ハザマランド -13ページ目

フォトグラフ

 お気に入りの画像ブログに触発されて、自分が撮ったものを一枚載せてみる。

 
ハザマランド-影


 いろんなものが足りません。

謹賀新年

 初日の出まで数十分。日の昇らぬ東の空に目を凝らしています。


 去年は距離をとったおかげでいろいろ見えた年でした。

 今年は綻びを直しつつも、踏み込む足に力を込めて跳びたいです。

 

 まだ見ぬ景色へ逢いに行こうと思います。

 

 明けました。


 前の人に、左右の人に、後ろの人に、空に大地に、それぞれ一礼。


 おめでとうございます。


年末

 晦日の昼。

 本屋で仰いだ天井は、白くてパイプがたくさん走っていました。初めてまともに見た景色。本屋は本を見る場所だから、知らず知らずに俯いていたようです。

 

 晦日の夜。

 就寝前にカーテンの隙間が煌々としていたので覗いてみると、わずかに欠けた大きな月が澄んだ夜空に浮かんでいました。

 

 大晦日の夕刻。

 速く流れる白雲が、眩しい西日に重なっては外れます。


「元旦は 満月なんです。」

 猫好きの女性が教えてくれました。

 除夜の鐘を聴きながら見上げる月はさぞかし綺麗なことでしょう。

 

 皆様。今年はお世話になりました。

 来年も宜しくお願い致します。

 

壁の薔薇

「買わなきゃよかった」
 一人用のテーブルに置かれたホールケーキを見つめてリツコは言った。
 後悔するのはわかっていた。そんな自分を認めたくなくて買ったふしもある。クリスマスイブだと、半額セールだと、売り子のミニスカサンタが寒そうで気の毒だったと、言い訳はいくらでも浮かぶ。そのうえ残業で、夕飯を作るのが面倒臭くて、好きな男は……
「あーやだやだ」
 帰宅して既に十五分。エアコンとヒーターを同時に動かしているのに冷え切った部屋はいっこうに温まらない。つけたテレビはドラマもニュースもバラエティも赤と白がちらついてクサクサする。
「つまんないんだよ」
 握ったままのリモコンをもう一度テレビに向けて、電源スイッチを強く押した。
 賑やかな声がなくなって、暖房器具のうなりだけになった。部屋はまだ寒い。
「……なにしてるのかな。一緒に、いるんだろうな」
 つぶやいたあとにスンと鼻が鳴った。涙がにじむ。トレーナーの袖で乱暴に両目をこすった。
 無機質な音を聞いていると気が滅入る。しかしテレビはつけたくない。
 リツコは立ち上がってミニコンポの電源を入れた。ラジオの周波数を一局ずつ合わせていく。お笑い芸人のかん高い声、一昔前に流行ったクリスマスソング、アイドルのリスナーに対する返答。次々と変わるチャンネルの中で一人、やわらかな声で話す女性がいた。番組は始まったばかりなのだろう。「……の提供でお送りします」と女性は静かにスポンサーを言い終えた。
 伸ばしていた手をコンポから下ろして離れる。テーブルの側に腰を下ろした。
「さて、今夜はクリスマス。誰かが傍にいる人はその温もりを十分に堪能して下さい。そうでない人。実を言いますと、去年の私もあなたと同じでした。今年はこうして皆さんに向かって話しているわけですが、それにはちょっとしたいきさつがあるんです。今夜はそのエピソードをお届けしたいと思います。
