百分の一
新たな長編を書いていました。
下手な小説も400字詰めで200枚ほど書くといろいろ見えてきます。
文節の長さ、文末のリズム、台詞のタイミング、心象や風景の有無、視点の運び、伏線の回収。
どれほど書けていて書けていないかが見えてきます。
私はほとんど後者。へこみます。orzというやつです。
けど、直せる箇所がわかるうちはまだいけると思い直します。頼りない地図は歩いて書き込めばいい。
膝を折ってうな垂れる後者に近づいて肩を叩く。「ほら、立て」と脇に手を入れて引き上げる。
自分と瓜二つの前者と後者がああだこうだと言いながら歩く姿を想像します。
これから推敲です。寝かせてまた推敲です。
その合間に今年もビーケーワン怪談大賞ブログ
に応募しようと思います。
200枚から2枚。
「短いよな。これは勢いで行けるぜ。相棒」
「ばかやろ。去年もそれで失敗したろ。また土下座したいのか」
「なにを。お前は慎重すぎるんだ」
二人の会話を想像しながらキーボードを叩きます。
「つまりは書くのが好きってことでしょう?」
たまに中者が現れておいしいところをさらっていきます。
そんな三歩進んで二歩下がる夏。
今年も暑くなりそうです。
窓とカーテン
ウィンドウズとはよく言ったもので、その窓はあらゆる所に繋がっていた。そのとはパ―ソナルコンピュ―タのことだ。
僕は眺める。大好きなおばあちゃんと話している人や、三十路を前にして旅行に出たがってる人。猫の赤ちゃんを吐息をつきながら撮る人に、街を縦横無尽に歩き回る人。第二の故郷を案ずる人も、怪談を読みながら微笑む人も、眠れない人も見た。
望む景色はどれも多彩で深く、どこかの誰かが窓を通して僕を見たらフラフラしてるなと思うだろう。僕は目を回している人だ。
フラフラはフワフワに似ていて浮き上がってしまいそうだけど、気持ち悪いので失敗する。
僕は笑う。なんだか嬉しくて、ちょっぴり哀しくて、込み上げてくるものを笑い声に変える。僕は目を回して笑い転げる人だ。
笑い終えたら窓を見るのはしばらく休憩。レ―スカ―テンを閉めてブログを書こう。そのあとはドレ―プカ―テンを閉めて小説を書こう。
秘密の姿は簡単に見せられはしないのだ。
殻の中
後藤正治 「奇蹟の画家」(講談社)より引用
-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・
人はだれも出会いを重ねるなかで歳月を送っていくが、世にある一般的な付き合いや仕事の処理の域を超えるもの、互いが内部に宿す柔らかな部分に触れ合う出会いはそう多くない。
-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・
あの人がポストを取り外したのは、柔らかい部分を守るためだろうか。何かあの人にあったのだろうか。
それを知る術を私は持たない。
出せない手紙をしたためることしかできない。
せめて元気でいて下さいと、元気になって下さいと、短い願いを書き残す。
あの人との出会いはそう多くないもの。
私はまだ、あの人に感謝を伝えきれていない。
- 奇蹟の画家/後藤 正治
- ¥1,785
- Amazon.co.jp
ブル―ム―ン
昨夜の満月はひときわ大きく、薄い雲越しの横縞模様だった。一人夜空を見上げながら虎の月だとはしゃいでいたが、どうやら本当に特別な月だったようだ。
ひと月に二度見れる満月。その名もブル―ム―ン。
青の文字が入っているものの、そう見えるわけではなく、「珍しい、稀」という意味での名前らしい。
検索ついでに一度目の満月を調べてみると、3月1日にも丸くなっていた。長い物語を書き終えて、一息ついていた頃だ。あの日も満月だったとは、労われていたようで勝手に嬉しくなる。
2010年はそんな特別な月が3月以外にもあると、検索画面の一部に見つけた。次こそは見逃すまいと詳しい情報を探ってみるが時既に遅し。今年最初のブル―ム―ンは元旦と1月30日だったようだ。
そう言や除夜の鐘を聴きながら夜空を見上げたんだ。
白い息を浮かべて見る満月は、やけに明るく伸ばした右手が届きそうだった。
つまり、二ケ月越しで俺はファ―ストム―ンとブル―ム―ンを見たわけだ。なんだか笑える。
幸運の兆しともいわれるブル―ム―ン。
開いたパソコンをそのままに、立ち上がって窓に近づく。カ―テンを握って細いレ―ルを走らせると、小気味良い金属音が響いた。ガラス窓は黒い。鍵を外して、今度は緩く滑らせる。春の夜気が肺の中へ流れこんできた。冷たい。しかし息が染まるほどじゃない。
見上げた月はほんの少し欠けていて、笑ってるような気がした。
春の雪
三月十日に季節外れの雪が降ってから一週間。ソメイヨシノが咲いた。
春。別離と逢瀬の季節。
