季節の変わり目の夜
生きることの不安に襲われ
胸苦しく過呼吸になる
崩れそうな曇り空
ドライブをしながら秋を探す
後の席に妻ひとり
虫に興味はなし
高山の葉色は緑薄く
夏の終わりを感じさせる
晴天の下
タチヤナギの枝を囓るヒメオオクワガタ
多くのクワバカたちにとって、これが採集のラストとなる
道沿いのヤナギを両手で揺らしてみると
頭上から小さな黒い塊がポトポトと落ちてきた
まるで今日の空模様のように
漆黒の雨粒がひとつふたつとアスファルトに音を立てる
アカアシクワガタ
標高500メートルほどの高地に生息する
小集団で活動する高山種
ハッとする漆黒と赤色
日本刀のように細く曲線的な大アゴは
鎧をまとった足軽に似ている
「息子が小さいころまでこの場所は多産地だった
随分と少なくなってきた」
そんなことを思いながらアスファルトの数頭を拾う
やがて本物の雨が身体を濡らし始めた
崖下から聞こえてくる谷川の音
この場所は初めて息子と
ヒメオオクワガタを発見した思い出の場所
アカアシクワガタ
スジクワガタも同時に見れる
斜面に沿いながら根を張り続けるタチヤナギ
気持ちが高ぶり童心に還る
ここは身体の危険も伴う場所
藪こぎをする前に大きく深呼吸
慎重に藪を押しのけじっと目を凝らす
まとわりつく蔦や石で身動きがとれず
首筋や手のひらがかぶれてくる
藪下を見ると捨てられた家電ゴミや空き缶類
「天空のクワガタの生息地にゴミなんか捨てるな!」
そんな気持ちになりながら再々藪漕ぎを繰り返す
何度つまずいても
何度尻餅をついても
天空のクワガタ求め立ち上がる
汗びっしょりの衣服にヤナギの匂いが染みつく
「それほどまでしてお前はヒメオオクワガタを見たいのか?」
心の声が聞こえてきた
「こんなことをして何になるのか?」
それは俺もわからない
でもヒメオオクワガタを見たい
あきらめられない
あきらめたくない
馬鹿な気持ちだけではだめなのか?
薄暗い雨雲がヤナギの葉色を薄影に染める
新しい囓り痕も見つからず
頭上に昇るクワガタの気配もなし
藪の陰にひっそりと隠れているのだろうか?
静かに息を吐いて間をとる
「・・いた」
藪の中じっと動きを止めながら茎を囓る♂と♀
「落ち着け
まずはカメラだ・・」
首にかけているデジカメを取り出し急いでシャッターを押す
だめだ・・
このままでは身動きとれない
バランスを崩しながらも捕虫網を持ち
身体中に絡みついた蔦を外そうとしたその瞬間
ポトッと落ちる音がした
「わずかに目を離した瞬間に逃げられた・・」
それでも捕虫網には1頭の♂が入っていた
「1頭のヒメが網に入ったぞ
今季もヒメオオクワガタに出逢えた!」
小さめの♂を追加し2時間半の採集が終わった
採集数は2頭♂だけだが
生存の確認ができたことは何よりも嬉しかった
雨降る薄暗い高山を背にしながら妻と家路に向かった
天空のクワガタ採集は
確かな生きる喜びを与えてくれる