 去年の十二月二十四日の深夜。私はお気に入りのDJの声に耳を澄ましていました。胸の底でゆるやかに響く低い声。一週間に一度、彼の声を聴いて眠るのが私の密かな楽しみだったのです。彼は言いました。
(僕は壁の花という言葉が嫌いです)
 壁の花。皆さんはご存知ですか。パーティーなどで独り壁際に佇んでいる人を指す言葉です。言われて嬉しい言葉ではないですね。
 私は彼がそう言われたのかと思いました。けれども彼はラジオのパーソナリティを務めるほどの話し上手です。壁の花であるわけがない。予想通りそれはある女性の話でした。
(私は壁の花だから)
 忘年会を兼ねた立食パーティーで、クリーム色の壁にもたれながら盲目の彼女は彼に言ったそうです。なめらかな白い杖とさみしげな微笑みが印象的だったと彼は笑いました。短く小さな笑い声でしたが、布団にくるまりながら耳を澄ましていた私は聴き逃しませんでした。彼は彼女を誘ってパーティー会場を抜け出したそうです。
(どこへ言ったと思います?)
 彼の問い掛けはマイクに向かって嬉しそうに尋ねる顔をありありと浮かべさせました。
(カラオケ店です。彼女と入った一室で僕はたくさんの曲を歌いました。始めは聞くだけだった彼女も、僕が何度もマイクを手渡すと一緒に歌ってくれました。ついには一人でも歌って聴かせてくれた。思った通り、とても綺麗な歌声でした)
 そして彼は彼女に言ったそうです。
(花は花だろう)
 壁に咲こうと、どこに咲こうと変わらない。咲いていることに意味がある。
 そう続けて最後に、
(最後に僕はThe Roseを歌いました。二十三年前の話です。妻となった彼女とは今でもよく歌いに行きます)
 出来すぎた話ですよね。彼も彼女も運良く出会えたからそんな風に話せるのであって、壁に咲くのはどうしたって辛い。私は少し怒っていました。番組の途中で地震速報が入り、その曲を聴けなかったせいもあります。いつもはよく眠れる彼の声もその日だけは別だったわけです。だから私はぬくもった布団を出て、彼が歌ったというThe Roseをインターネットで検索しました。洋楽だったので歌詞も探し出しました。
 いい曲でした。とても。いい歌詞でした。つまらない意地を捨てて泣いてしまうほど。花は花だという彼の言葉が何度も聴こえるようでした。
 その日からです。私が憧れで終わらせていたラジオのDJを目指してがむしゃらに走り出しのは。運が良かったか悪かったかでいえば良かったのだと思います。でもそれは一年でDJになれたことではなく、花は花だと知り得たことなんです」
 ラジオの彼女はそう言うと、数秒間だけ沈黙した。
 微笑んでいる。そんな気がした。
「今夜もお時間となりました。最後にこの曲をかけてお別れしたいと思います。皆さんのクリスマスがハッピーになることを願って。聴いて下さい。The Rose」
 DJの彼女が言い終えるのに合わせてピアノの旋律が流れ出した。
 リツコは曲に耳を傾けながらノートパソコンを開いて彼女のように歌詞を探した。見つけた。読んだ。繰り返し、読んだ。
 こすらなくていい涙が流れた。泣きながらホールケーキにフォークを立てて、生クリームがたっぷり乗ったスポンジを口に運ぶ。
「おいし」
 サンタクロースはいる。
 そう思えた。