私は卒業した。学び舎も、あの人も。
一番いい思い出は、一緒にまあるいお月さまを見上げた秋の夜。
一番わるい思い出は、一方通行のメールが続いた冬休み。
逢ってくれないあの人に私は書いた。あの人に届くような文章を何度も考えて、書き直して、送った。
返事はずっと来なかった。
――進む道は別々だから。
声でも文字でもなく、あの人は気配で伝えて来た。
(ずるい。逃げてる。行かないで)
視界を揺らしながらまた書いた。止まらない涙を拭いて、読み直した。想いが言葉の奥から漏れないように書き直して送った。
返事はやっぱり来なかった。
私は時間を置こうと決めた。あの人が誉めてくれた私の言葉が、あの人の中に残ることに賭けた。
例年にない寒波が日本列島を襲った三月十日。
私は負けた。受信拒否された。
春の雪は暴れる風の下で、前後左右めちゃくちゃに降っていた。
――もう読めない。
最後の気配が、霞んで消えた。
黒雲と吹雪く嵐の下で、私はあの人を恨んだ。
そして恨みきれなかった。
(痛いのは私だけじゃないかもしれない)
降ったり止んだりを繰り返す雪を見上げながら思っていた。
一週間が経ち、くすんだ白は薄桃色と混じる白になった。
春。新たに出逢った自分と旅する季節。
(いつかまたあの人と話したい)
私は舞い散る桜吹雪の中を全速力で駆け抜けた。
しろばらい
友人に考える人がいる。
いつでもどこでもはないが、考える事を考えるといったループにその人はときおり囚われる。
五里霧中。
私はその人の役に立てないかと話しかけるものの、烟【けぶ】っていてよく見えない。
どうしようか。どうすれば自分の声は届くのか。
そう考える内に、いつしか自分も白いものに囲まれている。
こんなとき、必要なのは風だと教わった。温度の開きで生まれる形のない渡り。向こうが冷たければ暖かく、熱ければ涼やかに。
風が吹けば靄【もや】は晴れ、その人も自分もよく見える。
そこで発する風言葉。
「居た。行こう」
座りこんでいた友人の手を取って向かう先は山か、海か、庭園か。なるべく静かで開けたところがいい。
友人も私も旅が好きな人なのだ。
- もっけ(4) (アフタヌーンKC)/熊倉 隆敏
- ¥530
- Amazon.co.jp
終わった
二月末で長めの話を書き終えて、昨日一日で短い話を書いた。
そこで気が緩んだんだろう。風邪を発症。
咽が痛い。頭痛は薬を飲んだら治まった。
短い話では滅多にないが、長い話を書き上げると、時間が急に薄れた気がして妙な心持ちになる。
むなしいような、わびしいような、もえつきたようなそんな感じ。
けれどもそれは気持ちだけで、自分は話を書く前と同じようにある。
そこを見据えられれば、何を得ても失っても大丈夫なような気がする。まだまだちっともできていないけど。
風邪が治るまでぼんやりしたら、次の話に移ろう。
今月は文芸同人誌なるものに初めて参加するのだ。
曲
映画のサウンド、ドラマのサウンド、ゲームのサウンド。
物語の背景でありながら、ときおり物語を超えた物語を感じさせる。裏方を極めれば表方になると教えてくれる。
そんな音楽が好きなのです。
受け渡された質問
谷川俊太郎質問箱という本を読みました。
その中の四つ目を抜粋。
-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・
質問 四
どうして、にんげんは死ぬの?
さえちゃんは、死ぬのはいやだよ。
(こやまさえ 六歳)
(追伸:これは、娘が実際に母親である私に向かってした質問です。
目をうるませながらの質問でした。正直、答えに困りました~)
谷川さんの答
ぼくがさえちゃんのお母さんだったら、
「お母さんだって死ぬのいやだよー」
と言いながら
さえちゃんをぎゅーっと抱きしめて
一緒に泣きます。
そのあとで一緒にお茶します。
あのね、お母さん、
言葉で問われた質問に、
いつも言葉で答える必要はないの。
こういう深い問いかけにはアタマだけじゃなく、
ココロもカラダも使って答えなくちゃね。
-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・
言葉は言葉。それ以上でも以下でもない。
表現は無限でも、万能では決してない。
そのことを踏まえた上で、天を仰ぎ、磨きたいなぁとつぶやきます。
誰かが誰かを柔らかく抱擁するように、誰かが誰かを静かに諭すように、熱と艶のある言葉を恩人には届けたい。
壁を乗り越えて歩き出したあの人には負けられない。
あの人の言った「いつか」を胸に秘めながら、踏み出す足に力を込めます。
その先の絶対に綺麗な景色を見てみたい。
そう思います。
- 谷川俊太郎質問箱/谷川 俊太郎
- ¥1,500
- Amazon.co.jp