最近は、マハーバラトにハマッてまして、時間のある限り読んでますが、まだ4巻中、一巻目の半分あたりで先は長い。

森に追放されたパンドゥ兄弟。5人の妻、ドローパティとユディシュティラが対話してます。ユディシュティラのような高貴で人格のある人が、どうしてこんな目に合わないといけないのか。もちろん賭博しなければよかったし、兄弟を賭けて、自分を賭けて、しまいには妻を賭けて、自業自得と見ることも出来ます。

世の中には一見、とても幸せそうな家族がいて、公園で妻と子供の写真を撮ってる時に上から大きな樹の枝が落ちて旦那さんの前で二人ともあの世行き(だったかな)。一億円事件の犯人はつかまることなくお蔵入り。かなりのヘビースモーカーでもガンになることなく、一生健康(のように)過ごす場合もあるでしょう。世の中、不公平?なわけではありません。全てはみんな一人ひとり、違う運命を持っているだけです。その運命は前世の行動、もしくは前々世で自分自身が作ったもので、現在もこの世に生きている間に作り続けています。それはすぐ返って来るかもしれないし、来世に持ち越されるかもしれない。すべては死後、閻魔様の前で明らかにされます。この世が全てではありません。

これらのことは科学で証明されることはないでしょう。でも単に僕の推量でもありません。日本国憲法よりもっと古い教典を学べばある程度理解できます。ただ頭から信じない人、または興味の無い人には残念ながら、そして悲しいことに理解できません。
集会の章が終わる頃、パンダヴァたちが森に追放され、ドリタラーシュトラにサンジャヤが言ってます。

「破滅が近づくと、まず知識が混濁します。悪徳が正義のように見え始めるのです。虚偽が真実、真実が虚偽、というふうにすべてが逆転して理解されるようになります。世界の終末の前には、そのような転倒妄想が人々の心に根強く巣食います。死魔王は自ら手をくだして、罪人の首をへし折るわけではありません。罪人の意識を曇らせ、善事を悪事に悪事を善事に思い惑わせて、しまいに自滅に追いやるのです。」

今日のミクシイの記事で、ホーキング博士が「天国も死後の世界もない」と断言したようですが、無神論者の力はとどまることを知りません。科学者たちが目に見えるものしか信じないように人々に教育するのは自然なことでしょうが、何も知らない人を単に自分の権威や地位、力で誘導してどうするのでしょうか。信仰は目に見えないものを信じるように人々に伝えます。ある時は全くのいかさまかもしれない。ある時はホントに「これだ!」と思えるかもしれない。最終的な判断は、自分次第です。僕はこの世でもっとも古いヴェーダ文献が大好きです。
今はちょうど、父のドリシュタラに息子のドゥルヨーダナが延々と「ユディシュティラの栄光?」を話して自分がそれを持たずに悲しんでいることを訴えています。これから彼らをいかさま賭博で、全部奪ってやろうとしているわけです。いわゆる「妬みのかたまり」というか「妬みの権化」のような気がしますが、本人は、自覚しているのかもしれませんが、運命は避けられない。

さっきまではうちの母親の愚痴を延々と聞いていたのですが、それと交錯してしまいました。年を取るとそうなるのか、単にうちの母だけなのかわかりませんが、昔のことを今さら「あーだ、こーだ」と嘆いたところで何の進歩もありません。

もののけ姫の中でも猪一族の長が恨みの塊になってしまうし、ビンラディンを殺したところで円満解決なんてありえない。誰もその末路を考えてないのでしょうか。

ねたみ、うらみ、かなしみ、いかり、もちろん僕の心の深くにもあるけど、わざわざ表に出す必然性もないし、増幅させることは自分で自分の首を絞めるようなことです。避けようとしても止められない?アルコールをやめようとしてもやめられない?死んでも死にきれない?

この世で生きている限り、チャンスは毎日あります。100点は無理かもしれないけど80点ぐらいなら、そのうち取れるかもしれません。望みさえ失わなければ大丈夫です。

東電の会長、社長の年収?が7200万円で半額カット決定で収まらず全額カットという記事が朝日新聞に出てました。「年収250万円あったら最低なんとかなるんだけど、、」と思っている人間に桁違いの話を聞かされても「いったい何に使うんだろう?」

この世のしきたりでお金を稼がないといけないし、「もう100円!」という望みがお金を回しているわけですから、それを止めろとは言わないけど、こういう時にときどき人の本音を垣間見ることが出来ます。自分の家賃を払うのに苦労している人が「ハイ、これ」と45ドル寄付する。国外に逃げていく人が行く中で、日本にいってしまう「まぬけ?」な人。なんの興味も示さない人。資産を持ちながら、使い道が分からない人。被災地で盗みを働く人々。「寄付」をすることに満足を得る人々。ひたすらボランティアに励む人々。様々な生き様、死に様を与えてくれた自然の力です。
合掌

