🍓人生には、思いがけないところで、もう一度出会うものがある。

私にとって、それは教育の世界だった。

長年、中学校の教員として働いてきた。教壇に立ち、子どもたちと向き合い、授業をし、さまざまな仕事をしてきた。

しかし、退職すると、それまで当たり前だった毎日が一変した。

朝、学校へ向かうこともない。子どもたちの声を聞くこともない。職員室で交わしていた何気ない会話もない。

教員という肩書がなくなったとき、ふと考えた。

「さて、自分はこれから何者として生きていくのだろう」

仕事を辞めたからといって、教育への思いまでなくなるわけではなかった。

もう一度、教壇に立ちたいのだろうか?よくわからない。

ただ、36年以上も教育の世界で過ごしてきた自分にとって、教育関係の仕事が第一希望だった。

それは、生活のために働くということだけではなかった。長年、自分の中にあったものと、もう一度つながりたかったのだと思う。

自分のアイデンティティを取り戻したい。そんな気持ちもあったのだろう。

実は、小学校の教員免許については、以前にも挑戦したことがある。

講師をしていた頃、通信課程で小学校の教員免許を取得しようと、学費も支払った。

しかし、講師の仕事が忙しく、勉強を続けることができなくなり、途中で断念してしまった。

あの頃は、目の前の仕事をこなすことで精いっぱいだった。

今になって振り返ると、少し心残りもある。

そんな私が、昨年8月から「🍓特別支援学校支援員」として、再び学校で働くことになった。

最初に担当したのは高等部だった。今年3月まで生徒たちと過ごした。

活動の中にはダンスもあった。

ところが、私は学校の授業でダンスを習った経験がほとんどない。できるといえば、せいぜいフォークダンスくらいだ。

今どきのダンスは動きもリズムも速い。見よう見まねで動いてみるものの、なかなかついていけない。

何しろ、こちらはシニア世代。気持ちは若いつもりでも、身体のあちこちが痛くなる。生徒たちの体力には、とてもかなわない。

「若いっていいなあ」

そんなことを思いながら、何とか一緒に活動していた。

その後は中学部の支援を担当し、夏休み前まで中学生と過ごした。

そして夏休み明けから、今度は小学部の子どもたちの支援を担当することになった。

小学校の教員免許は、結局取得できなかった。けれど、人生の巡り合わせなのだろうか。今度は教壇に立つのではなく、支援員という立場で、小さな子どもたちと関わることになった。

もちろん、子どもたちとの縁がなかったわけではない。

夏には地域の虫活イベントでボランティアをし、虫を囲んで目を輝かせる小学生たちと楽しい時間を過ごした。就職活動の体験では、児童館の3・4年生とも触れ合ったことがある。

それでも、仕事として小さな児童たちの支援に関わるのは初めてだった。

中学生や高校生とは、また違う世界が広がっていた。

そんな毎日の中で、児童たちとの出会いが、私の心に残る。

言葉で自分の思いを伝えることが難しい児童たち。

時折「あ〜」と声を出すことがある。私には、○○したいという気持ちの表れなのかな、と感じることもある。

けれど、学校には安全のための決まりや手順がある。

こちらの思いだけで動くわけにはいかないのだ。

それでも、声や表情、目の動きから、児童たちの気持ちを少しでも受け止めたいと思う。

抱っこを求めてくることもある。

抱き上げて、少し高いところから周りを見せると、にっこり笑ってくれる。

私は児童たちに、いろいろなことを話しかける。

今、何を考えているのか。景色はどう見えるのか。私の話はどれくらい伝わっているのか。

本当のところは分からない。

それでも、児童たちの澄んだ丸い瞳でこちらを見つめられると、不思議と自分の心が洗われるような気がする。

ある日、男性の担任の先生から「疲れたでしょう」と声をかけられた。

私は児童の一人を先生に渡しながら、こう答えた。

「自分は大丈夫です。給食の量が多かったので、運動しました」

まあ、そんな冗談でも言わなければ、シニアのおじさんの身体はもちません(笑)。

 

