国が死んだ、と言われるのはどのようなときか、信仰が死ぬ、とはどういうときなのか、また祭祀の死とは、どういうことか」

「貧しさが、人が死んだ状態です。善政が行われないとき、国が死にます。正しい教えを説くブラーマンがいないとき、信仰は死んだ状態となります。また、布施の伴わない祭祀は死んでいます。」

「人間にとって勝ちがたい敵は何だ、不治の病とは何だ、善人とはどんな人のことを言うのか、また悪人とはどんな人間のことか」

「怒りがもっとも勝ちがたい人間の敵です。貪欲こそが不治の病です。すべての生き物の幸せを願って行動する人を善人といいます。残酷な心の持ち主が悪人です。」

その他いろいろ、読み応えがあります。
友達の地元で起こったミズーリの竜巻、ある人は6年前に起こったハリケーン・カトリーナですべてを失い、ミズーリに移り住み、、、またすべてを失ったとのこと。なんという運命でしょう。

http://www.dailymail.co.uk/news/article-1390530/Joplin-MO-tornado-Before-photos-complete-devastation.html
土曜日の夜、NCに戻ったわけですが次の日は3男ナーラダが通ってるインド舞踊スクールの発表会がありまして、ボーっとしながらビデオ撮影しました。シータとの結婚、森への追放、ラーヴァナと対決まで全編、舞踊で表現すること約2時間、みんなかなり気合が入ってました。うちの息子は、サル軍団の一人です。時差ぼけでふらふらしつつ2日間でなんとかDVDに仕上げ終わったところです。そのうちユーチューブに予告編?をのせたいと思います。ホントは予告編が先なのですけど、、、

写真をアップロードしようとしましたが、うまくいかないのでやめました。フェイスブックだと、写真もリンクも楽チンなんです。興味がある人はフェイスブックでどうぞ。”yutaka baba”で見つけられます。
ときどきわからなくなることがあるのが、「いえ」。いったいどこがホントの僕の家なんだろうか?と。生まれたところ?育ったところ?はじめてお寺ですごしたところ?新婚じだいに過ごしたハワイ?今住んでるところ?どこも永遠に過ごしたわけでもなく、今のヒルスボローだって、へたをすると住宅ローンを払えずに銀行に取られてしまうかもしれない。老後までここで過ごしたところであの世に行った時は、この家になんの意味があるのか?どちらにせよ、自分の時間、お金、熱意を出来ることなら普遍的なものに費やしたいと思ってます。
まだ一巻、787ページあたりです。カンミャクの森でユディシュティラがクリシュナと語っている時に聖者マルカンディーヤが現れました。彼は確か、物質界が破滅する様子を見届けた仙人だったかな?辺りが破壊の洪水に襲われている時波の中で自分の足の指を舐めている幼いクリシュナに出会ったと思ったんだけど、間違いだったらすみません、、、。

そのマルカンディーヤにユディシュティラが「人間が幸福になったり、不幸になったりするのには、どういう理由があるのでしょうか」と聞いてます。

「サッチャユガが終末期を迎える頃から、空中を自由に飛翔する人間の能力が失われてしまった。人々は地上を歩き回るようになり、だんだんと貪欲や怒りを知るようになった。嘘偽りが習性となり、それで生計を立て、挙句の果ては貪欲と執着の奴隷となったのだ。こうして人は体を自由に支配する能力を失ってしまった。人間以外の様々な命に生まれ変わり、生と死の苦痛をつぶさに味わうようになったのだ。

人間の欲望、思念、知識がすべて無為と化し、それぞれが猜疑心を抱き、相手を悲しませるようになった。こうして罪の行いがどこまでもはびこっていき、罪深い人間たちは自業自得、繁栄も福益も乏しくなった。死後生類の得る状態は、この世でなした行為に応じたものとなる。いわゆる因果応報の法則だ。閻魔大王の規定する善悪の所行の報いは人は己の意思ではそれをどうすることもできない。現世では幸せを得ても、来世で不幸になる者もいる。また来世ではより幸せになれても、これから生まれようとする今生では不幸になることもある・・・・・・・」

まだまだ続きますが、もしマハバーラトを単におとぎ話として読むのであれば時間の無駄です。ハリポッターを読む方がいいかも知れない。太古の時代は別にホウキを持って無くても空を飛んでいたんです。

明日、ノースカロライナに一度戻ります。6月22日、日本にまた来ます。その後は、、、全然、予定がありません。予約を変更して早めに帰るか、9月まで日本にいるか、、、僕はいったい何をしてるのでしょう?
ビーマが森の中で兄貴分のハヌマンと出会います。

「主ハヌマン、過ぎ去った過去の時代の数、それぞれの時代における真理、経済、事業、戒律の秘密、業の因縁と結果、誕生と死滅の実態について、ぜひわたしにお聞かせ下さい」

ここでもハヌマンがカリユガすなわちいつわりとあらそいの時代について語ってくれるわけですが、

「真理、祭祀、善行はいちじるしく減少し、災厄、疾病、酔妄、憤怒などの諸悪の横行と、たえまない騒動、心労、飢渇が世界中のいたるところにはびこる。ユガの推移とともに戒律にも変化が生じ、世相も一変するのだ。」

僕らはもしいわれの無い慈悲がなければ、行き場がない。そんな世の中です。