新横浜って大昔、ざりがにを取りに行った覚えしかなくその記憶さえも薄れていたのですが、いまでは日産スタジアムとか横浜アリーナなどいろいろ建ってるのですね。横浜アリーナの向かいでは、まだ少しながら畑があってキャベツ(かな?)が植えられていたのが印象的でした。開場は5時半だったので2時間前に入ってぶらぶらしようと思ってましたが、すでに行列?、、、グッズのお店が午後1時に開いていて列をなしていた。周りを歩きながらチャンティングしてその日は33周もハレークリシュナを唱えてしまいました。ステージは360度の全方位式、U2とは違った感じですが、始まった途端、周囲から「きれい!」。演出上、非常口の緑色も消されてとても気を配った感じです。歌も踊りもじっくり深く、「行ってよかった」コンサートでした。終わってスタッフ用の駐車場まで入ってみましたが、もちろん敷地には誰も入れずに歩道ですでにファンが待っている。「こんなところでBGあげられるわけないなあ~」約一時間ほど待っている間、いろいろな人が出てくるたび周りから「ご苦労様!」とか声があがってました。ようやく彼女が出てきましたが、「遠すぎる」

もしクリシュナに出会おうと思えばお寺に入ってダルシャンしたり、キルタンしたりとそんなに労力はいらないと思うのですが、人に本に渡すのはかなり大変だ~と自分の無力さを感じてしまいました。ぼく自身は初めて『バガヴァッド・ギーター』を頂いた時、夜通し読んで「これだ!」と思ったのですが、あくまでも僕の話。人によっては一生、本棚に飾られて読むこともないかもしれません。ゴミ箱行きになるかもしれないし、古本屋に持っていっても「値段がつきません」と返されるかもしれない。結果は誰にもわからない。けどひたすら自分が出来ることをトライするだけです。

帰り際、お客さんのいなくなったアリーナを過ぎようとするとふと見えたのが
「花束、手紙の受付」のサインが中にあって、開いていたドアから「すみません、これ渡していただけますか?」

いちおう預かってくれたので、「良し」としましょう。この「BG」はどこに届くかな?
うちの息子ではなく、「マハバーラト」第一巻で、ユディシティラ王に教えを授けているナーラダムニです。356ページあたりから7ページ分に渡って延々と説いてます。現代の政治家ならずあらゆる人に読んで頂きたいですが、クリシュナ文化のない日本にはいったいどうしたらよいのでしょう?以下、抜粋です。

民たちはあなたを愛情の目でみているでしょうね?
あなたは敵、味方、中立の者が何を考え何を望んでいるか、十分に分かっていますか?
農民に対してはけっして傍観者であってはなりません。農民たちの愛情こそが、国家繁栄の基礎なのです。あなたは私欲にとらわれない、信頼のおける、高貴な生まれの人々に、農業を行わせていますか?
あなたは千人の愚者よりも一人の賢者を大切にしていますか?
賢者が危機に陥った時、万難を排しても彼を守ることができますか?
大臣たちが、親切、善意、愛情を失くして、民衆に過酷な圧制を強いているような事実はありませんか?
家臣が勇気をふるって手柄を立てたとき、あなたは特別な恩賞を施してねぎらっていますか?
学問の愛好者、知恵者、高徳の人に適当な布施をして、礼をつくしていますか?
最も大切な事は自分の欲望を克服することです。
あなたの王領では、農業、牧畜、商業の取引は、正直に行われていますか?
肉体の苦痛は、規則正しい生活と適正な薬を使うことによって消滅します。心の痛みは、知者との良縁によって癒されます。
僧侶たちは、あなたの学徳を尊敬し、王の威徳を賛嘆していますか?あなたはその人たちに十分な布施をしていますか?
人の心に悲しみや怒りを起こすような言動は厳につつしんでいますね?
王にとっての6種の悪は、惰眠、怠慢、恐怖、憤怒、柔弱、緩慢です。
チャイタンニャ・マハープラブの軌跡は、断片的にしか知りません。CCの日本語化はまだまだ先のようだし、英語で読む元気ないし、、、こういう劇を見ると読みたくなるんですけど、この世を去る前に本が出るかなあ?

これはノースカロライナ寺院でゴウラプールニマ(チャイタンニャ・マハープラブの降誕日)に行われた劇です。一人ひとりの持ってる「じ」(漢字でどう書くんだろ、、、、)が良く出てまして、かなり笑わせてくれました。このあとのキルタンも良かったんですが、今、ネットの接続が悪くてこのビデオをアップロードするのに「5」時間かかってしまいやる気が失せてますので、また折をみてアップロードします。

現実から目を背けるのも一つの道です。寄付金、義援金は「免罪符」のようなものだという人もいます。選択はあくまで本人です。災害に直面してその人の本性が見えてくることもあります。未だに僕は何をしてるのか、理解してませんが、とにかく出来ることをします。

「幸せの時はもはや、過去のものとなりました。暗黒の時代がすでにはじまっています。罪悪は日々増すばかりです。かつて大地にみなぎっていた若々しい生気は失われ、嘘、いつわりが、わが物顔に横行しています。真理、正業、善行は影をひそめてしまいました。コウラウ一族の悪徳行為のために、恐ろしい破壊がはじまろうとしています。」

こういう世の中に僕らは住んでいます。そしてほとんどの人は、そのことに気付いていません。
いろいろ書こうと思うのですが、インターネットの接続が悪くて、切れたりつながったり、周りの状況もあんまりよくなくて、全然、モチベーションがあがりません。どうして人は魚が好きなんでしょう?母親が台所で料理しますから、においが家中にたちこめて気分が悪くなります。どうして人は歩きながらタバコを吸うのでしょう。後ろで歩いている僕には逃げ場がありません。どうして豚を殺して平気なのでしょう。彼らはしゃべることができません。どうして身ごもったおなかのなかの赤ちゃんを殺してしまうのでしょう。水子供養して成仏できるとホントに信じているのでしょうか?