子どもたちの行動には、それぞれ理由や背景があるのだろう。こちらが分かったつもりにならず、周囲の先生方とも情報を共有し、安全に関わっていくことが大切だと思う。

そんな日々の中で、ふと考えることがある。

どうして、この子はこのような障害をもって生まれてきたのだろう。

もし障害がなかったら、どんな成長をして、どんな学校生活を送り、どんな未来を歩んでいたのだろう。

もちろん、障害があるからといって、その子の価値が変わるわけではない。

目の前にいるのは、かけがえのない存在だ。

それでも、人生には自分の力ではどうにもならないことがある。その現実を思うと、胸が痛くなる。

 

私は昆虫を観察してきた。

たとえば、きれいなチョウの幼虫が、寄生バエに寄生されてしまうことがある。

やがてサナギの中からチョウが羽化することを期待していても、そこから出てくるのは寄生バエだったりする。

一方で、さまざまな困難をくぐり抜け、一頭のチョウが成虫になる。

自然は美しい。しかし、いつも優しいわけではない。

命は生まれながらにして、平等な条件を与えられているわけではない。そこには不条理がある。

人間の人生も、どこか似ているのかもしれない。

そんなことを考えているうちに、聖書に登場する大工のヨセフを思い出した。

イエスの父親として知られるヨセフである。

 

聖書には、ヨセフの言葉や心の内側について、詳しいことはあまり書かれていない。

しかし、マリアが身ごもったことを知ったとき、ヨセフは彼女を公然とさらし者にするのではなく、ひそかに離縁しようと考えたという。そして夢の中で天使のお告げを受け、マリアを妻として迎え入れ、イエスを育てていく。

ヨセフは多くを語らない。

けれど、行動によって家族を守り、子どもを育てた人だったのではないだろうか。

イエスが神を「父」と呼んだことにも、ヨセフと過ごした日々が何らかの形で影響していたのではないか。

これは私の想像にすぎない。

けれど、父親の愛情とは何だろうと考えるとき、ヨセフの姿が心に浮かぶ。

私自身も30歳の時に父親を亡くしている。

父が生きていた頃には、父親の愛情について深く考えたことはなかった。

自分が父親になり、そして父を亡くしてから、少しずつ分かってきたことがある。

父親の愛情は、必ずしも言葉に表れるものではないのかもしれない。

何も言わずに見守ること。心配すること。時には不器用でも、そばにいること。

自分が息子を育ててきた時間を振り返ると、父もまた、私に対してそんな思いを抱いていたのだろうかと思う。

今では息子も大人になった。

いつか孫を抱く日が来るのだろうか?そんなことを想像することもある。

小さな児童を抱き上げたとき、ふとそんな思いが重なることがある。

もちろん、学校での支援員と児童たちとの関係には、守るべき決まりがある。だからこそ、その子の気持ちや表情を大切にしながら、周囲の先生方と連携して関わっていきたい。

 

退職して、教壇を離れた。

けれど、教育の世界から完全に離れたわけではなかった。

以前は教える立場だった。今は、子どもたちのそばで支える立場にいる。

立場が変われば、見える景色も変わる。

昔は気づかなかったことに、今になって気づくこともある。

小学校の教員免許を取ろうとして、途中で諦めた若い頃の自分。

中学校教員を定年退職し、自分が何者なのか分からなくなった自分。

そして今、小さな児童たちのそばにいる自分。

人生は、まっすぐ進むとは限らない。途中で諦めたことも、遠回りしたことも、あとになって別の意味を持つことがある。

私はもう、昔に戻る必要はない。

ただのオヤジでいい。

昆虫を眺め、季節の移り変わりを感じ、子どもたちと過ごしながら、人生について考える。

かつて自分が教えていたつもりの子どもたちから、今度は私が教えられている。

あの小さな子供たちの澄んだ瞳。

その瞳に映っている私は、どんな顔をしているのだろう。

少なくとも、子供たちと向き合うときには、肩書も過去の経歴もいらない。

そこにいるのは、一人の人間。

父親として、亡き父を思いながら。

そして、一人の人間として、目の前の命と向き合いながら。

退職しても、人生の授業は終わらない。

急がず、決めつけず、静かに見る。

今日もまた、小さな瞳に教えられている。ありがとう🍓2026.11.7(土)夜