了



The Roseの歌詞
作詞(作曲):Amanda McBroom


Some say love it is a river
愛は川だという人がいる

That drowns the tender reed
柔らかな葦を沈めてしまう川だと

Some say love it is a razor
愛は剃刀だという人がいる

That leaves your soul to bleed
魂から血を奪い取る剃刀だと

Some say love it is a hunger
愛は飢えだという人がいる

And endless aching need
満たされることのない渇望だと

I say love it is a flower
私は愛は花だと思う

And you its only seed
そしてあなたはその唯一の種



It's the heart afraid of breakin
傷ついたままの気持ちでは

That never learns to dance
舞い踊れはしない

It's the dream afraid of wakin'
目覚めない夢の中では

That never takes the chance
本当のチャンスを見つけられない

It's the one who won't be taken
受け入れることを忘れた人は

Who cannot seem to give
与えることも忘れてしまう

And the soul afraid of dyin'
そして訪れる死に怯え続けて

That never learns to live
生きないままに終わってしまう



When the night has been too lonely
夜があまりにも寂しかったとき

And the road has been too long
道があまりにも長すぎたとき

And you think that love is only
愛は幸運で強い人間にしか

For the lucky and the strong
叶わないと思ったとき

Just remember in the winter
思い出して欲しい、冬場の

Far beneath the bitter snows
冷たい雪のはるか下では

Lies the seed that with the sun's love
種が横たわり、太陽の愛を浴びると

In the spring becomes the rose
春には薔薇になるということを



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師走

 今年も残り一ヶ月。

 年が明けるまでに掌編の一つでもアップしようかなと思っています。

繋がる力

 よく考える一つに『何ができる?』があります。
 力が小さいのを自覚してるから、そんな自問を繰り返しているんでしょう。
 その力が誰かのためになるなんて、勘違いを通り越して傲慢じゃないかと思うときもあります。
 自分が楽しく、他の人も楽しければ最高ですが、そう上手くはいきません。
 人にはそれぞれ都合があります。全力疾走している人に読書を勧めるとはいかないまでも、ズレは常に生じています。
 長年磨いた技術や、豊富な知識を扱う知恵、たくさんのお金といった特別な力があれば楽しくもできそうですが、あいにく一つとして持っていません。
 それじゃあ何もできないかというと、どうも違う気がします。
 小さな力には小さな力の使い方がある。
 あなたと私が違うからこそ生まれる力がある。
 こうしてネットの片隅でつぶやく私の小さな力。
 この力だって先日書いた記事の反応や、他のブログを見て生まれたものです。私の小さな力は誰かのためになっていなくても、私が触れた誰かの力は私の力になっている。
 一方通行。
 私は私のわがままでこの流れと繋がりたい。そこからさらに繋げてぐるぐる回る力を見てみたい。
 母を見守るあの人のように、親友を笑わすあの人のように、人形作りを広めるあの人のように、力と力を繋ぎたい。
 そのために私は私の物語に身を投じなければいけません。
 無数の力の中に自分一人で飛び込んで、選んで、繋げる。
 別々の力を繋ぐのだから反発はあります。繋ぎ方を誤って解けもします。だけども不可能ではないはずです。私が憧れる力も始めは小さな力だったのですから。
 それに、この物語には少ないながらも観客がいるようなのです。私の楽しみに興味を持ってくれてる人がいるんです。
 観客がいないサーカスほど虚しいものはないと言います。虚しさは危険です。命を蝕み、やる気を食べます。
 小さな力の繋がりだけがそれを撃退できる。
 そんなことを悶々と考えながら、今日もまた繋げる工事へ出かけます。
 工事が終わった際には、喝采の中で深々と頭を下げる。
 小さな力の大きな夢です。




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老いは成長?

 先日、親戚の葬式に出席しました。故人は血の繋がりはないものの伯母にあたる人です。厳かな式は無事に進行して、一時間ほどで終了しました。
 その中で目に付いたのは、「大人」だった人達の年老いた姿。自分が幼い頃にはなかった白い毛や深い皺が叔父や伯母の体にあるのです。
 短くない時が経ち、いつの間にか彼らがいた位置に自分が立っている。

 粛々と流れる読経の中でそんなことを思いました。

 隣の席では同じように父も母も老けています。
 二人にとってのみ私は大人になりながらも子供のままです。
 目の前に掲げられた遺影がそんな二人になったとき、自分はいったいどんな気持ちになるのか。
 式が終わっても答えは出ませんでした。
 代わりといってはなんですが、なるべく後悔の少ないように生きるべく、旧作をいじるのもほどほどにして新作に力を入れます。


 残り六十八話。


 多くして親は子より早く弱るもの。

 親愛なる友よ。私もあなたを見習って、母親を気遣おうと思います。ついでに毎朝、どんぶり飯をかっ食らう父親も。 

腐るにはちと早い

 お盆が過ぎて、怪談大賞の結果が発表されて、夏が少しずつ遠ざかって行きます。宿題を出される年などとうに過ぎたはずなのに、この時期になるとどうにも忘れ物をしているような気分に陥ります。

 残り七十七話。

 風鈴の濃い影が干した布団に落ちている。




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バトン

 先日、思いも寄らない人から誉められて驚いてしまいました。

 動いていれば目に留めてくれる人が出てくるものなんですね。

 この連鎖を自分で切ってしまうのはもったいないので、知人に向けてこっそり発信しようと思います。


「そっちも頑張ってるねぇ」

 

 残り八十一話。

 

 墓参りの帰りに赤とんぼの乱舞を見上げる。

修行

 お気に入りのブログの記事が更新されたのを見習って久しぶりの投稿です。


 人知れず書いている百物語の残り数を記していこうと思います。

 

 残り八十八話。

 

 お遍路さんを思って気分一新とする。